「この役立たず! 私はダイチユタカを連れてくるよう命じたはずよ! それを……それをこんな緑のボールを持ち帰るなんて!」
緑のボール=キャベツである。
調理、およびサラダに入っているキャベツしか見たことのないアリアンヌ王女は、それをキャベツだと知らず謁見の間の床に叩きつけた。
さらにサツマイモも投げつける。
「な、なんてことを……王女、この芋は幼子が自分のために、おやつを我慢してくれたものなのですよっ」
「おだまり! この役立たずめがっ。まったく、どいつもこいつも私をバカにして!!」
砂漠に送り込んだ部下たちは、ひとりを除き使い物にならなくなっていた。
そのうえ、大地豊もいない。
アリアンヌ王女の堪忍袋は、今にも切れそうだった。
いや、切れていた。
「こうなったら……アデュッセル。第一から第三騎士大隊を召集なさいっ」
「お、王女殿下!? たかが異世界人ひとりのために、騎士団を向かわせるのですか!?」
王国には第一から十二までの騎士大隊がある。
それぞれの大隊には、およそ八〇〇人の騎士が所属している。
なお、騎士団以外には王国兵がいて、こちらは下級兵士と呼ばれている。
「私に意見をするとは、いい御身分ねアデュッセル騎士団長」
「も、申し訳ございません」
「ふんっ。そこのクズの言うことが本当なら、砂漠の蛮族どもはモンスターを飼いならしているようね」
「はっ。おそらく魔物使いがいるのでしょう」
クズ呼ばわりされた魔術師は、若干脚色して王女に報告してある。
強力なモンスターが、砂漠の民を守っていた――と。
実のところ、彼はバフォおじさんの存在に気づいていない。
だから住民の誰かが魔法を操っているのかもしれないと思っていたのだ。
彼はあの集落をそっとしておきたかった。
優しかった住民が、穏やかに暮らせることを願っていた。
そこで彼なりに嘘を報告したのだが、まさか数の暴力で攻め入ろうとするとは思わなかった。
「お、王女っ。き、危険です!」
「危険? 誰が。私か? 私はここで報告を待つだけよ。誰が砂漠になんかいくものですか」
あ、やっぱり?
と誰もが思ったことだろう。
「し、しかし、あそこには恐ろしい魔物がっ」
「だから三個大隊を送るのでしょう。それともあなた、我が王国騎士団が負けるとでも思っているのかしら?」
思っていない。
魔術師は予想外の展開に戸惑っているのだ。
だが彼はこれ以上、アリアンヌ王女に苦言を呈することは出来なかった。
たかが一介の宮廷魔術師――の弟子でしかない。
砂漠行きを命じられたのは、実力よりも「若いから」だった。
だが、今回の任務を全う出来ていれば正式に宮廷魔術師にもなれただろう。
そして晴れて婚約者との結婚も――
王女の怒りをこれ以上買って宮廷から追い出されては、これまでの努力が無駄に終わる。
それだけは避けたい。
「そ、そんなことはございません。出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません」
「分かればいいのよ。もう用はないわ。お下がりなさい」
王女は衛兵に向かって手を振る。
衛兵は一礼をし、魔術師を立たせ連れて行く。
謁見の間の外――更に廊下を過ぎ、城外へ。
「お、おい。どこまで行くんだ?」
「王女は貴様にもう用はないと仰った。それがどういう意味か分かるか?」
「は?」
「貴様はこの国にとって不要な存在だということだ。国外に追放されなかっただけマシと思え」
そうして魔術師が捨てられると、城門は閉ざされた。
「え?」
魔術師は呆然と立ち尽くす。
たった一度任務に失敗しただけで……。
ほんのちょこっと口を挟んだだけで……。
まさか職を失ったというのか!?
魔術師は頭を抱える。
(そうだ。エラーナのところに行こうっ。彼女の父君に頼んで、もう一度宮廷に戻れるように口添えして貰うんだ)
彼は婚約者である伯爵令嬢の下へと向かった。
だが――
「宮廷をクビになったそうですわね」
「いや、それは……」
「婚約は破棄させていただきますわ」
伯爵家の門をくぐることなく、魔術師は婚約を破棄された。
婚約破棄から始まる、人生大どんでん返しが彼に待っているのかいないのか。
彼が婚約破棄を言い渡された五日後。
招集された騎士団が数人ずつ、砂漠へと転移を開始した。
転移魔法で一度に移動出来るのはせいぜい二十人。
しかも転移魔法自体が魔力の消耗が激しく、魔術師数人がかりで魔法陣をひとつ起動するのがやっと。
それが一日で数回行われるのだが、果たして二千人を超える騎士たちが全員砂漠に転移し終えるのに、何日掛かることやら。
緑のボール=キャベツである。
調理、およびサラダに入っているキャベツしか見たことのないアリアンヌ王女は、それをキャベツだと知らず謁見の間の床に叩きつけた。
さらにサツマイモも投げつける。
「な、なんてことを……王女、この芋は幼子が自分のために、おやつを我慢してくれたものなのですよっ」
「おだまり! この役立たずめがっ。まったく、どいつもこいつも私をバカにして!!」
砂漠に送り込んだ部下たちは、ひとりを除き使い物にならなくなっていた。
そのうえ、大地豊もいない。
アリアンヌ王女の堪忍袋は、今にも切れそうだった。
いや、切れていた。
「こうなったら……アデュッセル。第一から第三騎士大隊を召集なさいっ」
「お、王女殿下!? たかが異世界人ひとりのために、騎士団を向かわせるのですか!?」
王国には第一から十二までの騎士大隊がある。
それぞれの大隊には、およそ八〇〇人の騎士が所属している。
なお、騎士団以外には王国兵がいて、こちらは下級兵士と呼ばれている。
「私に意見をするとは、いい御身分ねアデュッセル騎士団長」
「も、申し訳ございません」
「ふんっ。そこのクズの言うことが本当なら、砂漠の蛮族どもはモンスターを飼いならしているようね」
「はっ。おそらく魔物使いがいるのでしょう」
クズ呼ばわりされた魔術師は、若干脚色して王女に報告してある。
強力なモンスターが、砂漠の民を守っていた――と。
実のところ、彼はバフォおじさんの存在に気づいていない。
だから住民の誰かが魔法を操っているのかもしれないと思っていたのだ。
彼はあの集落をそっとしておきたかった。
優しかった住民が、穏やかに暮らせることを願っていた。
そこで彼なりに嘘を報告したのだが、まさか数の暴力で攻め入ろうとするとは思わなかった。
「お、王女っ。き、危険です!」
「危険? 誰が。私か? 私はここで報告を待つだけよ。誰が砂漠になんかいくものですか」
あ、やっぱり?
と誰もが思ったことだろう。
「し、しかし、あそこには恐ろしい魔物がっ」
「だから三個大隊を送るのでしょう。それともあなた、我が王国騎士団が負けるとでも思っているのかしら?」
思っていない。
魔術師は予想外の展開に戸惑っているのだ。
だが彼はこれ以上、アリアンヌ王女に苦言を呈することは出来なかった。
たかが一介の宮廷魔術師――の弟子でしかない。
砂漠行きを命じられたのは、実力よりも「若いから」だった。
だが、今回の任務を全う出来ていれば正式に宮廷魔術師にもなれただろう。
そして晴れて婚約者との結婚も――
王女の怒りをこれ以上買って宮廷から追い出されては、これまでの努力が無駄に終わる。
それだけは避けたい。
「そ、そんなことはございません。出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません」
「分かればいいのよ。もう用はないわ。お下がりなさい」
王女は衛兵に向かって手を振る。
衛兵は一礼をし、魔術師を立たせ連れて行く。
謁見の間の外――更に廊下を過ぎ、城外へ。
「お、おい。どこまで行くんだ?」
「王女は貴様にもう用はないと仰った。それがどういう意味か分かるか?」
「は?」
「貴様はこの国にとって不要な存在だということだ。国外に追放されなかっただけマシと思え」
そうして魔術師が捨てられると、城門は閉ざされた。
「え?」
魔術師は呆然と立ち尽くす。
たった一度任務に失敗しただけで……。
ほんのちょこっと口を挟んだだけで……。
まさか職を失ったというのか!?
魔術師は頭を抱える。
(そうだ。エラーナのところに行こうっ。彼女の父君に頼んで、もう一度宮廷に戻れるように口添えして貰うんだ)
彼は婚約者である伯爵令嬢の下へと向かった。
だが――
「宮廷をクビになったそうですわね」
「いや、それは……」
「婚約は破棄させていただきますわ」
伯爵家の門をくぐることなく、魔術師は婚約を破棄された。
婚約破棄から始まる、人生大どんでん返しが彼に待っているのかいないのか。
彼が婚約破棄を言い渡された五日後。
招集された騎士団が数人ずつ、砂漠へと転移を開始した。
転移魔法で一度に移動出来るのはせいぜい二十人。
しかも転移魔法自体が魔力の消耗が激しく、魔術師数人がかりで魔法陣をひとつ起動するのがやっと。
それが一日で数回行われるのだが、果たして二千人を超える騎士たちが全員砂漠に転移し終えるのに、何日掛かることやら。