「ふぅぅ、夜はやっぱり寒いなぁ」
『ソウナノ? ボクサムクナイヨ』

 お隣の集落の人たちが逃げ込んで来てから、夜には見張りを立てることにした。
 集落への入り口は狭いが、バジリスクなら崖を登ってくるかもしれない――ってことで。

「アス。お前まで一緒に見張りなんてしなくていいんだぞ」
『ボクダッテ男ダモン! ミハリスルンダイっ』

 男っていうか、男の子《・》だけどな。

「それにしてもお前、なんかぽかぽかするよな」
『ボクガ?』
「そう。ドラゴンって体温が高いのか?」
『ンー、ワカンナイ』

 分かんないかぁ。

 アスの体に触れていると、なんていうか……床暖みたいな感じで暖かい。
 子供は寝るのも仕事だって言いたくなるが、こう寒いとアスの鱗が心地いいんだよな。

「おっ。アス坊も見張り番か」
『ア、バフォオジチャン』

 バフォおじさんもバジリスクが気になるのか?
 まぁバフォおじさんと違って、奥様方や子供たちは普通の山羊だもんな。
 バジリスクからしたら美味しい獲物でしかない。

「偉ぇなぁ。そうだアス坊、お前ぇの目なら、あの岩の上から遠くまで見えるんじゃねえか? 何か来てねぇか、ちょっくら見てきてくれよ」
『ウン、イイヨ!』

 アスがとてとてと少し離れた岩の方へと向かう。

「わざと遠ざけただろ?」
「ベヘヘ。鋭どいじゃねえか」
「アスに聞かれちゃマズいことなのか?」
「んー、いやなぁ。あいつが暖かいってのは、もしかすると親父に関係するのかもしれねぇ」
「親父って、アスの父親か?」

 バフォおじさんは頷く。

 バフォおじさんがここの山奥で暮らすようになったのは三百年ほど前から。
 当時、アスの母親はここよりもっと東の方にいたらしい。

「アス坊の母親がこの山に来たのは、百年ぐれぇ前だ。なんつーか、失恋したとか言ってな」
「し、失恋」

 ドラゴンの世界にもそういうのあるのかよ!

「ん、失恋? ってまかさ、アスの父親がその別れた元彼の可能性があるってことか!?」
「しーっしーっ。声がでけぇよ」
「あ……」

 二人で同時にアスを見るが、首を長くして遠くをじーっと見ている。
 聞こえていないみたいだ。

「元彼とアスが暖かいことと、何の関係があるんだ?」
「その元彼っつぅのが、火竜《フレイムドラゴン》なんだよ」
「火竜……なんか強そう」
「そりゃ強ぇよ。ドラゴンにもランクってのがあってだな、『下位《レッサー》ドラゴン』『ドラゴン』『ハイ・ドラゴン』『エンシェント・ドラゴン』の四つに分けられるんだ。アースドラゴンと火竜はハイ・ドラゴン種だ。正直、オレぁ相手にしたくねぇな」

 おいおい。上位種の両親を持つアスって……実はめちゃくちゃ強いんじゃ!?
 ま、まぁ今はまだ子供だけど。
 けど孵化後半年であのパワーだ。最強種に相応しい強さだよな。

「アス坊。変わったことはあったか?」
『ンー。人間ナラキテルヨォ』

 ん?

「「人間?」」

 思わずバフォおじさんと顔を見合わせた。
 ちょっと噴き出しそうになるのを堪える。

「また他の集落が襲われたんか」
「その可能性はないとは言えないな。俺も見えればなぁ」

 アスの隣に立って遠くを見るけど、月明かりに照らされているとはいえやっぱり暗くて何も見えない。

「見るか? オレが遠目の魔法を掛けてやるぜ」
「いいのか?」
「おうよ。精度上げるとよ、目に負担くるから三〇秒までな」

 事前にアスに教えて貰った方角に視線を向け、バフォおじさんに魔法を掛けて貰う。
 ぉ、おおぉ!
 望遠鏡を覗くのと同じだな。

 アスが見たっていう人間はっと――いた。
 十数人いるな。

「バフォおじさん。悪いんだけどさ、急いでみんなを起こしてくれないか」
「だな」

 おじさんも見たんだろう。
 だから「何故」とは聞かなかった。

『ドウシタノ?』
「うん。アスが見つけてくれたあの人間たちな、ご近所の集落の人じゃないんだよ」
『ゴ近所サンジャナイノ? ジャア、誰ダロウ』

 三〇秒過ぎたからもう見えなくなってしまったけれど、あいつらは全員、完全武装だった。
 そいつらは砂漠に不釣り合いな乗り物――船に乗ってこちらに向かって来ている。
 その船に見覚えがあった。

「アス。やって来るのはもしかすると悪い奴らかもしれない」
『悪イヤツナノ!? ボクモヤッツケルノ手伝ウ』
「目的はお前かもしれない。だから絶対にひとりになるなよ。俺やルーシェたちか……一番安全なのはバフォおじさんの傍かもな」

 さて、こっちも準備をするか。





「アスを奪いに来たかもしれないってことね」
「なんて執念深いのでしょう」

 こちらも完全武装――といっても武器を手にしただけ――のルーシェとシェリルが怒っている。
 オーリたちも各々武器を手に集まっていた。
 奥様方や子供たちは山羊たちがいる岩塩洞窟に隠れさせ、そこへ続くサルノコシカケ階段は枯らしておいた。

「あとはっと……"成長促進"」

 集落から渓谷へと入る細い谷間に、巨豆を二つ(・・)成長させる。
 完全に塞ぐことは出来ないけど、侵入を邪魔することは出来る。
 もちろん豆はあとで収穫して、みんなで美味しくいただく。
 
「渓谷に入ったとクリントが合図しているモグよ」
「ありがとう、トレバー。みんな、奴らが来るぞ」
「驚いてるでしょうね。きっと寝静まってると思ってるだろうし」
「あぁ、そうだな。みんなでお出迎えしてやろう」

 そうして待つこと十分。
 驚いた顔の武装集団が到着した。

「ようこそ。こんな夜更けにいったい何の用だよ」
「な、なんで……ちっ。こうなったら全員皆殺しにしろっ」

 おっと。めちゃくちゃ分かりやすい悪者だった。
 ならこうだ。

「やってくれー」

 俺が夜空に向かってそう叫ぶと、「「モグゥ」」とハモった返事が返って来る。
 そして。

「いてっ。な、なんだ?」
「いてててっ」
「う、上から岩がっ」

 上には夜でもしっかり目が見えているドリュー族がいる。
 渓谷は狭い。
 そこを並んでやって来た武装集団に岩を落としてぶつけるなんて、見えているドリュー族には簡単なことだ。

「くそっ。構わず進めっ」
「おっと、そうはいかない。こうなりたくなかったら、大人しくそこでじっとしていろっ」

 巨豆の脇からこちらへ侵入しようとしていた奴らに向かって叫び、あるものを見せた。
 奴らが見やすいような位置に成長させた巨豆だ。
 それに手を突き、小声で成長促進と唱える。
 枯れるまで――と指定して。

「か、枯れた!? 木が一瞬で枯れただと!?」
「な、なんだこいつっ」
「くく。これが俺の、生命力を抜き取る力だ」
「「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃーっ!?」」

 大の大人たちが悲鳴を上げ、何人かは踵を返して逃げ、何人かが腰を抜かしてその場に座り込んだ。

 ふへへへ。
 嘘っぴょーん。