「はっけよーい、のこった!」
「やーっ」
「とぉーっ」

 気合を入れた俺の声を合図に、なんとも気の抜ける子供たちの雄叫びが響く。

 子供相撲大会を開くぞ――とアナウンスして一週間後の今日、開催となった。
 北の集落からはダンダを含めて三人。最年長は十三歳の男の子だ。
 ここは十四歳以上の子が多く、俺と同年のヤツもいた。
 そしてここには……ルーシェとシェリルの夫候補だっていうのもいて、それを聞いて心配だったんだけども――。

「彼がネルドさんです」
「隣の子が奥さんのメリアですって」
「……二人の夫候補だったんじゃ……」
「ネルドの妹とメリアが同じ歳で、メリアのことも妹して接していたらしいんだけど」
「成長するにつれて意識するとうになったそうなんです」

 ルーシェたちとの結婚話は二年前ぐらいに出ていたそうで、その時はメリアのことをまだ「妹」だと思っていたそうだ。
 だから「外の子と結婚したい」とネルドも言っていたそうだ。
 でもこの二年で気持ちが変わり、大雨が降る直前に二人は結婚したそうな。

 十八歳で結婚かぁ。

 ――とまぁ、回想シーン終わり。

「押し出し、ハリュの山の勝ちぃー」
「うわぁーい」
「ハリュくん、おめでとうございますっ」

 四歳vs四歳の勝負で白星を飾ったのは、ハリュだった。
 凱旋するハリュに拍手を送る大人たちだが、その中でもひときわ大きな拍手をしているのはマリウスだ。

 ふっ。
 俺は知っている。

 最近、マリウスはハリュの母親ターニャさんとちょっといい雰囲気になっているってことを。
 マリウスが騎士と一緒にここへ攻めてきたとき、敗北して打ちひしがれる彼に野菜を手渡した母子こそが、ターニャさんとハリュだ。
 ターニャさんは旦那さんを亡くされていて、ひとりでハリュを育てている。
 男手が必要になることも多く、そんな時はマリウスが進んで手伝っていた。
 まぁ体力も筋力もないマリウスは、最初こそまったく役に立ってなかったけど。
 でも何カ月も砂漠で暮らしていると、俺のスキルなしでも成長するもんだ。
 今ではそこそこ役に立っているらしい。

 頑張れマリウス。
 貴族の令嬢に婚約破棄されたらしいけど、まだまだ幸せになれるチャンスは残っているぞ!

「さて、次の取り組みはぁー……ぁぁ」

 ある程度年齢別になるようクジで決めたんだけど、こんな早くに当たることになるとはなぁ。

「にぃしぃ~、エディ~里ぉ。ひがぁし~、ダンダのぉ山ぁ」
「頑張れぇ、エディー」
「ダンダさん、そんな奴やっつけちゃってください!」

 うん。応援の声でも、ダンダが来たの集落でどんなポジションだったのかよくわかるな。
 ダンダさんって呼んでるの、年上の十三歳の子だし。
 
 相撲のルールを教えて練習してもらうために、アナウンスから開催までを一週間とった。
 エディはその間に猛特訓し、ダンダはいつものように小さい子のオモチャを取り上げ、練習なんて一度もしていない。
 父親の方はこの前のこともあるし、時々、いやほぼ毎日やってくるフレイにめちゃくちゃ怯え、すっかり大人しくなった。
 息子のことも叱るようになっていたけど、まぁあの年齢の子供だ。いくら父親が怒ってもその場だけしゅんっとして、親がいなくなればさらに暴れ出す始末。
 周りの大人も注意するが、聞く耳は持たなかった。
 だからって大人が子供に対して手を上げる訳にはいかない。それは親だけが許される行為だ。
 でも――

 普段自分がバカにして見下している相手からこてんぱんに負けるとどうなるか。

「ふふ、楽しみね」
「そうですね。エディは見た目こそ、あのダンダくんより小さいですが」
「でもあれでなかなか、力があるのよね」
「えぇ。ユタカさんが来てから、めきめき体力と筋力がついてますから」
「俺が関係してるみたいな言い方?」

 にこにこ微笑むルーシェとシェリルの後ろから、エディの父親であるオーリがやって来た。

「君が来てから毎日三食、しっかり食べられるようになったからね。野菜の種類も増えて、栄養のバランスも良くなったのさ。それで子供たちは十分な体力がつき、体力があれば体を使った遊びも増えてくる」
「ユタカくんが来る以前より、みんな肉付きが良くなったでしょう? 増えた分は筋肉なのよ」

 っと奥さんのエマさんもやって来て、にこにこしながら言う。

 ガリガリだった体に、そのまま筋肉が上乗せされたってことだ。
 子供たちは毎日走り回り、キノコ階段を上ったり下りたり、そして仔ヤギとかけっこ。
 更に毎日畑仕事も少し手伝ってくれている。
 体力、筋力がつかない訳がない。

 だからこの勝負、勝つのはエディだと思っている。

「はっけよーい……のこった!!」
「がはははははは。吹っ飛ばしてや――」

 ルールを教えても相撲の練習を一度オしなかったダンダは、立ち合いで背筋を伸ばし、普通に立っていただけ。
 そこへ、腰を下ろして頭から突っ込んで行ったエディ。
 ズボンの上から長い布を包帯のようにぐるぐる巻いただけの回しをエディが掴み、そして――

「上手投げ! エディ里の勝ちぃー!!」
「ぃよっしゃー!」

 勝負は一瞬だった。
 突っ立った状態のダンダの回しを掴むと、エディはそのまま投げた。
 ダンダは土俵から転がり落ちて、そのまま目を丸くしている。
 だ、大丈夫か?

 お、エディが降りて行ったぞ。
 そうそう、ここで手を差し出して、お互い仲良くやろうぜって――

「体が大きくても、てんで弱いじゃん」

 そうじゃないだろぉぉぉぉぉ!

「な、なんだとチビ!」
「そのチビに負けたのは誰だよぉ」
「も、もう一回勝負しろっ」
「いいよぉ」

 その後、リベンジ戦が始まって――

 エディが三戦三勝。
 だがこれで納得しないのがダンダである。

「おい、そこのチビ! 俺と勝負しろっ」

 と、今度はドリュー族の子供たちに八つ当たりしはじめた。
 ドリュー族は大人でもダンダより小さい。その子供となれば、余裕で勝てると思ったんだろうなぁ。

 でもなダンダ――

「のこった!」
「うおおぉ――うわぁぁぁ」

 ・
 ・

「のこったのこった」
「とぉ」
「ぐええぇぇぇ」

 ・
 ・

「のこった」
「えい」
「んげぇぇぇぇ」

 九歳のトミーはもちろん、八歳の女の子マリルにまで、ダンダは勝てなかった。
 当たり前だ。
 ドリュー族は穴掘り名人。穴を掘るって、力いるんだぜ?

 体を特に鍛えているわけでもないドリュー族が、苦労しないで穴掘りしてるってのは、種族として人間寄り高い筋力を持っているという事。
 体が小さくても、女の子でも強いんだよ。
 
 彼らが戦闘を得意としないのは、俊敏に動けないから。

「体は大きいのに、弱いモググ」
「私より弱ぁいモググ」
「あんまり言ったらかわいそうモググよ」
「う、うわあぁぁぁんっ」

 あぁ、ダンダのやつ泣いちゃったよ。

 結局彼は全敗して、ついには負けを認めた。 

 なんかこれじゃない最終的には落ち着くところに落ち着いたのかもしれないけど、これじゃない感が……。
 ま、いいか。