「シーザー様ぁ。魔宮で魔晶石を集めてきてくださいませんかぁ?」

 アリアンヌは、猫なで声を発しながら荒木皇帝に腕を絡めた。
 彼女は黙ってさえいれば、なかなかの美貌の持ち主である。
 胸も豊かで、鼻の下を伸ばさない男は少ないだろう。

 そう。今目の前にいる荒木皇帝のように。

「おやすいごようさ。ところで魔晶石とはなんだい?」
「はい。魔晶石はアメジストに似た石ですわ。その石は魔力を蓄える性質がありますの。それを割ることで、魔力が枯渇した状態でも瞬時に回復出来ますのよ」
「なるほど。魔法が存在するこの世界では、重宝される石なのだね」
「えぇ。それをたーっくさん、欲しいんですの」

 アリアンヌが皇帝の上に覆いかぶさる。

「魔晶石はレアな素材ですが、魔宮のモンスターは比較的ドロップしやすいんですの」
「なるほど。では王女のために百……いや、千ほど集めてこよう」
「まぁ、嬉しい」(これで魔力不足の問題は解決ね)





「異世界人の方々が魔宮へと挑まれますわ。すぐに馬車の用意をしなさいっ」
「今すぐに、ですか?」
「えぇ。今すぐによ」

 心なしか肌艶のいいアリアンヌはそう言って、侍女らに支度を急がせた。

「ふんっ。魔力が少ないから、一日に使えるスキルの回数が少ないですって? そんなことで私の手から逃げられるとでも思っているの?」

 大地豊のスキルについては、唯一精神を病むことなく戻って来た魔術師の報告で聞いている。
 だからなんだというのだ。
 死なない程度にスキルを使い続けさせ、倒れる寸前で魔晶石を使わせればいい。

 魔晶石は消耗品だ。
 皇帝は千個と言ったが、アリアンヌは一万でも欲しいと思っている。
 だが他国からは買いたくない。
 だから兵士を使って、各地の迷宮に潜らせるつもりだ。

 王国でもっとも多くの魔晶石が見込める魔宮には、皇帝たちを向かわせて……。

「んっふふふ。彼らのスキル熟練度を上げるのにも、ちょうどいいでしょうね」

 アリアンヌは知らない。
 彼らが――特に優秀なスキルを授かった三人の熟練度が、今だ1であることを。

 スキルは使うことで熟練度があがっていく。
 一、二度使った程度では上がらず、しかも不必要な場面で連続使用しても滅多なことでは上がらない。

 ゴブリンやスライムを数匹倒した程度の荒木たちでは、熟練度が上がることなどない。
 ちょこっとは戦闘をしている小林や三田でさえ、熟練度は2か3である。

「彼らのスキルが進化すれば、国攻めも容易になるでしょうね。ふふふ、ふふふふふふ」

 スキルの進化には熟練度が20も必要なのだが、はたして小林と三田がそこまで上がるのに何カ月かかるのか。
 いや、熟練度は高くなればなるほど、上がりにくくなっていく。
 それを考えれば、最低でも一年は必要だろう。

 ずっと実戦を避けていた皇帝ら三人に至っては、実戦をしない限り上がることはない。
 果たして三人が魔宮にちゃんと潜るのか――。

 十日後――
 魔宮へとやって来たのは皇帝、金剛、輝星の三人と、小林、三田、佐藤、上本の戦闘系スキルを授かった七人全員。

「僕らが後ろで見守っていてやるから、君らだけでまずは頑張ってみたまえ」
「う、うん。そ、それじゃあ行くぞ」
「あ、あぁ」

 いつものように皇帝と金剛、そして輝星の三人は何もしないらしい。
 ダンジョンを進むと、さっそくモンスターと遭遇。

「なんだ、犬じゃないか」

 皇帝が「なんだ」と言ったその犬には、頭が三つあった。

「ケ、ケルベロスだ!?」
「なんでケルベロスなんかが地下一階にいるんだよっ」
「ケルベロスって、あれか? 地獄の番犬とかいう?」

 金剛の言葉に小林たちが頷く。

「強いのかい?」

 皇帝の言葉に小林たちが頷く。

「ならボクに任せろ。"招来――メテオストライク"」
「うわっ、ちょ、おまっ」

 宣言するかのように高らかに呪文を唱えた輝星だが、しー……んっと静寂が辺りを包む。

「ああああ、あの、も、諸星くん……。こ、ここは地下だから、その……隕石は……」
「あ、なるほど。ここは地下だからメテオは発動しないんだな。輝星、残念だったね」

 佐藤が言おうとしたことを、皇帝が横取りする。
 それと同時に彼は踵を返していた。

『グルルルアアァァッ』
「僕は服が汚れてしまったし、先に上に上がっているよ。君たちは頑張りたまえ」
「そ、そんなっ。い、伊勢崎くんっ」
「お、俺がいたら、ぬぐゲーになり過ぎてお前たちが成長できないだろっ」
「ボクの出番は地上にしかないってことだね。じゃ、そゆことでぇ」

 三人は全力で来た道を引き返した。
 
 が、ここはダンジョン。
 突然モンスターが床から湧くのは当たり前のこと。

「ひっ。こ、今度は牛!?」
「俺こいつ知ってるぞ! ミノタウロスってやつだっ」
「二人でなんとかしなよっ。ボクは地下では何も出来ないんだからさっ」
「ただの役立たずじゃないかっ。くそ――エクスカリバー!!」

 皇帝のスキルはエクスカリバー。
 剣を振る際に真空波を放ち、飛ぶ距離は熟練度《・・・》によって伸びる攻撃用スキルだ。 
 しかも貫通攻撃で、範囲は熟練度《・・・》によって扇状に開いていく。
 当然、攻撃力も熟練度に左右する。

 熟練度1の状態ではスライムを真っ二つには出来るが、ゴブリン相手では致命傷も与えられない。
 実はこのスキル、大器晩成型だったりする。
 熟練度が高ければ非常に強力なのだが、それゆえに低い時にはさして強くもない。
 更に言えば他のスキルに比べても、熟練度が上がりにくい。

 こつこつ努力家向けのスキルだったりもするのだ。

 放たれた真空波はミノタウロスの頑丈な皮膚に当たりはしたが、皮一枚傷つける事は出来なかった。

「あ、れ?」
『ブモオオォォォォォッ』
「怒らせただけじゃねーか!」
「おい、三田、上本! こっちに来てボクを守れっ」
「輝星、抜け駆けすんじゃねー! おい、俺も守れっ」
「そ、そんな余裕ないよっ。上本くん、回復っ」
「うるせーっ。早くこっちこいっ」
『モオオォォォォォッ』

 ケルベロスとミノタウロスに挟まれた彼らは、絶体絶命のピンチだった。
 だが神は彼らを見捨てはしなかった。

「んぁ? 初心者が間違って入って来たのか?」
「しゃーねぇなぁ。よっと」
『ブモッ』
「はいはい。君ら壁に寄って。矢を放てないでしょ」

 今まだにダンジョンへと入ったばかりの冒険者によって救われた。
 ミノタウロスは巨大な戦斧を担ぐ戦士が、たった一振りで。
 ケルベロスは美しい装飾がほどこされた弓を持つ美女の、わずか一矢で倒れた。

「君たち、ここは中級者向けの中でも上位のダンジョンよ。ミノタウロスもケルベロスも、ここじゃ雑魚なんだから」
「そんなんで悲鳴を上げてるような奴は、さっさと上がって初心者向けダンジョンにいきな」
「偶然俺たちがダンジョンに入ったところでよかったけど、ミノタウロスを倒せないんじゃここでは生きていけないぞ」
「じゃあな。あんま死に急ぐなよ」

 爽やかな笑みを浮かべ、彼らはダンジョンの奥へと向かった。