どすんどすんと、地響きが木霊する。
 音源は、巨大な生物からだった。
 
『どうする……我の方から行くべきか? いや、それでは雄としてカッコがつかない』

 それは器用に後ろ足で立ち上がり、腕組みをして辺りを行ったり来たりしている。
 紅の鱗に覆われ、背中には大きな翼をもつドラゴンだ。

『あれから何年経った? まったく、強情な雌め。一度は許してくれたんだから、もう一度ぐらい許せよ』

 百年ほど前、生涯の番にと決めた雌と大喧嘩をした。
 愛する彼女が大好きだった高原を、間違って焼き払ってしまったのが喧嘩の原因だ。
 しかしそれには理由がある。

 まだ若いドラゴンであった彼女を狙って、他の大型モンスターがやって来ていたのだ。
 それを追い返そうとして自慢のブレスを吐き、敵を焼き払うのと同時に高原も焼き払ってしまった。

 七五年ほどして、ひょっこり彼女は戻って来た。
 しばらくひとりになって、冷静になったと。
 そして二人は愛を育んだ。

 が――

『ちょっとくしゃみしただけではないか! 我は火竜なのだぞっ。くしゃみをすれば火球が飛び出すことぐらいあるだろう!』

 そして今度は、彼女が一番お気に入りだった広大な花畑が焦土と化した。

 雄の火竜は西の砂漠地帯に目を向けた。
 ここは砂漠と緑の大地の境界線ともいうべき巨大な山脈。
 暑さを好む火竜と、緑を好む大地の竜とが暮らすには最適な場所だった。
 ここを二人の住処にしようと選んだのは彼で、それを喜んだのは彼女である大地の竜。

 二度目の喧嘩で大地の竜が出て行ってから約二〇年。
 彼の心には焦りの色が出ていた。

 しばらく前から、彼女の気配が薄くなった。
 いや、その気配は彼女のようで彼女ではない気がしてならない。

『アース……我をひとりにするな……』

 直に一千歳になろうかという火竜は、ようやく出会った生涯の伴侶に思いを寄せる。

 そして彼は羽ばたいた。
 西の砂漠に向かって。
 
 わずかに感じる、愛する彼女の気配を辿って……。





 その頃、砂漠では……。

「うわぁぁぁぁぁ、また来たぞおぉぉ」
「ひいぃぃぃ。砂漠がモンスターだらけなんて、聞いてないぞ!!」

 ゲルドシュタル王国から砂漠に転移してきた騎士団が、モンスターに襲われていた。
 モンスターにしてみれば『へっへ。久しぶりに獲物が大量だぜぃ』といったところだろう。
 しかも相手は重い鉄鎧を着ている。
 動きが遅く、襲いやすい。

 騎士団はといえば……彼らは毎日鍛錬に励む精鋭たちだ。
 だが鍛錬に励んでいるだけで、実戦経験はないに等しい。
 ここ数十年は戦もなかったし、地方でモンスターに苦しむ国民がいても、その退治は冒険者が請け負う。
 たまーに国民からの信頼を得るために、ゴブリンやコボルトといった雑魚退治をする程度。

 王国最強の騎士団!

 と自分たちで言っているだけで、実際に最強なのか検証などしたこともない。
 そして最強だと自分たちも信じて砂漠へとやって来たのだが、早くもその自信は打ち砕かれている。

 そもそも彼らは間違っているのだ。
 砂漠の真っただ中に野営地を作ろうとしているのだから。

 それに気づいたのは先遣隊が半壊する頃だった。

「転移先の場所を変更させろ! 魔術師をよべっ」

 指揮官が転移用の魔法陣に向かって叫ぶ。
 残念ながら、砂漠側から魔法陣を利用することは出来ない。
 なぜそうなっているのかと言えば、アリアンヌ王女が逃亡を許さないからだ。
 だが声は届く。

 やがて到着した魔術師らを伴い、騎士団は南下した。
 砂地にテントなんて張れるかよクソが! ということで。

 だが、ひとりだけ砂漠に向かう人影があった。
 それに気づく者はいない。全員が南を向いていたから。