『ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダッ』
「アス。我儘言わないでくれよ。な？」
『ヤダヤダヤダヤダヤダヤダッ。ボクモ行キタイ行キタイ行キタイ』
アスがこんなに我儘言うなんて、珍しいな。
置いていかれると思っているんだろう。
「十日ぐらいで帰ってくるからさ」
たぶん。
『十日モ！？ ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。絶対行クモンッ』
「アスちゃん、ごめんなさい。町にはこの前の悪い商人さんみたいな方がいっぱいいるかもしれないんです」
「アスが誘拐されるかもしれないの。だから連れていけないのよ。ね？」
これは本当だ。
町に行けば悪い人間もいるだろう。それもひとりや二人じゃないはず。
そんな所へアスなんて貴重種族を連れて行ったらどうなるか。
あのしつこい商人みたいなのに、わんさかと狙われることになるだろう。
町で騒ぎを起こす訳には行かない。
そうなると、アスを連れて行かないのが吉だ。
ここならバフォおじさんがいる。
それに――
北の空を見上げる。
この砂漠ではまさに最強と言える存在が、あそこにいるからな。
アスがかわいくて仕方ない、あのおじちゃんが。
ここほど安全な場所はないだろう。
なんだろうけど……
『ヤダヤダヤダ。置イテ行ッチャヤダ！！』
はぁ……。
こうなったら仕方ない。
「という訳なんだバフォおじさん。少しの間、アスの気を引いてくれないか？」
「はぁ……まぁ仕方ねぇか。アス坊を町に行かせるのは、いろんな意味でマズいからな」
そうなんだよ。いろんな意味なんだよなぁ。
誘拐されるっていう危険もあるけど、アスが『悪イ人間ダー』って暴れて、町に被害が出るのもマズい。
小さくてもドラゴンだ。
その実力は、俺なんかよりよっぽど上なはず。
「それにさ。あそこのおじちゃんが心配して飛んで来たら、地獄絵図になるだろうし」
「……だな」
「「はぁ」」
男二人でため息を吐いた後、さっそく俺たちは行動に移した。
まず。
こっそり荷造りをして、俺のインベントリに入れておく。
そしてバフォおじさんの魔法講義が始まったら、即行で渓谷の外側に停泊させてある砂船に乗って――
「マリウス。急いで出航だ」
「アイアイサー」
マリウスが魔道具を起動させ、船が動き出す。
『いってらっしゃーい』
「ユユ。アスのこと頼んだぞ」
『うーん。任せてぇ』
アスは飛べないから、追いかけて来ようとすれば必ず渓谷を通る。
その渓谷を出た所にはユユたちがいる。
アスが追いかけてこないよう、ユユたちに引き留めてくれるよう頼んでおいた。
そして気を紛れさせるために、いっぱい遊んでやってくれとも。
「気づいたらきっと泣くのでしょうね」
「だなぁ」
「仕方ないわよ。町へはアスがもう少し大きくなってからにしましょう」
「いや……大きくなったらなったで、それはまた大騒ぎになるんだけど」
「あ……そ、そうね」
アスが今より大きくなって頼もしくなれば、誘拐される心配はなくなってもお騒ぎになる心配は残る。
きっと「怪獣だー！ 怪獣が出たぞー！！」みたいなノリになるだろう。
順調に砂船は進んでいく。
船は甲板の下にも空間があって、天井は低いものの寝るには十分だった。
甲板上に屋根付きの船室がないので、手を加えてタープを設置。
出発したその日の日暮れ前には、ルーシェたちの故郷とも言える村へと到着した。
「驚いたよ。商人が乗る船で、まさかオーリらが来るとは思わんかった」
「村長、お久しぶりです。驚かせてすみません。実は――」
村長と面識があるのはオーリとマストの二人だけ。
そこで二人がこちらの事情を話し、商人がもう来ないかもということを伝えた。
困らせはするだろうけど、商人や盗賊、王国軍に襲われたこちらに同情してくれるだろと思っていたのだが……。
「な、なんてことをしてくれたんじゃ！ たかがモンスター一匹、引き渡せばよかろうっ。取引が出来なくなれば、この村はお終いじゃ！」
ヒステリックに叫び出すじーさん。
こんなのが村長なのか……残念でしかないな。
村のすぐ傍には、小さな池があった。
オアシスと言うのは程遠い。
村の人口は一〇〇人ほどで、池の他にも井戸があるってオーリとマストは言ってたな。
だから村を離れた人らが暮らす集落よりは、いくぶんマシなんだって。
確かに村で見た畑の作物は、俺が集落で初めて見た時のものより育ちがいい。
それに種類も多いようだ。
まぁ今のうちの集落に比べると、だんぜん少ないけどさ。
「村長。取引の心配はいりません。砂船がありますから、我々が代わりに町へ行って取引をしてきますから」
「な、なんじゃと！？ お前たちが直接……ふむ。それならまぁ……」
オーリの言葉にようやく落ち着いたようだ。
と思ったら今度は――
「いやしかし。今度はお前たちが美味い汁を吸おうと言うのじゃな！」
「なんでそうなるんだよ」
「いくつじゃ！ いくつ持って行くつもりじゃ！！」
なんの話なのかと思えば、マストがこっそりと教えてくれた。
村長はこれまで、各集落から届けられた物々交換する物を商人に十で売ったら、その十で商人から食料や布、鉄製品などを買っていた。
十で買ったもののうち五を、各集落に分配していたそうだ。
代理で商人と取引してやる代わりの手数料だとして。
分からなくはない。
商人は村にしか来てくれないのだから、多少の手数料を取るのはいいだろう。
でも半分も持っていっていたとは。
なかなかがめついじーさんだ。
「じーさん、もういい加減にしろよ。砂船が手に入ったのなら、あの野郎に媚びへつらう必要もなくなるんだぜ」
「ボ、ハクト！」
「悪いなみんな。じーさんさ、自分が楽したいもんだからよ。俺は大賛成だぜ、直接町に行くってのは」
二十歳前後の若い男がやって来て、村長をなだめようとする。
やや厳つい顔で、少し怖い。
「彼は村長の孫のハクトくんだ」
「そうなんだ」
「ところでもう遅いから、うちで話そうぜ。ドリュー族も一緒なんて、珍しいな」
「初めましてモググ」
「初めまして」
「お、挨拶出来るのか。いい子だな。よしよし」
人間族とドリュー族の子供たちが挨拶をすると、厳ついハクトの表情が柔らかくなって子供たちの頭を撫でた。
じーさんがアレだけど、案外、孫の方はいい人なのかも？
「アス。我儘言わないでくれよ。な？」
『ヤダヤダヤダヤダヤダヤダッ。ボクモ行キタイ行キタイ行キタイ』
アスがこんなに我儘言うなんて、珍しいな。
置いていかれると思っているんだろう。
「十日ぐらいで帰ってくるからさ」
たぶん。
『十日モ！？ ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。絶対行クモンッ』
「アスちゃん、ごめんなさい。町にはこの前の悪い商人さんみたいな方がいっぱいいるかもしれないんです」
「アスが誘拐されるかもしれないの。だから連れていけないのよ。ね？」
これは本当だ。
町に行けば悪い人間もいるだろう。それもひとりや二人じゃないはず。
そんな所へアスなんて貴重種族を連れて行ったらどうなるか。
あのしつこい商人みたいなのに、わんさかと狙われることになるだろう。
町で騒ぎを起こす訳には行かない。
そうなると、アスを連れて行かないのが吉だ。
ここならバフォおじさんがいる。
それに――
北の空を見上げる。
この砂漠ではまさに最強と言える存在が、あそこにいるからな。
アスがかわいくて仕方ない、あのおじちゃんが。
ここほど安全な場所はないだろう。
なんだろうけど……
『ヤダヤダヤダ。置イテ行ッチャヤダ！！』
はぁ……。
こうなったら仕方ない。
「という訳なんだバフォおじさん。少しの間、アスの気を引いてくれないか？」
「はぁ……まぁ仕方ねぇか。アス坊を町に行かせるのは、いろんな意味でマズいからな」
そうなんだよ。いろんな意味なんだよなぁ。
誘拐されるっていう危険もあるけど、アスが『悪イ人間ダー』って暴れて、町に被害が出るのもマズい。
小さくてもドラゴンだ。
その実力は、俺なんかよりよっぽど上なはず。
「それにさ。あそこのおじちゃんが心配して飛んで来たら、地獄絵図になるだろうし」
「……だな」
「「はぁ」」
男二人でため息を吐いた後、さっそく俺たちは行動に移した。
まず。
こっそり荷造りをして、俺のインベントリに入れておく。
そしてバフォおじさんの魔法講義が始まったら、即行で渓谷の外側に停泊させてある砂船に乗って――
「マリウス。急いで出航だ」
「アイアイサー」
マリウスが魔道具を起動させ、船が動き出す。
『いってらっしゃーい』
「ユユ。アスのこと頼んだぞ」
『うーん。任せてぇ』
アスは飛べないから、追いかけて来ようとすれば必ず渓谷を通る。
その渓谷を出た所にはユユたちがいる。
アスが追いかけてこないよう、ユユたちに引き留めてくれるよう頼んでおいた。
そして気を紛れさせるために、いっぱい遊んでやってくれとも。
「気づいたらきっと泣くのでしょうね」
「だなぁ」
「仕方ないわよ。町へはアスがもう少し大きくなってからにしましょう」
「いや……大きくなったらなったで、それはまた大騒ぎになるんだけど」
「あ……そ、そうね」
アスが今より大きくなって頼もしくなれば、誘拐される心配はなくなってもお騒ぎになる心配は残る。
きっと「怪獣だー！ 怪獣が出たぞー！！」みたいなノリになるだろう。
順調に砂船は進んでいく。
船は甲板の下にも空間があって、天井は低いものの寝るには十分だった。
甲板上に屋根付きの船室がないので、手を加えてタープを設置。
出発したその日の日暮れ前には、ルーシェたちの故郷とも言える村へと到着した。
「驚いたよ。商人が乗る船で、まさかオーリらが来るとは思わんかった」
「村長、お久しぶりです。驚かせてすみません。実は――」
村長と面識があるのはオーリとマストの二人だけ。
そこで二人がこちらの事情を話し、商人がもう来ないかもということを伝えた。
困らせはするだろうけど、商人や盗賊、王国軍に襲われたこちらに同情してくれるだろと思っていたのだが……。
「な、なんてことをしてくれたんじゃ！ たかがモンスター一匹、引き渡せばよかろうっ。取引が出来なくなれば、この村はお終いじゃ！」
ヒステリックに叫び出すじーさん。
こんなのが村長なのか……残念でしかないな。
村のすぐ傍には、小さな池があった。
オアシスと言うのは程遠い。
村の人口は一〇〇人ほどで、池の他にも井戸があるってオーリとマストは言ってたな。
だから村を離れた人らが暮らす集落よりは、いくぶんマシなんだって。
確かに村で見た畑の作物は、俺が集落で初めて見た時のものより育ちがいい。
それに種類も多いようだ。
まぁ今のうちの集落に比べると、だんぜん少ないけどさ。
「村長。取引の心配はいりません。砂船がありますから、我々が代わりに町へ行って取引をしてきますから」
「な、なんじゃと！？ お前たちが直接……ふむ。それならまぁ……」
オーリの言葉にようやく落ち着いたようだ。
と思ったら今度は――
「いやしかし。今度はお前たちが美味い汁を吸おうと言うのじゃな！」
「なんでそうなるんだよ」
「いくつじゃ！ いくつ持って行くつもりじゃ！！」
なんの話なのかと思えば、マストがこっそりと教えてくれた。
村長はこれまで、各集落から届けられた物々交換する物を商人に十で売ったら、その十で商人から食料や布、鉄製品などを買っていた。
十で買ったもののうち五を、各集落に分配していたそうだ。
代理で商人と取引してやる代わりの手数料だとして。
分からなくはない。
商人は村にしか来てくれないのだから、多少の手数料を取るのはいいだろう。
でも半分も持っていっていたとは。
なかなかがめついじーさんだ。
「じーさん、もういい加減にしろよ。砂船が手に入ったのなら、あの野郎に媚びへつらう必要もなくなるんだぜ」
「ボ、ハクト！」
「悪いなみんな。じーさんさ、自分が楽したいもんだからよ。俺は大賛成だぜ、直接町に行くってのは」
二十歳前後の若い男がやって来て、村長をなだめようとする。
やや厳つい顔で、少し怖い。
「彼は村長の孫のハクトくんだ」
「そうなんだ」
「ところでもう遅いから、うちで話そうぜ。ドリュー族も一緒なんて、珍しいな」
「初めましてモググ」
「初めまして」
「お、挨拶出来るのか。いい子だな。よしよし」
人間族とドリュー族の子供たちが挨拶をすると、厳ついハクトの表情が柔らかくなって子供たちの頭を撫でた。
じーさんがアレだけど、案外、孫の方はいい人なのかも？
