「わぁ~、蝶々さんだぁ。かわいいなぁ~」
「うふふ。うふふふふふ。ぼくを捕まえてごらぁ~ん」
「あわわわわわ。あわわわわわわわっ」

 ひとりを除き、大の大人が脳内お花畑になっててちょっと気持ち悪い。

 息子の命が一瞬でも危険にさらされたことで、バフォおじさんの怒りゲージがブチ切れた。
 その結果、彼は騎士団ご一行の魂の九割を刈り取ったのだ。
 刈り取らなかった一割には「幸せ成分」だけが残されている。
 おじさん曰く「他人の幸せなんざ見ても面白くねぇ」だそうだ。
 刈り取った魂が食べるのかと思ったら、捨ててしまった……。

「ねぇユタカ。ちょうちょって何?」
「シェリルちゃん。ちょうちょうさんと言ったら、町で一番偉い人のことよ」
「あぁ、そっか。え、町長がかわいいの?」

 二人とも、それ違うから。
 そうか。砂漠じゃ蝶々なんていないもんな。
 でも山の上の方だと花も咲いてるし、いないこともないんじゃないかな。
 とはいえ、花が咲いていない地表近くには下りてこないか。
 いつかここにも花をいっぱいに咲かせて、みんなに蝶々を見せてやりたいなぁ。
 あ、蜂もいいかもしれない。
 養蜂とか!

「っと、夢ばかり広がせたりしないで、こっちを片付けるか」
「殺るか? オレぁいつでもいいぜ」
「いいよ、バフォおじさん。こいつらはそのまま送り返すよ。でもその前に」

 いろいろ聞きたいことがある。

「なんで今更、俺を連れ戻そうとしたんだ? 分かる範囲でいいから、素直に答えてくれよ。じゃなきゃ、このおじさんが怒り狂うからな」
「ベエェェッヒヒ」
「ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ」

 とっておきの笑みを浮かべるバフォおじさんに、ひとりだけ無事だった魔術師が悲鳴を上げる。
 それを見てバフォおじさんは喜んだ。
 まぁ悪魔だしなぁ。他人に恐怖されるのなんて、ご褒美みたいなものだろう。

 ひとり無事なのは、おじさんの息子に火球を飛ばした奴だ。
 だからこそ、余計に恐れている。
 自分がしでかしたことで仲間が全員、幸せ廃人になってしまったんだ。
 しかも山羊相手に。
 まぁ相手は魔術師だ。おじさんの正体にもきっと勘づいているだろう。

「ははははっは、は、話しますっ。話しますっ。じ、実はゲル、ゲルドシュタル王国の国庫で火災が起きて、穀物が全て消失したのですっ」
「ふぅーん」
「それに地方では干ばつ、害虫による被害で、今年は凶作で」
「ふぅーん。それで俺なのか」

 魔術師は頷く。

「あ、あなた様がお戻りになられれば、国は助かるのです」
「それは無理だろ。俺のスキル、成長させる年数に応じて魔力が消費されるんだ。数十人を食わせるぐらいなら可能だけど、数百人になるともう無理だぞ」
「……え?」
「野菜ってさ、種植えから収穫まで、早いのだと一カ月ぐらいだろ?」

 はつか大根とかさ。
 魔術師は首を傾げながらも一度頷く。

「俺の魔力だと、大雑把だけど二五〇年分の成長しか出来ないんだ。一カ月で収穫出来る野菜だと、何株成長させられると思う?」

 魔力を成長させているから、今だと実際もっと長い年数を成長させられる。
 でもこういう時は少なく見積もった方がいい。
 そして自分でも計算してみた。

 一年で一二株。二五〇年だと三千だ。

「大根三〇〇〇本が限界な訳。それで何人分の食料になる?」
「え、えっと……だ、大根だけでしょうか?」
「まぁ大根じゃなくてもいいけど、じゃがいもとかだと収穫までプラス二カ月だ。まぁ種ひとつで実るじゃがいもの数は多いけど、俺のスキルは一種類につき二五〇年分の成長が出来る訳じゃない。魔力量が二五〇年分しかないんだ。魔術師なら分かるよな?」」
「は、はい……せいぜい百人分の食料を、毎日栽培するのが限界……しかも魔力が枯渇すれば、数日はスキルを使えなくなるはず」

 え、そうだったのか?
 それは知らなかったな。

「ま、そういう訳だから諦めてくれよ」
「そ、そんな……」
「大変なのは分かるけど、砂漠程じゃないだろ。ここじゃ作物がまともに育たないんだ。とまぁ、この状況じゃ説得力ないか」

 ツリーハウスに木陰用の木、今は花が散ってしまった葉桜、そして雑草もあちこち生えているし、何より畑には野菜が実っている。
 でもこれは……。

「これは、俺のスキルで強引に育てた奴だ。俺がいるからこうなのであって、他の地域ではその日食べる物にも困る状況だ。あんた、砂漠に来る前には何を食べた? 一日三食、毎日食べてるか?」
「は、はい。もちろんです。空腹で魔法を使えば、魔力の消費量が無駄に増えますから」

 へぇ、そんなこともあるのか。
 これからスキル使うのは飯のあとにしようっと。

「俺が来る前まで、ここの人たちは一日二食が当たり前だったらしい。時には一食の時も。野菜は痩せ細っていて、種類も少ない。葉っぱも全部残さず食べても、足りないぐらいだったんだ」
「う、うぅ……」
「でもあんたは食べるものに困ったことはないんだろう? 倉庫が燃えたって、今年が不作だって、食料なら他国から買えばいい。それで解決できる。ここじゃお金があったって、野菜は手に入らないんだぜ?」
「ううぅぅぅ」

 あ……。

「ちょっと、泣きだしちゃったじゃない」
「お、俺のせいじゃないしっ」
「魔術師さん」

 オーリの奥さんのエマが、キャベツを持ってやってきた。
 なんでキャベツ?

「どうぞ、これをお持ち帰りください」
「お、奥さん……」
「これだけしか差し上げられませんが、このキャベツという野菜はとても美味しいんですよ。ユカタさんのおかげで、私たちもこんなステキな野菜を食べられるようになりました。あなたにもぜひ味わっていただきたいのです。それからこれが種です。これを育てて、そして増やして行ってください」

 エ、エマ……なんて優しい人なんだ。
 でもあっちじゃキャベツの種なんていくらでもあると思うよ。

「おじちゃん。どうじょ」
「え? こ、これもくれるのかい?」
「えへぇ」

 小さな子がサツマイモを抱えてやって来た。
 移住してきたご近所集落の子だな。

「その子の今日のおやつにしようと思っていたサツマイモよ。それもってとっとと帰りな」
「おやつ……」

 受け取ったサチマイモをじっと見つめ、また魔術師は泣きそうになっていた。
 魔術師の心に響いたようだ。
 大泣きしながら「ありがとう、ありがとう」っと頭を下げている。

「ところでもうひとつ聞きたいんだけど、いいかな?」
「は、い?」

 俺はお花畑の隊長から紙を奪い取った。

「これだよ! この似顔絵、誰が描いたんだ!?」
「え、あ、それは確か、ヤマダという方が」
「山田? でもあいつ、絵は上手かったはずだけど」
「シーザー殿が、あまり似ていないと言って手を加えたそうです」

 やっぱりあいつかあぁぁっ。

 それから彼はお花畑な仲間を連れ、転移魔法で消えた。

「追い返すだけでよかったのか?」
「あぁ、いいよ。あいつらだって仕事なんだろうしさ、一度くらいは許してやらなきゃと思って。それにバフォおじさんだって、相手を殺さない方法をとったじゃないか」
「ばぁーろー。オレぁいつだって殺れるんだ。お前と一緒にすんな」

 そういいつつ、どこか照れくさそうにしている。
 家族を持つと、悪魔でも丸くなるもんだな。

「どうやったらこれがユタカに見えるのかしら」
「捕まえた盗賊に聞いてみましょうか?」

 そうだな。聞いてみよう。





「ま、まさか本人だったとは、知らなかったんですっ」
「雇い主の野郎が騎士を騙して、騒ぎの乗じてドラゴンをかっさらえってっ」

 つまり、似顔絵の奴なんて知らない。
 でもアス欲しさにあの騎士たちを利用しようとして、この集落で見た――と嘘を吐いたようだ。
 まぁ実際には俺本人だったわけだが。

 それにしてもあの商人、諦めが悪い奴だなぁ。
 今回も姿を見せなかったし。
 こりゃまた来るんだろうな。

 盗賊どもはパンツ一丁にさせて砂漠に放りだした。
 前回は夜だったけど、今回はギンギラに太陽の日差しが照り付ける時間。

 泣きわめく盗賊たちを見送ったあと、バフォおじさんがいないことに気づいた。

 やっぱり俺って、甘いんだろうな。
 ごめん、バフォおじさん。嫌な役やらせてしまって。
 俺もしっかりしなきゃな。