素材の鑑定が終わる頃、砂漠の集落では――
『マダナノ? マダ帰ッテコナイノ?』
「そ、そうだなぁ。今日かなぁ、明日かなぁ」
『ドッチナノ、バフォオジチャン!』
アスが前脚でどすんっと地面を踏む。
その衝撃でバフォおじさんの体が浮いた。
「おいおいおいおい、アス坊っ。崖が崩れちまうだろう」
『ボクダテ置イテ行ッタ! ズルイズルイズルイズルイッ』
「仕方ねぇだろう。お前を狙う奴らがうじゃうじゃいるかもしれねぇんだぞ。そんな所、連れていける訳ねえじゃねえか」
『ヤダヤダヤダヤダ。ボクモ行キタカッタノニィ。置イテ行カレタ。ボクノコト捨テタンダァ』
「普段は聞き訳がいいのに……はぁ。よりにもよってこんな時にダンナはいねぇし――お?」
ダンナ=火竜のことなのだが、ここ数日、姿を見せていない。
ただ行先は分かっている。
東だ。
火竜の気配が東の方に向かい、遠くに行ったことで探知不可能にはなったが。
東と言えば、アスの母親との住処にしようとしていた山がある。
そこへ行ってのだろうと、バフォおじさんは考えた。
その火竜の気配が、凄い勢いで近づいている。
あっという間に気配は頭上にやってくると、風が舞い、紅の巨体が舞い降りた。
『どうした、童よ』
『ア、優シイオジチャン』
優しいおじちゃんと言われて、火竜の顔が緩む。
普通の人間であれば、デレているようには見えないかもしれない。
「やっとお帰りか、ダンナ。あんたがいねぇ間、こっちは苦労したんだぜ」
『苦労? 童と関係があるのか』
「あるともさ。とにかくアス坊と遊んでやってくれ。オレぁ自分のガキの面倒みんので忙しいんだ」
自分んとこの子守りもしなきゃならないのに、てめぇんときおの子守りまで押し付けんな――と、ちょっと怒鳴りたい。
だが相手はドラゴン。ただのドラゴンなら勝てるが、ハイ・ドラゴンには勝てない。
そんな相手に喧嘩を売るほど、バフォおじさんもバカじゃなかった。
それに、アスが火竜の息子であることは、アス本人は知らない。
バフォおじさんの口からそれを話すのは、お門違いだと自身がよく分かっている。
おじさんはベェベェと山羊のように鳴きながら、その場を離れた。
『聞イテヨオジチャン。ユタカオ兄チャンタチガネ、ボクヲ置イテ行ッテシマッタンダヨ!』
『人間が童を置いて? いったいどこへ』
『町!』
それを聞いて火竜はすぐに納得する。
子竜を連れて町へなど行けるわけもない。
子竜でなくても無理だ。
大騒ぎになるのが目に見えている。
火竜自身は一、二度、砂漠の町へ行ったことがある。
町長が火竜に賞金を懸けたことで、富や名声を求めて人間が何度も住処を荒らしに来たことがあった。
鬱陶しいからやめろ――という趣旨で、町の住人を脅しに行ったのだ。
すると町長は、凶悪なドラゴンは倒すべしと正義を振りかざし、他国にも討伐依頼を出した。
毎日のように人間が挑みに来るのでさすがに腹を立てた火竜は、炎のブレスを一発だけお見舞いした。
その一発で砂漠の町は半分が消失。
今から七〇〇年ほど前のことである。
(あの時は我も若かった。もう少し寛大であるべきだったな)
などと、火竜は自分も大人になったなぁとしみじみ思う。
『童よ。人間どもはお前を心配して――うっ』
アスは火竜を見つめた。
無垢な瞳で見つめた。
否。
ドリュー族直伝、ボクかわいいスキルを炸裂させて見つめた。
『オジチャン』
『な、なんだ童よ』
『ボク、町ニ行キタイ』
『うっ……』
『オジチャン、強イシ、カッコイイシ、ビューンッテ飛ベルシ。オジチャンガ一緒ナラ、ボク嬉シイナァ』
今、火竜の脳内にはこう連続再生されている。
パパと一緒ならボク嬉しいなぁ。
ボク嬉しいなぁ。
嬉しいなぁ。
『童《わがこ》のためなら!! ともに行こう、人間の町へ!』
『ホント! イイノ! ワーイ!! オジチャン、大好キィ』
『我が竜生に悔いなし!!』
そして火竜はアスを抱え上げ、そのまま大空へ舞い上がった。
その様子を集落の方から見ていたバフォおじさんがぎょっとする。
「お、おいおいおいおいおいおいおいぃぃぃー!?」
引き留めようとしたが、既に遅い。
地を行くものが空を行くものに追いつけるわけがない。
「ああぁぁぁ…………」
西の空へ飛んでいく火竜の姿を見つめ、バフォおじさんはある人物に謝罪する。
「ユタカぁ……すまねぇ。まぁ……頑張ってくれや」
西の空を見上げながらバフォおじさんがそう呟いてから十数分後――
『童よ、ここが人間の町だ』
『ワァー。人間イッパーイ。ユタカオ兄チャンタチ、ドコカナァ』
上空から町を見下ろしながら、なんとも呑気な会話のドラゴンたち。
それに反して彼らの眼下では。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ」
「ド、ドラゴンだあぁぁぁっ。巨大なドラゴンだぞぉぉぉぉ」
「もうだめだ。この町はお終いだ」
「喰われる。一人残らず喰われちまうんだぁー!」
「俺、生き伸びたら今度こそ結婚するんだ」
阿鼻叫喚な光景が広がっていた。
『マダナノ? マダ帰ッテコナイノ?』
「そ、そうだなぁ。今日かなぁ、明日かなぁ」
『ドッチナノ、バフォオジチャン!』
アスが前脚でどすんっと地面を踏む。
その衝撃でバフォおじさんの体が浮いた。
「おいおいおいおい、アス坊っ。崖が崩れちまうだろう」
『ボクダテ置イテ行ッタ! ズルイズルイズルイズルイッ』
「仕方ねぇだろう。お前を狙う奴らがうじゃうじゃいるかもしれねぇんだぞ。そんな所、連れていける訳ねえじゃねえか」
『ヤダヤダヤダヤダ。ボクモ行キタカッタノニィ。置イテ行カレタ。ボクノコト捨テタンダァ』
「普段は聞き訳がいいのに……はぁ。よりにもよってこんな時にダンナはいねぇし――お?」
ダンナ=火竜のことなのだが、ここ数日、姿を見せていない。
ただ行先は分かっている。
東だ。
火竜の気配が東の方に向かい、遠くに行ったことで探知不可能にはなったが。
東と言えば、アスの母親との住処にしようとしていた山がある。
そこへ行ってのだろうと、バフォおじさんは考えた。
その火竜の気配が、凄い勢いで近づいている。
あっという間に気配は頭上にやってくると、風が舞い、紅の巨体が舞い降りた。
『どうした、童よ』
『ア、優シイオジチャン』
優しいおじちゃんと言われて、火竜の顔が緩む。
普通の人間であれば、デレているようには見えないかもしれない。
「やっとお帰りか、ダンナ。あんたがいねぇ間、こっちは苦労したんだぜ」
『苦労? 童と関係があるのか』
「あるともさ。とにかくアス坊と遊んでやってくれ。オレぁ自分のガキの面倒みんので忙しいんだ」
自分んとこの子守りもしなきゃならないのに、てめぇんときおの子守りまで押し付けんな――と、ちょっと怒鳴りたい。
だが相手はドラゴン。ただのドラゴンなら勝てるが、ハイ・ドラゴンには勝てない。
そんな相手に喧嘩を売るほど、バフォおじさんもバカじゃなかった。
それに、アスが火竜の息子であることは、アス本人は知らない。
バフォおじさんの口からそれを話すのは、お門違いだと自身がよく分かっている。
おじさんはベェベェと山羊のように鳴きながら、その場を離れた。
『聞イテヨオジチャン。ユタカオ兄チャンタチガネ、ボクヲ置イテ行ッテシマッタンダヨ!』
『人間が童を置いて? いったいどこへ』
『町!』
それを聞いて火竜はすぐに納得する。
子竜を連れて町へなど行けるわけもない。
子竜でなくても無理だ。
大騒ぎになるのが目に見えている。
火竜自身は一、二度、砂漠の町へ行ったことがある。
町長が火竜に賞金を懸けたことで、富や名声を求めて人間が何度も住処を荒らしに来たことがあった。
鬱陶しいからやめろ――という趣旨で、町の住人を脅しに行ったのだ。
すると町長は、凶悪なドラゴンは倒すべしと正義を振りかざし、他国にも討伐依頼を出した。
毎日のように人間が挑みに来るのでさすがに腹を立てた火竜は、炎のブレスを一発だけお見舞いした。
その一発で砂漠の町は半分が消失。
今から七〇〇年ほど前のことである。
(あの時は我も若かった。もう少し寛大であるべきだったな)
などと、火竜は自分も大人になったなぁとしみじみ思う。
『童よ。人間どもはお前を心配して――うっ』
アスは火竜を見つめた。
無垢な瞳で見つめた。
否。
ドリュー族直伝、ボクかわいいスキルを炸裂させて見つめた。
『オジチャン』
『な、なんだ童よ』
『ボク、町ニ行キタイ』
『うっ……』
『オジチャン、強イシ、カッコイイシ、ビューンッテ飛ベルシ。オジチャンガ一緒ナラ、ボク嬉シイナァ』
今、火竜の脳内にはこう連続再生されている。
パパと一緒ならボク嬉しいなぁ。
ボク嬉しいなぁ。
嬉しいなぁ。
『童《わがこ》のためなら!! ともに行こう、人間の町へ!』
『ホント! イイノ! ワーイ!! オジチャン、大好キィ』
『我が竜生に悔いなし!!』
そして火竜はアスを抱え上げ、そのまま大空へ舞い上がった。
その様子を集落の方から見ていたバフォおじさんがぎょっとする。
「お、おいおいおいおいおいおいおいぃぃぃー!?」
引き留めようとしたが、既に遅い。
地を行くものが空を行くものに追いつけるわけがない。
「ああぁぁぁ…………」
西の空へ飛んでいく火竜の姿を見つめ、バフォおじさんはある人物に謝罪する。
「ユタカぁ……すまねぇ。まぁ……頑張ってくれや」
西の空を見上げながらバフォおじさんがそう呟いてから十数分後――
『童よ、ここが人間の町だ』
『ワァー。人間イッパーイ。ユタカオ兄チャンタチ、ドコカナァ』
上空から町を見下ろしながら、なんとも呑気な会話のドラゴンたち。
それに反して彼らの眼下では。
「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ」
「ド、ドラゴンだあぁぁぁっ。巨大なドラゴンだぞぉぉぉぉ」
「もうだめだ。この町はお終いだ」
「喰われる。一人残らず喰われちまうんだぁー!」
「俺、生き伸びたら今度こそ結婚するんだ」
阿鼻叫喚な光景が広がっていた。