「ほぎゃーっ、ほぎゃーっ」
「ウエモトさん、ウエモトさん!」
「は、はいっ。すぐ治癒しますっ」

 上本が慌ててツリーハウスの中に入っていく。
 何度か経験していることなのに、未だに上本は緊張しまくりだ。
 まぁ産婦人科医でもないし、出産直後の現場を見るんだから仕方ないか。

「うう、う、上本! リーサさんは無事かっ。なぁ無事か!?」

 山田が扉の前で怒鳴ってる。無理もないか。
 なんせ今生まれたのはあいつの子供なんだから。
 きぃっと扉が開き、少しゲッソリした上本が出てきた。

「もう治癒終わったよ。中に入っていいってさ」
「リーサさぁぁんっ」

 山田は上本を押しのけ、中へと入っていく。
 あ、生まれたのは女の子らしい。山田が「可愛い娘だ。リーサさんに似てる」とか言ってるのが聞こえる。
 
「上本、お疲れさん」
「ありがとう、大地。ついに山田も父親かぁ」
「お前もあっちの村で付き合ってる子がいるんだろ? そろそろ身を固めたらどうだ?」

 あれから七年。砂漠に移住してきたクラスメイトたちも、何人かが結婚をした。
 町を行き来する間に、向こうの人と恋に落ちて結婚した奴もいる。もちろん、砂漠の村に嫁いできてもらってだ。
 町もずいぶん発展したし、他国から移住する人たちもやってきた。
 渓谷から流れ出た川はずいぶん伸びて、数キロに達している。
 その途中、そしてその先に元々あったオアシスは復活し、移住してきた人たちが暮らしている。
 彼らは砂漠特有の作物を育て、それを町に卸して生計を立てていた。

「結婚……かぁ……まぁそろそろ考えないといけないよなぁ。もう俺たちも二十六になるんだし」
「だなぁ」

 二十六……かぁ。あと一年でこの世界にきて十年になるじゃん。
 早いもんだ。
 早いと言えば――。

「おとぉ~」
「おとぉ~」

 子供の声が聞こえて振り返る。
 幼い男の子と女の子が、とてとてと歩いて来た。

「おとぉ~、たえぇ」
「おとぉ、ぽいぽいすぅ」
「ルーク、シェミー。迎えに来てくれたのか?」
「にひぃ」

 俺の大事な息子と娘だ。

「やぁルーク、シェミー。また大きくなったねぇ」
「ウエェ、らっしゃぁ」
「ん」

 上本は普段、砂漠の村の方にいるけど、怪我人がでたり産気づいた人がいたらこっちに来てくれる。
 だからうちの子たちも上本の顔を覚えていた。
 ルークはピースサインをして「二歳になったぞ」とアピールしている。

「今月の分は今日だったのか」
「あぁ。これから蒔きにいくところだ。上本、あっちに戻るの一時間後でいいか?」
「いや、今日はこっちに泊まるよ。山田がうるさいしさ」

 産後だから何があるかわからない。だから二、三日こっちに残ってくれ。
 そう山田にせがまれたようだ。
 ま、気持ちはわかる。ルーシェとシェリルのとき、俺も同じ気持ちだったし。
 で、三日間、こっちに泊まってもらったもんな。

「でもほら、誰だっけ? ソードレイに医療を学びに行った人たち」
「ダッツ一家とマスト一家、あとドリュー族のオースティン一家だ。手紙だと十日後に港に到着する予定になってる」
「こっちの村の人たちも一緒に戻ってくるし、それぞれの村に医者がいれば、俺の出番も減るかな」
「どうかなぁ。一瞬で怪我を治してくれる方がいいに決まってるし」
「馬車馬のごとく働かされるのは、まだまだ続くのか」

 そういうことだ。
 馬車馬といいつつ、本人は嫌がってない。
 みんなに感謝されるんだから、悪い気はしないよな。
 それに、小さな傷程度じゃみんな、自然治癒に任せているし、魔法が必要なほどの怪我なんて滅多にないもんな。

「おとぉ」
「あー、はいはい。悪かったよ。じゃ上本、俺たち行くな」
「あぁ、いってこい」

 ルークとシェミーに手を引かれ、俺は渓谷の外へと向かう。
 
「お、大地じゃないか。今日は御勤めか?」
「おっす、鈴木。今から花咲じーさんやってくるよ」
「いってら。にしても、やっぱり双子だよなぁ」
「双子じゃないって」
 
 まるで双子のように見えるが、ルークの母親はルーシェで、シェミーの母親はシェリルだ。
 
「二人の母親が双子だし、似てるのは当たり前なんだけどな」
「そうだけどさぁ。そもそも、生まれたのが同じ日な訳じゃん。なんで母親は別々なのに、同じ日に出産なんだよ。なぁ。なぁ」

 う、うるさい!
 お、同じ日の種なんだから仕方ないだろ!

「あー、羨まし」
「妊娠中の奥さんがいるのに、何言ってんだ」
「でへへぇ。あ、そういやさ、砂船のカスタマイズ終わったぜ」
「本当か! もうすぐしたらソードレイに行った人らを迎えに行くし、その時使わせてもらうよ」
「使うって、どうせフレイ様に運んでもらうんだろ? 船の意味あるか?」

 気分ってやつだ。
 今日の所は高木に作ってもらった、木箱に入ってフレイに運んでもらう。

「おう、ユカタ」
「おう、バフォおじさん」

 渓谷の外ではバフォおじさんが子供たちの世話をしていた。
 今年は七匹の子供が生まれて、ちょっと大変そうだ。
 今ならわかる。二人でも大変だったからなぁ。

「おじさん、草足りてる?」
「あぁ、大丈夫だ。この辺りはすっかり草原みてぇになったからなぁ。牛とうちのガキどもがいても食い尽くせねぇよ」
「ならよかった。子供に食べさせたい草があったら言ってくれよ」
「シーサーペントが食いたいな」

 それ草じゃないからな。
 バフォおじさんと話をした後、その先で待つ赤くて巨大な影の下へ向かう。
 
「お待たせ、フレイ、アス」
『うむ。今日はいい風が吹いている。これなら遠くまで種を飛ばせるだろう』
『ふっ、当然だ。わたしが吹かせている風だからな』
『さぁ行くぞ、乗れ』
『無視しないでいただこうかトカゲ』
『あぁぁ?』
「まぁまぁ。今日は川沿いを頼む。移住者も増えて来たし、緑を増やしてやらないとな。あとオアシスに寄ってくれ。野菜の種をお裾分けするからさ」

 前は毎日のように種を飛ばしていたが、種を集める作業も楽じゃない。
 それで、月に一回だけにし、それに合わせて毎日コツコツと成長速度を調節して種を溜めるようになった。
 一斉に芽吹かせる方が地面に根付きやすい。

「はぁはぁ、お待たせしました」
「ごめん。お弁当用意するのに手間取っちゃって」
「お疲れ、二人とも。よし、それじゃあみんな、乗り込むぞ」
「「おぉ」」

 子供たちを抱きかかえ、箱の中に入れる。
 箱といっても、そのサイズは四畳半ほどもある。落下防止の手すりもあって、熱気球のゴンドラのような感じだ。
 その箱にベルトがかけられ、フレイが首からぶら下げ、さらに掴んで飛ぶというものだ。

「アス。だいぶ早く飛べるようになったな」
『エヘヘ。まだお父さんには追い付かないけどね』
『すぐに父を超える。心配するな』

 フレイは相変わらずアスに甘い。だけど厳しく教えなきゃいけないことは、ちゃんと厳しくやっているようだ。
 
「おとぉ。ゆぅゆいたぁ」
「お? ほんとだ。おーい、ユユぅ」

 大きな声で叫ぶと、聞こえたのか地面からユユたちが顔を出した。
 体を振って応える姿は昔のままだ。

 ユユたちワームは、渓谷の外で暮らしている。
 山の周辺の土地は、すっかり土にかわり、ワームの暮らしやすい環境になったからだ。
 そして一時期は北に移動したモンスターだが、一部が戻って来ているらしい。
 砂に潜る習性のあるモンスターは相変わらず北だが、それ以外が南下してきているという。

 ユユたちはそういったモンスターが砂漠の村やオアシス、こっちの渓谷に近づかないよう、用心棒をしてくれているって訳だ。
 ま、あいつらの食事にもなるし、食事をすれば糞をして、それが養分となって土を肥らせる。
 いい循環だ。

『この辺でどうだ?』
「あぁ、まずはこの辺りで飛ばそう。さぁ、ルークにシェミー。種を撒くお仕事だ」
「あーい」
「おぉー」
「ヤマダさんたちが作ってくれた肥料もご一緒に撒くのですよね?」
「あぁ。ルーシェとシェリルは、瓶の蓋を頼む。アクアディーネ」
『任せなさい。ほんとこの薬、役に立ってるわよねぇ』
『うんうん。土が喜んでいるよ』

 瓶の蓋を開けるルーシェの肩にアクアディーネが、足元にはベヒモスがいる。

『まぁた拡散かぁ。面倒くせーんだよ』
『イフリート。文句言うなら水ぶっけかるわよ』
『おー、こわ』

 錬金術でこしらえた肥料は、大量の水で薄めて使う。
 それをイフリートの熱で蒸発させ、雨として降らせるのだ。
 使われている薬品は全部自然界で採取できるもの。触っても特に問題はない。

「さぁ、二人とも。ふーっ」
「ふぅ~」
「ぶぶぶぅ~」
「きゃはははは。ルーク、ぶぶぶぶぅって」
「ぶぶぶぶ、きゃはははは」

 飛ばしたのは種じゃなく、唾かよ。
 でもそこはジンがフォローして、風を舞い上がらせ種を飛ばしてくれる。
 
「さぁ、次の場所へ行こう」

 空から見る大地は、数年前まで砂一色の砂漠だったとは思えない光景だ。
 それでも、川から離れるとまだまだ砂漠が広がっている。
 最近は砂の砂漠というより、荒れ地の砂漠っぽくなってきているけど。

 あと何年、何十年かで北部以外から砂漠は消えるだろう。
 そう願っている。

 それまで種を撒き続けるのが、俺の仕事だ。
 第二の人生をくれたこの砂漠への恩返し。
 俺に家族をくれたこの世界への恩返し。

 ポイ捨てから始まったこの砂漠で、俺は今、最高に幸せを感じている。