「えぇー、やだぁ。きれちゃってる」
「困りましたねぇ」
何が困ったのだろうか?
今日も一日、騎士団に対する備えと土弄りに精を出し、一日の疲れを癒すための風呂に来ている。
隣の女湯からルーシェたちの声が聞こえるが、何か困っているようだ。
先に風呂を終えてアスのツリーハウスへ。
「アス。鱗拭いてやるぞ」
『ワァーイ』
少し熱めのお湯にタオルを浸して絞る。蒸しタオルにして、それで拭いてやるとアスは喜んだ。
『気持チイィ』
「翼広げてくれ。内側にも砂が入り込むからな」
『ウン。砂タイヘン。ジャリジャリスルノ』
「あ~、分かる。ここはまだいいが、外に出ると頭が砂だらけだからなぁ」
外、というのは渓谷の外のこと。
ワームたちの様子を見に行ったり狩りに出たりすると、気づいたら頭がじゃりじゃりになっている。
砂漠が緑化したら、じゃりじゃりともオサラバ出来るんだろうか。
アスの体を拭き終える頃、ルーシェとシェリルが戻って来た。
「あ、もう終わったの?」
「ごめんなさいアスちゃん、遅くなっちゃって」
『ウウン。女ノ人ノオ風呂ハ長イノガ普通ダッテ言ッテタ』
「あ、あはは。そ、そうだ。さっき風呂場でなんか困ってなかったか? 男湯の方まで声が聞こえてたけど」
「聞こえてたの? は、恥ずかしい……」
い、いや、声が聞こえてただけだし。
恥ずかしがられると、なんかこっちも恥ずかしいんだけど。
「実は髪を洗うときに使う石鹸が、なくなってしまったんです」
「あぁ、シャンプーか。男湯の方にはまだあったけど」
「それを借りたのよ。だけど石鹸ともうひとつ使ってて」
もしかしてリンスか。まぁ男湯にはないけど。
「以前は髪を洗うなんて、週に一度ぐらいでしたから。でも毎日みんなが入るようになって、予想外に石鹸が減ってしまっていたんです」
「あぁ、そういうことか。石鹸も作っているんだろう? 材料とかは?」
「サボテンのエキスから作ってるの。ここから南の方に生えてるわ」
「南か……距離は?」
「二時間ほどです」
なら大丈夫だな。
騎士団が進軍してきていないかも確認出来るし。
翌朝早くに俺たち三人とアス、それから――
「僕もですか?」
「そう。遠くを見ることが出来る魔法とかって、使える?」
「遠見ですね。もちろんですが」
「よし、行くぞ」
『ワーイ。オ出カケェ』
マリウスを連れていくことにした。
「じゃ、バフォおじさん。俺たちがいない間、よろしく頼むよ」
「あぁ、任せときな。ところでそのサボテンはうめぇのか?」
「どうだろう?」
「ボンズはうまかった。食えるようなら食ってみてぇなぁ」
ボンズなぁ。あれ意外とクセになるんだよな。
「じゃ、種を持って帰って来るよ」
「おぅ」
集落を出発して二時間半ほどで、目的のサボテンを発見した。
だがこれが、かなり危険なサボテンだった。
「気を付けて。ヘタに触ると棘が飛んでくるから」
「と、飛んでくる!?」
「お二人とも、砂の上に寝転がってください」
「砂の上に?」
「アスちゃんは体が大きいから、地面に伏せても当たりそうですね一〇メートル以上離れてくれますか?」
『コノ棘飛ンデクルノ? ンー、ボク平気ソウ』
そういいつつ、アスは言われた通り後ろに下がった。
俺とマリウスは砂の上に寝転ぶ。ルーシェとシェリルも同じように砂の上に横になると、二人はそれぞれの武器でサボテンを突いた。
すると、シュバババっと棘が発射された!?
「アス!」
『ハーイ』
「いや違うっ。こっちに来るんじゃな……弾かれてる……」
アスに刺さるんじゃないかって心配したが、硬い鱗が全て弾き飛ばしていた。
子供とはいえ、さすが最強種族のドラゴンだ。
「アスちゃん、痛くありませんか?」
『ンー、ナニカ当タッタノハ分カッタノ。デモソレダケェ』
「強いわね、アス。これ、丈夫な皮でもなければ貫通するほどなのよ」
ひえぇ。
「もしやこれは、ニードルサボテンですか!?」
「そうです。マリウスさん、ご存じなんですか?」
「はいっ。このサボテン、非常に危険な植物として知られていますが、そのエキスには様々な美容効果がある点でも有名なのです! 凄く高級品なんですよっ」
「高級品か。まぁ棘が飛んでくるようなサボテンだし、栽培するのは難しいだろうしな」
「湿度が高いと直ぐに根腐れしてしまいますから、砂漠地帯以外での栽培は難しいですね。何より、数十年に一度しか花を咲かせないんです。種の採取は難しいんですよ」
サボテンだから、ひょこっと出ている株の部分を取って植えれば増やせるだろう。
そのためにはサボテンに触れる必要がある。
触れれば棘が発射される。
フルアーマーでも着込んでなきゃ、蜂の巣にされてしまう。
「ですが棘を失うと、ニードルサボテンは徐々に枯れてしまうとかで」
「そうよ。一カ月ぐらいで枯れてしまうかしら」
「私たちはエキスが目的ですので関係ありませんが。でもニードルサボテンは取り過ぎないようにしています」
花が咲くのは数十年に一度だけ、か。
まぁ俺にとって数十年なんて関係ないけどな。
「棘を飛ばさない方法とかって、ある?」
「揺らしたり振動を与えると飛ばしますので、そぉっと触れる分には大丈夫です」
「収穫するにはどうしても切らなきゃいけないから、わざと先に棘を飛ばしておくのよ」
「了解。なら俺がスキルを使うために触れるぐらいなら、大丈夫ってことだな」
まだ棘のあるサボテンに近づき、念のため砂の上に転がる。
他の三人はアスの後ろに隠れた。
「花を咲かせるのですね! 図鑑でも見たことがないんです。楽しみだなぁ」
「では――"成長促進"」
花が咲くまで!
するとサボテンのてっぺんの方に、ぽん、ぽぽぽんっと黄色い花が咲いた。
「まぁ、かわいい。まるで花冠を載せているみたいです」
「ふふ。ほんとだわ」
「ニードルサボテンの花は、黄色だったのですねぇ」
『イイ香リスルヨォ』
「ほんとだわ。エキスも香りがいいんだけど、花の方がもっとステキね」
おっと。花を咲かせるだけじゃダメだった。
種が必要なんだよ。
でも花は全部で二〇輪ほどある。
「"成長促進"」
二輪だけ成長させて、残りはそのまま――。
指定した二輪だけがしおれ、クルミサイズの種がぽとんと落ちて来た。
「よし。トゲを飛ばすぞ」
「了解よ」
足でごんっと蹴ると、棘がシュバババっと飛んでいく。
残ったのは禿げたサボテンと、そして黄色い花。
「花の蜜も使えないかな? 香りもあるだろうし」
そう言うと、ルーシェとシェリルの顔に笑顔が浮かんだ。
「困りましたねぇ」
何が困ったのだろうか?
今日も一日、騎士団に対する備えと土弄りに精を出し、一日の疲れを癒すための風呂に来ている。
隣の女湯からルーシェたちの声が聞こえるが、何か困っているようだ。
先に風呂を終えてアスのツリーハウスへ。
「アス。鱗拭いてやるぞ」
『ワァーイ』
少し熱めのお湯にタオルを浸して絞る。蒸しタオルにして、それで拭いてやるとアスは喜んだ。
『気持チイィ』
「翼広げてくれ。内側にも砂が入り込むからな」
『ウン。砂タイヘン。ジャリジャリスルノ』
「あ~、分かる。ここはまだいいが、外に出ると頭が砂だらけだからなぁ」
外、というのは渓谷の外のこと。
ワームたちの様子を見に行ったり狩りに出たりすると、気づいたら頭がじゃりじゃりになっている。
砂漠が緑化したら、じゃりじゃりともオサラバ出来るんだろうか。
アスの体を拭き終える頃、ルーシェとシェリルが戻って来た。
「あ、もう終わったの?」
「ごめんなさいアスちゃん、遅くなっちゃって」
『ウウン。女ノ人ノオ風呂ハ長イノガ普通ダッテ言ッテタ』
「あ、あはは。そ、そうだ。さっき風呂場でなんか困ってなかったか? 男湯の方まで声が聞こえてたけど」
「聞こえてたの? は、恥ずかしい……」
い、いや、声が聞こえてただけだし。
恥ずかしがられると、なんかこっちも恥ずかしいんだけど。
「実は髪を洗うときに使う石鹸が、なくなってしまったんです」
「あぁ、シャンプーか。男湯の方にはまだあったけど」
「それを借りたのよ。だけど石鹸ともうひとつ使ってて」
もしかしてリンスか。まぁ男湯にはないけど。
「以前は髪を洗うなんて、週に一度ぐらいでしたから。でも毎日みんなが入るようになって、予想外に石鹸が減ってしまっていたんです」
「あぁ、そういうことか。石鹸も作っているんだろう? 材料とかは?」
「サボテンのエキスから作ってるの。ここから南の方に生えてるわ」
「南か……距離は?」
「二時間ほどです」
なら大丈夫だな。
騎士団が進軍してきていないかも確認出来るし。
翌朝早くに俺たち三人とアス、それから――
「僕もですか?」
「そう。遠くを見ることが出来る魔法とかって、使える?」
「遠見ですね。もちろんですが」
「よし、行くぞ」
『ワーイ。オ出カケェ』
マリウスを連れていくことにした。
「じゃ、バフォおじさん。俺たちがいない間、よろしく頼むよ」
「あぁ、任せときな。ところでそのサボテンはうめぇのか?」
「どうだろう?」
「ボンズはうまかった。食えるようなら食ってみてぇなぁ」
ボンズなぁ。あれ意外とクセになるんだよな。
「じゃ、種を持って帰って来るよ」
「おぅ」
集落を出発して二時間半ほどで、目的のサボテンを発見した。
だがこれが、かなり危険なサボテンだった。
「気を付けて。ヘタに触ると棘が飛んでくるから」
「と、飛んでくる!?」
「お二人とも、砂の上に寝転がってください」
「砂の上に?」
「アスちゃんは体が大きいから、地面に伏せても当たりそうですね一〇メートル以上離れてくれますか?」
『コノ棘飛ンデクルノ? ンー、ボク平気ソウ』
そういいつつ、アスは言われた通り後ろに下がった。
俺とマリウスは砂の上に寝転ぶ。ルーシェとシェリルも同じように砂の上に横になると、二人はそれぞれの武器でサボテンを突いた。
すると、シュバババっと棘が発射された!?
「アス!」
『ハーイ』
「いや違うっ。こっちに来るんじゃな……弾かれてる……」
アスに刺さるんじゃないかって心配したが、硬い鱗が全て弾き飛ばしていた。
子供とはいえ、さすが最強種族のドラゴンだ。
「アスちゃん、痛くありませんか?」
『ンー、ナニカ当タッタノハ分カッタノ。デモソレダケェ』
「強いわね、アス。これ、丈夫な皮でもなければ貫通するほどなのよ」
ひえぇ。
「もしやこれは、ニードルサボテンですか!?」
「そうです。マリウスさん、ご存じなんですか?」
「はいっ。このサボテン、非常に危険な植物として知られていますが、そのエキスには様々な美容効果がある点でも有名なのです! 凄く高級品なんですよっ」
「高級品か。まぁ棘が飛んでくるようなサボテンだし、栽培するのは難しいだろうしな」
「湿度が高いと直ぐに根腐れしてしまいますから、砂漠地帯以外での栽培は難しいですね。何より、数十年に一度しか花を咲かせないんです。種の採取は難しいんですよ」
サボテンだから、ひょこっと出ている株の部分を取って植えれば増やせるだろう。
そのためにはサボテンに触れる必要がある。
触れれば棘が発射される。
フルアーマーでも着込んでなきゃ、蜂の巣にされてしまう。
「ですが棘を失うと、ニードルサボテンは徐々に枯れてしまうとかで」
「そうよ。一カ月ぐらいで枯れてしまうかしら」
「私たちはエキスが目的ですので関係ありませんが。でもニードルサボテンは取り過ぎないようにしています」
花が咲くのは数十年に一度だけ、か。
まぁ俺にとって数十年なんて関係ないけどな。
「棘を飛ばさない方法とかって、ある?」
「揺らしたり振動を与えると飛ばしますので、そぉっと触れる分には大丈夫です」
「収穫するにはどうしても切らなきゃいけないから、わざと先に棘を飛ばしておくのよ」
「了解。なら俺がスキルを使うために触れるぐらいなら、大丈夫ってことだな」
まだ棘のあるサボテンに近づき、念のため砂の上に転がる。
他の三人はアスの後ろに隠れた。
「花を咲かせるのですね! 図鑑でも見たことがないんです。楽しみだなぁ」
「では――"成長促進"」
花が咲くまで!
するとサボテンのてっぺんの方に、ぽん、ぽぽぽんっと黄色い花が咲いた。
「まぁ、かわいい。まるで花冠を載せているみたいです」
「ふふ。ほんとだわ」
「ニードルサボテンの花は、黄色だったのですねぇ」
『イイ香リスルヨォ』
「ほんとだわ。エキスも香りがいいんだけど、花の方がもっとステキね」
おっと。花を咲かせるだけじゃダメだった。
種が必要なんだよ。
でも花は全部で二〇輪ほどある。
「"成長促進"」
二輪だけ成長させて、残りはそのまま――。
指定した二輪だけがしおれ、クルミサイズの種がぽとんと落ちて来た。
「よし。トゲを飛ばすぞ」
「了解よ」
足でごんっと蹴ると、棘がシュバババっと飛んでいく。
残ったのは禿げたサボテンと、そして黄色い花。
「花の蜜も使えないかな? 香りもあるだろうし」
そう言うと、ルーシェとシェリルの顔に笑顔が浮かんだ。