【書籍化】ポイ捨てされた異世界人のゆるり辺境ぐらし~【成長促進】が万能だったので、追放先でも快適です~

「砂船がひとつ、こっちに来るわっ」
「一隻ですっ」

 ニードルサボテンを収穫し、涼しくなるまで一休みしながら南を警戒しようとした矢先だ。
 砂丘に登っていたシェリルとマリウスが叫ぶ。

 砂船、またあの商人か?

 全員で砂丘に登り、マリウスに遠見の魔法を掛けて貰った。
 目の負担を考えて、持続時間は三〇秒だけ。
 
『前見タノヨリ、少シ大キイネェ』
「マリウス。あの船に掲げられている旗って」
「はい。ゲルドシュタル王国のものです」
「ということは、乗っているのは先日のような騎士でしょうか?」

 それを確認する前に、遠見の魔法の効果が消えてしまった。

「マリウス、もう一回――」
「た、大変です!?」
「どうしたっ」

 マリウスが俺の顔を掴み、慌てて呪文を唱える。

「見てください!」

 急いで砂船を探す。
 あったあった。何が大変なんだ?

「騎士たちが――」
「騎士、たちが?」

 乗船しているのは三十人ほどか。

「鎧を脱いでいます!!」
「……あ、あぁ。本当だな」

 ここでプツんと魔法の効果が切れた。
 でも確かにあいつら、鎧を着ていなかったな。
 ただその服装はこの前の盗賊たちと違って、整ったもの。
 
「砂漠で全身鎧は死にに行くようなものって、やっと気づいたみたいね」
「学習出来たのですねぇ」
『エライエライ』
「偉くないですっ。これで脱落者が減るんですから、死活問題ですよっ」

 まぁ確かにな。
 それに砂船なんか持ち出してきやがって。
 
 でも見える範囲には一隻しかいなかった。

「偵察、かな?」
「そうでしょうね。進軍ルートを確認しに来たのかと。なんせ詳細な場所を知っているのは、僕かあの時の商人でしょうし」
「ちなみにさ。王国には砂船とかあるのか?」
「いえ。王国は砂漠に面していませんので、そういったものは……じゃあ、あれはどこから」
「まぁ、あの時(・・・)の商人だろうなぁ」

 まだ懲りずにアスを狙っているのか?
 にしても奴ら、まっすぐこちらに向かって来ているな。
 目視でも確認出来るようになったぞ。

「あ、そうか。この木を目指してきているのか」

 日陰用に成長させたモミの木だ。

「そりゃ砂漠じゃ目立つものね」
「どうしましょう?」

 ……来るっていうなら。

「ありがたくちょうだいしようぜ、あの船」
「いいわね」
「船なんて動かせるでしょうか?」
『アレ貰うウノ? ボク乗ッテミターイ』
「あ、動かし方は大丈夫です。前に乗せて貰った時、動かし方を教えて貰いましたから」

 そうか。前にマリウスが襲撃者側だった時には、砂船で近くまで来ていたんだな。
 なんて言ってる間にも、砂船は近づいて来た。

「アス」
『ハーイ。ドォーン』

 アスが前脚を持ち上げ砂を踏みしめる。
 その振動で船はバランスを崩し、盛り上がった砂に船主が突っ込んで急停止した。
 
 だがさすがに騎士だ。
 バカにしてはいたけど、どうやた統制は取れているらしい。
 すぐに下船用の板が掛けられ、剣を抜いた騎士たちが下りてくる。

「あ、そうだ。"成長促進"」

 ニードルサボテンの種は、クルミのような殻の中に二〇粒ほど入っていた。
 その種を、船から掛けられた板の方へと投げた。
 俺の手から離れて二十秒後に、種が生るまで成長!

「みんな、伏せろっ」
「ひえっ」
「あれもちゃんと収穫しないと」
「石鹸、たくさん作れますね」
『ボク平気』

 人間四人が砂に突っ伏して一呼吸した頃、

「ん? なんだ、このサボテンは。こんなのあったか――」
「いてててててててててて」
「ぎゃーっ。ななな、なんで棘がっ」

 突然生えたサボテンに、先頭の奴が触れた。
 まぁ突然目の前に生えてきたら、触っちゃうよな。
 棘ミサイルに怯んで下がれば、後ろに生えたサボテンに触れてしまう。
 そして棘ミサイルが発射される。

「鎧を着てたら棘なんて痛くも痒くもなかったろうになぁ」
「ダ、ダイチ様、鬼ですね」
「利用できるものを利用しただけさ」

 バタバタと騎士たちは倒れ、無傷なのはあとから降りて来た半数ほどだ。

「サボテンの種はまだまだあるんだぜ?」

 あと二〇粒ほどだけど。

「種? それがどうした!」

 お。威勢のいい騎士が剣を構えた。
 どうやら俺のスキルのことを知らされてないみたいだな。
 仕方がない。お披露目してやろう。

「捕獲する相手のことは、ちゃんとリサーチするもんだぜ。"成長促進"」

 さっきと同じ条件で、今度は一粒だけスキルを込めて投げた。
 どうやら威勢のいい騎士の目の前に落ちたらしい。
 ずぼっと生えたサボテンに、騎士は悲鳴を上げて腰を抜かした。

「俺のスキルは植物《・・》を一瞬で成長させる効果がある。聞いてなかったのか?」
「そ、そそ、それを早くいえっ。おお、王女様のご命令だっ。貴様、我々と来いっ」
「お断りします。そもそも、捨てたのはそっちだろ」
「あんたを捨てたのって、悪い魔術師じゃなかったの?」
「……魔法を使って俺のスキルを無理やり覚醒させたんだし、似たようなもんだろ?」

 そういえばルーシェとシェリルには、俺を捨てた連中が王女だってことを話していなかったな。
 あとでちゃんと話そう。
 でも……異世界人だってことは、どう説明しようか。
 信じてくれるかな。

「わ、我々と一緒に来れば、贅沢な暮らしが待っているんだぞっ。金も、女も、好きなだけ用意されるのだっ。こんな不毛な大地で暮らすより、よっぽど幸せだろうっ」
「その代わり、朝から晩までスキルを使って、それこそ死ぬまでコキ使われるんだろ? お金があったって使う暇もないんじゃ、意味がない。女も用意してくれなくて結構。ちゃんと自分で見つけたからさ。それに、不毛な大地っていうが、それを豊かな大地にするのが楽しいんじゃないか。俺はここで、十分幸せに暮らしているよ」
「くっ……我々が砂漠から帰るためには、貴様に来てもらわなくては困るのだ!」
「それはあんたらの都合だろ。俺には俺の都合ってものがあるんだ。知るかよっ」
「力づくで連行する! はっ、サボテンにさえ触れなければそれでいいのだからなっ」

 まぁそうなんだけどさ。

「アスー。もう一回どーんだ」

 言ってから俺はすぐに伏せる。もちろん他の三人も同じように伏せた。

『ドーン!』

 アスのどーんで幹が揺れたサボテンは、棘を発射。

「ぎゃあぁぁぁ」
「いてててててててて」 
「ふ、船に戻れぇ」

 残念。さっきのどーんで板は落ちてしまって、乗船するには自分の身長ほどの高さを乗り越えなきゃいけない。
 まぁサボテンは一本だけだったし、被害は少ない。
 そこへ――

「"スパイダーネット"」
「なんだマリウス。いい魔法持ってるじゃん」
「あ、ありがとうございますっ。いやぁ、この魔法って今まではネズミ捕りにしか使ってなかったのですが、案外役立つものですね」

 ネズミって……魔法の無駄使い!

 騎士の武器を全部取り上げ、彼らの周りをサボテンでぐるっと囲む。
 で、いろいろと情報を聞き出し、最後には――

「じゃ、この船は貰っていくよ」
「ド、ドロボォー!!」

 悪党に泥棒呼ばわりされるなんて、ちょっとショックだ。
 けど――
 
「出航だ」
「アイアイサー。風よ」

 風の力が込められた魔道具が発動し、帆が風を受け船が走り出す。
 うおぉぉぉ。快適ぃ。

 聞こえていた罵声もあっという間に遠くになり、そして聞こえなくなった。
 この砂船があれば、移動範囲も一気に広くなるなぁ。

 ありがとう、騎士様!
砂船をゲット出来て喜んでもいられない。
 集落に戻ってすぐ、会議を開いた。

「アスを狙っていた商人が、王国と手を組んだ。それで砂船を十五隻ほど用意するらしい」
「一隻で何人乗れるんだい?」
「五〇人ぐらいだ。代わりに荷物は積みこめないようだけどな」

 七五〇人が一度に、しかも素早く攻めてくることになる。
 さっきの砂船の連中は偵察隊。
 集落の位置は残念ながら、商人の口から聞いたそうだ。
 商人が嘘を言っていないかの確認と、こちらの戦力を偵察に来たと奴らは話していた。

「砂船だと南からここまで、片道二日半だったとあいつら言ってたな」
「そうですね。あの方々が戻らなければ、きっと攻めてくるはず」
「帰りに二日半、偵察のことも考えたら、三日は待ってるはず。それから攻めてくるとなると――」

 大人数が動くとなれば、スムーズにはいかないだろう。
 それでも、少なく見積もっても五日後、もしくは六日後には攻めてくるかもしれない。
 その時は七〇〇人以上だ。

「しばらくは見張りを立てて、襲撃に備えないとな。準備もしておこう」
「分かった」
「わしらも準備をするモグ」
「モグモグ」

 俺もせっせと成長《・・》させないとな。
 まずは水の木から瓢箪を全部収穫し、中身は――

『わーい。お水だぁ』

 微々たる量だけど、砂漠側に流した。
 砂漠といっても、ユユたちがせっせと砂を土壌改良してくれているおかげで、若干土っぽくなり始めている部分だ。

「ユユたちは水が好きなのか?」
『んー、お水だけのところは溺れそうで怖いよ。でも湿った土は好き』
「ワームって溺れるのか……」
『うん。ボクの体の長さより深い所だとね。ボクら体全体で呼吸してるけど、自ら少しでも出てたら大丈夫』

 ふぅーん。
 まぁあの地底湖でもない限り、ワームの体より深い水場なんてないだろう。

『前に仲間が山の上の方で溺れて死んだって聞いたんだ。怖いよねぇ』
『お水怖い?』
『深いお水には近づいちゃダメだけど、この辺りは浅いからいいよぉ』

 お、ちゃんと子供にも教えてやってるんだな。
 教育マ……ママ? パパ? まぁどっちでもいいや、とにかくえら――ん?

「ユユっ。山の上の方で仲間が溺れたって、どこだ!?」
『え、ずっと上の方』
「それはその……洞窟の中か?」
『違うよ。おっきな水たまりがあるの。んっとね――』

 ユユは砂漠の上を這い、大きな円を描いた。
 集落がすっぽり入るほどの、運動場ほどの大きさだ。

『これのねぇ、十倍ぐらーい』

 大きい……アスがいた地底湖だって、運動場半分より少し小さかったんだぞ。
 それが運動場の十倍って……そんな水、本当にあるのか!?





 その日の夜。
 俺はルーシェとシェリルに、自分のことを全部話した。
 証人としてマリウスにも同席して貰ってだ。

「ユタカさんが……別の世界から来た方……なのですか?」
「そうなんだ……黙っててゴメン。どう話せばいいか分からなかったし、話さない方がいいのかもと思って」
「今になって教えてくれたのは、その、連れ戻そうとしている王女様のことがあるから?」
「うん、それもある。まぁ話がややこしくなる前に伝えとこうと思ってさ」
「マリウスさんもご存じだったってことですよね?」
「はい、まぁ。僕が直接、その召喚儀式には参加していませんが、宮廷魔術師である師は召喚儀式にいましたので」

 宮廷魔術師の弟子ってことは、マリウスって意外と有能な魔術師だったのか?

「ユタカさん……お辛かったでしょう?」
「え?」
「元の世界に家族は?」
「あー、前に話した事故で家族は亡くなったってのは、本当なんだ。だから戻った所で、おかえりと言ってくれる人は誰もいない」
「そう、だったのですか……じゃ……私たちがいつでも、おかえりって言います。ね、シェリルちゃん」
「ゔん」
「ちょ、何泣いてんだよシェリルっ。両親亡くしたの、俺だけじゃなくってそっちもだろ」
「そうだけどぉ」

 まったく……俺まで貰い泣きしそうじゃな……。

「なんでマリウスが泣いてんだよ」
「らって、らって……うえぇーん」
「いい年した大人が泣くなよ!」
「大人だって悲しいときや感動した時は、泣くんですよおぉぉ」

 なんか貰い泣きしそうだったけど、一瞬で引っ込んだよ。

 ま、いっか。

 泣いてる三人の背中をぽんぽんしてやって、落ち着いた所でお茶を入れて一息ついた。
 
「ふぅ……にしても許せないわ!」
「は、はい?」
「ですです!」
「勝手に召喚しておいて、必要ないスキルだったから砂漠に強制転送したんでしょ?」
「一歩間違えば命を落としていたかもしれないんですよ。許せません!」

 さっきまで泣いてたのに、今度は怒ってる。

「作物が不作だからユタカが必要? だから無理やり連れ戻そうだなんて」
「自業自得です! ユタカさんは絶対、ユタカさんを連れて行かせたりしませんっ」
「「私たちが守ってあげる」」
「あ、うん……あ、ありがとう」

 俺が二人を守れるようになるのは、いつのことになるのだろうか。

「僕もお守りしますっ」
「いや、マリウスはいいから」
「そんなぁ」

 男にまで守られたくないよ!
ユタカたちがワームのテイムに成功した頃――


「商人が?」

 アリアンヌの下に商人が謁見を申し出てきた。
 その商人、転移魔法陣を使って砂漠から来たという。

「片側通行ではなかったのか?」
「商人が雇った魔術師が、こちらの魔法陣に手を加えて繋げたようです。ただ一回こっきりですが」
「ふぅん。なかなか優秀な魔術師がいるようね。その魔術師を雇いなさい」
「それで、商人の方はどういたしましょう? 何やら取引を持ち掛けているようですが」

 商人との取引。
 それだけであれば、アリアンヌには興味のないことだった。
 だば砂漠から、しかもわざわざ魔術師を雇って魔法陣を繋げさせたのだから何かあるのだろう。
 
 わずかに湧いた興味で、彼女は商人からの謁見を許すことにした。
 現れたのは人の悪そうな笑みを浮かべ、手はごますりを欠かさない典型的な悪徳商人スタイルの男。

「アリアンヌ王女殿下にご挨拶申し上げます。わたくし、砂漠の商人デボラスと申します」
「遠回しな物言いは嫌いよ。さっさと内容をお話しなさい」
「承知いたしました。王女殿下はある男をお探しとのこと。しかしあの大人数を、しかも徒歩で砂漠を渡らせるなど自殺行為もいいとこ」
「回りくどい! 首を刎ねられたくなければ、さっさと本題に入りなさいっ」

 アリアンヌが控えていた近衛騎士から剣を奪い、その剣先をデボラスへと向ける。
 だがデボラスは笑みを絶やさず、ごますりを続けたままだ。

「では、取引内容をお話いたします。わたくしの方で、砂漠の移動手段をご提供いたしましょう」
「ラクダを数千頭用意するとでもいうのか」
「ラクダ? ぷくくく。そんなもの、使いませんですよ。今の時代、砂漠でも船が一番ですから」
「船……ですって」

 船は水の上を進む乗り物。
 そう認識しているアリアンヌにとって、商人の言葉はにわかに信じられなかった。
 すぐに大臣を呼び「そんな船があるのか」と尋ねる。
 呼び出された大臣は首を傾げたが、別の大臣が「ございます」と発言する。

「ここ十年ほどで使われるようになったものですが、魔道具が必要ですので使用するのは商人ぐらいでございまして」
「なるほど。それで、その船を貴様が用意するというのね。見返りは?」
「王女殿下がお探しの男が連れているペットにございます。珍しいものですので、是非とも手に入れたい。それと、ゲルドシュタル王国との商談をさせていただきたいのです」

 デボラスは砂漠と、それに隣接する国々で商いを行っていた。
 違法な人身売買からごく普通の取引までなんでもやる男だ。
 特に砂漠で取れるモンスターの素材や、砂漠特有の植物などは、内陸の国々では重宝される。
 逆に、今取引を行っている国々では他の商売敵もいるため、相場が安くなってしまうのだ。

 ゲルドシュタル王国は砂漠から遠く離れており、砂漠産のものは高額取引されるだろう。

「それに、殿下の下には必要ではありませんか? 強靭な砂漠モンスターの素材が」
「……そうね。武具の素材としては、いいらしいわね」
「はい、その通りでございます。そのために、専用の転送魔法陣をちょうだいしたく」
「ふん。移動の手間も省ければ、人件費も掛からなくて済むものね。もちろん、安くしてくれるのでしょう?」
「勉強させていただきます」

 これまでは内陸で商いをする商人と取引をしていた。
 十で売った物を、その商人が内陸で二〇で売る。
 仲介料、運送費用、人件費。そう考えれば当たり前のことなのだが、デボラスには仲介商人が儲けているようで腹立たしかった。

 直接、転移魔法でゲルドシュタル王国と取引出来るのであれば、一九で売ったとて儲けは九割増し。
 などとデボラスは頭の中で計算する。
 二割、三割増し程度に落とさないのは、強欲な証。

 アリアンヌの方でも同じように、これまでの九割引きで取引を――などと考えているから、似た者同士だろう。
 
「それで、その船だけど。何隻用意出来るの? それと一隻あたり何名乗れるのかしら?」
「砂船は水上の船と違い、あまり大きいと動かせません。食料、水、武具の運搬も考えると、一隻につき三〇名ほどです。それを一〇隻、ご用意出来ます」
「少ないわね。荷物の運搬なら、収納魔法があるから必要ないわ。乗せるのは人だけよ」
「承知いたしました。では五〇名まででしたらなんとか」
「そ。あとは船の数だけど、二〇隻用意なさい」
「け、建造には半年必要です。知り合いの商人から借り受けても一五隻がせいぜいかと」
「あと半年も待っていられないし、仕方ないわね。もちろん、借りるという船の代金はお前もちよ」
「え……わ、分かりました」

 デボラスは初めて、笑顔を崩した。
 だがそれも一瞬。

(九割増し。九割増しだ)

 と、今後の儲けのための必要経費だと思って諦めることにした。
 実際、九割増しで商売が出来るのかどうかは、今は不明である。

「それでは、商談成立ということで」
「ふふ、よろしくてよ」
「ふふふふふふ(高く売りさばいてやる)」
「ふふふふふふ(安く買いたたいてやるわ)」
「「ふははははははははは」」

 謁見の間に、王女とデボラスの笑い声が響く。

「大臣。宣戦布告をしてちょうだい。そうね、まずはセルシオンかしら。あのいけ好かない王太子が青ざめる顔を拝んでやりましょう」
「ア、アリアンヌ王女っ。そ、それは時期早々なのでは?」
「食料問題はもう片付いたも同然。兵糧なら地方領主からかき集めなさい。どうせ隠し持ってるはずよ」
「し、しかし」
「これは王命よ! 私に逆らえば、私が女王の座に着いた時どうなるか分かっているのでしょうね?」

 そう言われては首を縦に振るしかない。
 大臣が頭を抱えながら執務室へと向かい、隣国セルシオン宛てに宣戦布告の書状をしたためることになる。





 ところ変わって、魔宮で魔晶石集めをしているはずの皇帝たちはというと――。

「魔晶石を銀貨一枚で売れだぁ? バカじゃねーのか。魔晶石ってのはその十倍の根でギルドが買い取ってんだぞ」

 魔宮の入り口で魔晶石の買取を行っていた。
 ここには町はなく、魔宮へと続く遺跡があるだけ。
 ただし、冒険者相手にした屋台はいくつかあった。

 魔宮から出てきた者、食事中の者と片っ端から声を掛けているが、誰一人売ってくれる者はいない。
 当たり前だ。
 相場の一割で買い取ろうとしているのだから。

「買い取り相場が金貨一枚なのに、銀貨一枚で売ってくれなんて頼んでも、誰も売ってくれないよ」
「皇帝くん。買取価格を上げないと無理です」
「だまれ上本! 君は予算ってものを知らないようだな」

 手元にあるお金は、金貨二〇枚。これでは魔晶石が二〇個しか買えない。
 千個と言ったのは成り行きだとしても、せめて一〇〇個以上は持ち帰らなければカッコがつかない。

「君たちは金を稼ぐため、魔宮に潜りたまえ。ついでに魔晶石も手に入れるんだ」
「皇帝くんたちは!?」
「僕たちはここで、粘り強く交渉を続ける」
「そ、そんな……」

 また自分たちだけ安全な場所で……。
 不満が募る中、諸星輝星《もろぼしダイヤ》がある提案をした。

「君たち。魔宮のモンスターを連れて地上に上がってきなよ。そうしたらボクのメテオで一掃してあげるからさ」
「モ、モンスターを?」
「そう。幸いここは町中でもないし、メテオを使っても迷惑掛からないだろう?」

 いや周りの冒険者には迷惑になると思うけど――とは言わない。
 自分たちも楽が出来るのなら、万々歳だ。

「分かった。やってみよう」
「そうだな。逃げて回るぐらいなら」
「手始めに近くのモンスター一匹連れてくるよ」
「あぁ。殲滅は任せろ」

 小林、佐藤、三田、上本の四人は魔宮に降りて行き、さっそく見つけたミノタウロスに石をぶつけて気を引いた。

「来たぞ! 諸星くんに伝えろっ」

 一番足の速い佐藤が、先に外へ出る。

「諸星くん!」
「ふっ。任せろ」

 思ったより輝星は階段から離れた位置にいた。
 佐藤は横に逃げ、他の三人が階段を駆け上って来た瞬間――

「"招来――メテオストライク"」

 輝星の声が響いた。

『ブモオォォォォッ』

 ミノタウロスが階段を上がって来る。
 そして迷宮から出た時――

 ゴォォォォォォォっという音と共に、空から火球が落ちて来た。
 その火球がミノタウロスの右足に命中する。

『モッ、ブオオオォォッ』

 かなり痛かったらしい。
 激しく地団太を踏んだミノタウロスの右足から、ビー玉サイズの小石が転がり落ちた。
 いや、これでも一応隕石だ。

 誰もが絶句した。

 隕石、ちっさ!

 内心ではそう叫んでいる。

 肝心のミノタウロスだが、右足首にビー玉サイズのくぼみを作っただけ。
 致命傷には程遠い。
 もしこれがスライムであったなら、確実に仕留められていただろう。
 ゴブリンだったとしても、当たり所次第では一撃で倒せたかもしれない。

 しかし相手は強靭な肉体をもつミノタウロスだ。
「痛い」のレベルでしかない。

 慌てた小林たちが全力でスキル攻撃を行い、やっとの思いでミノタウロスを撃破。
 すると駆け付けた冒険者らが青ざめた顔で彼らを非難した。

「なんてことしやがったんだ!」
「ダンジョンモンスターを地上に出して、しかも倒しやがっただと。このクソったれが!」
「全員備えろっ。すぐ町に行って応援も呼んでこいっ」
「転移魔法使えるわ。すぐ行ってくるっ」

 なんだか慌ただしくなってきた。
 いったいどういうことなのかと、小林たちは内心ビクビクしながら近くの冒険者に尋ねた。

「どうなっているかって? てめぇら、何も知らないでダンジョンに入ってたのか! あのなぁ、ダンジョンモンスターってのは自発的に外に出て来ねぇだろ。それを無理やり外に出して殺すと、スタンピードの引き金になるんだよ!」
「今頃下層からモンスターが上って来てるはずだ。やったのがミノタウロスだからな……キング・ミノタウロスを倒すまでスタンピードは収まらないぞ」

 ダンジョンモンスターを外に連れ出して狩りをしないのには理由がある。
 冒険者でもない小林たちには知る由もなく、教えてくれる者もいなかった。
 だが知らなかったでは済まされない。
 いつのまにか姿を消している輝星に変わって、小林たちが冒険者から殴り飛ばされることに。

 その後発生したスタンピードは、熟練冒険者も多かったことでなんとか死者を出すことなく収束。
 そして冒険者ギルドによって、七人全員、全ダンジョンへの出禁が決まった。
「よし。じゃあ試し打ちも兼ねてやりますか」
「「おーっ」」

 早ければ明日、もしくは明後日には騎士団が砂船で乗り込んでくるだろう。
 それに備えた準備を始めた。

 綿で編んだロープと布、それから竹を利用して巨大パチンコを作ってある。
 これにある物を入れた瓢箪を乗せ――

「発射!」
『飛ンダ、飛ンダァ』
「どのくらい飛んだかな?」
『今ネェ、ユユタチガ追イカケテルゥ』
「結構飛んだモグな。だいたい二五〇メートルぐらいモグか?」
「瓢箪は?」
「うぅむ。さすがにここからじゃ割れたかどうかわからんモグなぁ」

 仕方ないので下に行って、ユユたちから聞いた。

『割れてたよぉ。ドロドロしたの出て来てた』
「先に言った通り、触らなかっただろうな?」
『うん。大丈夫』
「これからたくさん瓢箪を飛ばすから、お前たちはドロドロには絶対近づくなよ」
『はーい』

 すぐに上に戻って、瓢箪が割れていたことを報告する。
 頑丈な瓢箪とはいえ、さすがにこの飛距離を飛ばせば砂の上でも割れるか。
 まぁ割れてくれた方がいいんだが。

「じゃ、次は薪をよろしく」
「モグ」 

 瓢箪をある程度飛ばした後、次にこの数日で成長させた木をカットしたものを発射させまくった。
 今はただ飛ばすだけ。

 次にニードルサボテンだ。
 こちらはうっかり棘を発射されると危険だから、板で囲った場所で成長させる。
 種を集めるためだ。
 種が自然に落下したら、またそぉっと触れて成長させ、また種を採る。
 このサボテン、花はだいたい二十年に一度ぐらい咲かせるようだ。
 五年ずつ成長させると、だいたい四回目か五回目に花を咲かせていた。
 寿命は一五〇年ぐらい。
 七回種を採ったら、棘を発射させて収穫。

 サボテンエキスが大量になるけど、どうしても種が欲しいんだよ。

「砂船も手に入ったんだし、他の集落にお裾分けするものいいわね」
「そうか、船があるんだから――」
「町に行けばエキスを買い取ってもらえるかもしれませんね! 高級品ですし、買い手には困らないと思いますっ」

 マリウスの言う通り、エキスを売ってお金にするのもいいな。
 もちろんお金なんてここじゃ意味のない物だけど、砂船で移動が短縮されるなら町で買い物をしたっていい。
 ここでは手に入らない植物の種とかあったら欲しい。

 ま、その前にご近所さんへのお裾分けかな。
 エキスなら「サボテンをたくさん見つけたから」とか、賊から奪った砂船で探索範囲が広がったからとか、俺のスキルと関連させない言い訳がいくらでも出来るし。

 種をインベントリに入れてっと……この数日で木の種もいっぱい増やしたなぁ。

「ユタカさん。そろそろ休みませんか?」
「そうよ。あんたここ数日、ずっとスキル使いっぱなしだったでしょ」
「今日は早めに切り上げて、美味しいもの食べてゆっくり休んでください」
「というか、命令よ。こうでも言わないと、あんた、いつまでもスキルを使おうとするんだもの」

 俺のこと、心配してくれているんだな。
 まぁ確かにここんとこ頑張ったもんなぁ。

「分かった。じゃあまずは風呂だな」
「ゆっくりお入りください」
「サボテンエキスの石鹸、出来てるから使って」
「あ、あぁ。使ってみるよ」

 リンスはいらないんだけど、まぁせっかくだし使ってみるか。

「ふふ。すっごいわよきっと」
「ん、きっと?」
「普段はボンズサボテンのエキスと混ぜて作っているので、艶出し効果が薄いんです」
「でも今回のは完全ニードルサボテンエキスよ。ぜーったいつやっつやよ」

 艶々にはならなくていいんだけど。

 共同風呂はまだお湯が張られていなかった。
 窯に火を入れ、上の段に水を流し込み、沸かす。
 まだ気温の高い時間帯だし、少し温めでもいいな。

 なんだかんだと入るまでに三〇分ぐらいかかったな。

「ふぅ~、気持ちいいなぁ。どれどれ。リンスを使ってみるか」

 みんなが艶出し石鹸と言っているものは液体で、小さな瓢箪に入れられていた。
 この世界じゃ髪も体も同じ固形石鹸で洗う。使い分けはされていないが、地球にいたころに使っていた石鹸と比べてパリパリとはしない。

 まずは全身を固形石鹸で洗って、洗い流したら瓢箪の中の艶出し石鹸を髪に馴染ませる。
 しばらく椅子に座ってぼぉっとしてから、しっかり流す。
 しっかり、しっか……

「なにこの艶々ぁぁぁ」

 え……俺の猫っ毛な髪が……サラサラになる?
 普段はふわっとした前髪もぺったんこ。
 目に掛るギリギリラインだったせいで、今は完全に隠れてしまってるな。
 視界が遮られて邪魔。
 
 風呂から上がってツリーハウスに向かうと、家の前にいたアスが俺を見て首を傾げていた。

『ダァレ?』

 艶石鹸使うの、やめようと決めた瞬間だった。
『イーチ、ニィー、サァーン……次ハァ?』
「よん」
『ヨーン』

 魔法を使わなくても普通に視力のいいアスに、砂船の数を数えて貰った。
 予想通り、王国騎士団は翌日の昼過ぎにやって来た。
 その数は――

『ジュウーヨーン。十四ダヨ』
「十五じゃなかったのか。いや、拿捕した砂船入れて十五だったのかな」

 もわぁっと陽炎が立ち上る中、十四隻の砂船がこちらに向かってやって来る。
 俺の目でもその数が分かる距離まで来ると、船は停止した。

 やや後方で止まった船がキラリと光る。
 すると、とんでもない物が宙に浮かぶ。

『聞こえるかしら、ダイチユタカ』

 この世界にはプロジェクターでもあるのかよ。
 まさかあの王女様が宙に映し出されるとは。
 
『大人しく投降なさい。そうすれば命までは取らないわ』

 何言ってんだろうな、あの王女様は。
 俺のスキルが必要だから連れ戻しに来たのに、その脅しの仕方は間違いじゃないのか?
 あ、横から別の奴が出てきた。
 なんかこそこそ話をしているみたいだ。

『おほんっ。ダイチユタカ。大人しく投降しなければ、そこにいる住民全員皆殺しにいたしますわよ』

 脅し方が間違っていると、アドバイスを貰ったのか。

「あれが都会の王女様モグか」
「悪者みたいモググ」
「人の上に立つ身分の方というのは、あぁいうものなのかいマリウスくん」
「えぇーっと……思ってはいても口に出して、それを実行しようとする人はそう多くはないと思います。あとトミーくんの感想が、的を得ていると思います」

 つまり悪者ってことだ。

「マリウス。砂船に大砲のようなものは?」
「見当たりません。重量的に無理があったのでしょう」

 砂船は風の力だけで砂の上を走らせる。
 あまり重たくするとその分、人を乗せられなくなるしな。
 
「ねぇ。あそこに浮かんでる王女様って、船にいるの?」
「はい。真ん中後方の船にいます。魔道具を使って姿を映しているのでしょう」
「魔道具っていろんなことが出来るのですねぇ」
「はいっ。まぁその代わり、必要な材料なんかが凄く貴重なので、一般には出回らないのですが」

 魔道具かぁ。
 砂船を動かすのにも魔道具が必要だし、それもマリウスが言うには消耗品らしいからなぁ。
 魔道具の技術も欲しいところだ。

 今はまぁ、目の前の案件を片付けよう。
 しかし本人がご登場とは、思ってもみなかった。

「マリウス。拡声魔法って使えるか?」
「はい。もちろんです」
「じゃあ、俺に使ってくれ」
「分かりました」

 砂漠が一望できる崖の上から、大きく息を吸って――

「投降も皆殺しも、お断りだぁーっ」

 っと叫んだ。

「だいたいなぁ、一国の王女が皆殺しなんて物騒な言葉使って、人を脅迫するとか、いいのかよぉーっ」

 ワンテンポ遅れて返事が返って来る。

『私に従わない者は、死んで当然ですわ』

 うわぁぁ……。あの国、大丈夫なのか?

「アリアンヌ王女には、腹違いの弟君がいらっしゃるのですが……去年、十歳を迎えたことで王太子となり、王位継承権一位になったんですよ」
「もしかして弟に王座を奪われるのが嫌で、必死になってるとか?」
「はい。召喚魔法を行ったのも、成功させれば多くの貴族や国民の支持を得られると考えたからなのです」

 なんて迷惑なお姫様だ。

「けど、おかげで俺はここに来ることが出来たし、それに関してだけは感謝しなくちゃな」
「あら。ここに来たことだけに感謝するの?」
「え?」
「私たちとの出会いには、感謝していらっしゃらないのですか?」
「いや、してる。してるよ……は、恥ずかしいから言わなかっただけだろ」

 というか、二人に出会えたことに一番感謝しているんだからさ。
 うあぁぁ、恥ずかしい。

『ちょっと、聞いているの?』
「あ、はい。で、俺の答えは変わらない。大人しく撤退してくれればいいけど、しないのならこっちも全力で抵抗する。出来れば死人は出したくないんだ。帰ってくれよ」
『ほほ。抵抗するですって? モンスターを従えているようですけど、その程度で我が騎士団が怯むとでも思っているの!?』

 ん? モンスターを従えている?
 マリウスを見る。
 あ、そっぽ向きやがった。
 こいつ、適当に嘘の報告してやがるな。

「もしかしてそのモンスターってのは、オレのことかぁ?」
「ひっ。いい、いえ、めめ、滅相もございませんっ」
「何言ってるのよバフォおじさん。おじさんはただの物知り山羊なんだから、モンスターな訳ないでしょ」
「だよなぁ~。ベヘヘェ」

 凄いよな……未だにバフォおじさんの正体がバレてないんだから。
 となるとだ。

『ボク?』
「そうですねぇ。アスちゃんはドラゴンですし。一緒にいるから、従えていると勘違いされたのかもしれませんねぇ」
『ユユタチモイルシネェ』

 最初に王国騎士がやって来た時には、ユユいなかったけどな。

『後悔するわよ。ダイチユタカ。私の忠実な騎士たち。若い人間の男は生かしておいて。他は皆殺しよ! 全軍突撃ぃーっ』
「こっちもやるぞ。燃えてる石、発射!」

 普段使っている燃える石を少し砕き、火を点けた状態で竹筒に入れて巨大パチンコで発射。
 何度も試行錯誤して、ある地点(・・・・)に落下するように調整した。
 そのある地点には、昨日、散々発射しまくったアレ入りの瓢箪が散らばった場所だ。

 常に炎天下の砂漠で、アレがいい具合に熱せられている。
 そこへ火が点いた石が着弾。

 ぼぉーっと炎が上がり、事前に投げていた薪にも着火。

「瓢箪に入れた油、いい具合に燃えてるなぁ」
「朝からずーっと、熱せられてましたからねぇ」
「ユタカ。こっちの準備も出来たわよ」
「分かった」

 小さな巾着を結わえた矢を番え、シェリルが構える。
 インベントリから取り出したニードルサボテンの種を飛び出し、成長促進を掛けてから巾着の中へと入れた。

「二〇秒」
「任せて」

 シェリルが放った矢は、炎の壁に躊躇して停止したままの砂船に向かって飛ぶ。

「マリウス!」
「はい。はい……甲板に落下……サボテン急成長! あぁ、アレは痛そうだ」
「よし。第二弾」
「準備オッケーよ」

 成長期間は五年ぐらいだろう。そう長くはない。
 種は十粒程度。まぁそれでもトータルで五十年だ。
 これで五隻ほど動かなくさせたら、引き返してくれないかと期待しているんだけども。

「ユタカさん。これも発射させますか?」
「ん? あぁ、そうだな。うん、発射させよう」
「はいっ。みなさん、行きますよ」

 ルーシェが言う「これ」は、竹やりだ。
 節を取って、先端には尖らせた木材を差し込んでいる。
 それを竹パチンコで発射して、船体にぶっ刺す!
 マストを破壊出来れば御の字だけど、さすがにパチンコの精度はそこまで叩くない。
 けどそこは数の暴力だ。

 いくつも用意してあるパチンコで、次々と竹やりが発射される。
 向こうは炎でまだ動けていない。
 今のうちダメージを与えられるだけ与えておこう。

「次!」
「待ってくださいっ」

 マリウスが叫ぶ。

「いけない……まさか砂漠に送られてきたなんて」
「なにがだっ」
「宮廷魔術師……賢者ローウッド様です!」

 マリウスがそう叫んだ瞬間、大きな火球が飛んできたあぁぁ!?

「みんな、逃げろっ」
「ンベェーッ」

 火球はこちらに届くことはなく、しゅぼっと消滅。

「バフォおじ――」
「マリウス、よくやったじゃねえか」
「へ? へ、あ、ああぁ、はいっ。防御魔法が間に合いましたっ」
「ベヘヘェ」

 あー、なるほどね。マリウスがやったってことにする訳ね。
 終わったらうまい草をたくさん成長させてやろう。

「あぁっ。火が消えるモグっ」
「え、もう!?」

 うあっ。魔法で消火してるじゃねえかっ。

「魔術師が他にもいるのかっ」
「賢者様がお越しなんですから、王国所属の平魔術師が来ない訳にもいかないでしょう。うあぁ、どうしましょうっ」
「どうって……」

 チラリとバフォおじさんを見る。
 昨日、バフォおじさんにあるお願いをしていた。
 
 おじさんは悪魔だ。大がつくほどの上位悪魔だ。
 悪魔なら契約が出来るはず。それを聞くと、出来る――という返事だった。
 悪魔との契約だ。とうぜん、代償が必要になる。

 魂だ。
 対価として貰うものがおじさんにとって些細なものだから、ほんの数か月分、寿命が縮むぐらいって話だけど。

 魂の対価として、おじさんの魔力を借りる。
 バフォおじさんにとって少しの魔力だが、俺の数倍だ。
 その魔力で大量の――
 
『ボクガ……バクガ追イ払ッテアゲル!』
「アス? お、おい、アス!」
「アス坊っ」

 アスが崖に向かって走り出す。
 お前……飛んだことないだろ!

 広げたことすらほとんどないのに、小さな翼をバサバサと羽ばたかせて――飛んだ。
 いや落ちた!?

「アスーッ!!」

 慌てて崖っぷちから下を覗くと、なんとかギリギリ滑空して地面に着地していた。
 けどそのまま船団に向かって走りだす。
 その後をユユたちも追いかけていく。

『お兄ちゃん、ボクたちが悪い人間、追い払うっ』
『追い払うー』
「待て、お前ら行くなっ」

 砂船から人が下りてくるのが見える。
 大きな火球が、アスに向かって飛んでいくのも見えた。

 ダメだ。
 そんなのダメだ!

「やっ。ユタカ!?」
「いやぁぁぁぁぁ」

 頭上でルーシェとシェリルの悲鳴が聞こえた。
 アスたちを追いかけるため崖を飛び降りる。

「強靭な肉体になるまで成長しろ! 成長そく――」

 体が……ふわりと浮く。
 同時に巨大な影が……舞い降りる。

 紅の、巨大な……ドラゴン。
 
『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ』
空から舞い降りた紅蓮の影――火竜だ。
 飛んでくる大きめの火竜に手を伸ばすと、ハエを追い払うかのような仕草で爆散させた。

 い、痛くないのか?

「はっは。来やがったか」
「バフォおじさん。いつの間に」
「バァーロー! 人間のくせにあんな高さから飛び降りて、タダで済むと思ってんのか。ギリギリで浮遊魔法が間に合ったからいいもんを」
「いや、成長促進で肉体強化すれば、いけるかなと思って」
「行けるわきゃねーだろっ」

 う……ダメ、か。
 バフォおじさんと並んで、火竜の様子を窺う。

『童《わっぱ》。下がっていろ』
『エ? 悪イ、オジチャン?』
『わるっ――ぐふっ』

 あ、なんかダメージ喰らってるな。
 首を振って気持ちを切り替えたか、船団に向かって吠えた。

『なっ、なんなのこのトカゲは!? ローウッド! 攻撃なさいっ』
『ひ、ひえぇっ。う、無理でございます王女っ。あれはトカゲなんて生易しいものではございませんっ』
『おだまりっ。お前たち、やっておしまいなさいっ』
『しか、しかしっ』

 王女が拡声器を使いっぱなしのせいか、賢者や他の部下たちの慌てっぷりが周辺に響き渡る。
 賢者や部下の動揺が騎士に伝わったのか、突撃して来ようとしていた奴らの足が完全に止まってしまった。
 いや、目の前のこの巨大な火竜を前に突っ込んでくるバカもいないか。

『下賤な人間どもよ。ここは我の縄張りである。今すぐ立ち去るのであれば、今回だけは見逃してやろう。去らないのであれば、灰も残さず焼きつ尽くしてくれる』
『おだまりなさいっ。トカゲの分際で、女王となるこの私にたてつこうという『おやめくださいアリアンヌ王女っ』な、なによっ』
『あれはドラゴンの中でも上位個体、ハイ・ドラゴンですぞ! この程度の戦力で、勝てる相手ではございませんっ』
『そうですっ。それにあれはファイア・ドラゴンではなく、その上位のフレイム・ドラゴン。一瞬でこの一帯を焦土に出来るほど強力なブレスを吐くのですよっ』

 ――らしい。
 なんか詳しい説明ありがとうって感じ。
 しかも全員にそれが聞こえているもんだから、自軍の士気を下げるのにも貢献してくれている。
 本当にありがとうございます。
 
『はぁ……返事が遅いっ』

 いや、まだ三〇秒ぐらいしか経ってませんけど。
 火竜はその大きな翼をひろげ、一度だけ羽ばたいた。
 それだけで砂船が四隻、宙に舞う。
 いくら下が砂とはいえ、さすがにあれは……木っ端みじんだ。

『遅すぎて欠伸が出るわ』

 今度は大きな欠伸をし、空に向かって巨大なブレスを吐いた。
 ゴオォォォォォォっという轟音と共に、空がオレンジ色に光る。
 あの炎を喰らったら、確かに灰も残らなさそうだ。

 その光景を目にした騎士がひとり、またひとりと踵を返す。
 全員が逃げ始めるのに、そう時間は掛からなかった。

『ちょっと、お待ちなさいっ。敵前逃亡は死罪よ!』
『王女っ。我々も逃げませんとっ』
『全員で掛かりなさいよっ』
『我が国の魔術師全員を動員しても、鱗一枚傷つけるのが精いっぱいですぞっ』

 ここでダメ押しとばかり、火竜が鼻息とともに火球を……いや、火がついた鼻くそ? を飛ばす。

「ああぁぁぁ、そこはっ」

 鼻くそ火球が着弾した場所には、昨日の夜にせっせと撒いた燃える石が……。
 あぁ、着火したよ。
 傍にあった砂船にも燃え移った。
 慌てて舵を切ったんだろう。隣の船に衝突して、燃え移って……乗員たちが慌てて砂の上に飛び降りていた。

『ん? 思ったよりよく燃えている』
『ワーイ。ユユタチト昨日、頑張ッテ撒イタカイガアッタネェ』
『ねぇー』
『頑張ったのぉ』

 そう。アスもワームたちも、ドリュー族のように夜目が利く。
 燃える石ばら撒き作戦は、アスやユユたちにやって貰った。

 どうしても撤退してくれなかった時は、残念ながら全破壊するしかない。
 その時のために用意した仕掛けのひとつ……だったんだけど。

 ま、まぁ、予想通りの効果でよかったよ。うん。

「ユタカさんっ」
「このバカ! なんで飛び降りるのよっ」
「ルーシェ、シェリ、うわっ」

 二人が空からふわっと降りて来た。
 ど、どうなってるんだ?
 崖の上を見ると、なんか必死そうに杖を握るマリウスの姿が見えた。
 
『ミテミテ。作戦ウマクイッタヨォ』
『いっぱい燃えてるぅ』
『あちちぃ』

 アスたちが戻って来る。

「アス、ユユ、チビユ。なんでさっきは飛び出して行ったんだよ。危ないじゃないか」
『……デモ』
「あぁ、分かってる。俺たちを守りたかったんだよな」
『ウン』
「ありがとな。でも、心配させないでくれよ」
『ごめんなさい』『ごめんなの』

 しょんぼりしている三匹に、両手を広げて抱きしめる。
 もうサイズ的に抱きしめるっていうより、手を伸ばして触れるのがギリギリだけど。

 あぁ、ミミズなんてって思ってたのに、やっぱ情が移るよなぁ。
 最近ユユたちがかわいく見えてきたし。

 ルーシェたちもテイムした子を抱きしめている。
 あの子たちの声は聞こえないけど、気持ちはユユたちと同じだろう。

「ふぅ。奴ら帰っていくぜ。半数ぐれぇは徒歩だがよ」
「魔法陣でさっと帰れないのか」
「人間の魔力じゃ、転移魔法陣を新しく作るのに何日も掛かんだよ」

 あぁ、マリウスも難しい魔法だって言ってたな。
 元々砂船にはこれでもかって人数を乗せてきたはずだ。
 船を失った連中を拾う余裕はないみたいだ。
 いったい何人が無事に国に帰れるかな。
 
 一四隻だった砂船で、退却出来たのは半数にも満たない五隻。
 その五隻も竹やりが何本も刺さってるし、無事とはいえないだろうな。
 これに懲りてくれるといいな。
 こっちの被害はゼロでも、向こうは……。

 俺ひとりを捕まえるために、いったい何人が。
 くそっ。

 考えるのはよそう。
 
『悪イオジチャン、ボクタチヲ助ケテクレタノ?』
『……わ、悪い……ぐはっ』

 あぁあ。まぁたダメージ喰らってるよ。

「アス。助けてくれたんだから、悪いおじちゃんじゃないさ」

 本当はおじちゃんでもないんだけど。
 それを俺の口からは言えない。

『悪イオジチャンジャ、ナイ?』

 火竜が必死に頷いている。

『ジャー……赤イオジチャン』
「ぶほっ。いや、ま、そう、だけどさ」
「アスちゃん。こういう時は優しいおじさんって言うんですよ」
『優シイ? デモコノオジチャン、前ニミンナヲイジメヨウトシタシ』
『そ、それは……か、勘違いだったのだ。すまなかった……』
「おぉっと。火竜が頭下げるたぁな。ビックリだぜ。アス坊、許してやんな。許す心ってぇのも、大事なもんだぜ」

 いいこと言うなぁ、悪魔のくせに。

『許ス……心……。分カッタ、許シテアゲル。ソレカラ、助ケテクレテアリガトウ、優シイオジチャン』
『おぉ、おおぉぉ』

 喜んでるな、優しいおじさん。

『童もよく頑張った。勇敢であったぞ』
『ホント! エヘヘ、褒メラレタ。デモボクダケジャナイヨ、ユユタチモ頑張ッタンダカラ』
『ユユ?』
『ボクノ友達。ユユ、チビユ、ルル、チル、リリ、チリダヨ』

 紹介されたワームたちは、ちょっとビビっていた。
一夜明けて。
 万が一を考えて夜通し警戒に当たっていた俺たちの下へ、火竜がやって来た。

『わき目もふらず、南に向かっておる。引き返そうとする船もなければ、人間もおらぬ』

 それを聞いてほっと胸を撫でおろす。
 それと同時に眠気が一気に襲って来た。

「みんな、お疲れ様。もう帰って休んでもいいよ」
「その前にご飯モグな」
「わたしは風呂に入りたいよ」
「じゃあ沸かしておくか」

 大人たちが安堵した表情で集落の方へと戻っていく。
 夜中のうちに疲れて眠ってしまったアスの傍には、ルーシェとシェリルに居て貰っている。
 ここに残ったのは俺とバフォおじさんだけ。

「ありがとう、火竜。わざわざ見に言ってくれて」
『……童は?』
「寝てるよ。起こしてくる?」
『いや……よい』

 結局「おじちゃん」のまま、アスには本当のことを伝えてない。
 このままおじちゃんで通すつもりなのかな。

「あの、余計なお世話かもしれないけど……アスに本当のこと話さないのか?」
『……確かに余計なお世話だ。今更名乗りでてどうなる。我が傍にいなかったことが原因で、アースは命を落としたのだぞ』
「分かってんなら、せめてこれからはアス坊の傍にいてやんなよ」
『許して貰えると思うのか? 我のせいで母親を失ったのだぞ』

 確かに。俺だったら許せないかもしれない。
 それでも。

「アスの本当の家族は、あなたしかいないんだ。時間はかかるかもしれないけど、いつか全部を許してくれる日が来るだろう。だから……父親であってくれよ」
『父……我にその資格は……』
「資格とかどうとか、関係ないじゃん! あんたはアスのことが心配で、ここに来てくれたんだろうっ。それはアスを大事に思っているからじゃないか。それで充分だよ、それで」

 本当の意味で失ってしまってからじゃ、もう手遅れなんだからさ。
 今でも時々、ひとりになるのを嫌がることがある。
 母親を失って、寂しいからだろう。
 俺たちが家族だって言っても、血のつながり以前に種族すら違う。
 どう頑張ったって俺たちは、アスの本当の家族にはなれないんだ。

 せっかく本当の家族がもうひとりいたってのに、家族にならないなんて悲しすぎるだろ。

 なんてことを、全部ぶちまけた。

「火竜の旦那ぁ。こいつはな、家族をみーんな亡くしたんだとさ。だからアス坊の気持ちが痛いほど分かるし、家族の大切さってのも誰よりもよぉく知ってんだ。今すぐとは言わねぇ。いつかアス坊に、自分が父親だって名乗り出てやってくれよ」
『……ここでは悪魔もお節介になるのか』
「ベヘヘ」

 あ、やっぱりバフォおじさんの正体に気づいていたのか。

「バフォおじさんの言う通り。今すぐじゃなくていい。でも、アスのことが大切だと思うなら、いつか名乗り出て欲しい。全てを失う前に」
『……人間。なぜそこまで気に掛けるのだ。種族も違えば、我はドラゴン……汝ら人間が恐怖し、嫌悪するモンスターぞ』
「恐怖? そりゃまぁ、初対面の時はそっちが激オコだったし、まぁ少しは怖かったけど。今はこうして普通に会話してるし、怖いとは全く思わないけど」
『あ、あの時はすまないと、少しは思って……おる』

 うん。そういうところがまったく怖くない原因だから。

「種族とかもさ、関係ないと思わないか? 言葉が通じて話し合いも出来る相手なら、モンスターだからって嫌悪する必要はないと思うし。その典型的な例はここにいるだろ」
「オレか!?」
「そうだよ、おじさんだよ。普通に考えて、悪魔と仲良くしてるって変だろ」
「まったくだ。オレの正体が分かっても変わらず接してくる人間なんざ、早々いやしねぇよなぁ」
「「はっはっは」」

 まるで俺が変わり者みたいな言い方してるけどなおじさん、変わり者はそっちだからな。

『ふん……変わった人間だ』
「え、俺の方!? 心外だなぁ」
『ふはは。ふははははははは』
「しーっ、しーっ。子供たちはどの種族の子でも、みんな寝てんだからさっ」
『むぐ。失敬』

 途端に小声になる。
 ほらみろ。話が通じる相手じゃないか。

『人間。お前は変わった奴だ。それも、この世界の者ではないからか』
「え……」
『少し前に、南東の方角で召喚魔法の波長を感じた。また愚かな人間どもが戦を始めるのだろうと思っていたが、汝はその際に呼ばれた者であろう』
「あ、うん……そうなんだよ」

 バレてらぁ。
 まぁバフォおじさんも見抜いてたしなぁ。

『あの不思議なスキルも、召喚の際に授かったものか』
「あぁ。そのせいで砂漠にぽ捨てされたんだけど、食糧難になったから連れ戻しに来たのさ」
『身勝手なものだ。私利私欲のために、異世界から人間を呼び出すのだからな』
「まぁ、俺は……召喚されたことに関しては、感謝しているよ。あっちの世界には家族はもういないし、家でひとりぼっちだったからさ。でもこの世界に来て……みんなに出会えたから、それだけは感謝しているんだ」

 いってきますと言えば、いってらっしゃいと返してくれる人がいる。
 ただいまと言えば、おかえりと言ってくれる人がいる。
 
 人に何かを頼んで嫌な顔をされるのが面倒で、それなら最初から自分で全部やる――ずっとそんなだった俺だけど、ここではみんなが率先して動いてくれる。
 みんながみんなのことを思いやって生きている。
 ここは俺にとって、すごく居心地がいいんだ。
 だから召喚されてよかったと、心から思ってるよ。

『変わった人間だ。だが……嫌いではない』
「ありがとう。でも俺、男からの告白はノーサンキューなんで」
『我とて雄に愛をっ――愛を囁いたりせんわ。きしょく悪い』

 怒鳴ろうとして、ハッとして小声になる史上最強と呼ばれるドラゴン。
 こんな人間臭いドラゴンもいるもんだな。

 異世界ってほんと、面白い。
 おもしろ――ふあぁあぁ。

「おいユタカ。お前丸一日起きてるだろ。オレらと違って、人間は一日一回は寝るもんだ。とっとと寝な」
『我ももう行こう』
「い、行くってどこに!?」

 アスを置いていくのか!?

 火竜は空を――いや、あの方角を見ている。

『我はあそこで……妻と共に見守ろう』
「そう、か」
『時折……時折、様子を見に来ても、よい、だろうか?』
「いいんじゃないか。きっとアスも喜ぶはずだ」
「優しいおじちゃんが来たってな」

 俺たちがそう言うと、火竜の顔が……顔が桃色に染まった!?
 もしかして元々赤いから、照れると赤く染まるんじゃなく、桃色に染まるとか?

『そ、そうか。喜ぶか。ふふ、ふふふふ』

 アスが嬉しそうに尻尾を振る姿はかわいいけど、デカいおっさんドラゴンが尻尾振ってピンクに染まってるのは怖いって。

『で、ではさらばだ』

 ぶわさっと翼を広げ、一度だけ羽ばたくと一気に上空へ舞い上がった。
 そのまま北の方角へと飛んで行って、見えなくなった。

「あの様子じゃ、すぅーぐ来そうだな。今日にでも来るんじゃねーか?」
「いやいや、まさかぁ。ふあぁぁ。じゃ、俺はひと眠りするよぉ」
「賭けてもいいぜぇ」

 ぴょんぴょんと跳ねながら、バフォおじさんは家族の下へと向かった。
 俺も我が家に戻って、ルーシェとシェリルに声を掛けてからベッドに潜り込んだ。
 ・
 ・
 ・
 気持ちよく眠っていたのに、外が騒がしくて目が覚める。

「んー……なんだぁ?」

 階段を踏み外さないよう気を付けて外へ出ると、嫌でも目に入るデカさの赤い塊が見えた。
 傍にはアスの姿も見える。

『童よ。優しいおじさんが飛び方を教えてやろう。ブレスの吐き方、威圧の仕方も教えてやるぞ』

 バフォおじさんの予想、大当たりしてんじゃん……。
 ドラゴンの『時々』って、数時間かよ!
命からがら転移魔法陣で王都へと帰還したアリアンヌ。
 彼女が地下室から出ると、駆け付けた大臣が青ざめた顔で呼びかけた。

「アリアンヌ王女っ。た、大変でございます。国王陛下が――」
「お父様が? あら、やっとくたばってくださったのかしら」

 親である王である相手の死を望んでいたかのような発言に、大臣の顔はますます青く染まる。

「い、いえ、それが……」
「なんです? ハッキリおっしゃいなさい。砂まみれで早く入浴をして、着替えたいのよ」

 悪態をつくアリアンヌの背後から、数人の騎士たちがやって来た。
 彼らは王直属の近衛騎士たちである。

「あら、もう私に忠誠を誓いに来たのかしら」
「いいえ、アリアンヌ王女。我々が忠誠を使うのは国王のみ」
「だからこの私が――ちょっと、何をするのよっ」
「国王陛下がお呼びでございます」
「国王? 死んだんじゃないの!?」
「ご自身のお父上君ですぞ。そのような言い方はいかがなものかと」

 アリアンヌは騎士に両脇を抱えられ、半ば引きずられるようにして連れていかれる。
 向かった先は謁見の間。
 その王座にはつい最近まで彼女が座っていた。

 だが今、その座に座っているのは中年の男――この国の王であった。

(くたばったんじゃなかったの!?)

 後ろからやって来た大臣をきっと睨みつける。
 大臣は視線を逸らしてアリアンヌの形相から免れた。

「アリアンヌよ。わしが病に臥せっている間に、ずいぶんとやらかしてくれたものだな」
「お、お父様。いったい何のことでしょう?」
「とぼけるなっ。勝手に召喚の儀式を行い、勝手に隣国へ宣戦布告をし、さらには大事な騎士団を半壊状態にしたというではないか!!」
「ちっ。あ、お父様。それは誤解ですわ。この国を思ってやったこと。勝手だなんて言われるのは、心外でしてよ」
「だまれこのバカ娘め! 貴様は国外追放だっ」

 頭に血が上って興奮したせいか、はたまたトンデモ娘のせいで眩暈がしたのか、国王がよろよろと玉座にもたれかかる。

「あらあら、お父様。今にも死んでしまいそうじゃありませんか。私を追放してどうするというのです? 出来の悪い弟はまだ十一歳。とても玉座に付けるような年齢ではありませんことよ」
「だまれっ。アルベルトは賢く、他者に対しても配慮の出来る良い子だっ。それにわしはまだ死なん。確かに不治の病に侵されはしているが、司祭殿らのおかげで病の進行を遅らせることが出来た。あと十年はもつと、太鼓判を貰ったところだ!!」
「……え」
「わしの死を望むとは……我が子ながら、なんと愚かな女だ」

 国王が手を上げる。
 連れていけ――という合図だ。

「南のフォースブルーに捨ててしまえ」
「フォ、フォースブルーですって!? あんな雪に覆われた不毛な地にっ」
「頭を冷やすにはちょうどよかろう」

 それだけ言うと、王は再び手を振った。
 アリアンヌはありったけの罵声を飛ばしたが、国王は顔色人頭変えず、むしろ興味なさそうに顔を背けた。

「私が……私こそが女王の座に相応しいのよ! お前たち、私に触れていいと思っているのっ。私はこの国の――」
「アリアンヌ様。陛下より追放が言い渡された瞬間に、あなたは既にこの国の王族ではないのですよ」
「な、なんですってっ」
「陛下からせめてもの情けだと、住居とコート、当面の食料もご用意しております。まずは東にお進みください」
「東? どういう意味よっ」

 近衛騎士に腕を掴まれ放り出された場所は、転移用魔法陣の上。

「い、嫌よ。私は王女よ。女王にな――」

 アリアンヌの声は途中で消えた。
 彼女自身が消えたのだ。

「「はぁ……」」

 近衛騎士も転移魔法を発動させた魔術師たちも、大きなため息を吐いた。
 その頃、春か南の極寒の地フォースブルーでは……。

「さ、さむっ。わた、わた、私は女王よ! こんなし、仕打ち、許されるとおも、思っているの!?」

 叫ぶアリアンヌの声を聞く者は誰もいない。
 それでも彼女はしばらくの間、ヒステリックに叫び続けた。

 が、それが無駄だと分かると、呆然と空を見つめる。
 そして思い出したかのように、東へと歩き出した。





 その頃、ゲルドシュタル王国の東の国境付近にある森の中では――

「どうして僕たちがこんな目に会わなくてはいけないのだ」

 皇帝、金剛、輝星の三人は、スタンピードの騒ぎに乗じて逃げ出すことに成功していた。
 おかげで送り迎えをしてくれる馬車の御者、護衛の兵士らとは逸れてしまった。

 お金ならある。
 王国から支給されたお金は、全て皇帝が管理していたから。
 そのお金で乗合馬車を利用しようと、魔宮の最寄りの町へ向かったがそこで問題が発生。

 あちこち逃げ回っていたせいもあって、町へ到着したのはスタンピードから三日後。
 ようやく辿りついた町の門の前で、「お前らっ、スタンピードを起こした張本人だな!」と衛兵に詰め寄られ再び逃げることになった。
 逃げた先で別の町を見つけたが、そこではなんと、人相書きまで出回っていた。

 お尋ね者――という訳ではない。
 あくまで要注意人物として人相書きが冒険者ギルドに配られていたのだが、三人はそれを知らない。
 ギルド関連の建物だとは知らず、その壁面に人相書きが張り出されていたのだからお尋ね者になっていると勘違い。
 再び逃亡することとなった三人は、ついに国境まで来てしまっていた。

「くそっ。それもこれも全部、大地のせいだ」
「大地が? なんでだよ皇帝」
「ふん。考えてもみなよ。僕たちはあいつのために魔晶石というものを取りに行かせられたんだぞ。あいつさえいなければ、僕たちが魔宮に行かされることもなかったんだ」
「そう言われてみれば……その通りだ! 大地がいなければ、ボクたちがあんな場所に行くこともなかったし、スタンピードだかなんだかに遭遇することもなかったんだっ」

 遭遇したのではなく、起こしたの間違いである。
 
「くっそぉ。大地の野郎。今度あったらぎったぎたにしてやる」
「そういえば王女が国外追放になったって噂、本当だと思うか?」
「先日の町で聞いたアレか。王国騎士団と共に砂漠で軍事訓練中、モンスターに襲われて騎士団を壊滅させたとかなんとか」
「国民には大地のことは伏せられているから、そういうことになっているんだな」

 人ひとりを連れ戻すのに二千人を超える騎士団を動員したなど、国民には公表出来なかったのだろう。
 しかもその二千人強の半分も戻ってこなかったのだから余計だ。

「あの王女、父親は不治の病でまもなく死ぬとか言ってただろ。けど国外追放の処分を下したのは、国王だっていうじゃないか」
「ボクたちは騙されていたって言う訳だね」
「くそっ。これだから顔だけ女は信用出来ないんだ」

 盛大なブーメランである。

「これからどうするんだ、皇帝」
「……そうだな。僕たちは異世界人だ。有能なスキルも持っている。小林たちみたいな雑魚とは違う。他所の国でも僕らを賓客として迎え入れてくれるだろう」
「なるほどね。ボクらのような優秀な人材、どこに行っても重宝されるだようね」
「いい案だな。ちょうど国境付近だし、このまま隣の国に行くか」

 金剛の言葉に、二人は頷く。

「みていろ大地豊。いつか必ず、復讐するからな」

 どこか分からない方角を見つめ、皇帝が決意を固める。

 しかしいったい何の復讐なのか。
 こうなってしまったのは、全て自分たちが招いたことだというのに。
 つまり自業自得。

 しかし三人の辞書に、自業自得という言葉はなかった。
 
「ほら、動かないっ」
「う……」
「前髪が長いですねぇ」

 椅子に座らされ、二人に髪を弄られている。
 
 もともと前髪は長い方で、これには訳があった。
 両親が亡くなってから、ふいに涙が出ることがあって……それを見られたくなくて伸ばしていた。
 が、異世界に来て一度も切っていない。
 完全に目を隠す長さまで伸びてしまい、邪魔だなーっと触っていたら「切るわよ!」というシェリルの一言でこんな状況に。

 だが心配なことがある。

「なぁ……そのハサミ、さびさびじゃないか?」
「そうですね。十年以上使っていますし」
「替えがないのよ。仕方ないでしょ」

 木材がなかったのは、俺のスキルで解決した。
 鉄は……成長しないもんなぁ。
 
「集落にある鉄製品も、行商人から?」
「村から持ってきたそうなんで、たぶん物々交換で商人から買ったものだと思います」

 商人……村が取引しているのがあいつだとしたら……二度と来ないだろうな。
 というか生きているのだろうか。

 あんな奴のことより今は、俺の髪の方が大事だ。
 切るのはいい。
 でもサビだらけのハサミで、はたしてちゃんと切れるのか心配だ。
 ガッタガタになったりしないだろうなぁ。
 切りすぎちゃったてへぺろとかにならなきゃいいけど。

「あっ」
「あぁ……」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。

「今の『あっ』って、どの『あ』なんだ!?」
「な、なんでもないわよ」
「はい。なんでもありません」

 絶対あるだろぉぉぉぉぉぉーっ。

 結果。

「ユタカ兄ちゃん、どうしたんだよその前髪」
「しーっ。エディくん、しーっですよ」
「さ、さぁユタカ。狩りに出かけるわよっ」

 絶対切りすぎてる。絶対!

 ここには鏡がない。
 水に映るのを見るしかないが、二人が見せてくれない。
 切りすぎた前髪を見せないためだろう。

「マリウスー。狩りに行くから砂船を出してくれ」
「承知しましたダイチさ……なんですか、その前髪。切りすぎでしょ」
「ちょっとマリウス!」
「しーっ、ですから。しーっ」

 やっぱり切りすぎなんじゃないか!

 はぁ……いいけどさぁ。
 でもちゃんと切れるハサミはあったほうがいいよな。
 それに鏡も。

 砂船を手に入れたおかげで、移動範囲がぐんっと増えた。
 今度、俺が一番最初に成長させたツリーハウスのところへいくつもりだ。
 種を採りに。

 砂船があれば、砂漠で唯一だという町にも行けるんじゃないか?
 徒歩で一カ月近く掛る道のりも、砂船なら二、三日だ。
 もし村に来ていた行商人が奴だとしたら、今後来ることはない――と思う。

 悪いのは奴だけど、だからといって他の集落や村の人を困らせたい訳じゃない。

「なぁ。今度さ、町に行ってみないか?」
「町、ですか?」
「どうしたの、急に。町まで一カ月はかかるのよ?」
「それは徒歩での話だろ。でも今の俺たちには、砂漠を高速移動出来る手段があるじゃないか」

 実は砂船、一隻だけじゃない。
 王国軍が乗り捨てた砂船のうち、二隻は辛うじて修復可能なレベルだった。
 今は動かせる状態じゃないが、集落の大工職人ダッツが頑張って修理中だ。
 それに魔道具もある。

 火竜の風圧で木っ端みじんになった砂船に搭載されていた魔道具は、ワームたちが探して拾ってきてくれた。
 あの子たちは本当にいい子だ。
 モンスターってテイムすると、あんな風に懐くものなのかとマリウスに尋ねてみたが、

「それはテイムしたモンスターと、どう接するかで変わってきます。先入観のないダイチ様は、あの子らを仲間か友のように思っているでしょう? だからあの子らも同じように思っているのだと推測します」

 だとさ。
 普通は従属させ、何をするにも命令するのが当たり前な関係らしい。
 命令か。
 俺、そんな偉い立場の人間でもないし、誰かに命令するのもされるのも面倒くさい。
 対等でいいよ。

「で、どう?」

 町へ行くかどうか。
 二人は顔を見合わせ、それから満面の笑みを浮かべて「うん」「はい」と答えた。





「行くなら村の方にも寄って行かないか? あの行商人と取引していたのかもしれないし。それだと今後、取引に来なくなるだろうからさ。そうなったらみんな困るだろ」
「そこまで考えてくれるとは、ユタカくんには感謝しきれないな」
「いやいや。考えるだけならサルでも出来るから」
「さる?」
「ある動物の名前」

 集落の人たちを集めて、町へ行く件について話した。
 砂船が修理出来れば、他の人にも操舵を覚えて貰わないといけない。
 あと買い出しが目的でもあるし、実際に行ってみて、何があってどれが必要なのか直接見て貰う方がいいと思って。
 で、何人かで行くことになった。

「ドリュー族はどうする?」

 亜人種が町でどんな扱いをされているのか、ちょっと心配ではある。
 奴隷――そんな風に取引なんてされていたら、連れていくことで危険な目に合せてしまうかもしれない。

 だが――

「砂漠の町はずっと西だと聞いたモグ。西の方にもドリュー族はいるモグから、もしかしたら同族に会えるかもしれないモグなぁ」
「むしろ向こう側の方で暮らすドリュー族の方が多いモグよ」
「そうだったのか」
「モグ。噂だと町の更に西側には、海が見えるらしいモグ」

 へぇ。海かぁ。
 町から海まで近いのなら、他の土地からの商品なんかは航路で運ばれているのかもしれないな。

「ユタカさんは、海をご存じですか?」
「ん? あー、俺が以前住んでいたところは、くる――三十分ほど歩くと海が見える土地だったんだ」

 車と言おうとしたが、この世界にそんなものはない。

「海の近くに住んでいたの!? いいなぁ」
「住んでいたというか、海に囲まれた島国だったからさ。海は身近だったんだ」
「水に囲まれたお国だったのですね。やっぱり羨ましいです」
「飲めない水だよ。海水なんて飲んだら、喉が焼けてしまうから」

 それでもルーシェとシェリルは「いいないいな」と羨ましがる。

「じゃ、町へ行くのは俺とルーシェとシェリル。オーリとエディに、マストと息子のトロン、フィップ夫妻。それからトレバー一家、クリントとクリフ。それから、金銭感覚のあるマリウスお必須だな。以上、えぇっと」
『ボク入レテ十六人ダヨォ』
「よし、十六人だ、な……アス!?」
『マチッテ何?』

 いつのまにかアスもやって来て、話に加わっていた。
 だけどアスは連れていけない。

 町にアースドラゴンの子供なんて、連れていける訳ないだろ。