「じゃ、お香に火を点けるよ」
嫌な感じにドキドキしながら、作ったばかりのお香に火を付ける。
このお香はアスのお袋さんが好きだった、大地の木の葉っぱから作っている。
葉っぱには大地の大精霊の力を注ぎ、風の大精霊の力で乾燥させ、水の大精霊の力が注がれた水で練り上げ形にしたものだ。
このお香のニオイを悪魔は嫌う。
バフォおじさん曰く、
「ニオイで殺せるとか、そんなもんじゃねえ。ただ嫌いなんだよ。ものすんげぇな。その場から逃げたくなるぐれぇに。だから変身能力を持った悪魔をあぶりだすには、ちょうどいいのさ」
ってことで、バフォおじさんは一緒じゃない。
草の時点ではなんともないらしいけど、水で練ってる段階でもう嫌な顔してたもんな。
「バフォおじさんは見抜けないのかしら?」
「見抜けるって言ってたよ。ある程度の距離まで近づけば、いるのもわかるって。でもそれは相手も同じ。向こうは気配を感じたら逃げればいいけど、こっちは顔を見るまではピンポイントでこいつだとは言えないんだってさ」
「逃げる側の方が有利なのですね」
『コレボクガ持ッテレバイイノォ?』
「あぁ。頼むよアス」
最後に、お香を燃やすための火は、炎の大精霊の力がいる。
炎の大精霊とは契約していない。
だけどフレイの炎は、大地の大精霊が持つ炎と似た性質らしい。
フレイは火の神の眷属にあたるようで、その炎は聖なる炎だという。
彼が神の眷属ねぇ。
うさんくさいなぁとか思ってたら、バフォおじさんが「上位のドラゴンは何かしらの神の眷属なんだよ」と教えてくれた。
しかもフレイは直接のではなく、二世か三世だって。
確かフレイって千歳になるかどうかぐらいだったよな。
で、フレイの炎で種火を作り、その種火はアスがずっと持っていた。
アスは……フレイの息子だから、半分は火の眷属だ。
種火が穢れないよう、アスが持っているのは一番だろうってフレイが言ったから。
そしてお香を入れた器も、アスに持たせている。
アスは自分が指名されて喜んでいた。
これで悪い悪魔を見つけられるからって。
お香を持って真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだ。
ドッペルゲンガーが水没神殿を出たなら、おそらく冒険者の誰かに成り代わって町に入っているはず。
嫌なのは、ギルドマスターを食べたり……してないかってことだ。
ギルドマスターに成り代わってたら、面倒なことになる。
「こんにちはぁ」
緊張のせいか、声が少し上ずってしまった。
俺が受付スタッフに声を掛けると、彼女は青ざめた顔で奥へと走って行ってしまった。
な、なにかあったのか?
まさか……既にギルドマスターはドッペルゲンガーに……。
そんで俺たちが邪魔だから、来たらすぐに知らせろとかなんかあるんじゃ。
奥から出てきたのは、怒りの形相のギルドマスターだ。
くっ。やっぱりか。
「アス、お香だ」
『ウン。悪イ悪魔、デテコォーイ』
「誰が悪魔だ! おぅおぅ、ユタカよぉ。てめぇはよくものこのこと」
ん?
お香のニオイを嫌がってない?
怒ってはいるけど、ずんずんこっちに来てるし。
「ギ、ギルドマスターさん。どうなさったのですか?」
「どうもこうもあるか! 無銭飲食にスリ、詐欺、器物破損、暴行、そして痴漢!」
「え?」
何を言っているんだ?
「昨日一日でてめぇがやらかした悪行だ!」
……え。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!?」
「ま、待ってくださいっ。昨日一日って、ユタカさんは昨日はずっと私たちと一緒でしたよ?」
「そ、そうよっ。町へ来たのは一昨日で、作業場から港の建設現場、それから水没神殿にいって、直ぐに渓谷の村に飛んで帰ったわ。昨日もずっと村でこのお香を作ってたんだからっ」
「は? だったら昨日のユタカはなんだってんだっ」
昨日の俺……町に現れた……ま、まさか。
いやいや、俺はここにいるし、脳みそだって食べられてないぞ。
え?
実は俺って既にドッペルゲンガー?
『バフォ君、言い忘れてたんだねぇ』
「うぉ!? ベヒモス」
『君つけてくれないなら、ボク消えちゃうもぉん』
『ではわたしが説明しよう』
『あー、ジンくぅん』
この仲良しこよしどもめ。
『ジン、教えてくれ』
「おい、ユタカ!」
「ギルドマスターも聞いてくれ。幸い、ここに奴はいないようだし」
「奴だと?」
『聞け、人間。わたしは風の大精霊ジンだ。これより大事な話をする』
「だ、大精霊……さま」
大精霊が出てきたことで、ギルドマスターはようやく落ち着いたようだ。
まぁまだ怒ってるっぽいけど。
「それで、ジン」
『うむ。ドッペルゲンガーは、ただ姿を似せるだけなら対象を喰らわずともできる』
「それって、変身能力があるってこと?」
『そうだ。姿を似せるだけで、本人とは似ても似つかないものになるだけ。手ごろな獲物を物色する間、本能で悪事を行ってしまうのだよ』
「お、おい……ドッペルゲンガーって、なんの話だ?」
「あ、あぁ、それは」
『主らが迷宮に入ってからしばらくして、地下深くに魔界へと通じる扉が開いたのだ』
ジンが適当に話をでっちあげてくれたから助かったよ。
その扉からドッペルゲンガーが出てきた――ってことになった。
まぁそこは本当のことなんだけどな。
「ドッペルゲンガーつったら、上位悪魔じゃねえか」
『そうだ。おそらく、水の神殿付近をうろちょろしているユタカを見て、姿を真似たのだろう』
「そんで町に入った……か」
「俺たちはもしかしてギルドマスターがと思って、それでこれを持って来たんだ」
「なんだ、そりゃ」
「悪魔が嫌うニオイなんだってさ。悪魔はこのニオイから生理的に逃げ出したくなるらしくて、炙りだせると思うんだ」
と、バフォおじさんから聞いた言葉をそのまま繰り返す。
けどギルドマスターじゃなかったとしたら、他に狙われるとすれば――
「ドッペルゲンガーの狙いは、町長だな」
急いで町長の家に行くぞ!
嫌な感じにドキドキしながら、作ったばかりのお香に火を付ける。
このお香はアスのお袋さんが好きだった、大地の木の葉っぱから作っている。
葉っぱには大地の大精霊の力を注ぎ、風の大精霊の力で乾燥させ、水の大精霊の力が注がれた水で練り上げ形にしたものだ。
このお香のニオイを悪魔は嫌う。
バフォおじさん曰く、
「ニオイで殺せるとか、そんなもんじゃねえ。ただ嫌いなんだよ。ものすんげぇな。その場から逃げたくなるぐれぇに。だから変身能力を持った悪魔をあぶりだすには、ちょうどいいのさ」
ってことで、バフォおじさんは一緒じゃない。
草の時点ではなんともないらしいけど、水で練ってる段階でもう嫌な顔してたもんな。
「バフォおじさんは見抜けないのかしら?」
「見抜けるって言ってたよ。ある程度の距離まで近づけば、いるのもわかるって。でもそれは相手も同じ。向こうは気配を感じたら逃げればいいけど、こっちは顔を見るまではピンポイントでこいつだとは言えないんだってさ」
「逃げる側の方が有利なのですね」
『コレボクガ持ッテレバイイノォ?』
「あぁ。頼むよアス」
最後に、お香を燃やすための火は、炎の大精霊の力がいる。
炎の大精霊とは契約していない。
だけどフレイの炎は、大地の大精霊が持つ炎と似た性質らしい。
フレイは火の神の眷属にあたるようで、その炎は聖なる炎だという。
彼が神の眷属ねぇ。
うさんくさいなぁとか思ってたら、バフォおじさんが「上位のドラゴンは何かしらの神の眷属なんだよ」と教えてくれた。
しかもフレイは直接のではなく、二世か三世だって。
確かフレイって千歳になるかどうかぐらいだったよな。
で、フレイの炎で種火を作り、その種火はアスがずっと持っていた。
アスは……フレイの息子だから、半分は火の眷属だ。
種火が穢れないよう、アスが持っているのは一番だろうってフレイが言ったから。
そしてお香を入れた器も、アスに持たせている。
アスは自分が指名されて喜んでいた。
これで悪い悪魔を見つけられるからって。
お香を持って真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだ。
ドッペルゲンガーが水没神殿を出たなら、おそらく冒険者の誰かに成り代わって町に入っているはず。
嫌なのは、ギルドマスターを食べたり……してないかってことだ。
ギルドマスターに成り代わってたら、面倒なことになる。
「こんにちはぁ」
緊張のせいか、声が少し上ずってしまった。
俺が受付スタッフに声を掛けると、彼女は青ざめた顔で奥へと走って行ってしまった。
な、なにかあったのか?
まさか……既にギルドマスターはドッペルゲンガーに……。
そんで俺たちが邪魔だから、来たらすぐに知らせろとかなんかあるんじゃ。
奥から出てきたのは、怒りの形相のギルドマスターだ。
くっ。やっぱりか。
「アス、お香だ」
『ウン。悪イ悪魔、デテコォーイ』
「誰が悪魔だ! おぅおぅ、ユタカよぉ。てめぇはよくものこのこと」
ん?
お香のニオイを嫌がってない?
怒ってはいるけど、ずんずんこっちに来てるし。
「ギ、ギルドマスターさん。どうなさったのですか?」
「どうもこうもあるか! 無銭飲食にスリ、詐欺、器物破損、暴行、そして痴漢!」
「え?」
何を言っているんだ?
「昨日一日でてめぇがやらかした悪行だ!」
……え。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!?」
「ま、待ってくださいっ。昨日一日って、ユタカさんは昨日はずっと私たちと一緒でしたよ?」
「そ、そうよっ。町へ来たのは一昨日で、作業場から港の建設現場、それから水没神殿にいって、直ぐに渓谷の村に飛んで帰ったわ。昨日もずっと村でこのお香を作ってたんだからっ」
「は? だったら昨日のユタカはなんだってんだっ」
昨日の俺……町に現れた……ま、まさか。
いやいや、俺はここにいるし、脳みそだって食べられてないぞ。
え?
実は俺って既にドッペルゲンガー?
『バフォ君、言い忘れてたんだねぇ』
「うぉ!? ベヒモス」
『君つけてくれないなら、ボク消えちゃうもぉん』
『ではわたしが説明しよう』
『あー、ジンくぅん』
この仲良しこよしどもめ。
『ジン、教えてくれ』
「おい、ユタカ!」
「ギルドマスターも聞いてくれ。幸い、ここに奴はいないようだし」
「奴だと?」
『聞け、人間。わたしは風の大精霊ジンだ。これより大事な話をする』
「だ、大精霊……さま」
大精霊が出てきたことで、ギルドマスターはようやく落ち着いたようだ。
まぁまだ怒ってるっぽいけど。
「それで、ジン」
『うむ。ドッペルゲンガーは、ただ姿を似せるだけなら対象を喰らわずともできる』
「それって、変身能力があるってこと?」
『そうだ。姿を似せるだけで、本人とは似ても似つかないものになるだけ。手ごろな獲物を物色する間、本能で悪事を行ってしまうのだよ』
「お、おい……ドッペルゲンガーって、なんの話だ?」
「あ、あぁ、それは」
『主らが迷宮に入ってからしばらくして、地下深くに魔界へと通じる扉が開いたのだ』
ジンが適当に話をでっちあげてくれたから助かったよ。
その扉からドッペルゲンガーが出てきた――ってことになった。
まぁそこは本当のことなんだけどな。
「ドッペルゲンガーつったら、上位悪魔じゃねえか」
『そうだ。おそらく、水の神殿付近をうろちょろしているユタカを見て、姿を真似たのだろう』
「そんで町に入った……か」
「俺たちはもしかしてギルドマスターがと思って、それでこれを持って来たんだ」
「なんだ、そりゃ」
「悪魔が嫌うニオイなんだってさ。悪魔はこのニオイから生理的に逃げ出したくなるらしくて、炙りだせると思うんだ」
と、バフォおじさんから聞いた言葉をそのまま繰り返す。
けどギルドマスターじゃなかったとしたら、他に狙われるとすれば――
「ドッペルゲンガーの狙いは、町長だな」
急いで町長の家に行くぞ!


