快適な船旅の二日目。
周辺の景色がだんだんと変わり始めた。
「砂が減ってる?」
前方には砂ではなく、土が見え始めた。
点々と小さな水たまりもあるし、緑もある。
「みたいモグな。砂船、このまま進めるモグか?」
「どう、だろう」
ただ、進めない気はしていた。
さっきから船がガタガタ揺れているし、乗船者の小さな悲鳴も聞こえる。
「ユ、ユタカさん。壊れたりしませんか?」
「き、気持ち悪いわ……」
「ダイチ様。これ以上は無理です」
だよなぁー。
魔道具の発動を止めて、砂船が止まるのを待つ。
止まってからみんなが一斉に船を降り、何人かが蹲ってモザイク処理が掛かった。
「ユ、ユタカは平気なの?」
「うん、まぁこのぐらいなら」
砂利道を自転車で走らせるのよりは少し揺れたかなってぐらいだ。
乗り物に乗ったことがない彼女らには、堪えただろうな。
「地図にあるこのオアシスって、あれじゃないか?」
俺が指さしたのは前方に見える小さなオアシスだ。
地図にはオアシスの真横にピラミッドの絵が描かれているが、前方に見えるオアシスには二階建ての家ほどのサイズのピラミッドが見える。
「あの三角の山、そっくりね」
「いくつかのアオシスには、あのような目印があるのですね。自然の神秘です」
いやルーシェさん。あれ、人工物だと思いますよ。
けど目印は有難い。
いくら地図があったって、見渡す限りの砂と荒野じゃ、進む道が合っているのかも分からないし。
「ダイチ様。あの三角形のやつは建物のようです。人の姿も言えますよ」
「え?」
「遠見の魔法で確認していますので、確かです」
マリウスの魔法か。
人工物だとうとは思っていたが、建物だったとは。
ここから歩くことになるけど、砂船をどうしたものか。
人が近くにいるなら置いていけないし。
「どうするかなぁ、砂船」
「誰かがル留守番をするしかないんじゃないか?」
「せっかく来たのに町に入らず留守番ってのは、かわいそうだよ。それともオーリ、留守番する?」
と聞くと、彼は悲しそうな顔をした。
「あのぉ。ダイチ様よろしいですか?」
「ん、なんだよマリウス」
「お聞きしたいのですが、ダイチ様の収納魔法の仕様はどちらでしょうか? 容量制限タイプと、収納種類タイプと」
「タイプなんてあったのか。俺のは種類だけど」
枠組みされた、ゲームのインベントリと全く同じ仕様だ。
「容量ってどんなもんなの?」
「あ、はい。一般的にはこちらのタイプが多く、荷馬車何台分とかそんな感じです。積み重ね出来ない荷馬車だとお考え下さい」
つまりアイテムを一つずつ床に並べて置くようなものか。
案外、たくさんは入らないんだな。
とはいえ、鞄に入れるよりはだんぜん収納でいる。
「ダイチ様のタイプですと、大きさに関係なく収納可能ですよ」
「え、まさかこの……」
砂船を見上げると、マリウスは頷いた。
「まぁ大きさにとは言いましたが、何でも収納出来る訳ではありません。たとえば木ですが、地面に生えているものは収納不可能です。しかし伐採したものは可能なんです。えぇっと、何が言いたいかというと、地面から離れないものはダメということです」
船は大きくても、地面に埋まっている訳じゃない。
だからインベントリに入るそうだ。
……マジか。
そんなこと、もっと早くに言ってくれよ!
収納方法は簡単。
インベントリを開いて、画面を船に押し当てるだけ。
「気を付けなければいけないのは、その時に人を乗せていないことです」
「まさか人間も入ってしまうのか!?」
「入りません。動物とかも入りません。死んだものは別ですが。生きている人が乗った状態ですと、とつぜん船が消えたようになって、地面に落ちしまうんですよ」
あぁ、なるほど。
砂船は高さ自体はそうない。とはいえ、甲板から砂地まで三メートルはある。いきなり足場がなくなったら、軽い怪我では済まないだろうな。
という訳で砂船回収っと。
「あんな大きなものまで入るなんて、収納魔法は本当に凄いわね」
「うん……我ながら非常識だって思うよ」
異世界の非常識ばんざいだな。
「いらっしゃいませ。まさかみなさま、徒歩でこちらまで?」
小さなピラミッドは、マリウスが言うように建物だった。
俺の知っているピラミッドと違って、下の部分は煉瓦仕様、その上は木材で作られていた。
そしてここは宿だった。
オアシスを見るのが初めてなのもあって、子供たちは大はしゃぎでそっちに行ってしまっている。
もちろん、大人たちもそれを追いかけた。
ここにいるのは俺とルーシェ、シェリル、マリウス、フィップ夫妻の六人だけだ。
「こんなところに宿を建てて、利用客はいるのか?」
「みなさまはお客様ではないので?」
「いや、通りかかっただけで」
「……なんだ、冷やかしか。とっとと行った行った」
なんだよ、感じ悪いなぁ。
「ユタカ、ユタカ」
「ん? シェリル、どうしたんだ」
「あっち見て。小さな砂船があるわ」
彼女が指さす先はピラミッドの奥側。
数人乗りの小型ボートが見える。
「触るんじゃねーぞ。あれはお客様からお預かりしている砂船なんだからな」
「預かっている?」
っこ、砂船の停泊所にもなってるのか。
俺たちが通って来たルートではなく、北側のアオシスを迂回するルートだと砂もまだ多くて船で来れそうだ。
ピラミッドに掛けられた看板に何か書かれているけど、俺には読めない。
「マリウス、あれなんて書いてあるんだ?」
「えーっと……砂船を預かるための料金表ですね。我々が乗って来た船だと、一日で銀貨五枚です」
と、後半は小声で教えてくれた。
高いのかどうか分からない。
「銀貨一枚あれば、王都でもそこそこの宿に二泊は出来ます」
「そこそこの宿か」
俺の感覚だと、そこそこって言うならビジネスホテルより少し高いぐらいで一万ぐらいかなぁ。
銀貨一枚で二万と考えるなら、五枚で十万……そりゃ高いわ。
「ここから町まで、歩くとどのくらいなんだ?」
と宿の主人に聞いたが、返事がない。
生きてるなら返事ぐらいしてくれよ。
「情報は買えってことなんでしょうね」
「町までの距離にすら金をとるのか。ってかお金なんて持ってないし」
「代わりになるものはあるでしょう? ニードルサボテンのエキスなんかよろしいかと」
マリウスのアドバイスを聞いて、主人には見えないようにインベントリからエキスを取り出す。
「ご主人。ここにニードルサボテンの高品質エキスがございます。わたくしどもは金銭を持ち合わせていませんが、どうでしょう。買い取っていただけませんか?」
マリウスが交渉を始めると、主人の顔が変わった。
こいつも商人だなぁ。
とたんに笑顔を作ると、エキスを入れた竹筒を受け取って、栓を抜いて匂いを嗅ぎだした。
「変わった容器ですね」
「詰め替え用と思ってくれ。手持ちの容器に移し替えてくれれば、容器代も浮くだろ?」
と適当に言ってみたが、これに主人は驚いた顔をして、それから笑みを浮かべた。
「なるほど! 確かに瓶の処分に困りますからねぇ。中身を確認してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ、品質を直接お確かめください」
マリウスがそう言うと、主人はさっそく栓を開けて中身を一滴ほど手に取りだした。
「これは……100%ニードルサボテンのエキスでございますね。薄めていないのはたいへん貴重です。この量ですと、そうですね……金貨二枚でいかがでしょうか」
銀貨十枚で金貨一枚、とマリウスが教えてくれる。
「うぅん。貴族の間では大変貴重なもので有名ですし、小瓶一本でも金貨二枚はしますからねぇ。この竹筒には小瓶二十本分は入っています。販売の手間賃、小瓶代のことなども考えたとしても金貨十枚は頂かないと」
「……相場をご存じの方がいましたか。残念ざんねん。では十枚と、皆様への昼食をご提供するというのではいかがでしょう? 先ほどの質問にもお答えしますよ」
最安値を提示してきたか。
でもまぁいい。みんなの食事を提供してくれるっていうんだしな。
その後、全員を呼んで来ると主人の顔色が青ざめた。
「皆様って、言ったよな?」
「……い、いいました。とほほ」
商人の言葉に二言はないってことで、彼は渋々、俺たち全員に昼食をご馳走してくれた。
それからさっきの質問の答え。
「徒歩でしたら一時間ほどで到着しますよ。あぁ、それから、中へ入るためには入町税が必要ですよ」
とのこと。
金額は大人ひとり大銅貨一枚。子供はその半額で小銅貨五枚。
質問してもいないのに教えてくれたのには訳があった。
「両替、いたしますよ? 手数料を頂きますが」
そう言って主人はにっこり笑った。
周辺の景色がだんだんと変わり始めた。
「砂が減ってる?」
前方には砂ではなく、土が見え始めた。
点々と小さな水たまりもあるし、緑もある。
「みたいモグな。砂船、このまま進めるモグか?」
「どう、だろう」
ただ、進めない気はしていた。
さっきから船がガタガタ揺れているし、乗船者の小さな悲鳴も聞こえる。
「ユ、ユタカさん。壊れたりしませんか?」
「き、気持ち悪いわ……」
「ダイチ様。これ以上は無理です」
だよなぁー。
魔道具の発動を止めて、砂船が止まるのを待つ。
止まってからみんなが一斉に船を降り、何人かが蹲ってモザイク処理が掛かった。
「ユ、ユタカは平気なの?」
「うん、まぁこのぐらいなら」
砂利道を自転車で走らせるのよりは少し揺れたかなってぐらいだ。
乗り物に乗ったことがない彼女らには、堪えただろうな。
「地図にあるこのオアシスって、あれじゃないか?」
俺が指さしたのは前方に見える小さなオアシスだ。
地図にはオアシスの真横にピラミッドの絵が描かれているが、前方に見えるオアシスには二階建ての家ほどのサイズのピラミッドが見える。
「あの三角の山、そっくりね」
「いくつかのアオシスには、あのような目印があるのですね。自然の神秘です」
いやルーシェさん。あれ、人工物だと思いますよ。
けど目印は有難い。
いくら地図があったって、見渡す限りの砂と荒野じゃ、進む道が合っているのかも分からないし。
「ダイチ様。あの三角形のやつは建物のようです。人の姿も言えますよ」
「え?」
「遠見の魔法で確認していますので、確かです」
マリウスの魔法か。
人工物だとうとは思っていたが、建物だったとは。
ここから歩くことになるけど、砂船をどうしたものか。
人が近くにいるなら置いていけないし。
「どうするかなぁ、砂船」
「誰かがル留守番をするしかないんじゃないか?」
「せっかく来たのに町に入らず留守番ってのは、かわいそうだよ。それともオーリ、留守番する?」
と聞くと、彼は悲しそうな顔をした。
「あのぉ。ダイチ様よろしいですか?」
「ん、なんだよマリウス」
「お聞きしたいのですが、ダイチ様の収納魔法の仕様はどちらでしょうか? 容量制限タイプと、収納種類タイプと」
「タイプなんてあったのか。俺のは種類だけど」
枠組みされた、ゲームのインベントリと全く同じ仕様だ。
「容量ってどんなもんなの?」
「あ、はい。一般的にはこちらのタイプが多く、荷馬車何台分とかそんな感じです。積み重ね出来ない荷馬車だとお考え下さい」
つまりアイテムを一つずつ床に並べて置くようなものか。
案外、たくさんは入らないんだな。
とはいえ、鞄に入れるよりはだんぜん収納でいる。
「ダイチ様のタイプですと、大きさに関係なく収納可能ですよ」
「え、まさかこの……」
砂船を見上げると、マリウスは頷いた。
「まぁ大きさにとは言いましたが、何でも収納出来る訳ではありません。たとえば木ですが、地面に生えているものは収納不可能です。しかし伐採したものは可能なんです。えぇっと、何が言いたいかというと、地面から離れないものはダメということです」
船は大きくても、地面に埋まっている訳じゃない。
だからインベントリに入るそうだ。
……マジか。
そんなこと、もっと早くに言ってくれよ!
収納方法は簡単。
インベントリを開いて、画面を船に押し当てるだけ。
「気を付けなければいけないのは、その時に人を乗せていないことです」
「まさか人間も入ってしまうのか!?」
「入りません。動物とかも入りません。死んだものは別ですが。生きている人が乗った状態ですと、とつぜん船が消えたようになって、地面に落ちしまうんですよ」
あぁ、なるほど。
砂船は高さ自体はそうない。とはいえ、甲板から砂地まで三メートルはある。いきなり足場がなくなったら、軽い怪我では済まないだろうな。
という訳で砂船回収っと。
「あんな大きなものまで入るなんて、収納魔法は本当に凄いわね」
「うん……我ながら非常識だって思うよ」
異世界の非常識ばんざいだな。
「いらっしゃいませ。まさかみなさま、徒歩でこちらまで?」
小さなピラミッドは、マリウスが言うように建物だった。
俺の知っているピラミッドと違って、下の部分は煉瓦仕様、その上は木材で作られていた。
そしてここは宿だった。
オアシスを見るのが初めてなのもあって、子供たちは大はしゃぎでそっちに行ってしまっている。
もちろん、大人たちもそれを追いかけた。
ここにいるのは俺とルーシェ、シェリル、マリウス、フィップ夫妻の六人だけだ。
「こんなところに宿を建てて、利用客はいるのか?」
「みなさまはお客様ではないので?」
「いや、通りかかっただけで」
「……なんだ、冷やかしか。とっとと行った行った」
なんだよ、感じ悪いなぁ。
「ユタカ、ユタカ」
「ん? シェリル、どうしたんだ」
「あっち見て。小さな砂船があるわ」
彼女が指さす先はピラミッドの奥側。
数人乗りの小型ボートが見える。
「触るんじゃねーぞ。あれはお客様からお預かりしている砂船なんだからな」
「預かっている?」
っこ、砂船の停泊所にもなってるのか。
俺たちが通って来たルートではなく、北側のアオシスを迂回するルートだと砂もまだ多くて船で来れそうだ。
ピラミッドに掛けられた看板に何か書かれているけど、俺には読めない。
「マリウス、あれなんて書いてあるんだ?」
「えーっと……砂船を預かるための料金表ですね。我々が乗って来た船だと、一日で銀貨五枚です」
と、後半は小声で教えてくれた。
高いのかどうか分からない。
「銀貨一枚あれば、王都でもそこそこの宿に二泊は出来ます」
「そこそこの宿か」
俺の感覚だと、そこそこって言うならビジネスホテルより少し高いぐらいで一万ぐらいかなぁ。
銀貨一枚で二万と考えるなら、五枚で十万……そりゃ高いわ。
「ここから町まで、歩くとどのくらいなんだ?」
と宿の主人に聞いたが、返事がない。
生きてるなら返事ぐらいしてくれよ。
「情報は買えってことなんでしょうね」
「町までの距離にすら金をとるのか。ってかお金なんて持ってないし」
「代わりになるものはあるでしょう? ニードルサボテンのエキスなんかよろしいかと」
マリウスのアドバイスを聞いて、主人には見えないようにインベントリからエキスを取り出す。
「ご主人。ここにニードルサボテンの高品質エキスがございます。わたくしどもは金銭を持ち合わせていませんが、どうでしょう。買い取っていただけませんか?」
マリウスが交渉を始めると、主人の顔が変わった。
こいつも商人だなぁ。
とたんに笑顔を作ると、エキスを入れた竹筒を受け取って、栓を抜いて匂いを嗅ぎだした。
「変わった容器ですね」
「詰め替え用と思ってくれ。手持ちの容器に移し替えてくれれば、容器代も浮くだろ?」
と適当に言ってみたが、これに主人は驚いた顔をして、それから笑みを浮かべた。
「なるほど! 確かに瓶の処分に困りますからねぇ。中身を確認してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ、品質を直接お確かめください」
マリウスがそう言うと、主人はさっそく栓を開けて中身を一滴ほど手に取りだした。
「これは……100%ニードルサボテンのエキスでございますね。薄めていないのはたいへん貴重です。この量ですと、そうですね……金貨二枚でいかがでしょうか」
銀貨十枚で金貨一枚、とマリウスが教えてくれる。
「うぅん。貴族の間では大変貴重なもので有名ですし、小瓶一本でも金貨二枚はしますからねぇ。この竹筒には小瓶二十本分は入っています。販売の手間賃、小瓶代のことなども考えたとしても金貨十枚は頂かないと」
「……相場をご存じの方がいましたか。残念ざんねん。では十枚と、皆様への昼食をご提供するというのではいかがでしょう? 先ほどの質問にもお答えしますよ」
最安値を提示してきたか。
でもまぁいい。みんなの食事を提供してくれるっていうんだしな。
その後、全員を呼んで来ると主人の顔色が青ざめた。
「皆様って、言ったよな?」
「……い、いいました。とほほ」
商人の言葉に二言はないってことで、彼は渋々、俺たち全員に昼食をご馳走してくれた。
それからさっきの質問の答え。
「徒歩でしたら一時間ほどで到着しますよ。あぁ、それから、中へ入るためには入町税が必要ですよ」
とのこと。
金額は大人ひとり大銅貨一枚。子供はその半額で小銅貨五枚。
質問してもいないのに教えてくれたのには訳があった。
「両替、いたしますよ? 手数料を頂きますが」
そう言って主人はにっこり笑った。