「こいつはダメだ。それとこれ、これもだ」
「へぇ、山羊ってジャガイモやトマト、あとナスもダメなのか」
「腹ぁ下すからな」

 バフォおじさんのことは、他の人には内緒にしてある。
 彼自身は、言葉を話せることに対して――

「昔知り合ったドラゴンがな、知識と言語をくれたのさ」

 とか説明して、みんなはそれを信じた。
 それでいいのか……。

 しかしバフォおじさん。さすがにいろいろと物知りで助かる。
 この砂漠地帯に来たのは三〇〇年も昔のこと。
 それより以前は別の土地で山羊ライフを送っていたらしい。
 なんで砂漠に来たのか――

「戦争さ。人間てぇのは、なんで戦争好きかねぇ」
「じゃあ、前に住んでた土地で戦争が?」
「おぅ。山羊ライフを初めて千年ぐらいだがなぁ、その間に、えぇっと、ひぃ、ふぅ、みぃ……あぁ、山羊の足だと指折り数えんのが出来ねぇのがなぁ」

 まぁ……そうだろうな。

「お、そうそう。五回だ。五回オレぁ引っ越してんだ。引っ越しの理由は全部、人間どもの戦争でうるさくなったからだぜ」

 千年で五回。ここへは三〇〇年前に来たっていうし、七〇〇年で五回みたいなもんだよな。
 結構頻繁にやってんだなぁ。

「千年前、初めて異世界から人間が召喚されて、魔王がぶっ飛ばされてから平和になるのかと思いきや」
「え!? 千年前にもっ」

 そこでバフォおじさんはニタリと笑った。

 しまった。
 ついうっかり「も」なんてつけてしまった。

「魔王がいなくなると、今度は人間同士が喧嘩をし始めるようになってな」
「そ、それって戦争?」
「おぅよ。たまーに異世界人が召喚されて、戦争に駆り出されたりもしたみてぇだぜ」

 まさか俺たちを戦争の道具にするために、召喚したってことなのか?

「まぁ運よく、戦争にゃ役立ちそうにねぇスキルを授かって、捨てられた奴もいるみてぇだなぁ」

 バフォおじさん、気づいてんのじゃねえのか?
 俺見てニヤニヤしてんじゃん。

「ま、オレには関係ねえけどな。美味い飯が食えて、家族を養えりゃそれでいい」
「な、なぁ。バフォおじさんの子供たちって……」
「心配すんな。ただの山羊だ。いたすこといたす際には、山羊としていたしてるからな」

 いたすことって……えっちだ。

「ちょっとそっち。手伝いなさいよっ」

 バフォおじさんの家族に食べさせてもいい野菜とダメな野菜を選別しながら、無駄話もしていると――怒られた。
 水も潤ったことだし、周辺の緑化計画を進めているところだったんだ。

 地底湖の上にあった滝の周辺には草が生えていた。
 水を引いてきたわけだし、この辺りでも草が育つだろうと思ってまずは土を掘り返して柔らかくする作業だ。
 トラクターでもあればなぁ。

 いや、ここにはドリュー族がいる。
 彼らが爪で土を掘り返した所に、俺たち人間が水を撒く。
 瓢箪の上の方に小さな穴をいくつか開け、それをジョーロ代わりに使って。
 何度も何度も繰り返して、それからバフォおじさんお勧めの雑草の種を植えた。

「こいつぁ少ない水分でもよく育つ。一年草だ。枯れりゃそいつを土に混ぜてやりゃ、肥料にもなるだろう」
「助かるよおじさん」
「なぁに、いいってことよ。さて、オレぁガキどもの教育しに行くか」
「教育?」
「あぁ。新居の周辺のな、危ねぇとこと、遊んでいいとこを教え込まなきゃならねぇんだ。特に砂漠の方はあぶねぇし、逃げ場もねぇ。あっちにゃ行かねぇよう、教えなきゃならねぇんだよ」

 意外と教育熱心な悪魔だな。

「お前ぇもそのうち、子育ての苦労ってもんを知るさ」
「え?」
「女房が二人いるだろう。だったら子供もすぐだ、すぐ」
「にょ、女房!?」

 まさかルーシェとシェリルのことか!?

「おう、一夫多妻制の先輩からアドバイスしてやらぁ」
「いらねぇよっ」
「まぁまぁ、そう言わずに聞けよ。女房とは分け隔てなくいたせ」
「なにをだよっ」

 なんて話をしているんだ。

「お、噂をすれば」
「ん? なんの噂よ」
「何かありました?」
「な、なんでもない。なんでも。さ、バフォおじさんは教育の時間だろ。行ったいった」
「む。オレを邪魔者扱いか? おぉ、そうかそうか。任せろ。オレぁ空気を読む男だからな」

 余計は空気なんだよな、それ。
 バフォおじさんがスキップしながら去ったあと、二人が首を傾げてこっちを見てる。

「何の話をしてたのよ」
「空気って、何の空気なのでしょうか?」
「いや、あの……お、男同士の会話なんで」
『ワケヘダテナクイタセッテオジサン言ッテタヨ」』
「わぁぁぁーっ!? ア、アスっ」

 いたのかアス!?
 いつから聞いてた?

「いたす?」
「何をいたすのでしょう?」
『ニョー「アス、あっちでレタスを成長させてやるぞぉ」ワーイ』

 この日の夜。
 バフォおじさんの話と、それから砂漠で野宿した時の両手に花を思い出してしまって……。

 眠れなかった。