「バフォおじさん。ごめんな」
「んぁ? なんでぇ、どうした?」

 夕方、バフォおじさんが戻って来た。

「いや、仔山羊を危険な目に合せてしまってさ」
「そんなことか。元はと言えば倅が悪いんだよ。カーっ、ちゃんと隠れてろって言ったのによぉ、なーんか面白そうだったからって出てきやがったんだ」
「みんなでわーわーやってたもんなぁ」
「ま、ガキどもや女房どもには、俺が防御魔法を常に張ってんだ。魔法攻撃も物理攻撃も、そうそう通さねぇ。毛ぇ一本も傷つけられねぇんだよ」
「え、じゃ……どとんって」

 バフォおじさんが顔を寄せ「必要なかった」と小声で言う。

「けどな、ガキどもはオレの倅を守ろうとしてくれたんだ。必死によぉ。カァー、泣けるじゃねえかぁ」
「泣くなよ」
「これが泣かずにいられるかぁ。山羊だぞ。ドリュー族にとって山羊は家畜だろう。それをだ、あのガキどもは必死に守ってくれたんだ」
「何言ってんだよおじさん。山羊だろうがなんだろうが、みんなここで暮らしてるんだ。家族みたいなものだろ?」
「……ユタカ……お前ぇ……娘はやらんぞっ!」
「いらねぇーよ!」

 このやりとり、何度目だろうな。
 その度におじさんはベェベェと笑う。
 そこへ――

「ユ、ユタカさんがお嫁さんをもらうのですか!?」
「ルーシェ? いやいやいや、いつものおじさんの冗談だから」
「冗談なもんか。オレぁ娘を山羊以外の奴に嫁がせる気はねぇぞ」
「ぜひそうしてくれ」
「なんだぁ、仔山羊のことなのね。ルーシェ姉さん、早とちりしすぎよ」
「シェ、シェリルちゃんだって、どうしようって言ってたじゃないっ」
「べ、べべ、別に私はっ」

 バフォおじさんが鼻先で俺の脇腹を突く。
 この状況、ぜったいからかわれるの決定じゃん。

「モテるなぁ。えぇ?」

 ほらぁ。分かりやすいんだよっ。

「べ、別にモテテないって」
「おい、嬢ちゃんたち。お前ぇらユタカのこと、好いてんだろう?」
「ド直球だなおい!」
「で、どうなんでぇ?」
「ど、どうって……」

 シェリルは口ごもり、ルーシェは顔を真っ赤にして放心状態だ。

 ど、どうなの?
 ごくり。

「ここにゃ嬢ちゃんらと同年代の雄がユタカしかいねぇが、他所の集落にいきゃあ他にもいるんだろう? ユタカが来る前だと、そいつらが旦那候補だったんじゃねえか?」
「他の集落の……そう、なのか?」

 二人は顔を見合わせ、こくりと頷く。
 二人が誰かと……結婚……。

「ほれみろ。だからよぉユタカ。貰ってやれよ」
「も、貰ってやれって……彼女らの気持ちだってあるだろっ。け、結婚っていうのは、男だけで決めるべきじゃないんだから」
「ユ、ユタカさん」
「あんた、それってもしかして……わたした――ううん、ルーシェ姉さんと結婚する気があるってことよね?」
「シェ、シェリルちゃんっ」

 うっ。
 いや、まぁ、今のはそう受け取られても仕方ないよな。

「ま、待ってくださいっ。シェリルちゃんだって、ユタカさんのことを好いているじゃありませんかっ」
「な、何言ってんのよっ。わ、私は別に――ルーシェ姉さんがユタカと結婚するべきなのっ」
「そんなのダメです! いつだって私たちは、二人一緒だったでしょう?」
「ルーシェ……姉さん」

 まってまってまって。
 二人が俺のお嫁さんになるっていうのか!?
 嬉しいけど、でも……一夫多妻制って許されるのか!?

「お、二人がとうとう嫁ぐのか?」
「オ、オーリ!?」
「ち、違うわよっ。姉さんだけっ」
「シェリルちゃん、それはダメですっ」
「なんで揉めてるんだ?」

 とオーリが俺を見る。
 知らないよ!

「二人とも、ユタカのところに嫁げばいいだろう」
「ほらぁ、オーリさんもこう仰ってます」
「ま、待ってくれ。オーリ、この国では一夫多妻制って、いいのか?」
「ん? 砂漠に国はないよ。それと一夫多妻制だけど、問題ない」

 ないんかー!

「そもそもだね、家族を養えるかどうかが問題なんだ」
「養えるかどうか……」
「砂漠では夫婦二人に子供二人が基本の家族構成になっている。何故子供を二人以上産まないのか、分かるかい?」
「食料が……足りなくなるから?」

 オーリが頷く。
 人口が増えれば、必要になる食料の量も増やさないといけない。
 それが出来ないから、子供は二人までと、暗黙の了解が出来ている。

 でも――

「君が来てくれたおかげで、食べる物には困らなくなった。全て君のおかげだ。極端な話、君なら妻を十人娶っても養えるだろう?」
「十人なんていらないからっ。俺はルーシェとシェリルがいてくれるだけで――はっ!?」

 こ、これは誘導尋問!?
 言ってしまってから二人を見ると、もう顔真っ赤で目が泳いでいる。
 ぐああぁぁーっ、恥ずかしいいっ。

「決まりじゃねえか」
「決まるだねぇ」
「ま、待ってくれ。ふ、二人の意見をっ。だってシェリルはっ」
「い、いいわよっ。ね、姉さんと一緒に、お、お嫁になってあげたって、い、いいわよ」
「はい。二人そろって、ユタカさんのお嫁さんになります」

 い、いいの?

 いや、でもやっぱり……。

「や、やっぱり待ってくれ」
「おいおい、ユタカぁ」
「どうしてだい?」

 二人は不安そうな表情を浮かべている。
 嫌なんじゃない。むしろ有難いし嬉しい。
 でも。

「お、俺たち、まだ出会ってそう長くないだろ? 二人が俺のことを知って、嫌いになったりしないか……その、不安なんだ」
「そんなこと、絶対ありませんっ」
「そうよっ。私たち、ちゃんと本気であんたのこと、す……す……き……だからっ」

 面と向かって気持ちを伝えてくれるルーシェと、めちゃくちゃ恥ずかしそうにするシェリル。
 どっちもかわいいし、愛おしい。

「ありがとう、二人とも。だからこそ、二人には俺のことを知って欲しいんだ」
「ユタカさん……」
「じゃ、だったらどうしろっていうの?」
「うん。だからね」

 俺は二人に向かって頭を下げた。

「だから、結婚を前提にお付き合いしてくださいっ」

 ドラマとかでもよく見るシーンだ。
 でもいざってなると、お決まりのセリフしか出てこないもんだよな。

 やや間があって、二人の声がハモった。

「「はい」」

 ――と。

 そして。

「よぉし、今夜はお祝いだぁぁ」
「あらぁ、じゃご馳走作らなきゃねぇ」
「まぁ、人間のみなさんどうしました?」
「あら、トレバーさんとこのミファさんじゃない。いえねぇ、とてもおめでたいことがあったのよぉ」
「ま! いったい何かしら。みんなを呼んでこなきゃ」
「メェー」
「ちょ、待って! なんでお祝いなんだよっ」
「ユタカぁ! 今日はめでてぇ日だ。女房の乳を触らしてやらぁっ」
「触んねぇーよ!」
『ネェ、ケッコンッテナァニ? ケッコンッテイイコト? ネェ、ネェッテバァ』

 誰か止めてくれぇぇ。

 あぁ、幸せって、大変だぁ。