「じゃ、種牛交換ってことで」
「いやぁ、ありがたい」

 あれから二カ月。
 仔牛は追加で二頭生まれ、牧場を始めてから合計で四頭の仔牛が増えた。一頭の牝牛が双子を出産したからだ。
 生まれた仔牛のうち一頭が雄、残り三頭は雌だ。
 雄の仔牛をこの二カ月かけて大人へと成長させ、町の牧場の雄牛と交換してもらったのだ。
 同じ血ばかりが混ざらない方が、たぶんいいだろうし。

「それにしても、丸々とした立派な牡牛だねぇ」
「食べさせてる草の違い……かな」

 あと絶対的な量の違いか。
 周りと見渡すと、うちの牧場と比べるとかなり草が少ない。
 これでも雨が降るようになったから、そこそこ増えたそうだけど。
 けど、増えたら増えたで牛たちが大喜びして食べてしまうから、増えた実感がないそうだ。

 牛が食べる速度より、生える速度が上がらないと厳しいだろうなぁ。

 で、三日後の夜。

「じゃあフレイ、リリ、頼むよ」
『まったく。こんな夜まで働なくともよいだろうに』
『♪♪』

 うちの牧場に生えてる草と同じ種を大量に用意した。
 その種を持ってフレイに町の牧場まで飛んでもらう。
 上空まで来ると――

「さぁ、リリ。お願いね」

 シェリルの合図でリリは風を起こした。

「いっけぇー」
「それぇ」
「しっかり育つのよぉ」

 俺とルーシェ、シェリルが籠に入った種を、フレイの背中から放り投げる。
 その種はリリが起こした風に乗って、牧場やその周辺にばら撒かれた。
 籠は全部で六個。それぞれ成長のスピードを変えてスキルを使ってある。
 二十四時間後には食べごろに成長するものから、一カ月後にそうなるものまで。

「これでここの牛さんたちも、元気に育ちますね」
「でもユタカ、急にどうしたの?」
「いろいろ家畜のことでお世話になったからな。お礼をしようと思って」

 種を集めるのに三日も掛かったけど。

「さ、帰って寝よう。ふああぁぁ」
「夜じゃなくって、明るいうちにやればよかったじゃない」
「それじゃダメなんだよ。牧場に牛が出てるから、牛の体に種が乗ったら……」
「う、牛さんの背中で発芽しちゃうかもしれませんね」

 それを想像したらホラー映画みたいになったから夜にしようって決めたんだ。





「じ、実はですねユタカ様。折り入ってご相談したいことがございまして」
「ん? どうしたんだ、マリウス」

 チキンホーンの餌やりを終えて戻る途中、マリウスがこう切り出した。
 改まって、どうしたんだ?

 ツリーハウスに戻って、水を一杯飲みながらマリウスの話を聞く。

「その……僕ですね、結婚することにしたんです」
「ぶはっ。げほっげほっ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだ、大丈夫。ごほっ。け、結婚? もしかしてターニャさんと?」
「んなっ!? なな、な、なん、なんでそれをっ」

 こいつ。ターニャさんといい関係だったことを、誰にも知られていないとでも思ったのか?
 交際していたことには気づかなかったけど、俺から見たっていい雰囲気だって分かったぞ。

「じゃ、隣の二階から引っ越すんだ?」
「え、あ、はい。そう、ですね」
「ふーん。おめでとう」
「なんかアッサリしすぎていませんか」
「どうして欲しいんだよ。お前がターニャさんと交際してたのは知ってたしさぁ」
「どうして知ってるんですか!?」

 聞いたから。

「え、マリウスさん、ご結婚されるんですか!?」
「うそうそ。へぇ~」

 ルーシェとシェリルも帰って来て、一気ににぎやかになる。

『ケッコンッテナニ?』
「アス、おかえり。んーとな、結婚っていうのは、家族をもつってことだ」
『マリウスサン、誰カト家族ニナル?』
「そ。ターニャさんとハリュと家族になるんだ。だからアスの家の二階からは出ていくことになる」

 少しアスは考えてから、俯いてしまった。
 マリウスでもいなくなれば寂しいってことか。

「ア、アスくん。ターニャさんの家はすぐご近所ですから、いつでも会えますよ」
『ウン?』
「ん? えっと、僕がいなくなって寂しい……わけじゃない?」
『ダッテハリュノオ家、スグソコダモン』

 あれ?
 じゃあなんで俯いたりしたんだ?

『ユタカオ兄チャントルーシェオ姉チャント、シェリルオ姉チャンモ同ジオ家ニ住ンデルヨネ?』
「あぁ、そうだな」
『ジャ、三人モケッコンシテルッテコト?』

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。

「な。ななな、なに言ってるんだアス!?」
「そそ、そうです。わ、私たちはまだ結婚なんて」
「い、一緒に暮らしてるから結婚してるってわけじゃないのよ、アス」
『ジャ、ボクトモケッコンシテナイッテコト?』

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。

「し、してないな。うん」
「そ、そうですね。アスとは結婚していませんね」
「あ、あのねアス。結婚っていうのは、男女でするものなのよ」
『雄ト雌デ?』
「そう」
『デモルーシェトシェリルハ雌同士ダヨ?』

 アスにはまだ早い話題だよなぁ。

「アス。もうちょっと大きくなってから教えてやろうな」
『ブゥー。子供ジャダメッテコトォ?』
「うん。あ、そうだ。どうしても教えてほしかったら、フレイおじちゃんに聞くといい。ほら、俺たちは人間で、お前はドラゴンだ。種族が違うと考え方も違うだろ? 同じドラゴンのおちゃんに教えてもらえよ」
『ウン! ソウスルゥ』

 困ったフレイの顔が目に浮かぶ。

「ですがユタカ様。そろそろ身を固める時期では?」

 俺にだけ聞こえるように、マリウスがぼそりと呟く。
 それを聞いて顔が熱くなるのを感じた。 

 身を固める……結婚……。
 俺、まだ十七歳……じゅう――あれ?

「そういえば、俺が召喚されてから、そろそろ一年じゃないか?」
「「え?」」
「んー……そういえば。今は十二の月ですね。えぇっと、昨夜の月から計算すると……十一日、ですかね。ユタカ様たちが召喚されたのは十二日ですから……」
「明日で一年!?」

 うわぁ、俺、自分の誕生日のことすっかり忘れてた。
 九月生まれだったんだけどなぁ。
 ってことは十八じゃん。

「ユタカさんがこの世界に来て一年ですか」
「じゃ、私たちと出会って一年ってことでもある?」
「いや、砂漠にポイ捨てされた翌日だから、二人と出会ってからだと明後日だな」

 そっか。もう一年になるのか。
 この世界に来て、二人に出会って、ここで暮らすようにあって。
 細かく言えば数日ズレるけど。

 一年……まだ一年、だよな。
 なんかこの一年は密な時間だったよなぁ。

 俺がこうして生きているのも、二人のおかげと言っても過言じゃない。
 二人に出会っていなかったら、いくらスキルがあっても死んでたかもな。

 結婚……結婚かぁ。