「おぉ! ははは、こりゃ楽しいな」
「ふんっ。くっ――ここまでか」

 集落の大人たちも「身体能力を成長させてくれ」というので、暇を見つけては少しずつ成長させるようになった。
 小川の向こう側を本格的に農地にするため、力仕事も増えて来ている。
 成長させることで作業が少しでも楽になるならって思ったんだけど――

 トランポリンがある訳じゃないのに垂直跳び三メートルとか、丸太を二本同時に担いだりとか……この世界の人間は素の身体能力が高すぎるんだよ!
 俺だって最近やっと、丸太一本担げるようになったとこなのにさ。

 そんなある日だ――

「旗を持った人間たちが来るモグよおぉ」

 という声が、谷に響いた。

 旗?

 崖を登って、新しく立てた見張り台に向かう。

「あそこモグよ」
「ほんとだ。旗だ」
「砂漠の盗賊かしら?」
「この前の?」
「分かりませんが、砂漠の盗賊の中には旗を掲げている連中もいるそうなんです」
「でもこの辺りで盗賊って、そもそも見かけないし」

 この前の連中はアスを狙う商人に依頼されて、ここまで来ていた。
 だけど普段はずっと西にある町の近くにいるらしい。

 それにしても旗を掲げた強盗か。まるで海賊みたいだな。
 
 ただ、あれは盗賊じゃないと思う。
 何故かって言うと。

「砂漠で……フルアーマー……」
「あの方々は死ぬ気なのでしょうか?」
「あんな恰好でよく生きてるわね」

 まったくだ。
 
 照り付ける太陽の光を反射して、ギラギラと眩しく輝く奴らが何人かいる。
 暑いってもんじゃないだろうなぁ。
 あ、旗持ってるやつが倒れた。

「助けるモグか?」
「んー……周辺の集落の人じゃなさそうだし、いいんじゃないかなぁ」
「私もそう思います」
「この前の連中みたいなのだったら、むしろ助ける必要ないものね」

 真っすぐこっちに向かって来る辺り、集落の存在を知っている奴らだ。
 だけどご近所さんではない。
 となると、この前の連中の仲間だという可能性の方が高いな。
 
 にしても、鎧を着てマントも羽織って、旗持ってって……あれじゃまるで、どっかの騎士みたいだ……な?

 まさか、俺を召喚したあいつらか!?

 倒れた旗持ちは、誰かが近づいて何かやると起き上がった。

「おぉっと。ありゃオレがでぇっきれーな聖職者だな」
「聖職者? ってことは、今のは回復魔法を使ったのか」
「その通りだ。ちーっとオレ様は後ろに引っ込んでるぜ」

 さすが悪魔。聖職者は苦手らしい。

 騎士に聖職者……じゃああっちのローブ着た奴は魔術師とか?

「ユタカさん、どうされますか?」
「人数が多いわね」

 騎士の方は十人ぐらいか。聖職者、魔術師がそれぞれ二人ずつぐらい。
 純粋に人数だけならこっちの方が多いけれど――もしどこかに隠れている連中がいたら……。

「備えだけして、向こうの出方を待とう」
「ならみんなに伝えてくるわ」

 しばらく奴らの動向を窺ってみたけど、向こうから攻撃してくる気配はない。

「俺たちも下りよう」
「分かりました」
「モグ」

 そして下へ降りると、変な音が木霊し始めた。

「我々は(われわれはんはんわれはん)である(であるあるる)」

 なんか声がめちゃくちゃ反響しまくってて、何を言っているのかわかんねぇよ。
 その後もずーっと何か言ってんだけど、何度も何度も声がやまびこにやってて内容が聞き取れない。

「だぁーっ。うっせーな!」
「あ、バフォおじさん」
「誰でぇ、渓谷で拡声魔法なんか使うバカはっ」
「あぁ、あれ魔法なのか」

 引っ込んでるぜと言ったバフォおじさんも、あまりのうるささにまた出て来た。
 はぁ、仕方ない。

「シェリル。ちょっと一緒に来てくれないか?」
「え、いいけど」

 もう一度上に上がって、拡声器を使っていそうな奴に矢を射って貰った。
 もちろん怪我をさせるつもりはなく、鎧にこつんと充てる程度だ。
 命中すると、狙い通り叫ぶのを止めて辺りをキョロキョロしはじめた。
 こっちの位置は理解していないようだ。

「渓谷に声が反響してうるさいんだよ! 普通に喋れっ」

 と俺が怒鳴ると、上を見た。
 一応顔を引っ込める。

「それならそうと早く言え!」

 なんで逆切れしているんだよ。

「ここにダイチユタカという若い男がいるだろう! 今すぐ差し出せっ」

 やっぱり、あの連中か。

「あいつら、ユタカのことを知ってるの!?」
「俺を砂漠に捨てた奴らの仲間――いや、部下だ」
「じゃ、悪い魔術師っていう?」

 頷いて答える。

「そんな奴はいないっ」
「嘘を吐くと、貴様らのためにもならんぞっ」

 はい、嘘です。

「ユタカ、どうするの?」
「んー、あいつらにここの場所を教えたのは、絶対あの盗賊どもなんだよなぁ。でもあいつらの姿は見えない」
「そう、ね。見えないわね」
「集落の場所を教えるだけって、そんな訳ないよな。絶対この騒ぎに乗じて、アスを狙って来るだろうし」
「じゃ、どこかに隠れているわね。西側と東側を見てもらうように伝えてくるわ」
「頼むよ。俺はここで時間を稼いでいるから」

 シェリルが行ってから、崖下を覗き込む。
 向こうも一応警戒しているみたいだな。

「そのダイチなんとかってのが、偽名を使っているのかもしれないっ。最近、砂漠で行き倒れていた奴を拾った。だから少し待っててくれっ」
「ふん。話が早くて助かる」
「ところで、差し出したら代わりに何をくれるんだ?」

 しばらくして、

「金貨十枚をやろうっ」

 と返って来た。
 砂漠で金貨なんかあったって、何の役にも立たないんだよ。
 それを伝えると、またしばらく待ってから

「砂糖を知っているか!? 砂漠では手に入らない貴重なものだぞっ」

 と。

 あ、砂糖は間に合っているので必要ないです。
 塩もある。
 胡椒もある。
 コリアンダー、クミン、唐辛子、シナモン、うんぬんかんぬん。
 カレーを作れるスパイスはある。煮物を作る調味料もある。
 普通に料理するには困らない調味料が、既にあるんだよな。

 むしろあいつら、醤油とかみりんは持ってないだろう。
 俺持ってるぜぇー。

 と、ひとりでマウント取ってると、

「返事はどうしたー!」

 と、少しイラついたような声が聞こえた。

「あー、わるいわるい。砂糖はいらないかな」
「なっ。さ、砂漠では手に入らないんだぞ!」
「いや、持ってるし」
「なんだと!?」

 その時、遠くで「メェーッ」という山羊の声が聞こえた。
 バフォおじさんの奥さんの誰かか?
 すぐにバフォおじさんの声が聞こえる。

『かみさんが、東の崖を登って来る見慣れない人間がいるとさ』

 遠くで聞こえているようなおじさんの声。
 こっちも魔法で音を届けているようだ。

 そしてやっぱりいたなぁ。

「欲しい物をみんなと相談して決めるから、三十分ほど待ってくれっ」
「十五分だ! 十五分だけ待ってやる!! それ以上は待てん!」

 暑いからだろうな。
 だったら鎧なんて着こんでこなきゃいいのに。

 インベトリから種を取り出す。
 また今度、焼きたけのこしようっと。

「"成長促進"」

 三分後に成長開始。竹林になるぐらいすくすく育てよぉ。
 渓谷沿いにばら撒きながら集落の方へと下りて、作戦を開始した。