「ほら、動かないっ」
「う……」
「前髪が長いですねぇ」

 椅子に座らされ、二人に髪を弄られている。
 
 もともと前髪は長い方で、これには訳があった。
 両親が亡くなってから、ふいに涙が出ることがあって……それを見られたくなくて伸ばしていた。
 が、異世界に来て一度も切っていない。
 完全に目を隠す長さまで伸びてしまい、邪魔だなーっと触っていたら「切るわよ!」というシェリルの一言でこんな状況に。

 だが心配なことがある。

「なぁ……そのハサミ、さびさびじゃないか?」
「そうですね。十年以上使っていますし」
「替えがないのよ。仕方ないでしょ」

 木材がなかったのは、俺のスキルで解決した。
 鉄は……成長しないもんなぁ。
 
「集落にある鉄製品も、行商人から?」
「村から持ってきたそうなんで、たぶん物々交換で商人から買ったものだと思います」

 商人……村が取引しているのがあいつだとしたら……二度と来ないだろうな。
 というか生きているのだろうか。

 あんな奴のことより今は、俺の髪の方が大事だ。
 切るのはいい。
 でもサビだらけのハサミで、はたしてちゃんと切れるのか心配だ。
 ガッタガタになったりしないだろうなぁ。
 切りすぎちゃったてへぺろとかにならなきゃいいけど。

「あっ」
「あぁ……」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。

「今の『あっ』って、どの『あ』なんだ!?」
「な、なんでもないわよ」
「はい。なんでもありません」

 絶対あるだろぉぉぉぉぉぉーっ。

 結果。

「ユタカ兄ちゃん、どうしたんだよその前髪」
「しーっ。エディくん、しーっですよ」
「さ、さぁユタカ。狩りに出かけるわよっ」

 絶対切りすぎてる。絶対!

 ここには鏡がない。
 水に映るのを見るしかないが、二人が見せてくれない。
 切りすぎた前髪を見せないためだろう。

「マリウスー。狩りに行くから砂船を出してくれ」
「承知しましたダイチさ……なんですか、その前髪。切りすぎでしょ」
「ちょっとマリウス!」
「しーっ、ですから。しーっ」

 やっぱり切りすぎなんじゃないか!

 はぁ……いいけどさぁ。
 でもちゃんと切れるハサミはあったほうがいいよな。
 それに鏡も。

 砂船を手に入れたおかげで、移動範囲がぐんっと増えた。
 今度、俺が一番最初に成長させたツリーハウスのところへいくつもりだ。
 種を採りに。

 砂船があれば、砂漠で唯一だという町にも行けるんじゃないか?
 徒歩で一カ月近く掛る道のりも、砂船なら二、三日だ。
 もし村に来ていた行商人が奴だとしたら、今後来ることはない――と思う。

 悪いのは奴だけど、だからといって他の集落や村の人を困らせたい訳じゃない。

「なぁ。今度さ、町に行ってみないか?」
「町、ですか?」
「どうしたの、急に。町まで一カ月はかかるのよ?」
「それは徒歩での話だろ。でも今の俺たちには、砂漠を高速移動出来る手段があるじゃないか」

 実は砂船、一隻だけじゃない。
 王国軍が乗り捨てた砂船のうち、二隻は辛うじて修復可能なレベルだった。
 今は動かせる状態じゃないが、集落の大工職人ダッツが頑張って修理中だ。
 それに魔道具もある。

 火竜の風圧で木っ端みじんになった砂船に搭載されていた魔道具は、ワームたちが探して拾ってきてくれた。
 あの子たちは本当にいい子だ。
 モンスターってテイムすると、あんな風に懐くものなのかとマリウスに尋ねてみたが、

「それはテイムしたモンスターと、どう接するかで変わってきます。先入観のないダイチ様は、あの子らを仲間か友のように思っているでしょう? だからあの子らも同じように思っているのだと推測します」

 だとさ。
 普通は従属させ、何をするにも命令するのが当たり前な関係らしい。
 命令か。
 俺、そんな偉い立場の人間でもないし、誰かに命令するのもされるのも面倒くさい。
 対等でいいよ。

「で、どう?」

 町へ行くかどうか。
 二人は顔を見合わせ、それから満面の笑みを浮かべて「うん」「はい」と答えた。





「行くなら村の方にも寄って行かないか? あの行商人と取引していたのかもしれないし。それだと今後、取引に来なくなるだろうからさ。そうなったらみんな困るだろ」
「そこまで考えてくれるとは、ユタカくんには感謝しきれないな」
「いやいや。考えるだけならサルでも出来るから」
「さる?」
「ある動物の名前」

 集落の人たちを集めて、町へ行く件について話した。
 砂船が修理出来れば、他の人にも操舵を覚えて貰わないといけない。
 あと買い出しが目的でもあるし、実際に行ってみて、何があってどれが必要なのか直接見て貰う方がいいと思って。
 で、何人かで行くことになった。

「ドリュー族はどうする?」

 亜人種が町でどんな扱いをされているのか、ちょっと心配ではある。
 奴隷――そんな風に取引なんてされていたら、連れていくことで危険な目に合せてしまうかもしれない。

 だが――

「砂漠の町はずっと西だと聞いたモグ。西の方にもドリュー族はいるモグから、もしかしたら同族に会えるかもしれないモグなぁ」
「むしろ向こう側の方で暮らすドリュー族の方が多いモグよ」
「そうだったのか」
「モグ。噂だと町の更に西側には、海が見えるらしいモグ」

 へぇ。海かぁ。
 町から海まで近いのなら、他の土地からの商品なんかは航路で運ばれているのかもしれないな。

「ユタカさんは、海をご存じですか?」
「ん? あー、俺が以前住んでいたところは、くる――三十分ほど歩くと海が見える土地だったんだ」

 車と言おうとしたが、この世界にそんなものはない。

「海の近くに住んでいたの!? いいなぁ」
「住んでいたというか、海に囲まれた島国だったからさ。海は身近だったんだ」
「水に囲まれたお国だったのですね。やっぱり羨ましいです」
「飲めない水だよ。海水なんて飲んだら、喉が焼けてしまうから」

 それでもルーシェとシェリルは「いいないいな」と羨ましがる。

「じゃ、町へ行くのは俺とルーシェとシェリル。オーリとエディに、マストと息子のトロン、フィップ夫妻。それからトレバー一家、クリントとクリフ。それから、金銭感覚のあるマリウスお必須だな。以上、えぇっと」
『ボク入レテ十六人ダヨォ』
「よし、十六人だ、な……アス!?」
『マチッテ何?』

 いつのまにかアスもやって来て、話に加わっていた。
 だけどアスは連れていけない。

 町にアースドラゴンの子供なんて、連れていける訳ないだろ。