『ワシとの契約のこと、忘れていやがったんだろう』
「いやいや、忘れてなんかないさ」

 なんで知ってんだよ。

『ワシを誰だと思ってる。大精霊だぞ。聞こえとったわっ』
「いやいや、気のせいだって」

 聞いてたのかよ。

 アスとフレイがようやく親子になれた。
 それだけでホっとして、なんか満足してしまった。
 二人に言われて思い出したけど、そこでの会話を聞かれていたとは。

「それで、契約の上書きだけど」
『……試練だ、試練! ワシの試練を見事クリアしたなら、契約してやってもいいぜ』

 やっぱりあるのか。

『ボク頑張ル! ドントコイッ』
『うむ。アスに不可能などない』
『ナイ!』

 すっかり親子になってんじゃん。
 その様子をルーシェとシェリルも嬉しそうに見つめている。

「よかったわね」
「本当によかったです」
「あぁ」

 俺たちはいつか死ぬ。その時は俺たちにとってはまだまだ遠い先の話だ。
 でもアスにとっては、そう遠くはない。
 最悪、成長促進で大人になるまで――とも考えてた時期があったけど、父親がいてよかったよ。
 これでドラゴンとしての必要な知識を学べるしな。

 イフリートはうんうんと腕を組んで考えている。
 もしかして試練の内容って、その時々の気分次第なのか?
 それにしても、やっぱり小さい。
 まぁベヒモスも小さいけど、本気モードになるとデカくなるしな。ジンだって手のひらサイズになったり人間の長身サイズだったり、人間の数倍のサイズになったりいろいろ。イフリートもデカくなれるんだろう。

 そう思っていたけど――

『ワシに……ワシに炎の力を満たせ。それが試練だ』
「炎の力を満たせ?」
『そうだ。ワシの力は弱まっている。何百年と力を使い続けて来たからな。このままでは……』
『消滅しちゃうかもねぇ』
『呑気に言うな子豚!』
『あっ、失礼なこと言ってる。ボクはかわいいウリ坊なのに』
『自分でかわいいとかぬかすなっ』

 まったくだ。
 あれ? でも消滅寸前って、もしかして。

「契約の上書きしなくても、そのうち消滅して砂漠の気温も下がったり?」

 俺がそう言ったとたん、イフリートの炎がビクっと揺れてしゅーんっと小さくなった。

「あ、ごめん……」
『まぁその通りだがな。しかしユタカよ。四大精霊の一角が消滅すると、自然界のバランスが崩壊してしまうのだぞ』
『うんうん。今だってイフリート君が全力ハッスルしてるから、こんなに暑くなってるんだし。これ以上のバランス崩壊がヤバいのって、想像つくでしょ?』

 イフリートが消滅したらってことだし、炎の力が弱くなるんだろう。
 弱くなるだけでいいのかな? 消えたりってことは……。

 うわ、今恐ろしいことを考えてしまった。
 炎の力が消滅して、どんなに火打石を叩いても火が点かなくなるとか……あり得るのか?
 気温はまぁ、下がるんだろうな。いいことじゃないか。
 
『ワシが消滅すれば、雨が降らなくなるぞ』
「え? なんで」
『地表の水分が蒸発しなくなるだろうが』

 うわぁ……そうなるのかぁ。

『あと火が点かん』
「それはダメだあぁぁぁ。生きてイフリートォォォ」
『雨降ラナイノダメェェ。ドウヤッテ炎ノ力ヲ……エット……ント?』
『満たすのだ。ワシの力がわずかでも戻れば、契約にも堪えれるようになる』

 そんなに弱くなってたのか。
 とはいえ、ベヒモス曰く『消滅までまだ百年はかかるねぇ』と。

『炎ノ力ッテ?』
『深く考えなくていい。火だよ、火。お前もドラゴンなら、ブレスを吐けるだろ』

 ……吐けない。いや、吐いているのを見たことがない。
 アスもあわあわとフレイを見上げる。

『練習をする時間が必要だ』
『……そうか』
『ボ、ボク頑張ルカラ!』

 アスのブレス練習が始まった。
 俺たちは砂船に避難して、村から持ってきた瓢箪の水で涼をとる。
 ジンに頼めば水で風を冷やしてくれるからな。冷風機みたいなものだ。

 二日後。

『行ックヨォー! スゥー……』

 深く深呼吸したあと、アスの動きがピタリと止まった。
 少し顔が赤くなって……

『ガオオォォォォォォォォッ』

 口先にボッと火が点いて、ドーナツ型の火の輪がふわわ~っと飛んで行った。
 その輪がイフリートにすっぽりはまる。まるで浮き輪を装着した子供のようだ。

『……ま、まぁ、温かいわな』
『エヘヘェ~』

 たぶん、イフリートは褒めてない。

『あとはユタカよ、主の番だ』
「え、俺の?」

 フレイが何を言っているのか、少し間を置いて理解した。

「わかった。じゃ、いくぜ」
『い、いく? 何をやろうってんだ』
「炎の力、つまり自分の力を増やしたい、成長させたいんだろ? "成長促進"!」

 浮き輪を装着したイフリートにちょこんと触れる。
 あっつ!
 その一瞬で、イフリートの本来の力を取り戻すまで成長――と指示した。