命からがら転移魔法陣で王都へと帰還したアリアンヌ。
彼女が地下室から出ると、駆け付けた大臣が青ざめた顔で呼びかけた。
「アリアンヌ王女っ。た、大変でございます。国王陛下が――」
「お父様が? あら、やっとくたばってくださったのかしら」
親である王である相手の死を望んでいたかのような発言に、大臣の顔はますます青く染まる。
「い、いえ、それが……」
「なんです? ハッキリおっしゃいなさい。砂まみれで早く入浴をして、着替えたいのよ」
悪態をつくアリアンヌの背後から、数人の騎士たちがやって来た。
彼らは王直属の近衛騎士たちである。
「あら、もう私に忠誠を誓いに来たのかしら」
「いいえ、アリアンヌ王女。我々が忠誠を使うのは国王のみ」
「だからこの私が――ちょっと、何をするのよっ」
「国王陛下がお呼びでございます」
「国王? 死んだんじゃないの!?」
「ご自身のお父上君ですぞ。そのような言い方はいかがなものかと」
アリアンヌは騎士に両脇を抱えられ、半ば引きずられるようにして連れていかれる。
向かった先は謁見の間。
その王座にはつい最近まで彼女が座っていた。
だが今、その座に座っているのは中年の男――この国の王であった。
(くたばったんじゃなかったの!?)
後ろからやって来た大臣をきっと睨みつける。
大臣は視線を逸らしてアリアンヌの形相から免れた。
「アリアンヌよ。わしが病に臥せっている間に、ずいぶんとやらかしてくれたものだな」
「お、お父様。いったい何のことでしょう?」
「とぼけるなっ。勝手に召喚の儀式を行い、勝手に隣国へ宣戦布告をし、さらには大事な騎士団を半壊状態にしたというではないか!!」
「ちっ。あ、お父様。それは誤解ですわ。この国を思ってやったこと。勝手だなんて言われるのは、心外でしてよ」
「だまれこのバカ娘め! 貴様は国外追放だっ」
頭に血が上って興奮したせいか、はたまたトンデモ娘のせいで眩暈がしたのか、国王がよろよろと玉座にもたれかかる。
「あらあら、お父様。今にも死んでしまいそうじゃありませんか。私を追放してどうするというのです? 出来の悪い弟はまだ十一歳。とても玉座に付けるような年齢ではありませんことよ」
「だまれっ。アルベルトは賢く、他者に対しても配慮の出来る良い子だっ。それにわしはまだ死なん。確かに不治の病に侵されはしているが、司祭殿らのおかげで病の進行を遅らせることが出来た。あと十年はもつと、太鼓判を貰ったところだ!!」
「……え」
「わしの死を望むとは……我が子ながら、なんと愚かな女だ」
国王が手を上げる。
連れていけ――という合図だ。
「南のフォースブルーに捨ててしまえ」
「フォ、フォースブルーですって!? あんな雪に覆われた不毛な地にっ」
「頭を冷やすにはちょうどよかろう」
それだけ言うと、王は再び手を振った。
アリアンヌはありったけの罵声を飛ばしたが、国王は顔色人頭変えず、むしろ興味なさそうに顔を背けた。
「私が……私こそが女王の座に相応しいのよ! お前たち、私に触れていいと思っているのっ。私はこの国の――」
「アリアンヌ様。陛下より追放が言い渡された瞬間に、あなたは既にこの国の王族ではないのですよ」
「な、なんですってっ」
「陛下からせめてもの情けだと、住居とコート、当面の食料もご用意しております。まずは東にお進みください」
「東? どういう意味よっ」
近衛騎士に腕を掴まれ放り出された場所は、転移用魔法陣の上。
「い、嫌よ。私は王女よ。女王にな――」
アリアンヌの声は途中で消えた。
彼女自身が消えたのだ。
「「はぁ……」」
近衛騎士も転移魔法を発動させた魔術師たちも、大きなため息を吐いた。
その頃、春か南の極寒の地フォースブルーでは……。
「さ、さむっ。わた、わた、私は女王よ! こんなし、仕打ち、許されるとおも、思っているの!?」
叫ぶアリアンヌの声を聞く者は誰もいない。
それでも彼女はしばらくの間、ヒステリックに叫び続けた。
が、それが無駄だと分かると、呆然と空を見つめる。
そして思い出したかのように、東へと歩き出した。
その頃、ゲルドシュタル王国の東の国境付近にある森の中では――
「どうして僕たちがこんな目に会わなくてはいけないのだ」
皇帝、金剛、輝星の三人は、スタンピードの騒ぎに乗じて逃げ出すことに成功していた。
おかげで送り迎えをしてくれる馬車の御者、護衛の兵士らとは逸れてしまった。
お金ならある。
王国から支給されたお金は、全て皇帝が管理していたから。
そのお金で乗合馬車を利用しようと、魔宮の最寄りの町へ向かったがそこで問題が発生。
あちこち逃げ回っていたせいもあって、町へ到着したのはスタンピードから三日後。
ようやく辿りついた町の門の前で、「お前らっ、スタンピードを起こした張本人だな!」と衛兵に詰め寄られ再び逃げることになった。
逃げた先で別の町を見つけたが、そこではなんと、人相書きまで出回っていた。
お尋ね者――という訳ではない。
あくまで要注意人物として人相書きが冒険者ギルドに配られていたのだが、三人はそれを知らない。
ギルド関連の建物だとは知らず、その壁面に人相書きが張り出されていたのだからお尋ね者になっていると勘違い。
再び逃亡することとなった三人は、ついに国境まで来てしまっていた。
「くそっ。それもこれも全部、大地のせいだ」
「大地が? なんでだよ皇帝」
「ふん。考えてもみなよ。僕たちはあいつのために魔晶石というものを取りに行かせられたんだぞ。あいつさえいなければ、僕たちが魔宮に行かされることもなかったんだ」
「そう言われてみれば……その通りだ! 大地がいなければ、ボクたちがあんな場所に行くこともなかったし、スタンピードだかなんだかに遭遇することもなかったんだっ」
遭遇したのではなく、起こしたの間違いである。
「くっそぉ。大地の野郎。今度あったらぎったぎたにしてやる」
「そういえば王女が国外追放になったって噂、本当だと思うか?」
「先日の町で聞いたアレか。王国騎士団と共に砂漠で軍事訓練中、モンスターに襲われて騎士団を壊滅させたとかなんとか」
「国民には大地のことは伏せられているから、そういうことになっているんだな」
人ひとりを連れ戻すのに二千人を超える騎士団を動員したなど、国民には公表出来なかったのだろう。
しかもその二千人強の半分も戻ってこなかったのだから余計だ。
「あの王女、父親は不治の病でまもなく死ぬとか言ってただろ。けど国外追放の処分を下したのは、国王だっていうじゃないか」
「ボクたちは騙されていたって言う訳だね」
「くそっ。これだから顔だけ女は信用出来ないんだ」
盛大なブーメランである。
「これからどうするんだ、皇帝」
「……そうだな。僕たちは異世界人だ。有能なスキルも持っている。小林たちみたいな雑魚とは違う。他所の国でも僕らを賓客として迎え入れてくれるだろう」
「なるほどね。ボクらのような優秀な人材、どこに行っても重宝されるだようね」
「いい案だな。ちょうど国境付近だし、このまま隣の国に行くか」
金剛の言葉に、二人は頷く。
「みていろ大地豊。いつか必ず、復讐するからな」
どこか分からない方角を見つめ、皇帝が決意を固める。
しかしいったい何の復讐なのか。
こうなってしまったのは、全て自分たちが招いたことだというのに。
つまり自業自得。
しかし三人の辞書に、自業自得という言葉はなかった。
彼女が地下室から出ると、駆け付けた大臣が青ざめた顔で呼びかけた。
「アリアンヌ王女っ。た、大変でございます。国王陛下が――」
「お父様が? あら、やっとくたばってくださったのかしら」
親である王である相手の死を望んでいたかのような発言に、大臣の顔はますます青く染まる。
「い、いえ、それが……」
「なんです? ハッキリおっしゃいなさい。砂まみれで早く入浴をして、着替えたいのよ」
悪態をつくアリアンヌの背後から、数人の騎士たちがやって来た。
彼らは王直属の近衛騎士たちである。
「あら、もう私に忠誠を誓いに来たのかしら」
「いいえ、アリアンヌ王女。我々が忠誠を使うのは国王のみ」
「だからこの私が――ちょっと、何をするのよっ」
「国王陛下がお呼びでございます」
「国王? 死んだんじゃないの!?」
「ご自身のお父上君ですぞ。そのような言い方はいかがなものかと」
アリアンヌは騎士に両脇を抱えられ、半ば引きずられるようにして連れていかれる。
向かった先は謁見の間。
その王座にはつい最近まで彼女が座っていた。
だが今、その座に座っているのは中年の男――この国の王であった。
(くたばったんじゃなかったの!?)
後ろからやって来た大臣をきっと睨みつける。
大臣は視線を逸らしてアリアンヌの形相から免れた。
「アリアンヌよ。わしが病に臥せっている間に、ずいぶんとやらかしてくれたものだな」
「お、お父様。いったい何のことでしょう?」
「とぼけるなっ。勝手に召喚の儀式を行い、勝手に隣国へ宣戦布告をし、さらには大事な騎士団を半壊状態にしたというではないか!!」
「ちっ。あ、お父様。それは誤解ですわ。この国を思ってやったこと。勝手だなんて言われるのは、心外でしてよ」
「だまれこのバカ娘め! 貴様は国外追放だっ」
頭に血が上って興奮したせいか、はたまたトンデモ娘のせいで眩暈がしたのか、国王がよろよろと玉座にもたれかかる。
「あらあら、お父様。今にも死んでしまいそうじゃありませんか。私を追放してどうするというのです? 出来の悪い弟はまだ十一歳。とても玉座に付けるような年齢ではありませんことよ」
「だまれっ。アルベルトは賢く、他者に対しても配慮の出来る良い子だっ。それにわしはまだ死なん。確かに不治の病に侵されはしているが、司祭殿らのおかげで病の進行を遅らせることが出来た。あと十年はもつと、太鼓判を貰ったところだ!!」
「……え」
「わしの死を望むとは……我が子ながら、なんと愚かな女だ」
国王が手を上げる。
連れていけ――という合図だ。
「南のフォースブルーに捨ててしまえ」
「フォ、フォースブルーですって!? あんな雪に覆われた不毛な地にっ」
「頭を冷やすにはちょうどよかろう」
それだけ言うと、王は再び手を振った。
アリアンヌはありったけの罵声を飛ばしたが、国王は顔色人頭変えず、むしろ興味なさそうに顔を背けた。
「私が……私こそが女王の座に相応しいのよ! お前たち、私に触れていいと思っているのっ。私はこの国の――」
「アリアンヌ様。陛下より追放が言い渡された瞬間に、あなたは既にこの国の王族ではないのですよ」
「な、なんですってっ」
「陛下からせめてもの情けだと、住居とコート、当面の食料もご用意しております。まずは東にお進みください」
「東? どういう意味よっ」
近衛騎士に腕を掴まれ放り出された場所は、転移用魔法陣の上。
「い、嫌よ。私は王女よ。女王にな――」
アリアンヌの声は途中で消えた。
彼女自身が消えたのだ。
「「はぁ……」」
近衛騎士も転移魔法を発動させた魔術師たちも、大きなため息を吐いた。
その頃、春か南の極寒の地フォースブルーでは……。
「さ、さむっ。わた、わた、私は女王よ! こんなし、仕打ち、許されるとおも、思っているの!?」
叫ぶアリアンヌの声を聞く者は誰もいない。
それでも彼女はしばらくの間、ヒステリックに叫び続けた。
が、それが無駄だと分かると、呆然と空を見つめる。
そして思い出したかのように、東へと歩き出した。
その頃、ゲルドシュタル王国の東の国境付近にある森の中では――
「どうして僕たちがこんな目に会わなくてはいけないのだ」
皇帝、金剛、輝星の三人は、スタンピードの騒ぎに乗じて逃げ出すことに成功していた。
おかげで送り迎えをしてくれる馬車の御者、護衛の兵士らとは逸れてしまった。
お金ならある。
王国から支給されたお金は、全て皇帝が管理していたから。
そのお金で乗合馬車を利用しようと、魔宮の最寄りの町へ向かったがそこで問題が発生。
あちこち逃げ回っていたせいもあって、町へ到着したのはスタンピードから三日後。
ようやく辿りついた町の門の前で、「お前らっ、スタンピードを起こした張本人だな!」と衛兵に詰め寄られ再び逃げることになった。
逃げた先で別の町を見つけたが、そこではなんと、人相書きまで出回っていた。
お尋ね者――という訳ではない。
あくまで要注意人物として人相書きが冒険者ギルドに配られていたのだが、三人はそれを知らない。
ギルド関連の建物だとは知らず、その壁面に人相書きが張り出されていたのだからお尋ね者になっていると勘違い。
再び逃亡することとなった三人は、ついに国境まで来てしまっていた。
「くそっ。それもこれも全部、大地のせいだ」
「大地が? なんでだよ皇帝」
「ふん。考えてもみなよ。僕たちはあいつのために魔晶石というものを取りに行かせられたんだぞ。あいつさえいなければ、僕たちが魔宮に行かされることもなかったんだ」
「そう言われてみれば……その通りだ! 大地がいなければ、ボクたちがあんな場所に行くこともなかったし、スタンピードだかなんだかに遭遇することもなかったんだっ」
遭遇したのではなく、起こしたの間違いである。
「くっそぉ。大地の野郎。今度あったらぎったぎたにしてやる」
「そういえば王女が国外追放になったって噂、本当だと思うか?」
「先日の町で聞いたアレか。王国騎士団と共に砂漠で軍事訓練中、モンスターに襲われて騎士団を壊滅させたとかなんとか」
「国民には大地のことは伏せられているから、そういうことになっているんだな」
人ひとりを連れ戻すのに二千人を超える騎士団を動員したなど、国民には公表出来なかったのだろう。
しかもその二千人強の半分も戻ってこなかったのだから余計だ。
「あの王女、父親は不治の病でまもなく死ぬとか言ってただろ。けど国外追放の処分を下したのは、国王だっていうじゃないか」
「ボクたちは騙されていたって言う訳だね」
「くそっ。これだから顔だけ女は信用出来ないんだ」
盛大なブーメランである。
「これからどうするんだ、皇帝」
「……そうだな。僕たちは異世界人だ。有能なスキルも持っている。小林たちみたいな雑魚とは違う。他所の国でも僕らを賓客として迎え入れてくれるだろう」
「なるほどね。ボクらのような優秀な人材、どこに行っても重宝されるだようね」
「いい案だな。ちょうど国境付近だし、このまま隣の国に行くか」
金剛の言葉に、二人は頷く。
「みていろ大地豊。いつか必ず、復讐するからな」
どこか分からない方角を見つめ、皇帝が決意を固める。
しかしいったい何の復讐なのか。
こうなってしまったのは、全て自分たちが招いたことだというのに。
つまり自業自得。
しかし三人の辞書に、自業自得という言葉はなかった。