「これが十階層のドロップアイテムか?」
「はい。こっちはホブゴブリンの角で、こっちは……まぁ見たまんまで、スケルトンの骨だそうです」
「冒険者には口止めをちゃんとしたのだろうな」
「も、もちろんだよ皇帝《しいざあ》くん。ギルドより三割増しの金額で買い取ってくれるからって、喜んでたよ」
王都からほど近い迷宮都市に、彼ら異世界人の少年らは来ていた。
というより、行かされたというべきか。
実戦経験を積み、スキルの熟練度を上げるために迷宮都市へ連れてこられた彼らだが――
クラスの中心人物である荒木皇帝、伊勢崎金剛《いせざききんぐ》、諸星輝星《もろぼしだいや》ら三名は、努力――というものを嫌う。
自分たちは努力しなくても才能がある。だからする必要はない。
たしかに彼ら三人は、文武両道タイプだ。
努力しなくても人並みより少し優れた人間だ。
そう。少し、だ。
少しで補えない部分はどうするのか――金だ。
金で解決すればいい。
そして彼らは、異世界でも金で解決出来ることを知った。
「大臣。これが今日の戦利品だ」
「おぉ。お見事です、シーザー殿」
「こんなものが何の役に立つって言うんだい?」
「まぁ素材としては対して役には立ちません。みなさまが迷宮で鍛錬を行っているという証拠の品としてお持ちいただいているだけですので」
ぶくぶくと肥ったこの大臣が、彼らの世話係となっている。
大臣は少年らが迷宮に行っていると信じて疑わないが、実は彼らは迷宮には行っていない。
いや、一度は大臣の部下たちと共に行った。
迷宮の一階にはゴブリンやスライムといった、お馴染みの雑魚モンスターのみ。
皇帝らは内心ビクビクしていたものの、あっさり勝利。
なお、実際に戦ったのは非戦闘スキルを授かった五人だ。
「雑魚相手に僕たちが出る必要はないだろう。あちらの世界でも僕らは、鈴木たちより上位の存在だったのだからさ」
鈴木というのが、生産スキルを授かったクラスメイトだ。
皇帝の言葉を鵜呑みにした大臣の部下たちへ、彼らはさらにこう告げた。
「君らの同行は必要ない。心配してくれているのだろうが、僕らは大丈夫だから」
「それとも、俺たちを信用出来ないのか?」
「ボクらは異世界から召喚された勇者だよ? そんなハズ、ないよねぇ?」
そう言われては反論できないし、何より自分たちもその方が楽なので助かる。
そうして「ダンジョンモンスターの素材を、討伐証拠としていくつか持ち帰って見せる」という約束を交わし、大臣の部下たちは迷宮への同行を止めた。
で、皇帝らは人柄の悪そうな冒険者に声を掛け、モンスターの素材を取って来るように依頼。
もちろん、冒険者ギルドを介さぬ非公式な依頼だ。
お金は毎週、彼らを召喚したゲルドシュタル王国から貰っている。
結構な額だ。
本来なら迷宮で使用する消耗費や武具の修繕にと用意した金銭なのだが――行ってないのだから使うこともない。
更に非戦闘スキルを授かったクラスメイトらに働かせ、そのお金も使っている。
モンスター素材を買い取る程度、造作もない金額が三人の手元にはあった。
三人以外の戦闘スキル持ちはというと、好んで迷宮に入るものもいる。
せっかく来た異世界なのだから、冒険してみたい――という軽いノリで。
そんな訳だから、地下一階で安全にゴブリンやスライムを倒して満足する。
しかも支給されたお金は全て皇帝らに握られているため、消耗品ゼロで迷宮に潜らなければならない。
危険を冒してまで地下に潜ろうとは、誰も思わなかったようだ。
それでも数人が迷宮に潜っているおかげで、大臣らは異世界人が真面目に鍛錬している――と思い込んでいた。
「なぁ、たまには俺らもダンジョンに入ってみないか?」
「金剛、いったいどうしたんだ?」
「こうさ、スキルを使って無双するのも楽しそうだなと思ってよ」
「結果が分かり切っているのに、わざわざやる必要があるのか? 僕らが圧勝するに決まっているだろう」
「ダンジョンのモンスターを死滅させたら、冒険者がかわいそうじゃないか」
「はははは。輝星の言う通りだ。でもまぁ、金剛が行きたいというなら一度くらい付き合ってやってもいいよ」
迷宮都市に来て一カ月。
ついに三人は迷宮へと潜った。
もちろん、手下である他のクラスメイトを連れて。
地下第一階層――
ゴブリンが現れた。
「ゴブリンだ。いつ見ても醜いな」
皇帝がゴブリンを見たのは、この町に来た初日だけ。
大臣の部下が同行していた一日だけだ。
「小林。あいつは君に譲ろう。戦闘スキルを授かったとはいえ、凡人の君には訓練が必要だろう?」
ということで、他の戦闘スキル持ちのクラスメイトに押し付ける。
先へ進むと、次にスライムが現れた。
掌サイズの小さな奴だ。
「よし、俺に任せろ。さぁモンスターめ、かかってこい! 俺様の完璧な防御を崩せるか!」
金剛のスキルは剛腕鉄壁。
鉄のように肉体を硬くし、どんな攻撃からも身を護る。
と同時に一定時間怪力となって、硬い拳から繰り出されるパンチは大岩をも砕く――とスキル鑑定にはあった。
だが金剛が今相手にしているのは、一匹のスライムである。
しかも手のりスライムだ。
びょんっと跳ねたスライムが、金剛の腹に当たって弾むように跳ね返る。
スキルによるものなのか、それとも……この世界に来てから食っちゃ寝生活をしていたことで太ったからなのか。
それは神にも分からない。
「はっはっは。痛くなーい、痛くない」
「じゃあボクが止めを――」
「おいおいおいおい、止めろ輝星! お前のスキルは隕石を召喚する奴だろっ」
「ははは。僕たちまで巻き添えを喰らうな」
「あぁ、そうだった。悪かったよ」
それ以前に地下では隕石召喚――メテオストライクは使えない。
誰か教えてやれよと誰もが思っているのだが、誰も言わない。
こうして一時間ほど地下一階層を探索し、皇帝が一匹、金剛と輝星がゼロという成果で迷宮を出た。
「地下一階が温いな。せめて地下百階まで一気に下りることが出来れば、僕らの活躍の場もあるのだろうけれど」
「地下百階まであるのか、ここ?」
「さぁ?」
そうして迷宮から戻って来た彼らを見て、大臣は笑みを浮かべる。
熱心に修行をしているな――と勘違いして。
大臣は喜んでいた。
王女の愚痴を聞かされることもなく、ただこの迷宮都市でぐーたらしているだけでお給金が貰えるのだから。
異世界人をただ見ているだけでいい。
こんな楽な仕事はない!
だが彼は知らない。
異世界人らがほとんど鍛錬などしていないことを。
毎日持って来るモンスター素材は、冒険者から買い取っていたものだということも。
そして王都では――
「穀物庫が全焼したですって!?」
「も、申し訳ございません。こ、今年は雨量も少なく、乾燥しておりましたので一気に燃え広がりまして」
国内各地から送られて来た小麦を収めた倉庫が――燃えた。
王都で暮らす国民の食卓を支える大事な小麦だ。
もちろん、王城で暮らす貴族や王族にとっても大事な小麦だ。
それが全焼した。
「すぐに各地から追加の小麦を送らせなさいっ」
「し、しかし――今年は想定外の災害続きで収穫量が……」
「言い訳は聞きたくないわっ。民へ分配する量を減らしてでも、こちらを優先させるのよっ」
「しょ、承知いたしました。マリアンヌ王女」
誰も口にはしないが、誰もが思っているかもしれない。
あの時の、農業チートスキルを授かった異世界人をぽい捨てしなければよかったのに――と。
「はい。こっちはホブゴブリンの角で、こっちは……まぁ見たまんまで、スケルトンの骨だそうです」
「冒険者には口止めをちゃんとしたのだろうな」
「も、もちろんだよ皇帝《しいざあ》くん。ギルドより三割増しの金額で買い取ってくれるからって、喜んでたよ」
王都からほど近い迷宮都市に、彼ら異世界人の少年らは来ていた。
というより、行かされたというべきか。
実戦経験を積み、スキルの熟練度を上げるために迷宮都市へ連れてこられた彼らだが――
クラスの中心人物である荒木皇帝、伊勢崎金剛《いせざききんぐ》、諸星輝星《もろぼしだいや》ら三名は、努力――というものを嫌う。
自分たちは努力しなくても才能がある。だからする必要はない。
たしかに彼ら三人は、文武両道タイプだ。
努力しなくても人並みより少し優れた人間だ。
そう。少し、だ。
少しで補えない部分はどうするのか――金だ。
金で解決すればいい。
そして彼らは、異世界でも金で解決出来ることを知った。
「大臣。これが今日の戦利品だ」
「おぉ。お見事です、シーザー殿」
「こんなものが何の役に立つって言うんだい?」
「まぁ素材としては対して役には立ちません。みなさまが迷宮で鍛錬を行っているという証拠の品としてお持ちいただいているだけですので」
ぶくぶくと肥ったこの大臣が、彼らの世話係となっている。
大臣は少年らが迷宮に行っていると信じて疑わないが、実は彼らは迷宮には行っていない。
いや、一度は大臣の部下たちと共に行った。
迷宮の一階にはゴブリンやスライムといった、お馴染みの雑魚モンスターのみ。
皇帝らは内心ビクビクしていたものの、あっさり勝利。
なお、実際に戦ったのは非戦闘スキルを授かった五人だ。
「雑魚相手に僕たちが出る必要はないだろう。あちらの世界でも僕らは、鈴木たちより上位の存在だったのだからさ」
鈴木というのが、生産スキルを授かったクラスメイトだ。
皇帝の言葉を鵜呑みにした大臣の部下たちへ、彼らはさらにこう告げた。
「君らの同行は必要ない。心配してくれているのだろうが、僕らは大丈夫だから」
「それとも、俺たちを信用出来ないのか?」
「ボクらは異世界から召喚された勇者だよ? そんなハズ、ないよねぇ?」
そう言われては反論できないし、何より自分たちもその方が楽なので助かる。
そうして「ダンジョンモンスターの素材を、討伐証拠としていくつか持ち帰って見せる」という約束を交わし、大臣の部下たちは迷宮への同行を止めた。
で、皇帝らは人柄の悪そうな冒険者に声を掛け、モンスターの素材を取って来るように依頼。
もちろん、冒険者ギルドを介さぬ非公式な依頼だ。
お金は毎週、彼らを召喚したゲルドシュタル王国から貰っている。
結構な額だ。
本来なら迷宮で使用する消耗費や武具の修繕にと用意した金銭なのだが――行ってないのだから使うこともない。
更に非戦闘スキルを授かったクラスメイトらに働かせ、そのお金も使っている。
モンスター素材を買い取る程度、造作もない金額が三人の手元にはあった。
三人以外の戦闘スキル持ちはというと、好んで迷宮に入るものもいる。
せっかく来た異世界なのだから、冒険してみたい――という軽いノリで。
そんな訳だから、地下一階で安全にゴブリンやスライムを倒して満足する。
しかも支給されたお金は全て皇帝らに握られているため、消耗品ゼロで迷宮に潜らなければならない。
危険を冒してまで地下に潜ろうとは、誰も思わなかったようだ。
それでも数人が迷宮に潜っているおかげで、大臣らは異世界人が真面目に鍛錬している――と思い込んでいた。
「なぁ、たまには俺らもダンジョンに入ってみないか?」
「金剛、いったいどうしたんだ?」
「こうさ、スキルを使って無双するのも楽しそうだなと思ってよ」
「結果が分かり切っているのに、わざわざやる必要があるのか? 僕らが圧勝するに決まっているだろう」
「ダンジョンのモンスターを死滅させたら、冒険者がかわいそうじゃないか」
「はははは。輝星の言う通りだ。でもまぁ、金剛が行きたいというなら一度くらい付き合ってやってもいいよ」
迷宮都市に来て一カ月。
ついに三人は迷宮へと潜った。
もちろん、手下である他のクラスメイトを連れて。
地下第一階層――
ゴブリンが現れた。
「ゴブリンだ。いつ見ても醜いな」
皇帝がゴブリンを見たのは、この町に来た初日だけ。
大臣の部下が同行していた一日だけだ。
「小林。あいつは君に譲ろう。戦闘スキルを授かったとはいえ、凡人の君には訓練が必要だろう?」
ということで、他の戦闘スキル持ちのクラスメイトに押し付ける。
先へ進むと、次にスライムが現れた。
掌サイズの小さな奴だ。
「よし、俺に任せろ。さぁモンスターめ、かかってこい! 俺様の完璧な防御を崩せるか!」
金剛のスキルは剛腕鉄壁。
鉄のように肉体を硬くし、どんな攻撃からも身を護る。
と同時に一定時間怪力となって、硬い拳から繰り出されるパンチは大岩をも砕く――とスキル鑑定にはあった。
だが金剛が今相手にしているのは、一匹のスライムである。
しかも手のりスライムだ。
びょんっと跳ねたスライムが、金剛の腹に当たって弾むように跳ね返る。
スキルによるものなのか、それとも……この世界に来てから食っちゃ寝生活をしていたことで太ったからなのか。
それは神にも分からない。
「はっはっは。痛くなーい、痛くない」
「じゃあボクが止めを――」
「おいおいおいおい、止めろ輝星! お前のスキルは隕石を召喚する奴だろっ」
「ははは。僕たちまで巻き添えを喰らうな」
「あぁ、そうだった。悪かったよ」
それ以前に地下では隕石召喚――メテオストライクは使えない。
誰か教えてやれよと誰もが思っているのだが、誰も言わない。
こうして一時間ほど地下一階層を探索し、皇帝が一匹、金剛と輝星がゼロという成果で迷宮を出た。
「地下一階が温いな。せめて地下百階まで一気に下りることが出来れば、僕らの活躍の場もあるのだろうけれど」
「地下百階まであるのか、ここ?」
「さぁ?」
そうして迷宮から戻って来た彼らを見て、大臣は笑みを浮かべる。
熱心に修行をしているな――と勘違いして。
大臣は喜んでいた。
王女の愚痴を聞かされることもなく、ただこの迷宮都市でぐーたらしているだけでお給金が貰えるのだから。
異世界人をただ見ているだけでいい。
こんな楽な仕事はない!
だが彼は知らない。
異世界人らがほとんど鍛錬などしていないことを。
毎日持って来るモンスター素材は、冒険者から買い取っていたものだということも。
そして王都では――
「穀物庫が全焼したですって!?」
「も、申し訳ございません。こ、今年は雨量も少なく、乾燥しておりましたので一気に燃え広がりまして」
国内各地から送られて来た小麦を収めた倉庫が――燃えた。
王都で暮らす国民の食卓を支える大事な小麦だ。
もちろん、王城で暮らす貴族や王族にとっても大事な小麦だ。
それが全焼した。
「すぐに各地から追加の小麦を送らせなさいっ」
「し、しかし――今年は想定外の災害続きで収穫量が……」
「言い訳は聞きたくないわっ。民へ分配する量を減らしてでも、こちらを優先させるのよっ」
「しょ、承知いたしました。マリアンヌ王女」
誰も口にはしないが、誰もが思っているかもしれない。
あの時の、農業チートスキルを授かった異世界人をぽい捨てしなければよかったのに――と。