「おぉ、卵だ!」

 雌鶏たちは三日、卵を産まなかった。
 集落のみんなは、もう卵を産まないんじゃないかって少し心配しているようだった。
 が、産まれた。

「また卵食べられるのか、兄ちゃん?」
「ボクスクランブルってのがいいモググゥ」
「ダメダメ。この卵は孵化させて、鶏を増やすんだから」
「「えぇーっ」」

 卵が待ち遠しかった子供たちは、毎日鶏牧場に訪れていた。
 万が一のこともあるし、子供たちだけで近づくんじゃないっって言ってたんだけどな。
 まぁそこはバフォおじさんがしっかり監視してくれていたし、アスも一緒にいることが多かったからいいけど。

 鶏たちはモンスターとは思えないほど大人しかった。
 バフォおじさんやフレイ曰く、こいつらは鶏頭――ではないらしい。
 案外知能が高く、そのうえ草食だから基本は人に対して中立。
 餌をくれるとわかれば協力的だとさ。

「さて、じゃ成長させるか」
『コケ?』
「あー……アスゥ」
『ハァイ』
「バフォおじさんが子供の相手してるし、ちょっと通訳頼めるか?」
『イイヨォ。何オ話スル?』

 ますは俺のスキルのことからだ。まぁ簡潔に、成長を早くするスキルだと伝えて貰った。
 それから卵をすぐに孵化させたいとも。

「いいかな?」

 通訳といっても、こっちの言葉は理解してくれている。
 鶏の言葉をアスに通訳してもらうだけだ。

『ヨクワカラナイカラ、一個ダケヤッテミテッテ』
「よし。じゃやるぞ――"成長促進"」

 すぐに卵が動き出し、ピシピシとヒビが入る。

「あ、産んだのですね」
「わぁ、みるみる。鶏の赤ちゃんって、どんなのかしら」

 ルーシェとシェリルもやってきて、今まさに孵化しようとする卵を見守った。
 土の上に置いた卵を、母雌鶏が嘴で少しだけ突く。そのあとは何もしない。

「最後まで割ってやればいいじゃないか」
『コ、コッコココ』
『ンーットネ、自分デ殻ヲ割ッテ生マレヨウトシナイ子ハ、生キテイケナインダッテ。生キタイトイウ強イ意志ガ必要ッテ。生キテ欲シイカラ、割ラナイノガ親ノ愛情ッテ』

 甘やかさないのが親の愛情、か。
 生きるか死ぬかの世界じゃ、そういう愛情も大切なんだろうな。

 卵のヒビが次第に大きくなっていくと、子供たちから「頑張れっ」というエールが。
 自然とこっちも拳を握って、心の中で頑張れと応援を送っていた。
 
 腕にポカポカした感触が伝わって、横を見るとアスがピトっとくっついてて。

「ん?」
『……アノネ、ボクネ。生マレタトキニネ、自分デ卵、割ッテ出テキタンダ』
「そっか。母ちゃんに愛されていたんだな」

 そう言ってやると、アスは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あ、生まれます」

 ルーシェの声に俺とアスが卵の方を見る。
 卵に穴が開き、そこから黄色い嘴が見えた。

『ガンバレ』
「もう少しだぞ」
『オ母サンガ待ッテルヨ』
『コッケ』
「ア、オ父サンモ待ッテルッテ』

 忘れないでとばかりに雄鶏もやってきた。
 みんなで見守る中、卵が割れ、中から黄色い雛が顔を覗かせた。

 うん……デカいヒヨコだ。
 まぁ卵のサイズがサイズだもんなぁ。
 俺が知ってるリアル鶏と、ほぼ同じサイズのヒヨコだな。

 ま、一気に成長させるんだけど。

「か、かわいぃ」
「父ちゃん母ちゃんと全然違うモググ」
「なんで黄色いの? ねぇ、なんで?」
『ピィ』
「鳴き声も可愛いです」

 まぁヒヨコはかわいいよ。うん。
 でもそいつ、成長させるからな。させるんだからなっ。

 嫌な予感がして急いで成長させようと手をわきわきしていると、

「ユタカっ」
「ユタカさんっ」
「ユタカ兄ちゃんっ」
「モググ」

 うっ……この展開は……。

「どうしてもすぐ大人にしなきゃいけないの?」
「ユタカさん。かわい――子供の頃の思い出作りも大事です」
「そうだそうだ」
「ボクたちかわいいモググねぇ」
『カワイイネェ』

 はぁ……やっぱりこうなったか。
 安定した卵のために有精卵を産んでもらったってのに。

 とりあえず安全性が確認されたことで、残り三つの卵の孵化も許された。
 そして四羽のヒヨコが、

『ピヨピ』『ピッピ』『ピヨピヨ』『ピピィ』
「こっちだよぉ」
「こっちモググゥ」
『フワフワニナッタァ』

 羽が乾くと、ふわっふわのヒヨコになって、かわいさ倍増。
 あっという間に子供たちのアイドルになった。

「なんでぃ。成長させなかったのかよ」
「あ、おじさん。それがさ、みんながヒヨコのかわいさにメロメロになってさ」
「あぁー……もう成長したチキンホーンをまた捕まえて来たほうが早いんじゃねえか?」
「そうかも」

 翌日、アスを連れてフレイを呼び、また東の山に連れて行って貰った。
 その時に雄鶏から「雌鶏だけでいい」と言われ、どうしてだと尋ねると――

「チキンホーンは一夫多妻制だ。うちを同じな」

 と、おじさんが答えた。

 ハーレム作る気か!
 草食系のくせしやがって。