その頃、ドッペルゲンガーはというと――
「こ、ここで会ったが百年目! 大地豊、貴様の悪行もここまでだ!!」
ゾフトス王国最北端の港町へと向かう、街道から離れた小高い山道で変な男に絡まれていた。
「あの者がダイチユタカか?」
変な男に同行していたのは十人ほど。全員が外套を羽織り、フードを目深に被っていた。
その中の一人が同行者に尋ねる。
「そうです、殿下」
「……その呼び方はやめたまえ」
殿下――そう呼ばれたのは言わずもがな、レイナルド・ソードレイ王子だ。
豊に扮したドッペルゲンガーはニタリと笑う。
奴は「殿下」という言葉を聞き逃さなかった。
殿下と呼ばれる者は、どこかの国の王族しかいない。
風が吹けば外套が捲れ、下に着込んだ衣服も見える。
その衣服の生地は上質だし、後ろにいる者たちが腰に下げた剣の鞘は、金銀、そして宝石で美しく装飾されたもの。
あの男は王族に違いない。
そうドッペルゲンガーが確信を持てる素材が揃っていた。
ならばどうするか。
もちろん、殿下と呼ばれた男を食う。
どこのどの国のなんという名の王子か、今分からずとも関係ない。
食ってしまえば、その記憶、人格、全てをコピーして成り代われるのだから。
にしてもだ。
「貴様という存在は日本の、いや、地球の恥だ!」
「そうだそうだ!」
「大人しく俺たちに成敗されろっ」
一歩前に躍り出た三人の男たちは、いったい何を言っているのだろう。
ドッペルゲンガーが首を傾げると、その仕草がさらに三人を苛立たせる。
「しらばっくれるのか! 僕らはこの世界に望まれてやってきた。にも拘わらず、貴様はこの世界を征服しようと砂漠に逃げ込み、国王を傀儡にしてこの国を恐怖で支配しているのだろう!」
「そうして貴様は、数万ものゲルドシュタル王国軍を壊滅させ、多くの兵士の命を奪った!」
「まったく。とんでもねぇ悪党だぜ。なぁ大地よぉ」
それを聞いてドッペルゲンガーは驚愕した。
(なんて悪い人間だ!)
――と。
同時に感動もしていた。
(先輩って呼んでもいいですか!)
この姿の元になった人間に会ったら、弟子にしてもらおうなどとも考えた。
だがこのままでは会うことはできない。
そのためにも目の前の殿下とやらを食べなければならない。
そして、目の前のギャンギャン吠える三人が非常に邪魔だ。
だが三人が醸し出す感情は、実にうまそうなニオイがする。
悪魔は負の感情や邪な感情を好物としている。
(どうやらこの三人、そうとうなワルだな。もしかして先輩の座を狙って、自分たちも世界征服を目論んでいるんじゃないか? だがこの男ども、実力がまったくもってない。なるほどなるほど。あんなちっぽけな砂漠の国を征服する力もないから、先輩が支配したところを横から奪おうってのか。かっかっか。小物だな)
まったくのでたらめだ。
「何とか言ったらどうだ、大地!」
「反論もなしってことかい?」
「ま、どっちにしろ、お前はここで死ぬんだけどなぁ!」
「待ちたまえ!」
三人が武器を手にする。
これまで成り行きを見守っていたレイナルドが、慌てて制しした。
が、三人は王子の言葉を無視して攻撃を開始。
まず先手を切ったのは諸星輝星だ。
杖を掲げ、呪文の詠唱に入った。
「"招来――"」
「黙れ」
たったその一言で、諸星の口から声がでなくなった。
それと同時に、レイナルドの傍に控えていた男が気づく。
「レナルド様。あれは人間ではございません」
「なに?」
「どうやらドッペルゲンガーのようですね」
「そうか。司祭、動きを止められるか?」
「はい。止めるだけならば」
司祭はさっそく呪文の詠唱を行った。
レイナルドは後ろで控える騎士たちを見た。
主の意図を察し、すぐさま騎士も動く。
その動きをドッペルゲンガーも気づく。
『おのれクソ忌々しい神の使いめ!!』
「"――神よ、邪悪なる悪魔を縛りたまえ"」
だが気づくのが遅かった。
高位の司祭が放った戒めも魔法により、わずかに一瞬、ドッペルゲンガーは身動きが取れなくなった。
その隙を見逃すような騎士が、王子の護衛を務めるわけがない。
何が起こったのか理解できていないのは、荒木、伊勢崎、諸星の三人だけ。
『がっ』
豊の首が飛んだ――いや、次の瞬間には変身能力が解け、全身が真っ白の口しかない不気味な存在へと変わっていた。
「ひっ。なな、なんだ!?」
「ゆ、豊がのっぺらぼうになっただと!?」
「どど、ど、どういうこと?」
三人は腰が抜け、その場に座り込んだ。
「ご苦労。まさかドッペルゲンガーが出てくるとは……ダイチユタカは食われたのか?」
「いえ、殿下。対象者を喰らっての変身であれば、シーザー殿たちと再会した時に何かしら反応があるはずです。記憶を引き継いでいるのですから」
「うむ。まったくの初対面のような反応だったね」
「それに、喰らっていたのであれば、変身が解けるのは絶命後、しばらくしてからです」
首を刎ねられたドッペルゲンガーは、すぐさま姿が戻っている。
それはただ姿を真似ただけの変身だ。
「ということは、ダイチユタカは生きているということか」
「まぁドッペルゲンガーに姿を移された後に、不慮の事故などで死んでいない限りは」
「で、殿下!」
「ん、なんだいシーザー殿」
「だ、大地はきっと、ドッペルゲンガーを使ってこの世界を支配しようとしているんです!」
「あー、そうだね。早く彼を止めないとね。さ、行こうか」
ほとんど棒読みでレイナルドは返事をした。
(さっきは砂漠の国の王を傀儡にしてと言っていたのに、今度はドッペルゲンガーか。その都度、自分たちが言っていることがコロコロ変わっていることに気づいているのだろうか?)
呆れた様子でレイナルドは歩き出した。
進む先に砂漠の町がある。
そこに彼――大地豊がいると思うと、レイナルドの顔は自然と緩んだ。
(この三人が口にするダイチユタカと本物のダイチユタカに、それほどの差があるのか楽しみだ)
期待を胸に、レイナルド王子は砂漠に足を踏み入れた。
「こ、ここで会ったが百年目! 大地豊、貴様の悪行もここまでだ!!」
ゾフトス王国最北端の港町へと向かう、街道から離れた小高い山道で変な男に絡まれていた。
「あの者がダイチユタカか?」
変な男に同行していたのは十人ほど。全員が外套を羽織り、フードを目深に被っていた。
その中の一人が同行者に尋ねる。
「そうです、殿下」
「……その呼び方はやめたまえ」
殿下――そう呼ばれたのは言わずもがな、レイナルド・ソードレイ王子だ。
豊に扮したドッペルゲンガーはニタリと笑う。
奴は「殿下」という言葉を聞き逃さなかった。
殿下と呼ばれる者は、どこかの国の王族しかいない。
風が吹けば外套が捲れ、下に着込んだ衣服も見える。
その衣服の生地は上質だし、後ろにいる者たちが腰に下げた剣の鞘は、金銀、そして宝石で美しく装飾されたもの。
あの男は王族に違いない。
そうドッペルゲンガーが確信を持てる素材が揃っていた。
ならばどうするか。
もちろん、殿下と呼ばれた男を食う。
どこのどの国のなんという名の王子か、今分からずとも関係ない。
食ってしまえば、その記憶、人格、全てをコピーして成り代われるのだから。
にしてもだ。
「貴様という存在は日本の、いや、地球の恥だ!」
「そうだそうだ!」
「大人しく俺たちに成敗されろっ」
一歩前に躍り出た三人の男たちは、いったい何を言っているのだろう。
ドッペルゲンガーが首を傾げると、その仕草がさらに三人を苛立たせる。
「しらばっくれるのか! 僕らはこの世界に望まれてやってきた。にも拘わらず、貴様はこの世界を征服しようと砂漠に逃げ込み、国王を傀儡にしてこの国を恐怖で支配しているのだろう!」
「そうして貴様は、数万ものゲルドシュタル王国軍を壊滅させ、多くの兵士の命を奪った!」
「まったく。とんでもねぇ悪党だぜ。なぁ大地よぉ」
それを聞いてドッペルゲンガーは驚愕した。
(なんて悪い人間だ!)
――と。
同時に感動もしていた。
(先輩って呼んでもいいですか!)
この姿の元になった人間に会ったら、弟子にしてもらおうなどとも考えた。
だがこのままでは会うことはできない。
そのためにも目の前の殿下とやらを食べなければならない。
そして、目の前のギャンギャン吠える三人が非常に邪魔だ。
だが三人が醸し出す感情は、実にうまそうなニオイがする。
悪魔は負の感情や邪な感情を好物としている。
(どうやらこの三人、そうとうなワルだな。もしかして先輩の座を狙って、自分たちも世界征服を目論んでいるんじゃないか? だがこの男ども、実力がまったくもってない。なるほどなるほど。あんなちっぽけな砂漠の国を征服する力もないから、先輩が支配したところを横から奪おうってのか。かっかっか。小物だな)
まったくのでたらめだ。
「何とか言ったらどうだ、大地!」
「反論もなしってことかい?」
「ま、どっちにしろ、お前はここで死ぬんだけどなぁ!」
「待ちたまえ!」
三人が武器を手にする。
これまで成り行きを見守っていたレイナルドが、慌てて制しした。
が、三人は王子の言葉を無視して攻撃を開始。
まず先手を切ったのは諸星輝星だ。
杖を掲げ、呪文の詠唱に入った。
「"招来――"」
「黙れ」
たったその一言で、諸星の口から声がでなくなった。
それと同時に、レイナルドの傍に控えていた男が気づく。
「レナルド様。あれは人間ではございません」
「なに?」
「どうやらドッペルゲンガーのようですね」
「そうか。司祭、動きを止められるか?」
「はい。止めるだけならば」
司祭はさっそく呪文の詠唱を行った。
レイナルドは後ろで控える騎士たちを見た。
主の意図を察し、すぐさま騎士も動く。
その動きをドッペルゲンガーも気づく。
『おのれクソ忌々しい神の使いめ!!』
「"――神よ、邪悪なる悪魔を縛りたまえ"」
だが気づくのが遅かった。
高位の司祭が放った戒めも魔法により、わずかに一瞬、ドッペルゲンガーは身動きが取れなくなった。
その隙を見逃すような騎士が、王子の護衛を務めるわけがない。
何が起こったのか理解できていないのは、荒木、伊勢崎、諸星の三人だけ。
『がっ』
豊の首が飛んだ――いや、次の瞬間には変身能力が解け、全身が真っ白の口しかない不気味な存在へと変わっていた。
「ひっ。なな、なんだ!?」
「ゆ、豊がのっぺらぼうになっただと!?」
「どど、ど、どういうこと?」
三人は腰が抜け、その場に座り込んだ。
「ご苦労。まさかドッペルゲンガーが出てくるとは……ダイチユタカは食われたのか?」
「いえ、殿下。対象者を喰らっての変身であれば、シーザー殿たちと再会した時に何かしら反応があるはずです。記憶を引き継いでいるのですから」
「うむ。まったくの初対面のような反応だったね」
「それに、喰らっていたのであれば、変身が解けるのは絶命後、しばらくしてからです」
首を刎ねられたドッペルゲンガーは、すぐさま姿が戻っている。
それはただ姿を真似ただけの変身だ。
「ということは、ダイチユタカは生きているということか」
「まぁドッペルゲンガーに姿を移された後に、不慮の事故などで死んでいない限りは」
「で、殿下!」
「ん、なんだいシーザー殿」
「だ、大地はきっと、ドッペルゲンガーを使ってこの世界を支配しようとしているんです!」
「あー、そうだね。早く彼を止めないとね。さ、行こうか」
ほとんど棒読みでレイナルドは返事をした。
(さっきは砂漠の国の王を傀儡にしてと言っていたのに、今度はドッペルゲンガーか。その都度、自分たちが言っていることがコロコロ変わっていることに気づいているのだろうか?)
呆れた様子でレイナルドは歩き出した。
進む先に砂漠の町がある。
そこに彼――大地豊がいると思うと、レイナルドの顔は自然と緩んだ。
(この三人が口にするダイチユタカと本物のダイチユタカに、それほどの差があるのか楽しみだ)
期待を胸に、レイナルド王子は砂漠に足を踏み入れた。


