空から舞い降りた紅蓮の影――火竜だ。
飛んでくる大きめの火竜に手を伸ばすと、ハエを追い払うかのような仕草で爆散させた。
い、痛くないのか?
「はっは。来やがったか」
「バフォおじさん。いつの間に」
「バァーロー! 人間のくせにあんな高さから飛び降りて、タダで済むと思ってんのか。ギリギリで浮遊魔法が間に合ったからいいもんを」
「いや、成長促進で肉体強化すれば、いけるかなと思って」
「行けるわきゃねーだろっ」
う……ダメ、か。
バフォおじさんと並んで、火竜の様子を窺う。
『童《わっぱ》。下がっていろ』
『エ? 悪イ、オジチャン?』
『わるっ――ぐふっ』
あ、なんかダメージ喰らってるな。
首を振って気持ちを切り替えたか、船団に向かって吠えた。
『なっ、なんなのこのトカゲは!? ローウッド! 攻撃なさいっ』
『ひ、ひえぇっ。う、無理でございます王女っ。あれはトカゲなんて生易しいものではございませんっ』
『おだまりっ。お前たち、やっておしまいなさいっ』
『しか、しかしっ』
王女が拡声器を使いっぱなしのせいか、賢者や他の部下たちの慌てっぷりが周辺に響き渡る。
賢者や部下の動揺が騎士に伝わったのか、突撃して来ようとしていた奴らの足が完全に止まってしまった。
いや、目の前のこの巨大な火竜を前に突っ込んでくるバカもいないか。
『下賤な人間どもよ。ここは我の縄張りである。今すぐ立ち去るのであれば、今回だけは見逃してやろう。去らないのであれば、灰も残さず焼きつ尽くしてくれる』
『おだまりなさいっ。トカゲの分際で、女王となるこの私にたてつこうという『おやめくださいアリアンヌ王女っ』な、なによっ』
『あれはドラゴンの中でも上位個体、ハイ・ドラゴンですぞ! この程度の戦力で、勝てる相手ではございませんっ』
『そうですっ。それにあれはファイア・ドラゴンではなく、その上位のフレイム・ドラゴン。一瞬でこの一帯を焦土に出来るほど強力なブレスを吐くのですよっ』
――らしい。
なんか詳しい説明ありがとうって感じ。
しかも全員にそれが聞こえているもんだから、自軍の士気を下げるのにも貢献してくれている。
本当にありがとうございます。
『はぁ……返事が遅いっ』
いや、まだ三〇秒ぐらいしか経ってませんけど。
火竜はその大きな翼をひろげ、一度だけ羽ばたいた。
それだけで砂船が四隻、宙に舞う。
いくら下が砂とはいえ、さすがにあれは……木っ端みじんだ。
『遅すぎて欠伸が出るわ』
今度は大きな欠伸をし、空に向かって巨大なブレスを吐いた。
ゴオォォォォォォっという轟音と共に、空がオレンジ色に光る。
あの炎を喰らったら、確かに灰も残らなさそうだ。
その光景を目にした騎士がひとり、またひとりと踵を返す。
全員が逃げ始めるのに、そう時間は掛からなかった。
『ちょっと、お待ちなさいっ。敵前逃亡は死罪よ!』
『王女っ。我々も逃げませんとっ』
『全員で掛かりなさいよっ』
『我が国の魔術師全員を動員しても、鱗一枚傷つけるのが精いっぱいですぞっ』
ここでダメ押しとばかり、火竜が鼻息とともに火球を……いや、火がついた鼻くそ? を飛ばす。
「ああぁぁぁ、そこはっ」
鼻くそ火球が着弾した場所には、昨日の夜にせっせと撒いた燃える石が……。
あぁ、着火したよ。
傍にあった砂船にも燃え移った。
慌てて舵を切ったんだろう。隣の船に衝突して、燃え移って……乗員たちが慌てて砂の上に飛び降りていた。
『ん? 思ったよりよく燃えている』
『ワーイ。ユユタチト昨日、頑張ッテ撒イタカイガアッタネェ』
『ねぇー』
『頑張ったのぉ』
そう。アスもワームたちも、ドリュー族のように夜目が利く。
燃える石ばら撒き作戦は、アスやユユたちにやって貰った。
どうしても撤退してくれなかった時は、残念ながら全破壊するしかない。
その時のために用意した仕掛けのひとつ……だったんだけど。
ま、まぁ、予想通りの効果でよかったよ。うん。
「ユタカさんっ」
「このバカ! なんで飛び降りるのよっ」
「ルーシェ、シェリ、うわっ」
二人が空からふわっと降りて来た。
ど、どうなってるんだ?
崖の上を見ると、なんか必死そうに杖を握るマリウスの姿が見えた。
『ミテミテ。作戦ウマクイッタヨォ』
『いっぱい燃えてるぅ』
『あちちぃ』
アスたちが戻って来る。
「アス、ユユ、チビユ。なんでさっきは飛び出して行ったんだよ。危ないじゃないか」
『……デモ』
「あぁ、分かってる。俺たちを守りたかったんだよな」
『ウン』
「ありがとな。でも、心配させないでくれよ」
『ごめんなさい』『ごめんなの』
しょんぼりしている三匹に、両手を広げて抱きしめる。
もうサイズ的に抱きしめるっていうより、手を伸ばして触れるのがギリギリだけど。
あぁ、ミミズなんてって思ってたのに、やっぱ情が移るよなぁ。
最近ユユたちがかわいく見えてきたし。
ルーシェたちもテイムした子を抱きしめている。
あの子たちの声は聞こえないけど、気持ちはユユたちと同じだろう。
「ふぅ。奴ら帰っていくぜ。半数ぐれぇは徒歩だがよ」
「魔法陣でさっと帰れないのか」
「人間の魔力じゃ、転移魔法陣を新しく作るのに何日も掛かんだよ」
あぁ、マリウスも難しい魔法だって言ってたな。
元々砂船にはこれでもかって人数を乗せてきたはずだ。
船を失った連中を拾う余裕はないみたいだ。
いったい何人が無事に国に帰れるかな。
一四隻だった砂船で、退却出来たのは半数にも満たない五隻。
その五隻も竹やりが何本も刺さってるし、無事とはいえないだろうな。
これに懲りてくれるといいな。
こっちの被害はゼロでも、向こうは……。
俺ひとりを捕まえるために、いったい何人が。
くそっ。
考えるのはよそう。
『悪イオジチャン、ボクタチヲ助ケテクレタノ?』
『……わ、悪い……ぐはっ』
あぁあ。まぁたダメージ喰らってるよ。
「アス。助けてくれたんだから、悪いおじちゃんじゃないさ」
本当はおじちゃんでもないんだけど。
それを俺の口からは言えない。
『悪イオジチャンジャ、ナイ?』
火竜が必死に頷いている。
『ジャー……赤イオジチャン』
「ぶほっ。いや、ま、そう、だけどさ」
「アスちゃん。こういう時は優しいおじさんって言うんですよ」
『優シイ? デモコノオジチャン、前ニミンナヲイジメヨウトシタシ』
『そ、それは……か、勘違いだったのだ。すまなかった……』
「おぉっと。火竜が頭下げるたぁな。ビックリだぜ。アス坊、許してやんな。許す心ってぇのも、大事なもんだぜ」
いいこと言うなぁ、悪魔のくせに。
『許ス……心……。分カッタ、許シテアゲル。ソレカラ、助ケテクレテアリガトウ、優シイオジチャン』
『おぉ、おおぉぉ』
喜んでるな、優しいおじさん。
『童もよく頑張った。勇敢であったぞ』
『ホント! エヘヘ、褒メラレタ。デモボクダケジャナイヨ、ユユタチモ頑張ッタンダカラ』
『ユユ?』
『ボクノ友達。ユユ、チビユ、ルル、チル、リリ、チリダヨ』
紹介されたワームたちは、ちょっとビビっていた。
飛んでくる大きめの火竜に手を伸ばすと、ハエを追い払うかのような仕草で爆散させた。
い、痛くないのか?
「はっは。来やがったか」
「バフォおじさん。いつの間に」
「バァーロー! 人間のくせにあんな高さから飛び降りて、タダで済むと思ってんのか。ギリギリで浮遊魔法が間に合ったからいいもんを」
「いや、成長促進で肉体強化すれば、いけるかなと思って」
「行けるわきゃねーだろっ」
う……ダメ、か。
バフォおじさんと並んで、火竜の様子を窺う。
『童《わっぱ》。下がっていろ』
『エ? 悪イ、オジチャン?』
『わるっ――ぐふっ』
あ、なんかダメージ喰らってるな。
首を振って気持ちを切り替えたか、船団に向かって吠えた。
『なっ、なんなのこのトカゲは!? ローウッド! 攻撃なさいっ』
『ひ、ひえぇっ。う、無理でございます王女っ。あれはトカゲなんて生易しいものではございませんっ』
『おだまりっ。お前たち、やっておしまいなさいっ』
『しか、しかしっ』
王女が拡声器を使いっぱなしのせいか、賢者や他の部下たちの慌てっぷりが周辺に響き渡る。
賢者や部下の動揺が騎士に伝わったのか、突撃して来ようとしていた奴らの足が完全に止まってしまった。
いや、目の前のこの巨大な火竜を前に突っ込んでくるバカもいないか。
『下賤な人間どもよ。ここは我の縄張りである。今すぐ立ち去るのであれば、今回だけは見逃してやろう。去らないのであれば、灰も残さず焼きつ尽くしてくれる』
『おだまりなさいっ。トカゲの分際で、女王となるこの私にたてつこうという『おやめくださいアリアンヌ王女っ』な、なによっ』
『あれはドラゴンの中でも上位個体、ハイ・ドラゴンですぞ! この程度の戦力で、勝てる相手ではございませんっ』
『そうですっ。それにあれはファイア・ドラゴンではなく、その上位のフレイム・ドラゴン。一瞬でこの一帯を焦土に出来るほど強力なブレスを吐くのですよっ』
――らしい。
なんか詳しい説明ありがとうって感じ。
しかも全員にそれが聞こえているもんだから、自軍の士気を下げるのにも貢献してくれている。
本当にありがとうございます。
『はぁ……返事が遅いっ』
いや、まだ三〇秒ぐらいしか経ってませんけど。
火竜はその大きな翼をひろげ、一度だけ羽ばたいた。
それだけで砂船が四隻、宙に舞う。
いくら下が砂とはいえ、さすがにあれは……木っ端みじんだ。
『遅すぎて欠伸が出るわ』
今度は大きな欠伸をし、空に向かって巨大なブレスを吐いた。
ゴオォォォォォォっという轟音と共に、空がオレンジ色に光る。
あの炎を喰らったら、確かに灰も残らなさそうだ。
その光景を目にした騎士がひとり、またひとりと踵を返す。
全員が逃げ始めるのに、そう時間は掛からなかった。
『ちょっと、お待ちなさいっ。敵前逃亡は死罪よ!』
『王女っ。我々も逃げませんとっ』
『全員で掛かりなさいよっ』
『我が国の魔術師全員を動員しても、鱗一枚傷つけるのが精いっぱいですぞっ』
ここでダメ押しとばかり、火竜が鼻息とともに火球を……いや、火がついた鼻くそ? を飛ばす。
「ああぁぁぁ、そこはっ」
鼻くそ火球が着弾した場所には、昨日の夜にせっせと撒いた燃える石が……。
あぁ、着火したよ。
傍にあった砂船にも燃え移った。
慌てて舵を切ったんだろう。隣の船に衝突して、燃え移って……乗員たちが慌てて砂の上に飛び降りていた。
『ん? 思ったよりよく燃えている』
『ワーイ。ユユタチト昨日、頑張ッテ撒イタカイガアッタネェ』
『ねぇー』
『頑張ったのぉ』
そう。アスもワームたちも、ドリュー族のように夜目が利く。
燃える石ばら撒き作戦は、アスやユユたちにやって貰った。
どうしても撤退してくれなかった時は、残念ながら全破壊するしかない。
その時のために用意した仕掛けのひとつ……だったんだけど。
ま、まぁ、予想通りの効果でよかったよ。うん。
「ユタカさんっ」
「このバカ! なんで飛び降りるのよっ」
「ルーシェ、シェリ、うわっ」
二人が空からふわっと降りて来た。
ど、どうなってるんだ?
崖の上を見ると、なんか必死そうに杖を握るマリウスの姿が見えた。
『ミテミテ。作戦ウマクイッタヨォ』
『いっぱい燃えてるぅ』
『あちちぃ』
アスたちが戻って来る。
「アス、ユユ、チビユ。なんでさっきは飛び出して行ったんだよ。危ないじゃないか」
『……デモ』
「あぁ、分かってる。俺たちを守りたかったんだよな」
『ウン』
「ありがとな。でも、心配させないでくれよ」
『ごめんなさい』『ごめんなの』
しょんぼりしている三匹に、両手を広げて抱きしめる。
もうサイズ的に抱きしめるっていうより、手を伸ばして触れるのがギリギリだけど。
あぁ、ミミズなんてって思ってたのに、やっぱ情が移るよなぁ。
最近ユユたちがかわいく見えてきたし。
ルーシェたちもテイムした子を抱きしめている。
あの子たちの声は聞こえないけど、気持ちはユユたちと同じだろう。
「ふぅ。奴ら帰っていくぜ。半数ぐれぇは徒歩だがよ」
「魔法陣でさっと帰れないのか」
「人間の魔力じゃ、転移魔法陣を新しく作るのに何日も掛かんだよ」
あぁ、マリウスも難しい魔法だって言ってたな。
元々砂船にはこれでもかって人数を乗せてきたはずだ。
船を失った連中を拾う余裕はないみたいだ。
いったい何人が無事に国に帰れるかな。
一四隻だった砂船で、退却出来たのは半数にも満たない五隻。
その五隻も竹やりが何本も刺さってるし、無事とはいえないだろうな。
これに懲りてくれるといいな。
こっちの被害はゼロでも、向こうは……。
俺ひとりを捕まえるために、いったい何人が。
くそっ。
考えるのはよそう。
『悪イオジチャン、ボクタチヲ助ケテクレタノ?』
『……わ、悪い……ぐはっ』
あぁあ。まぁたダメージ喰らってるよ。
「アス。助けてくれたんだから、悪いおじちゃんじゃないさ」
本当はおじちゃんでもないんだけど。
それを俺の口からは言えない。
『悪イオジチャンジャ、ナイ?』
火竜が必死に頷いている。
『ジャー……赤イオジチャン』
「ぶほっ。いや、ま、そう、だけどさ」
「アスちゃん。こういう時は優しいおじさんって言うんですよ」
『優シイ? デモコノオジチャン、前ニミンナヲイジメヨウトシタシ』
『そ、それは……か、勘違いだったのだ。すまなかった……』
「おぉっと。火竜が頭下げるたぁな。ビックリだぜ。アス坊、許してやんな。許す心ってぇのも、大事なもんだぜ」
いいこと言うなぁ、悪魔のくせに。
『許ス……心……。分カッタ、許シテアゲル。ソレカラ、助ケテクレテアリガトウ、優シイオジチャン』
『おぉ、おおぉぉ』
喜んでるな、優しいおじさん。
『童もよく頑張った。勇敢であったぞ』
『ホント! エヘヘ、褒メラレタ。デモボクダケジャナイヨ、ユユタチモ頑張ッタンダカラ』
『ユユ?』
『ボクノ友達。ユユ、チビユ、ルル、チル、リリ、チリダヨ』
紹介されたワームたちは、ちょっとビビっていた。