初デートの夜。

「で、会いに行こうと思うんだ」

 昼間に見た影のことを、ルーシェとシェリルにも話した。
 これから火竜に会いに行こうと思って。

「じゃ、私たちも準備するわ。待ってて」
「いや、俺ひとりで行くよ」
「でもっ」
「三人で出て行ったら、アスがついて来るだろ? まだ火竜がアスの父親だって決まった訳じゃない。話を聞かれると、ちょっと、な」
「あ……そう、ですね。確認が先ですよね」
「寒いから、ちゃんとジャンパー着ていくのよ」

 頷いて、インベントリからジャンパーを取り出し着込む。
 ツリーハウスを出ると途端に肌寒さを感じる。

 アスが眠るツリーハウス前を避け、ドリュー族と移住してきた住民が暮らす高台に登った。
 そこから地底湖近くまで、ドリュー族が掘ったトンネルが開通している。

「ちょっと走るか」

 中は緩やかな傾斜になっているから、とうぜん走ると直ぐに疲れる。
 ここで――

「"せ、成長促進"。坂道、走っても、はぁ、疲れないぐらい、身体能力、成長……」
 
 すると、すぐに体が楽になった。
 外に出てから、ランタンの明かりで自分の体をチェックする。
 スキルで体が老けていないかを、だ。
 手の皺……特に増えた様子はない。爪も伸びてない。髪の毛もだ。
 よし。大丈夫っと。

「さぁて、あそこにいてくれるといいんだけどな」

 目指すがアスのお袋さんの墓前。
 なんとなく、ここにいるんじゃないかと思って来たんだが……。

 月明かりの下、葉桜の傍には紅の竜がいた。
 その姿はどこか、悲しそうに見える。

『何をしに来た、人間』
「伝えたいこと、それから確認しておきたいことがあって来た」

 俺のことには興味なさそうに、火竜は一点をずっと見つめていた。
 そこは桜の木の脇、少しだけ土が盛り上がった場所。
 アスのお袋さんの亡骸が埋葬された墓だ。

「アスの鱗には、ところどころ赤い縁がある」
『それがどうした……赤?』
「それから、背中には翼もある」
『な、に?』
「アースドラゴンには、翼がないんだろう?」

 ずっともたげていた首を持ち上げ、火竜が初めて俺を見た。

「あんたはアスのお袋が別の雄とって思ってるみたいだけど、バフォおじさんはあんたが父親じゃないかって思っているそうだ」
『わ、我が!? いや、だがしかし……それならどうしてアースは知らせなかったのだっ』
「それは……」
『連絡を寄越さなかったということは、別の雄との子を孕んだからであろう。他の、翼のある種との子なのだっ』
「赤い鱗はどう説明するんだよっ。あんたの鱗の色とソックリだったんだぞ」
『ならば別の火竜との子だっ。そうに違いないっ』

 なんで否定するんだよ。
 少しは自分の子かもって、思わないか。
 いや、待てよ……本当に他の火竜の子だったり……する?

「この砂漠に、あんた以外の火竜が他にもいるのか?」
『ふんっ。おるものか。ここはかつて我が縄張りであった。アース以外の他の竜など、入れるはずもない』
「……だったらあんた以外にいないだろ!」
『ぐぬっ……し、しかし』
「アスのお袋さんは、失恋してこの山に来たと話していたそうだ。あんたがアスのお袋を捨てたんだろ? だったら伝えられないはずだ」
『す、捨てた!? 我がアースを捨てただとっ』

 あ、あれ? なんか怒ってるような。
 違った、のか。

『我がアースを捨てたなどといったい誰が! 喧嘩はしたが、捨てた覚えなど一度もないっ』
「で、でも、本人から聞いたって奴が」

 バフォおじさん、まさか適当なこと言ったんじゃないだろうなっ。

『我はアースを心から愛しておったっ。喧嘩して出て行ったアースを、何十年も待ってやっていた
「な、何十年もって……まさか待ってただけ? 追いかけなかったのかよ!」
『わ、我は雄だっ。雄はどっしりと構えて、雌を受け止めるだけ』
「違うだろ! 喧嘩したなら追いかけて行って、謝るべきだろう! もしろん、相手が浮気したとかなら別だけど。でもっ」

 うちの両親が喧嘩した時は、たいてい親父が謝っていた。
 どっちが悪いって訳じゃなく、なんとなく喧嘩に発展した時みたいなんかは特にだ。

 親父曰く。
 女は意地っ張りだけど、同じぐらい寂しがり屋だって。

「ここは元々あんたの縄張りだったって言ってたな。わざわざあんたが追って気安い場所に来てんのに、あんたは追いかけなかった。アスのお袋さんは、あんたに嫌われたって思ったんだろう。そして追いかけてこないから、捨てられたんだとも」
『そ、そんなことっ……そんな……』
「なんで追いかけなかったんだよ。男のプライドなんて、どうでもいいじゃないか。アスが……アスがどんな思いで、暗い地底湖で母親の帰りを待ってたと思うんだ。たったひとりで、ずっと……」

 帰宅しても「おかえり」と言ってくれる人がいない辛さ。
 待っても待っても、玄関を開けて帰って来る家族のいない辛さ。
 俺はそれを知っているから、アスの気持ちも痛いほど分かる。

「アスがあんたの子供かは、正直、俺には判断できない。ただ鱗に赤い縁があること。アースドラゴンにはないっていう翼があること。それを伝えたかったんだ」

 医学的レベルでの判断は出来ない。まぁここは異世界だしな。
 けど、この火竜がアスの父親だってのは間違いないはずだ。
 ドラゴンなんて早々いないもんだし、集落に人たちだって見たことないと言っていた。

 自分の縄張りだと言っていたが、人前に姿を見せたりはしていなかったんだろう。
 この地方にあいつ以外のドラゴンはいない。
 アスのお袋さんだって、元は別の場所にいたようだし。

 他にアスの父親候補なんていないんだ。
 消去法なんか使わなくたって、もうあいつしかいない。

 あとはどうするか。
 それは本人が決める事だろう。

「じゃ、俺は帰るよ。どうしたいかは、あんたが決めてくれ」

 集落に到着するのは、明け方かなぁ。
 子ワームたちのご飯、今日はまだ大丈夫だっけ。
 ふああぁぁぁ、ねみ。

 そうだ。
 せっかく来たんだし――

「"成長促進"」

 桜の葉が散り、芽が出て、開花する。
 満天の星空の下、夜桜が風に舞う。

「アスが……お母さんに見せたかったんだってさ」
『……美しい。なんという名の花だ』
「さくら」
『サクラ……アースのように、可憐な花だ』

 風に舞う花びらを愛おしそうに、火竜は見つめた。