予想外なことに、アスは怒っていた。
いや、もしかしてって思いはあったんだけど、それより喜ぶんじゃっていう気持ちの方が強かったんだ。
拗ねて向こうの方に行っちゃったし、フレイは何も言わずじっと見てるだけだし。
『ふん。親子の決裂ではないか』
「今はいろいろ心の整理をしているだけです」
「そうよ。突然だったからビックリしただけ。きっとそうなんだから」
『どうだかな。ま、これでワシとの契約は無理だろうな』
「勝手に決めるなよ」
アスは優しくて、そんで強い子だ。
大丈夫。
けど、ひとりで乗り越えろなんて言わないさ。
拗ねてるアスの傍まで行って、近くの岩に腰を下ろす。
「アス、ごめんな。フレイがお前の親父さんだって、知ってて黙ってたんだ。これはフレイの問題だから、俺たちから言うべきことじゃないと思って」
返事はない。ただ尻尾の先が少しだけ揺れていた。
「フレイがお父さんだと、嫌なのか?」
これにも返事はない。尻尾の動きもピタリと止まってしまった。
しばらく何も言わずに待ってると、尻尾が一度だけ動いた。
『ボクネ……ボク……オジチャンミタイナ竜ガオ父サンダッタライイナ、ッテ……思ッテタノ』
「アス、それって――」
『デモボクハ、オジチャンミタイナッテ思ッテタダケデ、オジチャンハオジチャンデ、オ父サンジャナイッテ思ッテテ』
フレイはあくまで理想であって、まさか本当の父親だなんて微塵も思っていなかった。
そういうことか。
アスはまだ黙ってしまった。
振り向くと、フレイは向こうでずっとこっちを見ている。
息子に嫌われたかもって不安があるんだろうな。
でもその目は、今まで見てきた中で一番優しそうに見える。
「俺はさ……こっちの世界に来る少し前に、親父とお袋を亡くしたんだ。話したよな?』
『ウン』
「会いたくても、もう二度と会えないんだ。二人も奥さんをもらっても、紹介だってできない。人生の相談とか、この先の子育てのこととか……いろいろ、教えて欲しいことはいっぱいある。でも……無理なんだ。ダメなんだよ」
『オ兄、チャン』
アスが振り向く。立ち上がって、俺の方へと歩いて来た。
そんで、なぜか両手を広げて俺を優しく包み込む。
うぅん。俺の方が慰められてるのか?
「アス。お前は違う。親父がいるんだ。まぁ二人の間にはいろいろあったし、お袋さんが襲われたのだって、フレイがいればなかったわけだし……許せないところもあるだろうけど……」
『オ母サン言ッテタ。竜ノ子育テハ、雌ガヤルッテ。雄ハ遠クカラ見テルンダヨッテ。オ母サンガ死ンダノハ、ボクヲ産ンダカラ……』
「アス……」
『それは違うっ。我だ。我が傍にいてやっていれば、アースは死なずに済んだのだ。我の責任だ。我が意地を張らねばよかっただけなのだからっ』
いつの間にかフレイが傍まで来ていた。
互いに自分のせいだと言い張って……。
あぁ、そういえばこういうのあったな。
朝、いつもより起きてくるのが遅くて朝ごはんなし、弁当なしって時があって、親父と俺とでお袋に文句いったんだけど、その日の夜にお袋が倒れて……。
家事に仕事にといつも頑張ってんのに、それが当たり前だと思っていつもと違うだけで文句を言ってしまって。
寝込んでるお袋の近くで「同じ寝室なのに気づいてやれなかった」って親父が言い出して、だったら俺だって「パン焼くぐらい自分でできるのに全部お袋に任せてた俺が悪いんだ」って言ったり。
親父は自分のせいだって譲らなくて、俺もガキのままだから俺のせいだって言い張って。
そしたらさ、寝てたはずのお袋が笑ってたんだよな。
あとでお袋が元気になって、あの時なんで笑ってたんだって聞いたら――
「幸せだな……って、きっとアスのお袋さんは思ってるだろうな」
『エ?』
『ぬ?』
――だってそうでしょ? お父さんも豊も、お母さんのこと心配して自分のせいだって言ってたんだから。それだけ愛されてるってことよね?
お袋はそう言って笑ってた。
子供だったし、愛とかなんとか恥ずかしくて「ちげーし」って返事しちまったけど。
「自分のせいだって言い張ってる二人は、それだけお袋さんを、奥さんを愛してるってことだろ?」
アスはうんうんと頷き、フレイは頬をピンクに染めて目を伏せた。
「亡くなった人は戻ってこない。でもずっと見守ってくれてるはずだ。意地を張り合うのもいいけど、安心して見守れるように仲良くもしないとな」
自分のせいでいつまでも意地を張り合ってても、アースドラゴンは落ち着かないだろ。
アースドラゴンの願いは、アスが無事に成長することだ。
そのためにフレイが傍にいてくれるなら、喜ぶはず。
しばらく二頭は黙ってたけど、やがて――
『アスよ……今はまだ、父と呼ばなくてもいい。だが、お前の父になることを……許して欲しい』
『オジチャン……ア、オジチャンジャナクッテ……ソノ……ォト……サン』
『ア、アス!? 我を、我と父と呼んでく……』
……泣くなよフレイ。
まぁ、ちゃんと親子になれそうでよかったよ。
よし。これにて一件落着!
「さ、村に帰ろうぜ」
『エ?』
『ヌ?』
ん?
『ユタカオ兄チャン、イイノ?』
『主よ、本来の目的を忘れてはいまいか?』
ん?
いや、もしかしてって思いはあったんだけど、それより喜ぶんじゃっていう気持ちの方が強かったんだ。
拗ねて向こうの方に行っちゃったし、フレイは何も言わずじっと見てるだけだし。
『ふん。親子の決裂ではないか』
「今はいろいろ心の整理をしているだけです」
「そうよ。突然だったからビックリしただけ。きっとそうなんだから」
『どうだかな。ま、これでワシとの契約は無理だろうな』
「勝手に決めるなよ」
アスは優しくて、そんで強い子だ。
大丈夫。
けど、ひとりで乗り越えろなんて言わないさ。
拗ねてるアスの傍まで行って、近くの岩に腰を下ろす。
「アス、ごめんな。フレイがお前の親父さんだって、知ってて黙ってたんだ。これはフレイの問題だから、俺たちから言うべきことじゃないと思って」
返事はない。ただ尻尾の先が少しだけ揺れていた。
「フレイがお父さんだと、嫌なのか?」
これにも返事はない。尻尾の動きもピタリと止まってしまった。
しばらく何も言わずに待ってると、尻尾が一度だけ動いた。
『ボクネ……ボク……オジチャンミタイナ竜ガオ父サンダッタライイナ、ッテ……思ッテタノ』
「アス、それって――」
『デモボクハ、オジチャンミタイナッテ思ッテタダケデ、オジチャンハオジチャンデ、オ父サンジャナイッテ思ッテテ』
フレイはあくまで理想であって、まさか本当の父親だなんて微塵も思っていなかった。
そういうことか。
アスはまだ黙ってしまった。
振り向くと、フレイは向こうでずっとこっちを見ている。
息子に嫌われたかもって不安があるんだろうな。
でもその目は、今まで見てきた中で一番優しそうに見える。
「俺はさ……こっちの世界に来る少し前に、親父とお袋を亡くしたんだ。話したよな?』
『ウン』
「会いたくても、もう二度と会えないんだ。二人も奥さんをもらっても、紹介だってできない。人生の相談とか、この先の子育てのこととか……いろいろ、教えて欲しいことはいっぱいある。でも……無理なんだ。ダメなんだよ」
『オ兄、チャン』
アスが振り向く。立ち上がって、俺の方へと歩いて来た。
そんで、なぜか両手を広げて俺を優しく包み込む。
うぅん。俺の方が慰められてるのか?
「アス。お前は違う。親父がいるんだ。まぁ二人の間にはいろいろあったし、お袋さんが襲われたのだって、フレイがいればなかったわけだし……許せないところもあるだろうけど……」
『オ母サン言ッテタ。竜ノ子育テハ、雌ガヤルッテ。雄ハ遠クカラ見テルンダヨッテ。オ母サンガ死ンダノハ、ボクヲ産ンダカラ……』
「アス……」
『それは違うっ。我だ。我が傍にいてやっていれば、アースは死なずに済んだのだ。我の責任だ。我が意地を張らねばよかっただけなのだからっ』
いつの間にかフレイが傍まで来ていた。
互いに自分のせいだと言い張って……。
あぁ、そういえばこういうのあったな。
朝、いつもより起きてくるのが遅くて朝ごはんなし、弁当なしって時があって、親父と俺とでお袋に文句いったんだけど、その日の夜にお袋が倒れて……。
家事に仕事にといつも頑張ってんのに、それが当たり前だと思っていつもと違うだけで文句を言ってしまって。
寝込んでるお袋の近くで「同じ寝室なのに気づいてやれなかった」って親父が言い出して、だったら俺だって「パン焼くぐらい自分でできるのに全部お袋に任せてた俺が悪いんだ」って言ったり。
親父は自分のせいだって譲らなくて、俺もガキのままだから俺のせいだって言い張って。
そしたらさ、寝てたはずのお袋が笑ってたんだよな。
あとでお袋が元気になって、あの時なんで笑ってたんだって聞いたら――
「幸せだな……って、きっとアスのお袋さんは思ってるだろうな」
『エ?』
『ぬ?』
――だってそうでしょ? お父さんも豊も、お母さんのこと心配して自分のせいだって言ってたんだから。それだけ愛されてるってことよね?
お袋はそう言って笑ってた。
子供だったし、愛とかなんとか恥ずかしくて「ちげーし」って返事しちまったけど。
「自分のせいだって言い張ってる二人は、それだけお袋さんを、奥さんを愛してるってことだろ?」
アスはうんうんと頷き、フレイは頬をピンクに染めて目を伏せた。
「亡くなった人は戻ってこない。でもずっと見守ってくれてるはずだ。意地を張り合うのもいいけど、安心して見守れるように仲良くもしないとな」
自分のせいでいつまでも意地を張り合ってても、アースドラゴンは落ち着かないだろ。
アースドラゴンの願いは、アスが無事に成長することだ。
そのためにフレイが傍にいてくれるなら、喜ぶはず。
しばらく二頭は黙ってたけど、やがて――
『アスよ……今はまだ、父と呼ばなくてもいい。だが、お前の父になることを……許して欲しい』
『オジチャン……ア、オジチャンジャナクッテ……ソノ……ォト……サン』
『ア、アス!? 我を、我と父と呼んでく……』
……泣くなよフレイ。
まぁ、ちゃんと親子になれそうでよかったよ。
よし。これにて一件落着!
「さ、村に帰ろうぜ」
『エ?』
『ヌ?』
ん?
『ユタカオ兄チャン、イイノ?』
『主よ、本来の目的を忘れてはいまいか?』
ん?



