ゲルドシュタル王国から国をひとつ跨いだ先に、ソードレイ王国がある。
 ゲルドシュタルよりも砂漠に近い国だが、砂漠とのソードレイの間にはもう一つ、別の国があった。
 
 そのソードレイ王国に今、珍客が訪れていた。

「なに? 自らを異世界の勇者と名乗っているだと?」

 ソードレイ王国の首都、その王城で疑問の声を上げる若者がいた。

「はい、レイナルド殿下。現在、中央の衛兵詰め所にて捕らえております」
「衛兵の詰め所で捕えているだと? なぜそのようなことに」
「無銭飲食の現行犯で、連行されております」
「無銭飲食!?」

 言ってから、レイナルド――ソードレイ王国の王太子である彼は腕を組み、顎に手を添えて考えた。

「確かゲルドシュタルが、異世界人の召喚を行った形跡がある……と、セルシオン王国からの親書にもあったな」
「はい。例の王女が行ったようで、セルシオン王国に宣戦布告ともとれる書状を送りつけて来たそうです。すぐさま病床の国王が謝罪の連絡を入れたため事なきを得たようですが」
「アリアンヌ王女か……。彼女とは幼少期に何度か会ったことはあるが、とにかく傲慢で、好戦的な人だったな」

 レイナルドは「はぁ」っと大きなため息を吐く。
 国賓としてソードレイ王国を訪れていたのに、我が物顔で宮廷の侍女たちをコキ使いまくり、欲しいものがあれば当たり前のように持ち帰ろうとする。
 機嫌が悪ければ侍女、しかもソードレイ王国の侍女らに当たり散らし、流血沙汰も起きたほど。

 それでもゲルドシュタル国王が平謝りをし、ソードレイ王国側も「子供がしたことだから」と言って穏便に済んだのだが……。

 当時はまだ幼かったレイナルドが「この女の子は嫌いだ」と思わせるには十分なインパクトがあった。
 そのうえ、数年後には国同士の親睦を深めるためといって、アリアンヌとの婚約話まで出たのだからさぁ大変!
 レイナルドが慌てて自分の気持ちを父王に伝えたことで、婚約は免れたが……ある意味、アリアンヌの存在がトラウマにもなっている。

「今回の件で、王女は国外追放になったそうですが」
「うっ……」
「なんでも大陸最南端にある、ゲルドシュタル王国が所有する廃坑の村に送られたとか」
「最南端か……ふぅ」
「殿下、もしかして我が国に来ているのではとか思ったのですか?」

 もしそうだとしたら、全力で国外へと逃げねば――なんて一瞬でも本気で考えたことは口に出さない。
 
「それで、どういたしましょう?」
「どうとは?」
「ですから、無銭飲食した、自称異世界の勇者たちです」
「あぁ、そうだったな。ん? 『たち』ということは、複数人か?」
「えぇ。三名です」

 レイナルドは少し考えてから、その三名を連れてくるようにと家臣に伝えた。
 二時間ほどして、自称勇者一行が連行されてきた。

「ずいぶん待たせたようだが、何かあったのか?」

 とレイナルドは小声で家臣に尋ねる。
 家臣も小声で、

「あまりにも薄汚れていましたので」

 と答え、レイナルドは納得した。
 目の前にいる若い男三人は、身綺麗に整えられた状態。
 三人とも容姿は悪くない。

「それで、貴公らは異世界から来たそうだが、証拠はあるのか?」
「フッ。名乗りもせずにいきなり質問か」

 相手が王太子と知ってか知らずか、連行されてきた男のひとりがそう言い放つ。
 それに激怒したのは周りの騎士や家臣たち。
 今にも剣を抜きそうな騎士らをレイナルドが制し、それから三人に向かって名を告げた。

「わたしの名はレイナルド・ソードレイ。この国の第一王子だ。貴公らの名も聞いておこう」
「お、王子、だった、でしたか。ぉほんっ。僕の名は荒木皇帝《アラキシーザー》。父は弁護士で、母は区議会議員だ」
「べ、べんごし? くぎ……ん?」

 この世界に弁護士という職業はない。当然、区議会議員なんて職業もない。
 なにより、父親や母親のことなんて聞いていないのに、何を言い出しているんだこの男は状態である。

「俺は伊勢崎金剛《イセザキキング》だ。どうだ、カッコいい名前だろ。うちは飲食店を何軒も経営している社長一家だ」
「諸星輝星《モロボシダイヤ》。産婦人科医院の息子さ」

 だから親の職業など聞いていない!
 と、レイナルドの執務室に居合わせた全員が思ったことだろう。

 飲食店以外の職業はわからないが、とにかく自慢しているってことは理解できる。
 レイナルドはこめかみを抑えながら、最初の質問をもう一度行った。

「それで、異世界人である証拠はあるのだろうか?」
「証拠……ふむ。なかなか難しいね」
「スマホでも見せたらどうだ? こっちの世界じゃ、機械文明はないからな」
「充電残ってたか?」

 ソーラーモバイルバッテリーはある。
 だがスマホを充電したところで、電話はかけられないしネットにも繋がらない。
 使えるのはカメラや電卓といった、ごく一部の機能のみ。
 だからずっと充電をしていなかったのだ。

「僕らの荷物」

 皇帝はそう言って手を出す。
 よこせ――ということらしい。
 これにも騎士たちは怒りを覚えたが、レイナルドが頷くので仕方がない。
 武器の類がないか確認をしてから、荷物を三人に手渡した。

「あー、やっぱり充電がない」
「なら充電するしかないな」
「晴れててよかったじゃん」

 と、三人は周囲を気にすることなく、モバイルバッテリーを持って執務室の窓へと近づく。

「しばらく待ってくれ」

 そう言われてレイアルドたちは待たされることに。

 ・
 ・
 ・

「さぁ見たまえ。これが写真というものだ!」

 十五分ほど待たされたレイナルドたちは、皇帝が見せたスマホ画面にくぎ付けとなる。
 
「よし、一枚撮ろう」

 皇帝がスマホを王子らに向け、シャッターを押す。
 カシャリと音がすれば、それだけで王子らは驚いた。
 その反応を見て皇帝らが薄ら笑いを浮かべた。

「見たまえ。今撮影したばかりの君たちの姿だ」
「なっ。あの一瞬でこのように精巧な似顔絵を!?」
「いやいや、絵じゃねぇって。写真だ、しゃ・し・ん。ま、こっちの世界の連中には、理解しろって言っても無理かぁ」
「文明力が違うからねぇ、仕方ないさぁ」

 どことなくバカにされた気がして、騎士らは再び不機嫌な表情を浮かべた。

「それで王子様。俺たちが異世界人だってことは、理解してくれたかな?」
「……わかった。貴公らが異世界から召喚された者であると認めよう。だが召喚の主の下を離れて、なぜ我が国に? しかも無銭飲食とは」
「そ、それにはいろいろ事情があって……ま、まず、そう、だな……」

 ここで皇帝は考えた。
 自分たちがなぜこの国にいるのか……適当に逃げていたらここまで来ただけ。
 なぜ逃げていたのか。
 自分たちは何もしていないのに、勝手にモンスターパレードが発生した。だから悪くない。なのに冒険者ギルドから指名手配されて逃げるしかなかった。

 なぜ迷宮に行ったのか。
 アリアンヌの命令だ。アリアンヌが悪い。

 なぜ迷宮に行く命令が下ったのか。
 アリアンヌから砂漠に行って大地豊を連れ戻してこいと言われたが、それを断ったから代わりに迷宮だったか?
 つまり大地豊が悪い。

 大地のせいで無一文になって、無銭飲食をしなきゃいけなくなったんだ!

「一緒に召喚された大地豊という男が王国を裏切り、砂漠で戦争の準備をしているんだ」
「な、に? 戦争だと。どういうことだ?」
「勝手に異世界へ連れてこられたことを恨んで、この世界全てと戦争をしようとしているのだ。アリアンヌ王女は奴を連れ戻そうとしたが、どうやら失敗したようだ。召喚自体は国王陛下がお許しになっていなかったようだし、今回の責任を負って国外追放されたって聞いた」
「……それで、貴公らは?」
「僕たちも責任を感じているんだ。大地とは同郷だからね。だからせめて、僕らの手で……。そう思ってゲルドシュタル王国を出たのだけれど、なんせ僕らは異世界人だ。地理には疎いし、この世界の常識もしらない。気がつけば路銀も底を尽き……それで……悪いことだとはわかっている! だが世界を救うためはここで死ぬわけにもいかず、無銭飲食を……」

 皇帝は深々と頭を下げた。下げながら目線を二人に送る。
 気づいた金剛と輝星も頭を下げた。

「申し訳ないっ。この罪はいかようにも償おうっ。だがしかし、大地を野放しにしておくわけにはいかないのだっ」
「……ダイチ……ユタカ。突然召喚され、さぞや驚いたことだろう。しかし、だからといってこの世界の者すべてに怒りをぶつけていいわけではない。そのような危険な者は、放っておくわけにもいかぬな」
「その通り! 王子、どうか僕らに力を貸してほしいっ。大地を説得し、穏便に済ませられるならそれが一番だが、無理なときには僕のこの手で……せめて友であった僕が……」
「親友、であったのか」

 レイナルドの言葉に、皇帝は無言で頷く。
 その後ろで金剛と輝星が頭を下げたまま、噴き出しそうになるのを堪えていた。

「わかった……平和のために手を貸そう。君たちの再会が、最悪のものにならないことを祈ろう」

 レイナルド・ソードレイ二十歳。
 静かに正義の炎を燃やす好青年として、自国の民に愛される王子であった。