なんでこうなったんだろう。
私、花楓、いつぞやのA、B、C。との五人班になってしまった。控えめに言って最悪だ。
「話すの久しぶりだね」
「そうだね」
お昼前。四限目。お昼に向けてスイッチが入るはずなのに、全然だめ。むしろやる気なんて入るわけなく、どんどん気持ちは下がっていく。
「それでそれで?誰が好きなの?」
花楓がこの場を盛り上げようと、私のほうをまっすぐ見て問いただしてくる。なんだか事情聴取を受けている気分だ。受けたことないけど、きっとあの場で問い詰められる人もきっとこんな、息苦しい気持ちに違いない。
「長谷川くんじゃないんでしょ?それに今日、長谷川くんとは別々で登校してきたじゃん。例の好きな人と来たんじゃないの?」
探偵になれるんじゃないかと、一周まわって感心してしまうくらいの観察力に恐怖を感じる。
「そういう日もあるでしょ。幼なじみだからっていつも一緒ってわけじゃないよ」
「でも、昨日まではずっと一緒に来てたでしょ?いきなりこれっておかしくない?」
しつこいなぁ。鬱陶しい。ほんとに。
「そうかな?」
私の中で別々に登校しようと、そんなの好きとか嫌いとか関係ないと思うんだけど。
「うん」
四人揃って真面目な顔で頷かれても、困る。
あながち間違っていない推理も、行動を見透かされているみたいで怖い。こんなのでお昼にどこかへ行ったら尾行されそうだ。
「それよりも、バスの場所決めないと」
「そっか。そうだよね」
半ば強引だったかもしれないけど、話題をそらせてやっとまともに息を吸えた。
「私、別でいいよ」
五人であれば、一人取り残されることになる。せめてバスの中だけは、一人でいたい。そういう話はしなくていいように。
「そう?じゃあそれで」
すんなり決まってしまう。こういう時に限って。
班が決まるのが早かったのもあってか、バスの場所の確保も早く終わってしまい、教室から出ることも許されず、質問攻めを受けることに変わりはなかった。
「疲れちゃった」
逃げるように教室を出て、いつもの場所で慶汰くんと合流してそうそう、愚痴ってしまった。
「それは、おつかれさまです」
「ほんとごめんね。いつもこんな、愚痴ばっかり。楽しい話しよう」
「いや、話せずに溜め込んで苦しくなる方が嫌なんで。遠慮なく聞かせてください」
「優しいね。慶汰くん」
ただ甘えてしまいそうになる。私は慶汰くんに、まだ何も返せていないのに。この関係が始まってまだ一日目だけど、始まる前から貰ってばかりだ。
「ゆき先輩も、十分あったかいです。現に今、僕の行き場のないわがままを包み込んでくれてるじゃないですか」
考える間もなくそういうことを言ってしまうあたり、なんでその人はこの子に振り向かないんだろうと思ってしまう。素直ないい子なのに。
「利用してるだけ。慶汰くんの優しさに甘えて、必要のない友達ごっこを続けようとしてる。私はずるくて汚い人だよ」
こんなことを言っても、困らせるだけ。私はこれを言って、なにを返してほしいんだろう。なにを求めているんだろう。よくわからない。
「じゃあ、僕もゆき先輩のこと利用してるから、一緒ですね」
優しい笑顔で、私の嫌なところを包んでくれる。同じだと、肯定してくれる。それだけで、ここにいていいような気持ちになれる。
「慶汰くんが友達で、よかった」
「そう思ってもらえるなら、よかったです」
慶汰くんはそう微笑んだあと、「今は偽物だけど、一応彼氏ですけどね」と耳打ちした。
「ちょっと、年上をからかうのはよくないよ」
「そう言う割に全然照れてくれないじゃないですか」
プクッと頬をふくらませて、しゅんとした顔をする。構って貰えない犬みたいで、なんだか可愛い。
「だって慶汰くんは友達だもん。好きな人にやられたら、きっと照れちゃうんだろうけど」
「ふーん。つまんないの」
懲りずにふくらませたままの頬をしばらく保ったあと、吹き出すように笑った。
「なんの話してるんですかね、僕たち」
「ね。ほんとに」
私も笑った。声を出して笑った。やっぱりこういうことで笑えて、くだらないことを言い合えるのは大事な友達だけだなと実感した。
「修学旅行、どこ行くんですか?」
私のお弁当がもうあと少しになるころ、慶汰くんは首を傾げて聞いた。
「どこだっけ。そういえば、ちゃんと聞いてなかったな」
途中から修学旅行を休む方法を考えていたくらいだから、がっつり聴き逃していた。
「そこ一番大事なとこですよ」
「そうだよね。そうだ、お土産なにがいい?」
「場所わかんないと、わかんないですよ」
「そっか。たしかに」
私たちは顔を見合せて、肩をすくませて笑った。今度はくすくすと、小さく。私たちだけの世界がそこにあるような、そんな笑い。
「修学旅行から帰ったら、慶汰くんに聞いてほしいことがあるの」
慶汰くんになら話してもいいかなと、ふと思った。私のためにここまでしてくれる慶汰くんには、話しておく義務があるように思った。
まだ誰にも話せていない、私の恋愛事情を。
「今じゃだめなんですか?」
「うん。今から一ヶ月かけて覚悟決めるから。だからそのときになったら、聞いてくれる?」
話す覚悟。嫌われる覚悟。人生で初めてできた気が合う友達を失う覚悟。
きっと、絶対驚かせてしまうと思うから。一つ一つゆっくり、話したい。聞いてほしい。
それで目の前から慶汰くんがいなくなってしまうとしても、いつまでも事情を話さずにこの関係を続けてもらうよりきっと、ずっといい。
ただの自己満足でもいい。ちゃんと、慶汰くんにだけはちゃんと。甘えている分、話したい。
「わかりました。じゃあ我慢します」
「うん。ありがとう」
「僕も、便乗してその日に話してもいいですか?」
慶汰くんも、きっと今の私と同じような顔をしている。聞いてほしいけど受け入れてもらえるか不安そうな顔。
「うん。じゃあ、帰ったらその日、会おう」
行くかはまだ、わからないけど。慶汰くんにお土産を買って帰るためなら、行ってもいいような気がした。なにか理由をつけないと、日頃の感謝のプレゼントも違和感なく渡せない。サプライズをするときは、私が変にソワソワしてしまうから。
「はい。約束ですよ」
指切りげんまん。小指を絡める流れになるかと思いきや、ただ歌うだけで、咄嗟に出した私の小指は行き場を失った。
「約束ね」
少しだけ、こんなことを言い出してしまったことを後悔したけど、もう遅い。言ってしまった言葉はもう、なかったことにはできない。
「僕もついていけたらいいのに」
不意に慶汰くんが寂しそうに言った。そんなことできないよと、突き放すようなことは言えなかった。
「私も、慶汰くんが一緒ならきっと楽しいんだろうなって思ったよ」
彼が同級生なら、どれだけよかっただろう。もしそうだったら、一緒に文化祭の準備をしたり、体育祭で男女混合の二人三脚にペアを組んで出たりできたのに。修学旅行も、こんなに憂鬱じゃなかったかもしれないのに。
でも、こんな非現実的なことを考えるのも、叶わないことだから。もし現実がそうだったら、花楓たちに冷やかされて、距離を置いていたに違いない。
そういうことを考えると、やっぱり今のままでよかったのかもしれないとつくづく思う。
「そろそろ戻りますか」
「もうそんな時間か。慶汰くんといると、ほんとにあっという間に時間が過ぎていくね」
「そうでしょ」
なぜか得意げに笑って、身軽そうに立ち上がった。
あ、そうだ。今日、聞こうと思っていたことがあった。
「慶汰くん、待って」
「どうかしました?」
くるりとこちらを振り向いて、ニコリと口角を上げる。本当、綺麗に笑うなぁ。
「ゆき先輩?」
「え、あぁ、えっと……。そう!連絡先、交換しようよ」
「すいません。僕、スマホまだ持ってなくて。面と向かっての約束だったりやり取りしかできないんです」
何かに押しつぶされそうな悲しそうな声で、私に何度も謝った。本当にごめんなさい。すみません。そう、スマホがないくらいで大袈裟なくらい謝られた。
「そっか。わかった。別に珍しいことじゃないから、そこまで気にしなくてもいいのに」
「でも、ゆき先輩とやり取りしたかったのに残念だなって」
耳もしっぽも全部力をなくした子犬のようだ。大丈夫だよと、頭を撫でてあげたくなる。
「じゃあ、買ってもらえたら教えて。そのときは、絶対連絡先交換しよう」
「……はい。これもじゃあ、約束です」
元気は戻らないまま、予鈴が鳴った。もうさすがに戻らないと、授業に間に合わない。
「じゃあ、また明日ここで。約束ね」
「はい。必ず」
少し元気が戻り始めた慶汰くんに手を振り、私は慶汰くんを置いて階段を駆け下りた。
一度、踊り場でふりかえって手を振った。
慶汰くんも、そんな私に手を振り返してくれる。
温かくて居心地のいい空気が流れていて、なんでいつもこんなにここは息がしやすいのだろうと、その離れがたさに背を向けて走った。
私、花楓、いつぞやのA、B、C。との五人班になってしまった。控えめに言って最悪だ。
「話すの久しぶりだね」
「そうだね」
お昼前。四限目。お昼に向けてスイッチが入るはずなのに、全然だめ。むしろやる気なんて入るわけなく、どんどん気持ちは下がっていく。
「それでそれで?誰が好きなの?」
花楓がこの場を盛り上げようと、私のほうをまっすぐ見て問いただしてくる。なんだか事情聴取を受けている気分だ。受けたことないけど、きっとあの場で問い詰められる人もきっとこんな、息苦しい気持ちに違いない。
「長谷川くんじゃないんでしょ?それに今日、長谷川くんとは別々で登校してきたじゃん。例の好きな人と来たんじゃないの?」
探偵になれるんじゃないかと、一周まわって感心してしまうくらいの観察力に恐怖を感じる。
「そういう日もあるでしょ。幼なじみだからっていつも一緒ってわけじゃないよ」
「でも、昨日まではずっと一緒に来てたでしょ?いきなりこれっておかしくない?」
しつこいなぁ。鬱陶しい。ほんとに。
「そうかな?」
私の中で別々に登校しようと、そんなの好きとか嫌いとか関係ないと思うんだけど。
「うん」
四人揃って真面目な顔で頷かれても、困る。
あながち間違っていない推理も、行動を見透かされているみたいで怖い。こんなのでお昼にどこかへ行ったら尾行されそうだ。
「それよりも、バスの場所決めないと」
「そっか。そうだよね」
半ば強引だったかもしれないけど、話題をそらせてやっとまともに息を吸えた。
「私、別でいいよ」
五人であれば、一人取り残されることになる。せめてバスの中だけは、一人でいたい。そういう話はしなくていいように。
「そう?じゃあそれで」
すんなり決まってしまう。こういう時に限って。
班が決まるのが早かったのもあってか、バスの場所の確保も早く終わってしまい、教室から出ることも許されず、質問攻めを受けることに変わりはなかった。
「疲れちゃった」
逃げるように教室を出て、いつもの場所で慶汰くんと合流してそうそう、愚痴ってしまった。
「それは、おつかれさまです」
「ほんとごめんね。いつもこんな、愚痴ばっかり。楽しい話しよう」
「いや、話せずに溜め込んで苦しくなる方が嫌なんで。遠慮なく聞かせてください」
「優しいね。慶汰くん」
ただ甘えてしまいそうになる。私は慶汰くんに、まだ何も返せていないのに。この関係が始まってまだ一日目だけど、始まる前から貰ってばかりだ。
「ゆき先輩も、十分あったかいです。現に今、僕の行き場のないわがままを包み込んでくれてるじゃないですか」
考える間もなくそういうことを言ってしまうあたり、なんでその人はこの子に振り向かないんだろうと思ってしまう。素直ないい子なのに。
「利用してるだけ。慶汰くんの優しさに甘えて、必要のない友達ごっこを続けようとしてる。私はずるくて汚い人だよ」
こんなことを言っても、困らせるだけ。私はこれを言って、なにを返してほしいんだろう。なにを求めているんだろう。よくわからない。
「じゃあ、僕もゆき先輩のこと利用してるから、一緒ですね」
優しい笑顔で、私の嫌なところを包んでくれる。同じだと、肯定してくれる。それだけで、ここにいていいような気持ちになれる。
「慶汰くんが友達で、よかった」
「そう思ってもらえるなら、よかったです」
慶汰くんはそう微笑んだあと、「今は偽物だけど、一応彼氏ですけどね」と耳打ちした。
「ちょっと、年上をからかうのはよくないよ」
「そう言う割に全然照れてくれないじゃないですか」
プクッと頬をふくらませて、しゅんとした顔をする。構って貰えない犬みたいで、なんだか可愛い。
「だって慶汰くんは友達だもん。好きな人にやられたら、きっと照れちゃうんだろうけど」
「ふーん。つまんないの」
懲りずにふくらませたままの頬をしばらく保ったあと、吹き出すように笑った。
「なんの話してるんですかね、僕たち」
「ね。ほんとに」
私も笑った。声を出して笑った。やっぱりこういうことで笑えて、くだらないことを言い合えるのは大事な友達だけだなと実感した。
「修学旅行、どこ行くんですか?」
私のお弁当がもうあと少しになるころ、慶汰くんは首を傾げて聞いた。
「どこだっけ。そういえば、ちゃんと聞いてなかったな」
途中から修学旅行を休む方法を考えていたくらいだから、がっつり聴き逃していた。
「そこ一番大事なとこですよ」
「そうだよね。そうだ、お土産なにがいい?」
「場所わかんないと、わかんないですよ」
「そっか。たしかに」
私たちは顔を見合せて、肩をすくませて笑った。今度はくすくすと、小さく。私たちだけの世界がそこにあるような、そんな笑い。
「修学旅行から帰ったら、慶汰くんに聞いてほしいことがあるの」
慶汰くんになら話してもいいかなと、ふと思った。私のためにここまでしてくれる慶汰くんには、話しておく義務があるように思った。
まだ誰にも話せていない、私の恋愛事情を。
「今じゃだめなんですか?」
「うん。今から一ヶ月かけて覚悟決めるから。だからそのときになったら、聞いてくれる?」
話す覚悟。嫌われる覚悟。人生で初めてできた気が合う友達を失う覚悟。
きっと、絶対驚かせてしまうと思うから。一つ一つゆっくり、話したい。聞いてほしい。
それで目の前から慶汰くんがいなくなってしまうとしても、いつまでも事情を話さずにこの関係を続けてもらうよりきっと、ずっといい。
ただの自己満足でもいい。ちゃんと、慶汰くんにだけはちゃんと。甘えている分、話したい。
「わかりました。じゃあ我慢します」
「うん。ありがとう」
「僕も、便乗してその日に話してもいいですか?」
慶汰くんも、きっと今の私と同じような顔をしている。聞いてほしいけど受け入れてもらえるか不安そうな顔。
「うん。じゃあ、帰ったらその日、会おう」
行くかはまだ、わからないけど。慶汰くんにお土産を買って帰るためなら、行ってもいいような気がした。なにか理由をつけないと、日頃の感謝のプレゼントも違和感なく渡せない。サプライズをするときは、私が変にソワソワしてしまうから。
「はい。約束ですよ」
指切りげんまん。小指を絡める流れになるかと思いきや、ただ歌うだけで、咄嗟に出した私の小指は行き場を失った。
「約束ね」
少しだけ、こんなことを言い出してしまったことを後悔したけど、もう遅い。言ってしまった言葉はもう、なかったことにはできない。
「僕もついていけたらいいのに」
不意に慶汰くんが寂しそうに言った。そんなことできないよと、突き放すようなことは言えなかった。
「私も、慶汰くんが一緒ならきっと楽しいんだろうなって思ったよ」
彼が同級生なら、どれだけよかっただろう。もしそうだったら、一緒に文化祭の準備をしたり、体育祭で男女混合の二人三脚にペアを組んで出たりできたのに。修学旅行も、こんなに憂鬱じゃなかったかもしれないのに。
でも、こんな非現実的なことを考えるのも、叶わないことだから。もし現実がそうだったら、花楓たちに冷やかされて、距離を置いていたに違いない。
そういうことを考えると、やっぱり今のままでよかったのかもしれないとつくづく思う。
「そろそろ戻りますか」
「もうそんな時間か。慶汰くんといると、ほんとにあっという間に時間が過ぎていくね」
「そうでしょ」
なぜか得意げに笑って、身軽そうに立ち上がった。
あ、そうだ。今日、聞こうと思っていたことがあった。
「慶汰くん、待って」
「どうかしました?」
くるりとこちらを振り向いて、ニコリと口角を上げる。本当、綺麗に笑うなぁ。
「ゆき先輩?」
「え、あぁ、えっと……。そう!連絡先、交換しようよ」
「すいません。僕、スマホまだ持ってなくて。面と向かっての約束だったりやり取りしかできないんです」
何かに押しつぶされそうな悲しそうな声で、私に何度も謝った。本当にごめんなさい。すみません。そう、スマホがないくらいで大袈裟なくらい謝られた。
「そっか。わかった。別に珍しいことじゃないから、そこまで気にしなくてもいいのに」
「でも、ゆき先輩とやり取りしたかったのに残念だなって」
耳もしっぽも全部力をなくした子犬のようだ。大丈夫だよと、頭を撫でてあげたくなる。
「じゃあ、買ってもらえたら教えて。そのときは、絶対連絡先交換しよう」
「……はい。これもじゃあ、約束です」
元気は戻らないまま、予鈴が鳴った。もうさすがに戻らないと、授業に間に合わない。
「じゃあ、また明日ここで。約束ね」
「はい。必ず」
少し元気が戻り始めた慶汰くんに手を振り、私は慶汰くんを置いて階段を駆け下りた。
一度、踊り場でふりかえって手を振った。
慶汰くんも、そんな私に手を振り返してくれる。
温かくて居心地のいい空気が流れていて、なんでいつもこんなにここは息がしやすいのだろうと、その離れがたさに背を向けて走った。