ある日突然、スキルが進化した。

「そりゃするわよ」
「スキルを毎日使っていましたし、進化してもおかしくありませんね」
「そんなものなのか」
「ね、どんな風に進化したの?」
「うん、わりと便利だよ」

 これまで成長促進のスキルは、俺が対象に触れている間だけ効果があった。
 だけどスキルが進化したことで、俺が触れていない間も成長させることが可能に。

 たとえば――

「通常の十倍の速さで成長って指定すれば、俺が触れていない間も成長し続けるんだよ」
「それがどう便利なのよ」
「それでしたら、種をたくさん握ってスキルを使った後は、私たちがそれ畑に植えていけばいいんですね」
「そう、そうなんだ。今まで芽を出させたら土に植えて、葉に触れてまたスキルを使ってって感じでやってただろ? 一つずつ俺が手作業でやってたじゃないか」

 スキルが進化したことで、一度に大量の種にスキルを使えるようになる。
 俺が触れてなくてもいい訳だから、他の人に種を植えて貰えばあとは勝手に成長するようになるってことだ。
 成長させるスピードも調節できる訳だから、数日おきに野菜を集中成長させなくても済む。

「土の状態も以前よりよくなっているし、そのうち俺のスキルがなくてもちゃんと育つようになるだろう」
「不思議ね……あんたが来る前は、その日食べる物にも悩むような暮らしだったのに」
「えぇ、本当に。ユタカさんと出会えて、幸運でした……。あ、で、でも、食料のことだけじゃないですっ。ユタカさんという男性と出会えて……や、やだ、私ったら。何を言っているのでしょう」
「ほーんと。顔を真っ赤にして、何を言ってるのかしらねぇ」
「もうっ。シェリルちゃん言わないでっ」

 お、男としての俺と出会えて……どう、なの?

「あ、えと……俺も二人と出会えてよかったと思ってるよ。ほら、この前の商人とかさ。あんなのと出会ってたら、今頃どうなってたか」
「あぁ、あのアスを売ってくれってしつこかった奴ね」
「砂漠では誰かと出会うことなんて稀ですが、それでも彼のような方に拾われていたら……きっと今頃ユタカさんは、どこかに売られていたかもしれませんね」

 売られる……人を売り物にするなんて。
 ただの商人じゃなさそうだ。

「あいつが村との取引もしている商人なんだろうか」
「直接会ったことはないけれど、こんな所までわざわざ来るような商人はそうそういないわよ」
「私たちは物の相場を知りませんから、あちらのいい値で取引するしかないですし」

 砂漠の住人にとって、ここで手に入らない物を持ち込んでくれる商人は生きていくために必要だ。
 向こうもそれを知っているから、かなりぼったくっているんだろうな。
 俺自身、この世界の物の物価なんて何も知らないけど。

「さぁて、嫌な奴のことは忘れて、せっかくスキルが進化したんだし試してみるか」
「種植え、手伝います」
「私も」
『ボクモォ~』
「お、アス。バフォおじさんの魔法授業は終わったのか?」

 アスに魔法を教えてやって欲しいとバフォおじさんに頼むと、愚痴をこぼしながらも引き受けてくれた。
 愚痴ってはいたけど、嫌がってはいないようだ。
 なんだかんだと面倒見がいいんだよなぁ。
 悪魔なのに。

『ウン、オワッタヨォ。今日ハネェ、土ヲ元気ニスル魔法ヲナラッタヨォ』
「土を元気に?」
『土ノ精霊サンヲヨンデネ、オネガイスルンダァ』
「精霊を呼んでってことは、精霊魔法か?」
『ソウ、ソレ! ネェ、三人ハナニシテタノ?』

 何ってお前、手伝いに来たんじゃないのか。
 それとも、何も分からずとにかく一緒に混ざりたかっただけか。
 
「せっかくだしアス。その精霊さんに土を元気にしてもらう魔法、お願いしていいか?」
『マカセテ! ボクガンバルッ』

 土を元気にしたら野菜の成長にもいいんじゃないかな。
 アスが折れには分からない言葉を言ってから、畑の土がぼこぼこと盛り上がる。
 その土から、手足の生えた雪だるまみたいなものが出て来た。
 もちろん雪ではなく、土で出来た土だるまだ。

「これが精霊なのか」
「わぁ、初めてみましたぁ」
「かわいいわね」

 え、かわいいのか、これ?
 なんせこの土だるま、顔には黒い目と団子っ鼻しかない。
 眉毛、口、耳がなくて、個人的にかわいいとは思えないんだけどな。
 女の子って、かわいいの基準がよく分からないよ。

 土だるまとアスが何か話をしているようだけど、何を言っているのはサッパリ。
 言語がそもそも違うみたいだ。
 やがて話が終わったようで、土だるまがどこから取り出したのか、鍬を持って畑を耕し始めた。

 背丈は三〇センチ程しかない。
 それが自分の背丈と同じぐらいの鍬を振り回している。
 けどその畑、耕した所なんだけどな……。

『もっもっ』
「なんか言ってるぞ」

 土だるまが地面を指さしている。

『オ水ホシイッテイッテルヨ』
「私、持ってきますね」

 その次に葉っぱが欲しいというので、桜を成長させて葉を集めた。

『ももっも』
「アスさーん。通訳お願いしまーす」
『ボクノ出番? ナニ、ドウシタノ?』
『もも、もももっもも』
『ウン、ウンウン。アノネ、ユタカ兄チャンノスキルヲネ、土ニツカッテホシイッテ』

 土に?
 いやでも土は生きていないしなぁ。
 まぁやれと言われればやるけど。

 成長させる時間は二カ月程度でいいというから、土だるまが指さす――いや指もないんだけどさ。そこに手を突いて二カ月成長させた。
 すると土に混ぜていた桜の葉がみるみるうちに腐っていく。
 枯れるんじゃなく、腐ったんだ。

「腐葉土か」
『もっ』
「でもなんで、土は生きてないのに時間が経過したんだろう?」
『精霊サンガイキテルカラダヨ。精霊サンガ耕シタカラ、ソコニ命ガヤドッタ――ッテイッテル』

 命というよりも、精霊力――らしい。
 その精霊力は、時間の経過で薄くなっていく。
 普通の状態に戻れば、俺のスキルが土に働くことはないだろうとも精霊は言った。(通訳曰く)

 更に精霊たちは土をかき混ぜ、全体に腐葉土がいきわたるようにすると、土はふかふかになった。

「おぉ、土の質がよくなってる。これならもしかすると自然成長もいけるかもしれないぞ」
「本当ですか?」
「あぁ。でもスキルも確かめたいし、一カ月分を一日で成長するように調整してみよう」

 何種類かの野菜の種にスキルを使って、三人で手分けして種を植える。
 植えてからじーっと見てみたけど、うんともすんとも言わない。
 いや、よく考えたら三〇日分を二四時間で成長だ。
 一時間で一日ちょいだと、さすがに数分じゃ変化はないか。

「このまま見てても仕方がないし、別の作業の手伝いに行くか」
「そうですね」
「ね、例のお風呂ってやつ。見に行きましょうよ」
「お、いいね」
『オフロー』

 風呂がなんなのかアスは知らないのに、俺たちが笑顔になるとアスも一緒に嬉しそうにする。
 土だるまはどうか分からないけど、アスは本当にかわいいやつだ。

 風呂は共同のもので、滝の近くに小屋を建ててそこに造っている最中だ。
 小屋の中はすのこ状にして、浴槽は贅沢な檜仕様。
 ドリュー族が見つけて来てくれた粘土で竈を作り、滝から引いて来た水をそこで沸かすってやりかただ。
 
「トミー。親父さんはいるか?」
「あ、ユタカ兄ちゃん。父ちゃーん」

 竈作りはドリュー族に任せてある。
 竈は二層式で、上の段に水を流して下の段で火を起こせるような造りにしてもらっている。
 うまく出来てるかなぁ。

「おぉ、ユタカくん。完成を見にきたモグか?」
「え、もう完成したのか!?」
「竈だけモグがね。完全に乾燥するまでは水を流しこめないモグから、もう二日ぐらいは使えないモグよ」
「おぉ、みるみる」

 入り口で靴を脱いで中に入る。
 あ、シューズラックが必要だな。

 おぉ、のれんもちゃんと掛けられてるじゃん。
 ん。女湯の方だけ色を染めているんだな。男湯は無地か。なんか寂しい。

「脱衣所の棚もオッケー。中は……おぉ、いい感じ」
「結構広いのですね」
「何人ぐらい入れるのかしら?」
「まぁ三、四人かなぁ」

 檜の浴槽はやや浅めで、その代わり広くしてある。

「楽しみですね」
「ほんと、早く入ってみたいわ」
「俺もだ」

 異世界に来て、やっと風呂に入れると思うと嬉しくて仕方がない。
 あとは竈がしっかり乾いたら――

「まず熱で割れないか確かめるモグ。それをクリアしたら、今度は上の段に水を流すモグ。水漏れがしなければ、次に実際に沸かしてみるモグよ」
「あ、二日後には風呂に入れるって訳じゃないのか」
「モグ。まぁ上手くいっていれば三日後には入れるモグから、そう焦らないモグよ」

 あと三日の辛抱か。