ドラゴンだ。
桜の花を愛でている、かわいいドラゴンとは全く違う。
ドラゴンらしいドラゴンだ。
鋭い爪。
真っ赤な鱗。
大きく広げられた翼。
そして。
今にもブレスを吐きそうな……は……
『万死に値するっ』
「みんな、逃げろおぉぉーっ!」
「「モグウゥゥゥゥゥゥゥ」」
万死にって、なんなんだよっ。
突然現れてきて死ねって……俺たちを食べる気か!?
「お、おいっ。ちょっと待ちなっ」
バフォおじさん!
そうだ、こっちには上位悪魔のバフォメット様がいる!
『下等な生物どもめっ。貴様らは……貴様らはぁぁぁぁ』
「ンベェッ。ダメだこいつ、頭に血が上って聞いちゃいねぇっ」
「ダメなのかよ!? くそっ。みんな、早く地底湖に逃げ込めっ!」
いったいぜんたい、何がどうなっているんだ!?
突然ぶち切れ状態で現れて、俺たちを殺そうとしている。
ドラゴンってこんな狂暴だったのか!?
『ボクノ友達、イジメチャダメエェェーッ』
アスが……きっとアスが特別なんだ。
俺たちを守ろうと立ちはだかったアスは、前脚で地面を力強く踏みしめた。
ずんっと一瞬響いた後、宙を舞うドラゴンの真下の地面が盛り上がる。
それはまるで杭のように先端が尖り、ドラゴンを串刺しにするかのように伸びた。
『ぐぬぅっ』
『アッチ行ケェーッ』
ドラゴンの翼をかしめた程度だが、再びアスが地面を鳴らした。
『小童めぇぇ。なぜ下等な生き物の味方をする! その生き物どもは、我らの同胞を手にかけたのだぞっ』
「同胞? まさか」
アスのお袋さんの亡骸を見て、勘違いしたのか!?
「ち、違うんだ! このドラゴンは俺たちが殺したんじゃなく――」
『黙れ人間! 貴様ら全員の手足を引きちぎって、下等モンスターの餌にしてくれるっ。それでも我が悲しみ、憎しみは消えぬ。付近の人間ども全て、根絶やしにしてくれるわ!』
「ユタカっ」
くっ。空を飛ばれていたんじゃ、触れることも出来ない。
そうだ。さっきのアスの技で俺を持ち上げてくれれば。
「アス!」
『オジサンガ黙レ! ユタカオ兄チャンタチハ、オカアサンノタメニオ墓ヲ作ッテクレヨウトシテタンダッ。オカアサンヲ奪ッタノハ、知ラナイモンスターノオジサンダモンッ』
アスは大粒の涙を浮かべながら、前脚で地面を踏み鳴らす。
一本、二本と地面から土で出来た杭が飛び出す。
不思議なことに、その杭をドラゴンは避けなかった。
いや、顔だけ見ると狼狽えてるように見える。
『おかあ……さん? 童《わっぱ》、今……その大地の竜のことを、母と呼んだか?』
『ボクハアースドラゴンノ子、アスダイ! 悪イモンスターハ、ボクガユルサナイッ』
「アス坊もちょっと待てって」
『アース……そう、か……お前、他の雄と……』
え? なに? なんなの?
どことなく物悲しい声を発した後、ドラゴンは空高く舞い上がって――そして東の空へと飛んで行った。
な、なんなんだ!?
突然現れて、突然どっか行ってっ。
「あ、みんな、無事か?」
「え、えぇ。とても怖かったです」
「ほんと……さすがにちょっと、震えたわね」
ルーシェとシェリルの声が震えている。
二人の肩を抱き寄せ、大丈夫だと声を掛けた。
それから。
「アス。俺たちを守ってくれて、ありがとうな」
「ほんと。カッコよかったんだから」
『カッコイイ? ホント?』
「えぇ、本当ですよ」
俺たち三人で、今度はアスを抱きしめてやった。
日中だから寒いどころか暑いんだけど、それでもアスの温かい鱗が心地よかった。
ふとアスの鱗が視界に入る。
赤い縁取りのある鱗だ。
この赤、さっきのドラゴンの――
「うああぁぁ!?」
「キャァッ」
「な、なんなのよ急にっ」
『ビックリィ』
バフォおじさん!
俺は近くにいたバフォおじさんを見た。
俺が視線を向けた理由を察したのか、彼は頷いた。
赤い鱗。大きな翼。
アスの父親は火竜かもしれないって、バフォおじさんは言っていた。
アスのお袋さんの元彼だって。
つまりさっきのがアスの父親――かもしれないドラゴン!?
それならブチ切れていたのにも頷ける。
弔うために穴から引き上げたアスのお袋さんの亡骸を見て、俺たちが殺したと勘違いしたんだろう。
元とはいえ、愛していたに違いない。
だから敵をとろうとして、俺たちを殺そうとしたんだ。
だが、亡骸をお母さんと呼ぶ子ドラゴンがいた。
あの様子だと、他の雄ドラゴンとの間に生まれた子供だと思っているかもしれない。
アスに……なんて説明しよう。
「え、では昨日のドラゴンは、アスのお父様?」
「しーっ。決まった訳じゃないんだけど、バフォおじさんはそうかもしれないって」
「バフォおじさんって、ほんといろんなことを知ってるわね」
「あー……アスのお袋さんと会ったことがあるんだってさ。なんでもその時に――」
付き合っている雄ドラゴンがいたけど、喧嘩別れした――という話を聞かされたんだと伝えた。
「喧嘩別れした時には身籠ってたけど、お互い気づかなかったのかもな」
「知ってて別れたっていうなら、許せないわ!」
「そうですっ。お二人が別れさえしなければ、今頃親子三人、仲良く暮らせていたはずなのに」
「いや、俺は知らなかったと思うよ。思い出してみてくれ。あのドラゴンが立ち去るとき言った言葉を」
お前、他の雄と――。
そう言っていた。
「あれは完全に、アスのことを他の雄の子だと勘違いしている」
「言われてみれば……」
「でもやっぱり許せませんっ。アスのお母様が、あっさり他の男性とご結婚されたと思っているということでしょう?」
「そうよね。尻軽女だと思ってたってことじゃない。許せないわっ」
なんかあのドラゴンがかわいそうに思えてきた。
ドラゴンが去った後、アスのお袋さんを埋葬するための穴掘りが行われた。
あまりにも大きな穴だから、桜の根を傷つけないように掘るのに苦労した。
主にドリュー族が。
「アス。また来ような」
『ウン……』
「お弁当作って来ましょうね」
『ウン。オベントーッテナニ?』
そこからかぁ。
帰り道、お弁当がなんなのかアスに教えながら帰路についた。
帰り着くころにはアスはもう『オベントウ♪ オベントウ♪』と、まるで遠足を楽しみにしている子供みたいに歌った。
「そうだ。近いうちに弁当を持って東側の高台に行ってみないか?」
「東側というと、山羊さん一家が暮らしている高台でしょうか?」
「それよりもっと東だ。上って下りてをして東に行くと、山羊一家が暮らす高台より広い場所があるそうなんだ」
「あぁ、あそこね。あの辺りも掘ると岩塩が出てくるわよ。でも遠いからわざわざ行かないの」
「へぇ。まぁそこにさ、草を生えさせようと思って」
これはバフォおじさんからの依頼で、仔山羊たちの行動範囲を広げてやりたいから――だそうだ。
「草うんぬんの前に、土壌改良をする必要もあってさ。そうなると、アスの――」
『ボクノデバン!』
「そうだ。アスの精霊魔法で、土をふかふかにして欲しいんだよ。ただし、山羊は高い地面の方が好きだから、畑みたいに柔らかくはしなくていいんだ」
『ムムム。難シイ注文。ボクガンバル!』
「アスが移動しやすいようにさ、ドリュー族が坂道も作ってくれるって。それが終わったらみんなで行ってみよう」
弁当を持って。
そう付け加えると、アスは嬉しそうに跳ねた。
おおぅ。地面が揺れるぅ。
「ん? 下の方がなんだか騒がしいモグな」
「下? あ、ほんとだ。みんな集まってるな」
駆け足で下に行ってみると、先に帰っていたバフォおじさんが人を踏みつけていた。
誰かおじさんを怒らせたのか?
それとも新しいプレイ遊び?
「あ、ユタカくん。帰って来たか」
「どうしたんだ? バフォおじさん、何やってるんです?」
「下敷きになっている彼ね……ほら、前に襲って来た」
前に?
あ……。
「ああぁぁ!? バフォおじさんとこの仔山羊に、火球ぶっぱなした命知らず!」
「ど、どうも……」
魔術師の男はバフォおじさんに踏まれたまま、苦笑いを浮かべて挨拶をした。
桜の花を愛でている、かわいいドラゴンとは全く違う。
ドラゴンらしいドラゴンだ。
鋭い爪。
真っ赤な鱗。
大きく広げられた翼。
そして。
今にもブレスを吐きそうな……は……
『万死に値するっ』
「みんな、逃げろおぉぉーっ!」
「「モグウゥゥゥゥゥゥゥ」」
万死にって、なんなんだよっ。
突然現れてきて死ねって……俺たちを食べる気か!?
「お、おいっ。ちょっと待ちなっ」
バフォおじさん!
そうだ、こっちには上位悪魔のバフォメット様がいる!
『下等な生物どもめっ。貴様らは……貴様らはぁぁぁぁ』
「ンベェッ。ダメだこいつ、頭に血が上って聞いちゃいねぇっ」
「ダメなのかよ!? くそっ。みんな、早く地底湖に逃げ込めっ!」
いったいぜんたい、何がどうなっているんだ!?
突然ぶち切れ状態で現れて、俺たちを殺そうとしている。
ドラゴンってこんな狂暴だったのか!?
『ボクノ友達、イジメチャダメエェェーッ』
アスが……きっとアスが特別なんだ。
俺たちを守ろうと立ちはだかったアスは、前脚で地面を力強く踏みしめた。
ずんっと一瞬響いた後、宙を舞うドラゴンの真下の地面が盛り上がる。
それはまるで杭のように先端が尖り、ドラゴンを串刺しにするかのように伸びた。
『ぐぬぅっ』
『アッチ行ケェーッ』
ドラゴンの翼をかしめた程度だが、再びアスが地面を鳴らした。
『小童めぇぇ。なぜ下等な生き物の味方をする! その生き物どもは、我らの同胞を手にかけたのだぞっ』
「同胞? まさか」
アスのお袋さんの亡骸を見て、勘違いしたのか!?
「ち、違うんだ! このドラゴンは俺たちが殺したんじゃなく――」
『黙れ人間! 貴様ら全員の手足を引きちぎって、下等モンスターの餌にしてくれるっ。それでも我が悲しみ、憎しみは消えぬ。付近の人間ども全て、根絶やしにしてくれるわ!』
「ユタカっ」
くっ。空を飛ばれていたんじゃ、触れることも出来ない。
そうだ。さっきのアスの技で俺を持ち上げてくれれば。
「アス!」
『オジサンガ黙レ! ユタカオ兄チャンタチハ、オカアサンノタメニオ墓ヲ作ッテクレヨウトシテタンダッ。オカアサンヲ奪ッタノハ、知ラナイモンスターノオジサンダモンッ』
アスは大粒の涙を浮かべながら、前脚で地面を踏み鳴らす。
一本、二本と地面から土で出来た杭が飛び出す。
不思議なことに、その杭をドラゴンは避けなかった。
いや、顔だけ見ると狼狽えてるように見える。
『おかあ……さん? 童《わっぱ》、今……その大地の竜のことを、母と呼んだか?』
『ボクハアースドラゴンノ子、アスダイ! 悪イモンスターハ、ボクガユルサナイッ』
「アス坊もちょっと待てって」
『アース……そう、か……お前、他の雄と……』
え? なに? なんなの?
どことなく物悲しい声を発した後、ドラゴンは空高く舞い上がって――そして東の空へと飛んで行った。
な、なんなんだ!?
突然現れて、突然どっか行ってっ。
「あ、みんな、無事か?」
「え、えぇ。とても怖かったです」
「ほんと……さすがにちょっと、震えたわね」
ルーシェとシェリルの声が震えている。
二人の肩を抱き寄せ、大丈夫だと声を掛けた。
それから。
「アス。俺たちを守ってくれて、ありがとうな」
「ほんと。カッコよかったんだから」
『カッコイイ? ホント?』
「えぇ、本当ですよ」
俺たち三人で、今度はアスを抱きしめてやった。
日中だから寒いどころか暑いんだけど、それでもアスの温かい鱗が心地よかった。
ふとアスの鱗が視界に入る。
赤い縁取りのある鱗だ。
この赤、さっきのドラゴンの――
「うああぁぁ!?」
「キャァッ」
「な、なんなのよ急にっ」
『ビックリィ』
バフォおじさん!
俺は近くにいたバフォおじさんを見た。
俺が視線を向けた理由を察したのか、彼は頷いた。
赤い鱗。大きな翼。
アスの父親は火竜かもしれないって、バフォおじさんは言っていた。
アスのお袋さんの元彼だって。
つまりさっきのがアスの父親――かもしれないドラゴン!?
それならブチ切れていたのにも頷ける。
弔うために穴から引き上げたアスのお袋さんの亡骸を見て、俺たちが殺したと勘違いしたんだろう。
元とはいえ、愛していたに違いない。
だから敵をとろうとして、俺たちを殺そうとしたんだ。
だが、亡骸をお母さんと呼ぶ子ドラゴンがいた。
あの様子だと、他の雄ドラゴンとの間に生まれた子供だと思っているかもしれない。
アスに……なんて説明しよう。
「え、では昨日のドラゴンは、アスのお父様?」
「しーっ。決まった訳じゃないんだけど、バフォおじさんはそうかもしれないって」
「バフォおじさんって、ほんといろんなことを知ってるわね」
「あー……アスのお袋さんと会ったことがあるんだってさ。なんでもその時に――」
付き合っている雄ドラゴンがいたけど、喧嘩別れした――という話を聞かされたんだと伝えた。
「喧嘩別れした時には身籠ってたけど、お互い気づかなかったのかもな」
「知ってて別れたっていうなら、許せないわ!」
「そうですっ。お二人が別れさえしなければ、今頃親子三人、仲良く暮らせていたはずなのに」
「いや、俺は知らなかったと思うよ。思い出してみてくれ。あのドラゴンが立ち去るとき言った言葉を」
お前、他の雄と――。
そう言っていた。
「あれは完全に、アスのことを他の雄の子だと勘違いしている」
「言われてみれば……」
「でもやっぱり許せませんっ。アスのお母様が、あっさり他の男性とご結婚されたと思っているということでしょう?」
「そうよね。尻軽女だと思ってたってことじゃない。許せないわっ」
なんかあのドラゴンがかわいそうに思えてきた。
ドラゴンが去った後、アスのお袋さんを埋葬するための穴掘りが行われた。
あまりにも大きな穴だから、桜の根を傷つけないように掘るのに苦労した。
主にドリュー族が。
「アス。また来ような」
『ウン……』
「お弁当作って来ましょうね」
『ウン。オベントーッテナニ?』
そこからかぁ。
帰り道、お弁当がなんなのかアスに教えながら帰路についた。
帰り着くころにはアスはもう『オベントウ♪ オベントウ♪』と、まるで遠足を楽しみにしている子供みたいに歌った。
「そうだ。近いうちに弁当を持って東側の高台に行ってみないか?」
「東側というと、山羊さん一家が暮らしている高台でしょうか?」
「それよりもっと東だ。上って下りてをして東に行くと、山羊一家が暮らす高台より広い場所があるそうなんだ」
「あぁ、あそこね。あの辺りも掘ると岩塩が出てくるわよ。でも遠いからわざわざ行かないの」
「へぇ。まぁそこにさ、草を生えさせようと思って」
これはバフォおじさんからの依頼で、仔山羊たちの行動範囲を広げてやりたいから――だそうだ。
「草うんぬんの前に、土壌改良をする必要もあってさ。そうなると、アスの――」
『ボクノデバン!』
「そうだ。アスの精霊魔法で、土をふかふかにして欲しいんだよ。ただし、山羊は高い地面の方が好きだから、畑みたいに柔らかくはしなくていいんだ」
『ムムム。難シイ注文。ボクガンバル!』
「アスが移動しやすいようにさ、ドリュー族が坂道も作ってくれるって。それが終わったらみんなで行ってみよう」
弁当を持って。
そう付け加えると、アスは嬉しそうに跳ねた。
おおぅ。地面が揺れるぅ。
「ん? 下の方がなんだか騒がしいモグな」
「下? あ、ほんとだ。みんな集まってるな」
駆け足で下に行ってみると、先に帰っていたバフォおじさんが人を踏みつけていた。
誰かおじさんを怒らせたのか?
それとも新しいプレイ遊び?
「あ、ユタカくん。帰って来たか」
「どうしたんだ? バフォおじさん、何やってるんです?」
「下敷きになっている彼ね……ほら、前に襲って来た」
前に?
あ……。
「ああぁぁ!? バフォおじさんとこの仔山羊に、火球ぶっぱなした命知らず!」
「ど、どうも……」
魔術師の男はバフォおじさんに踏まれたまま、苦笑いを浮かべて挨拶をした。