「こいつを仕留めるため、三日も追いかけてたのに」
「え、追いかけて」
「えへへ。でも途中まで追いかけられていたのは、私たちなのです」
「シェ、ルーシェ姉さんは余計な事言わな――姉さんっ」

 桃色の髪の子が、へなへなとその場に膝をつく。
 顔色が悪い。どこか怪我でも!?

「大丈夫かっ」
「ルーシェ、しっかりして」

 そう言うと、銀髪の方が恐竜の死体に駆け寄った。
 何をするのかと思ったら、腰にぶら下げた革袋の中に恐竜の……うっ、血か?
 血を入れているのか?

「そ、その血……」
「水がもうないのよっ。これを飲ませるしか――」
「ちょ、ちょちょちょ。待ったっ。水なら持ってるっ」

 この様子だと、脱水症状を起こしかけてるとか、むしろ起こしてるとかかな。
 あんなどろっどろの血なんか飲ませたって、渇きは癒せないだろう。
 むしろ腹を壊しそうだ。

 インベントリから瓢箪を取り出し、栓を抜く。
 それを銀髪の子に手渡した。

「水……なの?」
「うん。飲んで大丈夫。俺も飲んでるから」

 今のところお腹は壊していない。大丈夫だ。

「貴重な水なのに、なんで」
「なんでって、え? だって脱水症状を起こしているんだろう? だったら飲ませなきゃ」

 なんでって聞く方が理解出来ないよ。
 いや、違うな。
 俺はいつでも水を手に入れられる環境に育ってきた。
 そして今も、とりあえずではあるけど水は確保出来ている。

 彼女たちにとって水は、貴重過ぎるものなんだろう。
 生きていくために必要不可欠なものなんだし。

 なんの見返りもなく水を差し出す男なんて、警戒して当然だよな。 

「こうしよう。俺は砂漠で迷子になっているんだ。もし町まで案内してくれるなら、この水を全部譲るよ」
「砂漠で、まい、ご? いったいどこから来たのよ、あんた。見慣れない変な服を着ているし」
「それには長いようで短い話になってしまうんだけど……それよりどう?」

 ブレザーなんだけど、こっちの人の感覚だと変な服なのか……。

 彼女は少しだけ考えてから、無言で頷いた。
 瓢箪を受け取り、桃色の髪――お姉さんに中身を飲ませる。

「君も飲んでおきなよ。水は戻ればまだあるから」
「まだ!? え、戻るってあんた、迷子になっているんじゃ」
「あー、うん。町を探して歩き回って、これはヤバいなと思ったから休憩場所を作ったんだ。そこを拠点にして町を探そうと思って」
「そ、そう。水をそこに隠してあるのね」

 ん? 隠す?

「いや、隠してないけど」
「あんたバカなの!?」
「ケホケホッ」
「あぁ、ごめんルーシェ姉さんっ」

 あぁ、咽ちゃってるよ。

「と、盗られでもしたらどうするつもりっ」
「うぅーん……わざわざ砂漠のど真ん中まで、盗みに来る奴とかいるのかなぁ」
「私たちは砂漠のど真ん中にいるわよっ」

 ぽんっと手を叩く。

「なるほど」
「なるほどじゃないわっ」
「そうだ。そっちのお姉さん、涼しい所で休ませた方がいいだろう。その休憩所に日陰があるんだ。少し歩くけど、来ないか?」
「日陰……ん……そう、ね。ルーシェ、歩ける?」
「俺がおんぶしようか?」

 細身だし、たぶん出来ないことはないと思う。
 園芸クラブで十キロの肥料を三、四袋担いで倉庫と花壇を往復してたから多少、体力にも自信がある。

「へ、変なこと、しないでよ。もし変なことしようものなら、私が矢で脳天を射抜くからっ」
「し、しないって」

 の、脳天を射抜く……やだこわい。

 それにしても、こんな手足も細い子があんな大剣を……。
 銀髪の妹さんも、お姉ちゃんの大剣を軽々と持ち上げている。
 この二人が力持ちなのか、それともこの世界の人たちが平均して力持ちなのか……。

 しばらく歩いて目印の杉の木を見つけた。

「な、なんなのこれ!?」
「え、杉の木だよ。あぁ、砂漠じゃ生えてないか。目印に俺が植えたんだ」
「植えたですって!?」

 歩いて来た方角が分かるように、枝を折ってある。
 折れた枝を背にして再び歩き、次の杉の木を見つけて、さらに歩いて――

「あそこだよ。あの木の中で休めるから、もう少し頑張って」
「き、木の中で休む? どういうことなの」
「まぁ口で説明するより、見て貰った方が分かりやすいから」

 と、ツリーハウスのところまで歩いた。
 はぁ、さすがに疲れたな。

「中に入って。まずはお姉さんを休ませよう」
「すみま、せん、ですの」

 かなり弱っているみたいだな。
 体を冷やしてやった方がいいんだろうけど、氷なんてないしなぁ。
 鞄にタオルが入ってたはずだ。それを濡らして、体を拭いてやるぐらいしか出来ないか。

 瓢箪を一つ収穫して――お、今朝より大きくなってないか?
 成長が早いのはスキルの影響なのか、それとも水が溜まっていくから勝手に成長しているのか。
 まぁどっちでもいい。

 栓を抜いてタオルをしっかり濡らす。

「タオル濡らしてきたよ。これで体を拭いてあげて。俺は外に出てるから」
 
 外に出た俺は、砂の上に落としておいたキュウリとトマトを見に行った。
 いい具合に水分が飛んで、種が取り出しやすくなってるな。
 人参とカブの方も乾燥している。

 にしても……

「砂あっつ」

 裸足で歩いたら火傷しそうだ。

 ……お?

 これだけ熱いなら、もしかしてじゃがいもとか埋めてたら焼けるんじゃ!?
 収穫してあった大きめのじゃがいもをインベントリから取り出し、砂に埋めておく。
 蒸かし芋みたいになるのかな。

 そろそろ中に入っても大丈夫かな?
 俺も一休みしたいし。

 扉をノックしていたけど、返事がない。
 ただのしかば――まさか!?

 慌てて中へ入ると――

「そっか。彼女だって疲れてたよな」

 二人は寄り添って眠っていた。