「俺がこの渓谷に来て、今日でちょうど一年です。えぇっと……」

 俺が異世界に召喚されて、即ポイ捨てされてから一年と八日。
 一年前の今日、俺はルーシェとシェリルに連れられてここにやって来た。
 俺の中では特別な日だ。第二の人生が始まった特別な記念日。

 そんな話をルーシェとシェリルにしたら「記念日ってなに?」と言われた。
 なにって聞かれると困るんだけど、お祝い事だとか特別な日とか、そういうのだよな。
 って説明。
 そしたら二人は「お祝いをしよう」って。

 村――いや、集落では、誰かが生まれた時にだけお祝いをするらしい。
 その時だけは普段より少し多く食材を使って、ご馳走を作っていたんだとか。
 その時だけ……。
 誰かが誕生日を迎えるたびにお祝いをする、そんな余裕が集落にはなかった。
 たぶん他の集落もそうだろうって。

 でも今は違う。

 いつでもお祝いができる。
 めちゃくちゃ贅沢はできないけど、少しの贅沢ぐらいならいつだってOKだ。

 で、記念すべき一回目の「お祝い」がこれだ。

「えっと、俺がこの渓谷に来て一年目記念、です」

 なにこの羞恥プレイ……。
 自分で自分が来た記念を発表するとか、恥ずかしいんですけど。
 しかもみんな、拍手なんかしちゃったりしてるし。

 けど、ここからが本当の記念《・・》だ。

「みんな、ありがとう。まぁせっかくの記念日ってことで、俺から提案があります」
「提案?」
「どうしたのよ、ユタカ」

 これはルーシェたちにも話してない。
 けど前にふと思ったことなんだ。

「いくつかの集落の人が集まって、ここも村と呼べる規模になった。砂漠の村と区別するために便宜上、渓谷の村って呼んでるけど、この機会に正式な名前を考えてみるのもどうかなと思って」
「名前?」
「村の名前を?」

 ざわざわとあちこちから声が上がる。

 砂漠の村。渓谷の村。
 確かにこのままでも不便は感じられない。
 でもせっかくだから、村に名前を付けるのもいいんじゃないかなって思って。
 
 いつか地図にこの村が載ることがあった場合、「どこの渓谷だ?」ってなるだろう。
 渓谷にも名前がないしな。

「だから、村に名前をつけないか?」
「名前かぁ。たしかに不便を感じなかったから別にいいかと思っていたが」
「名前、あったほうがいいよ父ちゃん!」
「名前考えるぅー」
「いいんじゃないか? どうせなら砂漠の村も名前を考えさせればいい」
「そうだな。いつかは砂漠じゃなくなるんだ。今のうちに名前をつけておいたほうがいいだろう」

 お、子供も大人も好感触だ。
 けど言われて気づいたよ。
 そうだ。いつか砂漠じゃなくなる。なのに「砂漠の村」ってのはおかしいよな。
 うん。ハクトにも話をしておこう。





 みんなでわいわいと飲み食いしながら、村の名前をどうするか考えた。
 まずはいい名前が浮かんだら、それを上げてもらう。

「プリン!」
「ホットケーキぃ」
「タルトモググぅ」

 子供たちがあげているのは、今テーブルの上に並んでいるデザートメニューだ。

「はいはい、好きなだけ食べていいぞ」
「「わぁ~い」」
「プリン村って美味しそうだねぇ」

 それは却下しておこう。
 まったく、食べたいだけなのか本気なのかわかりゃしない。

「プリンが美味しいのは同意ね」
「シェリル……まさかプリン村がいいなんて言わないよな?」
「い、言わないわよ。子供じゃないんだから、ちゃんと考えてるわよ」
「私は、タルト村ならいいかなぁって思いましたが」
「「ルーシェ……」」
「え、ダメ……ですか?」

 プリンよりはまだマシだけど、やっぱりなぁ。
 村の名前言うたびに、村のことよりデザートのタルトが頭に浮かぶようになってしまう。

「はっはっは。それじゃあ真面目に考えて、ダイチっていうのはどうだい?」
「え?」
「おぉ、そりゃいい。ユタカ君が来たからこそ、我々はこうしてひもじい思いをすることなく幸せに暮らしている。だからユタカ君の名前をつけてはどうだろう?」
「そうだ。君のおかげで、俺たちには希望が生まれた。生きる希望が」
「い、いやそれはっ」

 恥ずかしいから止めて!
 それに大地って、もうそのまんま全ての地面をそう呼ぶじゃないか。

「草うめぇ村は「却下だおじさん」ンベェ」
『アース村ぁ』
「大地と同じ意味だろ、アス」
『んー、んんー。えっとねぇ、えっとぉ。わ、わくわくどきどき村?』
「ユユ……無理してネタに走らなくていいんだぞ」

 だいたいわくわくどきどきってなんだよ。
 ったく、やっぱり俺がちゃんと考えるか。
 えぇっと……。

「あの、さっきのおじさんたちの会話に、いいものがあったのですが」
「あ、私も。他の言い回しがあれば、それがいいなぁって思う単語は合ったわ」
「え、さっきの会話? お、俺の名前は嫌だからな、絶対」
「いえ、違います。ユタカさんのお名前もいいと思うのですが、でも恥ずかしそうですし。でもユタカさんに関係する言葉です」
「そ。ユタカが来てくれたから、私たちが抱くことができるようになったもの」

 ルーシェとシェリルがお互い顔を見合わせ、それからルーシェがシェリルの耳元で囁く。
 シェリルが笑みを浮かべて、頷いた。
 どうやら二人の意見は一致しているようだ。

 息を合わせ、せーので二人が同時に口を開く。

「「希望」」
「希望……え、俺に関係ある?」
「ありますっ」
「あんたが集落に来てくれたから水の心配もなくなったし、野菜だっていろんなものを食べれるようになったのよ」
「それまでの私たちは、その日の水も食料も心配するほどだったんです。ただその日を生きるのに必死だった。ですがユタカさんが来て、私たちには希望が芽生えました」
「豊かに暮らせるっていう希望がね」

 俺が……希望。

 周りを見てみると、みんなが頷いている。
 大人も子供も、ドリュー族も、アスやユユたち、おじさんも。他のヤギも周りを真似して頷いているのが、なんともかわいい。

「っかしよ、希望の村ってのもなんか変じゃねーか? 名前としてはよ」
「そうなんです。ですから何か別の言い回しがあればなぁって思うのですが」
「ね、ユタカ。あんたなら何か知らない? 希望の他の言い方」
「あ、えっと……希望かぁ」

 希望の他の言い方――他の言語でもいいかな。
 確か英語だとHOPE。ホープ、だよな。
 ホープ村。
 悪くは、ない?

「ホープ、はどうかな。俺の世界で、他所の国の言葉だと希望をホープって言うんだ」
「ホープ村……いいと思います!」
「えぇ。タルトよりは絶対いいわよね」
「も、もうシェリルちゃんっ」

 他の人たちも異論はなし。

「よし、じゃあこの村は『ホープ村』に決定! 今日はホープ村が誕生した記念日だ」

 こういうの、開村記念日っていうのかな?

「ホープ村記念日か」
「じゃ、これから毎年、この日にはお祝いをしましょう」
「やったぁー。毎年プリン~」

 やっぱり食べたいだけなんだな。

「それでみんな。もう一つ話しておきたいことがあるんだ」
「ん? まだ何か決めるのかい?」
「なにモグか?」

 全員が注目してくれて、静かに俺の言葉を待ってくれている。
 俺がここへ来て一年目。
 ホープ村の誕生日。

 二つの記念日に、俺は話すことにした。

「実は俺、異世界人なんだ」