「おぉー、アス頑張れ!」
「そうそう。パタパタして、パタパタ!」
「もう少しです。あとちょっと」

 町の拡張工事の合間に、アスは飛行訓練を始めた。
 町には五日間滞在してお手伝いをし、二日間村に戻ってくるという完全週休二日制だ。
 飛行訓練はアスから言い出した。なんでも飛べる方が岩山にもサクっと登れるから効率が良くなる……とか言って。

「でもさ、アスの翼ってまだ小さいじゃん? 飛べるのか?」
「それを言ったら、フレイの旦那だって体の大きさの割に翼は小せぇぜ?」

 気になるのか、バフォおじさんも見守っている。
 フレイの翼? いや、大きいじゃないか。
 
 すっかり親父らしくなったフレイを見上げる。
 背中の筋肉がー、翼の筋肉がーと、筋肉語りをしているフレイは、時々自分の翼を動かして説明していた。
 ……まぁ、言われてみれば体に対してだとちょっと小さく感じる、かも?

「鳥とは違ぇんだ。ドラゴンってのは羽ばたきだけで飛んでんじゃねえ。何割かは魔力で飛んでんだよ」
「あー、なんかずっと前にそんなの聞いたようなないような。でも、じゃあアスはなんで羽ばたく練習を?」
「だから、何割かが魔力で、残りは実際に翼動かさねぇといけねぇんだって」
「あ、そうか。ごめんごめん」
「まぁアスの翼はまだ小せぇからな、魔力の方で補う部分が多くなるだろうよ」

 その魔力の使い方も覚えなきゃならないそうだ。
 飛ぶって、簡単じゃないんだな。

「おーい、大地ぃ。できたぞー」
「おっ」

 アスの飛行訓練は渓谷の外で行われていた。比較的まだ砂っぽい場所だ。そこなら落ちてもダメージが少なくて済むからって。
 その砂地にやってきたのは山田だ。
 山田はホーンチキンを一羽手懐けて、騎乗用にしている。

「これが肥料だ。まぁ見た目は色のついた液体だけどな」
「紫じゃん……めちゃくちゃ毒々しいんだけど」
「俺もそう思う……。でも材料にした植物の煮汁がその色だから仕方ないんだよ」

 山田に頼んでいたのは肥料だ。まぁ化学肥料みたいなものなのかな。
 これを砂漠に撒いて、砂を超えさせて土になりやすくさせようって作戦だ。

「検証結果は?」
「ベヒモスくんに見て貰ったけど、効果が結構高いから一年に二回までにしろってさ」
「何でもやり過ぎるとマイナスになってしまうしな。よし、量産できそうか?」
「そこは大地さまのお力を」

 材料になる植物を大量成長させてくれってことだろう。
 お安い御用だ。

「砂漠に撒くって、かなり大変そうね」
「砂船で移動できない場所も増えて来ましたもんねぇ」
「撒くのはまぁ、フレイに手伝って貰えばなんとかなるかなぁとは思ってるんだ」
『その液体が我にかかった場合、どうなる?』
「「ん?」」

 俺は山田を見て、山田は俺を見る。
 答えは……でてこない。

 ヤバいかなぁ。

『ボク、お手伝いすル?』
『アスよ。我がどうなるかわからないのだ、お前も危険かもしれぬ。止めておけ。それに、我らが撒けばムラがでるだろう。そういうのは精霊どもにやらせておけ』
「大精霊?」
『ふっふっふ。言われなくても任されてあげるわよ』

 出たなアクアディーネ。

『その液体を霧状にして、あとはジンくんにばら撒いてもらえばいいのよ』
『わたしか!?』
『うんうん。しっかりバラ撒いてねぇ』
『蒸発させたいなら手を貸すぞ』
『あんたはすっこんでなさいよイフリート!』
『なにをぉ、小娘めっ』
「まぁまぁまぁ。ここはアクアディーネとジンにお願いしよう。ベヒモスくんは砂の様子をみてくれ。イフリートは肥料が蒸発しないように、撒く日の気温のコントロールを頼むよ。力加減って難しいよな。すっごく難しい。でもイフリートしか頼れないんだよ」

 とおだててやると、イフリートは鼻息を荒げてモヒカンを真っ赤に染めた。
 イフリートを仲間に加えて数カ月。こいつの性格も分かって来た。
 頼られるとめちゃくちゃ張り切ってしまう、兄貴タイプの精霊だ。

『ふっ。任せておけ』
「おぅ、任せるよ。ってことで、山田、量産頼むな。必要な種を用意しといてくれ」
「もう用意してある。東のあの辺で栽培できないか? 広い土地が欲しいし」

 渓谷の外の、牧場とは反対側の広い土地だ。
 最近、ワームたちは渓谷の外に移り住んでいる。渓谷の外側もだいぶん土化が進んでて、住みやすくなったんだとか。
 その辺りに肥料作りに必要な植物を栽培しようと。

「ユユたちに聞いてみないとな」
「通訳よろしく。いいよなぁ、声が聞けるって。俺もこいつの言葉を聞きたいよ」
「聞かない方がいいこともあるんだぜ」

 そう言ってバフォおじさんは明後日の方角に視線を向けた。

「き、聞かない方がいい!? え!? え!?」

 山田がチキンから後ずさる。
 チキンは山田に一歩近づく。
 山田逃げる。チキン追う。

「バフォおじさん?」
「あのチキンな……ヤマダに恋したんだと」

 ……チキンに愛された男、山田。
 いや待て。

「あのチキン、雄鶏だったろ!」
「種族すら超えた恋なんだ、性別なんてちいせぇことだろ」

 山田……頑張れ。