「おぉぉぉ! 牛乳だっ」

 牧場体験、仔牛の出産を終え、生まれた仔牛を成長させ、そして――牝牛の乳しぼりができるようになった。

「十日間の牧場体験で、ずいぶんうまくなるもんだなぁ」
「コツを教えて貰って、何度も練習したからねぇ」
「あたしもできるんだよぉー」

 確かジェニーだったかな。十二歳の娘さんが乳を搾ると、ジョバーっと勢いよく出た。

「おぉ、うまいうまい」
「ほんと。ユタカより上手よね」
「そうそう――って、シェリルぅ」
「えへへ。早く他の子もお乳出るようになればいいのになぁ」
「だなぁ」

 そういや牛って、乳牛と肉牛で違うんだっけか。
 牡牛は種牛がいればいいんだろうけど、生まれた仔牛が雄だったら肉行きか。
 とはいえ、牝牛がどんどん増えても仕方ないし。

 乳牛用と肉牛用でわけなきゃなぁ。

「さて、じゃ町に行くか」
「そうね。ジェニー、お父さんのお手伝い、しっかりね」
「うん。いってらっしゃい、ユタカお兄ちゃん、シェリルお姉ちゃん」

 前回町に行ってから一カ月ぐらい経っている。
 そろそろ木材の補充が必要だろうからってのと、進捗を見たいと思って。

「おーい、ルーシェ。行くぞぉ」
「あ、は~い。アスちゃん、ルル、リリ、ユユ、行きますよ」
『ハ~イ』
『バフォおじさんも行くって言ってたよぉ』
「バフォおじさんも?」

 もしかして、シーサーペント漁か?
 さすがにあんなデカいの、そうそういないだろう。

 渓谷の外には牧場ができたのもあって、アスのお袋さんが眠る桜の丘に行くことにした。
 一時間ほどかけて丘まで行くと、バフォおじさんが既に。

「お、来たか。今回は俺も連れて行ってくれ」
「まさかシーサーペント漁じゃないだろうな」
「シーサーペント? おぉ、それもいいなぁ」

 あれ? 違うのか。

「オレぁな、迷宮に用があんだ」
「迷宮に?」
「おう。まぁ道中話そうや」

 ってことで砂船をインベントリから出して乗り込む。
 ルーシェたちには船室に入ってもらって、俺とバフォおじさんだけ甲板で話をした。

「お前ぇらが迷宮の扉を開けた時にな、ちーっと懐かしい気配を感じたのさ」
「懐かしい? ってか、おじさん、迷宮にいた訳じゃないのに気配を感じたってどういうことだ?」
「そりゃお前ぇ、オレぐれぇになるとわかるもんさ」

 おじさんぐらいに?
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ あ。
 そっか。おじさん、バフォメットだったんだ。
 いやぁ、忘れてた忘れてた。ははは。

「って、じゃああの迷宮って、悪魔がいるのか?」
「あぁ。まぁ浅い層じゃねえだろうがな。たぶんそいつぁドッペルゲンガーだ」
「うぁあ」

 ドッペルゲンガーかぁ。こいつも上位悪魔だろうなぁ。

「おじさんとドッペルゲンガーって、どっちが格上?」
「ベヘェ。それを聞くかぁ? まぁドッペルゲンガーとバフォメットなら、バフォメットの方が上だけどよぉ」
「なぁフレイ。客観的に見てどうなんだ?」
『そやつの言う通りだ。だがどちらがより長く生きているかにもよる』

 同じ種であっても、より長く生きている方が強い。
 ドッペルゲンガーでも、めちゃくちゃ長生きしていればバフォメットを上回る……と。

「迷宮は五、六百年ぐらい閉ざされていたっていうし、最低でもそれ以上生きてるってことだよな……おじさん、何歳なんだ?」
「あたいの年齢を聞くなんて、失礼ねっ」
「雄だろ」
「ベヘェ。ちーっと待ってろ、思い出すから」

 思い出さなきゃいけないような年齢なのか。

「あー……えーっと……お、二六六七歳だ。お前ぇと出会ったのが二六六六歳だったんだよなぁ。ベェーッヘッヘッヘ」

 ……めっちゃじーさんじゃん!
 いや、二六六七歳って、フレイよりも遥かに年上じゃないか。

「ドッペルゲンガーって、おじさんより年上だと思うか?」
「直接見てみねぇとなぁ」
「じゃあ質問を変えて、おじさんより歳いってる悪魔って、いるのか?」
「そりゃいるさ。デーモンロードとかな」

 そんなのが出てきたら、砂漠はお終いだろうな。

「でもなんで迷宮なんかに。そのドッペルゲンガーって、ダンジョンモンスターなのか?」
「いや、ちげぇよ。オレら悪魔ってのはな、魔界にいんだよ。こっちに来るには扉を繋げなきゃならねぇんだが、その扉ってのが迷宮に繋がりやすくってよ。かく言うオレも、こっちに来たのは迷宮に繋がった扉からだ」
「へぇ」
「まぁそんなわけでよ、ダンジョンモンウターと違って、悪魔は自由に迷宮を出入りできる」
「うんうん」
「でだ、ドッペルゲンガーが迷宮を出たら、どこに行くと思う?」

 どこって……えぇっと?

「あいつはな、人間の脳を食って、食った相手の姿に化けて成り代わる」
「……うぇ」
「まぁオレとしては、町の人間の誰が食われようが知ったこっちゃねえが、たいてい権力者を狙いやがるからなぁ」

 権力者……町長とかかな?
 あの人は権力者っていうより、まとめ役って感じだけど。
 それでも町長が殺されてドッペルゲンガーになるのは困る。

「町のえれぇ奴に成り代わって、徐々に人間ども食っていくんだよ。せっかく港だなんだの造り始めてんのに、それじゃ困るだろ」
「あー、うん。え、もしかしておじさん、俺のためにその迷宮に行くのか?」

 そう尋ねると、おじさんは固まった。
 そして咳払いをして、

「ち、ちげーしっ。オ、オレぁ……迷宮に行ってみてぇだけだぜ。ンベェ」

 いやいや。これまでの話の流れだと、それしかないだろ。
 なんで照れる必要があるんだよ。

 ま……ありがとな、おじさん。