「本当なんです、信じてくださいっ」
魔術師の名前はマリウス・イズ。
ゲルドシュタル王国の宮廷魔術師――の弟子だという。
「元」がつくけれど。
「なんで俺ひとりのためにそこまでするんだ……」
「たぶん、王女も意地になっているだけだと思います。あの方、プライドが物凄く高いので。あの……そろそろ起き上がっても」
「ンベェッ」
「すみませんすみませんすみません。踏まれたままでいいですっ」
「おじさん。変な性癖に目覚められても鬱陶しいし、解放してやってくれよ」
山羊に踏まれて快感になられても困る。
バフォおじさんはぶつぶつ文句を言いながらも、マリウスを解放してくれた。
「王国騎士団は二四〇〇人……か」
「ま、まぁ、ここに到着するまでに千人ぐらいは脱落すると思いますが」
「……まさかと思うけど。また全身フルアーマーで来てんの?」
俺の質問にマリウスは頷いた。
その場にいた全員がため息を吐く。
「こんな砂漠で……バカなの?」
「前回のこと、学んでいないのでしょうか?」
「あんな重い恰好で砂漠を横断しようなんて、緑の大地の人たちは何を考えているんだ」
「砂漠のモンスターが肥えてしまうモグな」
そしてまた全員でため息を吐いた。
いや、ため息吐いてる場合じゃない。
「それでも千人以上は来るんだ。なんとかしないと」
「騎士団は一度南下しています。そこを拠点にして攻め込んでくると思われますが……」
「南って、バジリスクがいる荒れ地だっけ? そこからここまで、何日ぐらいだろうか」
「いつもみたいに、明け方と日が暮れてからの移動だと半月ぐらいかしら」
「重たい鎧を着ていたら、もっとかかると思います」
しかもいったん南下して――だもんな。
いや、なんで南下したの?
直接こっち来た方が早かったんじゃ?
やっぱり……バカなんだろうか。
「実は僕が報告書に、嘘の転移位置を記載しました。南部の荒れ地まで徒歩一日の距離だって。実際には二週間ほどかかるはずです。まぁ夜通し歩けば十日も掛かりませんが」
「距離的にはこっちに来る方が、実際早かったんだな」
「で、こいつはどうすんでぇ」
「うぎっ」
バフォおじさんが蹄でマリウスの足を踏む。
「んー……ってかなんで、知らせにきたんだ?」
「そ、それは……」
「あっ。このまぁのおじちゃん」
安全が確認されたからか、子供たちもやって来た。
「おいもおいちぃ?」
前にマリウスにサツマイモをあげた子か。
その子を見て、マリウスは目に涙を浮かべる。
「あぁ、美味しかったよ。そうだ。お礼にいい物を持って来たんだ」
「いいもぉ?」
マリウスが小さなポーチから取り出したのは、色とりどりの……。
「飴玉?」
「はい。あとチョコレイトも。きっと砂漠では手に入らないだろうと思いまして」
「きえぇい」
「それなんだ? 食べられるのか?」
「あぁ、食べられるよ」
子供たちがわぁっと集まって、みんなが飴玉に手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさいっ。毒が入ってたらどうするのっ」
「そ、そうだ。こいつがいい人間とは限らないだろっ」
「ま、そうだよな。簡単に信じるわけにはいかない」
大人たちの反応は、いたって正常だ。
危険を知らせに来たって話も、実際本当なのか分からない。
ただ、ハリュ――サチマイモをあいつにあげた子を見た時の反応は、信じてやりたいと思う。
「オレぁ……性根の腐った人間を嗅ぎ分ける能力は高ぇが、そうじゃねえ奴はよく分かんねぇ。まぁ分かんねぇってことは、少なくとも腐ってはねぇってことだ。っち」
バフォおじさん……。
『ンー。ボクハネェ、コノ人間、ウソイッテナイト思ウ』
「アス坊が言うんだったらまぁ……毒みてぇなもんはにおわねぇよ。それだきゃぁオレにも分かる」
「そうか。なら、いただきますっ」
もとより、毒なんて入ってないと思っている。
だから飴玉をひとつ手に取って、口へと放り込んだ。
「ユタカさん!?」
「ちょ、ちょっとっ」
「んま」
飴玉なんて何カ月ぶりだろう。
んー、これは苺味かぁ。他のヤツの色からして、果物で甘みを付けているようだな。
『ボクモタベタイ』
「アスも? んー、まぁ砂糖と果汁が主な原材料だろうし、大丈夫か」
緑色の飴を掴んで、アスの口に入れてやる。
すぐにゴリゴリと音がした。
あ、こいつ噛んでしまったな。
「アス。飴玉は舐めるものなんだ。噛んでしまったらすぐなくなるか――」
『アンマァーイ! スゴク甘イヨコレッ』
それを聞いた子供たちは、もう我慢出来ないと一斉に飴玉に手を伸ばした。
「な、舐めるんだよ。このお兄ちゃんがいったように、舐めるんだからね。小さい子はこっち」
「お、ペロペロキャンディーか。懐かしいなぁ」
喉を詰まらせないよう、小さい子には棒付きの飴か。用意がいいな。
「み、みなさんもどうぞ。暑さでとけてしまうので」
「大丈夫。俺が保証するよ」
「ユタカさんが大丈夫だというなら」
「そ、そうね。でも綺麗だから、食べるの勿体ないわ」
といいながらも、シェリルはオレンジ色の飴玉を口に放り込んだ。
ルーシェは自分の髪と同じ、桃色の飴玉だ。
「んっ」
「あまぁ~い」
二人が飴を食べると、他の大人たちもおっかなびっくり食べ始めた。
「本当だ。爽やかな甘さがある」
「この甘さは、疲れが癒されるわねぇ」
「ッケ」
バフォおじさんは自分が――いや、家族が飴玉を食べられないからちょっと拗ねたようだ。
だがこのマリウスは抜かりがなかった。
「ダ、ダイチ様、こちらを」
「様!? え、種?」
「栄養があって甘みもある、山羊や羊が大好物だという植物の種です」
「な、なにぃ!? おい、ユタカ。早く成長させろっ」
「わかった、わかったよ」
ぐいぐい角をこすりつけてくるおじさんに押され、畑の隅で種を成長させた。
「まずは増やすために種を採取する」
ん? これはクローバーか?
けど花の色は水色だ。
形はクローバーそっくりだけど、この世界固有の花だろうか。
「うわ、種が小さくて集めづらいな」
「手伝うよ、兄ちゃん」
「あ、僕がやります。魔法で――」
マリウスが何かを唱えると、散らばった種だけはふわぁっと浮かび上がる。
その種にスキルを使ってばら撒くと、時間差であっという間に小さなクローバー畑になった。。
更に種を浮かせてもらう。数百個……もしかして数千個あるかもしれない。
「おじさん、いいぞ」
「よし。まずはオレだ――おい、倅っ」
「ンメェー。ンメ」
「美味いらしいぜ、おじさん」
「こ、こんにゃろ……おい、みんなも食え」
「ンメェェ」
仔山羊も奥様がたも集まって、みんなでクローバーをもりもり食べ始めた。
一家の様子を見て、マリウスの顔もほっこりする。
が、次の瞬間、真顔になった。
「ところで、なぜ山羊が人語を話しているのでしょうか?」
「え? だってバフォおじさんは――え、気づいてなかったのか?」
「え? ばふぉおじさ……バフオオォォォォォォォ!?」
えぇー、こいつ気づいてなかったのかよぉ。
魔術師なら気づいているとばかり思ってたのに。
それを知ってバフォおじさんが嬉しそうに、にちゃあっと笑った。
魔術師の名前はマリウス・イズ。
ゲルドシュタル王国の宮廷魔術師――の弟子だという。
「元」がつくけれど。
「なんで俺ひとりのためにそこまでするんだ……」
「たぶん、王女も意地になっているだけだと思います。あの方、プライドが物凄く高いので。あの……そろそろ起き上がっても」
「ンベェッ」
「すみませんすみませんすみません。踏まれたままでいいですっ」
「おじさん。変な性癖に目覚められても鬱陶しいし、解放してやってくれよ」
山羊に踏まれて快感になられても困る。
バフォおじさんはぶつぶつ文句を言いながらも、マリウスを解放してくれた。
「王国騎士団は二四〇〇人……か」
「ま、まぁ、ここに到着するまでに千人ぐらいは脱落すると思いますが」
「……まさかと思うけど。また全身フルアーマーで来てんの?」
俺の質問にマリウスは頷いた。
その場にいた全員がため息を吐く。
「こんな砂漠で……バカなの?」
「前回のこと、学んでいないのでしょうか?」
「あんな重い恰好で砂漠を横断しようなんて、緑の大地の人たちは何を考えているんだ」
「砂漠のモンスターが肥えてしまうモグな」
そしてまた全員でため息を吐いた。
いや、ため息吐いてる場合じゃない。
「それでも千人以上は来るんだ。なんとかしないと」
「騎士団は一度南下しています。そこを拠点にして攻め込んでくると思われますが……」
「南って、バジリスクがいる荒れ地だっけ? そこからここまで、何日ぐらいだろうか」
「いつもみたいに、明け方と日が暮れてからの移動だと半月ぐらいかしら」
「重たい鎧を着ていたら、もっとかかると思います」
しかもいったん南下して――だもんな。
いや、なんで南下したの?
直接こっち来た方が早かったんじゃ?
やっぱり……バカなんだろうか。
「実は僕が報告書に、嘘の転移位置を記載しました。南部の荒れ地まで徒歩一日の距離だって。実際には二週間ほどかかるはずです。まぁ夜通し歩けば十日も掛かりませんが」
「距離的にはこっちに来る方が、実際早かったんだな」
「で、こいつはどうすんでぇ」
「うぎっ」
バフォおじさんが蹄でマリウスの足を踏む。
「んー……ってかなんで、知らせにきたんだ?」
「そ、それは……」
「あっ。このまぁのおじちゃん」
安全が確認されたからか、子供たちもやって来た。
「おいもおいちぃ?」
前にマリウスにサツマイモをあげた子か。
その子を見て、マリウスは目に涙を浮かべる。
「あぁ、美味しかったよ。そうだ。お礼にいい物を持って来たんだ」
「いいもぉ?」
マリウスが小さなポーチから取り出したのは、色とりどりの……。
「飴玉?」
「はい。あとチョコレイトも。きっと砂漠では手に入らないだろうと思いまして」
「きえぇい」
「それなんだ? 食べられるのか?」
「あぁ、食べられるよ」
子供たちがわぁっと集まって、みんなが飴玉に手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさいっ。毒が入ってたらどうするのっ」
「そ、そうだ。こいつがいい人間とは限らないだろっ」
「ま、そうだよな。簡単に信じるわけにはいかない」
大人たちの反応は、いたって正常だ。
危険を知らせに来たって話も、実際本当なのか分からない。
ただ、ハリュ――サチマイモをあいつにあげた子を見た時の反応は、信じてやりたいと思う。
「オレぁ……性根の腐った人間を嗅ぎ分ける能力は高ぇが、そうじゃねえ奴はよく分かんねぇ。まぁ分かんねぇってことは、少なくとも腐ってはねぇってことだ。っち」
バフォおじさん……。
『ンー。ボクハネェ、コノ人間、ウソイッテナイト思ウ』
「アス坊が言うんだったらまぁ……毒みてぇなもんはにおわねぇよ。それだきゃぁオレにも分かる」
「そうか。なら、いただきますっ」
もとより、毒なんて入ってないと思っている。
だから飴玉をひとつ手に取って、口へと放り込んだ。
「ユタカさん!?」
「ちょ、ちょっとっ」
「んま」
飴玉なんて何カ月ぶりだろう。
んー、これは苺味かぁ。他のヤツの色からして、果物で甘みを付けているようだな。
『ボクモタベタイ』
「アスも? んー、まぁ砂糖と果汁が主な原材料だろうし、大丈夫か」
緑色の飴を掴んで、アスの口に入れてやる。
すぐにゴリゴリと音がした。
あ、こいつ噛んでしまったな。
「アス。飴玉は舐めるものなんだ。噛んでしまったらすぐなくなるか――」
『アンマァーイ! スゴク甘イヨコレッ』
それを聞いた子供たちは、もう我慢出来ないと一斉に飴玉に手を伸ばした。
「な、舐めるんだよ。このお兄ちゃんがいったように、舐めるんだからね。小さい子はこっち」
「お、ペロペロキャンディーか。懐かしいなぁ」
喉を詰まらせないよう、小さい子には棒付きの飴か。用意がいいな。
「み、みなさんもどうぞ。暑さでとけてしまうので」
「大丈夫。俺が保証するよ」
「ユタカさんが大丈夫だというなら」
「そ、そうね。でも綺麗だから、食べるの勿体ないわ」
といいながらも、シェリルはオレンジ色の飴玉を口に放り込んだ。
ルーシェは自分の髪と同じ、桃色の飴玉だ。
「んっ」
「あまぁ~い」
二人が飴を食べると、他の大人たちもおっかなびっくり食べ始めた。
「本当だ。爽やかな甘さがある」
「この甘さは、疲れが癒されるわねぇ」
「ッケ」
バフォおじさんは自分が――いや、家族が飴玉を食べられないからちょっと拗ねたようだ。
だがこのマリウスは抜かりがなかった。
「ダ、ダイチ様、こちらを」
「様!? え、種?」
「栄養があって甘みもある、山羊や羊が大好物だという植物の種です」
「な、なにぃ!? おい、ユタカ。早く成長させろっ」
「わかった、わかったよ」
ぐいぐい角をこすりつけてくるおじさんに押され、畑の隅で種を成長させた。
「まずは増やすために種を採取する」
ん? これはクローバーか?
けど花の色は水色だ。
形はクローバーそっくりだけど、この世界固有の花だろうか。
「うわ、種が小さくて集めづらいな」
「手伝うよ、兄ちゃん」
「あ、僕がやります。魔法で――」
マリウスが何かを唱えると、散らばった種だけはふわぁっと浮かび上がる。
その種にスキルを使ってばら撒くと、時間差であっという間に小さなクローバー畑になった。。
更に種を浮かせてもらう。数百個……もしかして数千個あるかもしれない。
「おじさん、いいぞ」
「よし。まずはオレだ――おい、倅っ」
「ンメェー。ンメ」
「美味いらしいぜ、おじさん」
「こ、こんにゃろ……おい、みんなも食え」
「ンメェェ」
仔山羊も奥様がたも集まって、みんなでクローバーをもりもり食べ始めた。
一家の様子を見て、マリウスの顔もほっこりする。
が、次の瞬間、真顔になった。
「ところで、なぜ山羊が人語を話しているのでしょうか?」
「え? だってバフォおじさんは――え、気づいてなかったのか?」
「え? ばふぉおじさ……バフオオォォォォォォォ!?」
えぇー、こいつ気づいてなかったのかよぉ。
魔術師なら気づいているとばかり思ってたのに。
それを知ってバフォおじさんが嬉しそうに、にちゃあっと笑った。