「町長は生きてるか?」

 ギルドマスターの案内で訪れた町長宅。
 呼び鈴鳴らして出てきた人に対し、ギルドマスターのこの言いよう。

「生きてはいますが、頭は抱えられているでしょうね。ギルマス様、後ろの方々は?」
「あぁ、実はこいつらが港を作りてぇってな」
「港……でございますか?」

 初老の執事風の人が、俺たちをじぃーっと観察するように見た。
 目を止めたのはマリウスの従兄のゼブラさんのところだ。

「商人、でございますか?」
「はい。ゲルドシュタル王国を中心に商いを行っております、ストッカー商会の者です」
「砂漠でご商売を?」
「はい。このマリウスはわたしの従弟でして。彼が砂漠の集落で暮らしているのですが、ここでは内陸では手に入らない物がたくさんございます。そしてここには内陸でしか手に入らない物がたくさんございます。それは互いの利益につながるものだと思いまして」

 まさにその通りだ。
 執事風の人も気になったのか、頷くような仕草をした。

「旦那様の助けになるかもしれませんし、執務室の方へと押しかけてください」
「おう」
「え? お、押しかける?」

 首を傾げる間もなく、ギルドマスターがずかずかと屋敷に入って行ってしまった。
 俺たちは顔を見合わせ、その後を追う。
 一階奥の部屋に向かったギルドマスターは、ノックもしないで部屋の扉をバンっと開けた。

「邪魔するぜ町長。お、これはこれは水の大神殿の神官方ではないですか。いやぁ、いるとは知らなかったもんでよぉ、悪いねぇ」

 うわぁ、なんて大嘘つきだ。
 まぁ俺たちもいろいろと人のこと言えないけどさ。

「お、おぉ、ギルドマスター。どうした? ん? なにかあったかな? もしかしてサンゴの密漁者か!? クラーケン様のサンゴ礁を荒らす不届き者がいたのか! ん?」

 なんか町長、嬉しそうだ。
 部屋の中には町長の他にも三人いた。全員が上から下まで真っ白な、砂漠の民族衣装っぽいものを着ている。顔も布で隠していて、口元しか見えない。

「話があるのなら後にしろ。今は我らが町長と話をしている最中である」
「こっちも大事な話があるんだよ」
「なんだと! たかが冒険者ギルドのマスター風情が、水の大精霊様の使者である我らにたてつくか! それが何を意味するのか、わかっておるのだろうな」
「貴様らの不敬が、雨量を減らしていたのだとわからぬのか!」
「我らが祈り、大精霊様に願ったからこそ、再び雨が降り始めたのだ。神殿に敬意を払え!」

 何言ってるんだろうな、この連中。
 
 初めて俺たちが町に来た時は、雨がしばらく降ってないって話を食堂で聞いた。
 それはアクアディーネが神殿から出て行ったからだけど、それだけじゃない。
 神殿に閉じ込められ、力を奪い続けられたアクアディーネの仕返しだったんだ。

 アクアディーネを怒らせたのは、まさにお前たちなのに。

 あと、大精霊の使者だとか言ってるけど、こいつら全然見えてないよな。

 三人の目の前で仁王立ちしている、手のひらサイズの水の大精霊を。

『アクアちゃん、怒っちゃってるね』
『致し方あるまい』

 足元のウリ坊、そのウリ坊の頭に座ったミニジン。
 二人の小さなため息も聞こえてくる。

「もう何百年も昔のことだし、水の大精霊を騙した張本人はこの世にいないんだろうけど、その件とかって今の神官たちは知ってるのか?」

 気になったことをぶっちゃけて聞いてみた。
 神官たちの口が真一文字に結ばれ、明らかに動揺が走る。

 あ、こりゃ知ってそうだな。

「な、なにを言うか小僧!」
「我らの尊師が大精霊様を騙すなど、あるわけなかろう! 尊師は大精霊様と共に力を合わせ、この砂漠の町に潤いを与え続けてきたのだっ」
「そのような大それた嘘を、いったいどこのどいつから聞いたっ」
『アタシよ』

 突然、アクアディーネの色が濃くなった。

『今ね、アクアちゃんの姿、みんなに見えるようになってるんだよ』
「あ、そうなんだ」

 ただ手のひらサイズのままだからか、神官たちはいまいち気づいていない。
 声だけがしたから、キョロキョロしている。

『ここよ、ここ』
「ん、んおああぁぁっ!?」
「なな、な、なんだこれはっ」

 アクアディーネは少し大きくなった。身長五〇センチぐらいに。

『アタシが水の大精霊、アクアディーネよ』
「み、水の? は、はは、な、なにを言っているんだ」
「そ、そうだ。水の大精霊様が、こんなちんちくりんなわけあるか!」

 アクアディーネは顔に笑みを浮かべている。
 うん、あれは怒ってるなぁ。

『ちん、ち、くりん……ですってぇぇ』

 ごごごごごごごっていう効果音が聞こえてきそうだ。
 かわりに水の体がぼこぼこと沸騰しはじめ、そして少女の姿から大人の女性へと変貌した。
 そのサイズは人間と同サイズに膨れ上がっている。

『これでおわかりかしら? 私《わたくし》が水の大精霊、アクアディーネだということを』

 返事がない。
 ただの屍……ではなく、魂が抜けたように呆けている。

「だ、大精霊様、ですか? 水の大精霊……」
「んな、え? さっきのちっせぇのが、このべっぴんだってのか?」

 先に声を出したのは町長とギルドマスターだ。
 マスターのべっぴん――という言葉に機嫌をよくしたのか、アクアディーネはギルドマスターに微笑みかけた。

『んっふ。正直者は嫌いじゃないわよ』
「ふぉおおぉ」

 おいおい、誘惑してんじゃねぇよ。

「だ、だい、だだ、だい、み、」
「水の、だい、大精霊!?」
『そうです。数百年前、そなたらの言う尊師に騙され、神殿の地下で力を奪い続けられた水の大精霊ですわ』
「「ひっ!」」

 三人は肩を抱き合い、その場でがくぶると震えだした。

『お前たちが町へ来たのは、水没した神殿の件でしょう?』
「え、水没?」 

 どういうこと?

『だってこの者らは雨をずぅぅーっと願っていたのですもの。だから百年分の雨を大サービスしてあげたんですわ』

 ひゃ、百年分!?

 アクアディーネさん……実はしっかり復讐していたんだな。