27

ありとあらゆる話を彼にしているのを耳にしてきた僕は、彼がこの町に愛されているのだと確信を持っていた。そして、一つ一つの話にしっかりと答える彼も、この町が好きなのだろう。そうでなかったらこんなに心を砕いて人と接すらことは出来ないだろう。

(……すごいな)

人見知りが強い僕にはできないことだと思う。その点、若い年齢であそこまで人々の信頼を得ている彼は、とてつもなく優秀な陰陽師なのだと思った。

(そういえば、彼女はあまり話しかけられていなかったな)

ふと、妻の隣でりんご飴を齧るネザサに視線を向ける。彼女はマサキの隣を歩いていたものの、人に話しかけられた瞬間猫のように距離を取ってしまう。時折話をした顔と思えば、一言二言が限度で、マサキくんのように盛り上がって話をしていた様子はない。

人が苦手なのか、それとも彼女自身話すことがあまり得意では無いのか。どちらにせよ、あまり人と話している様子は見られなかった。

(……何か話しをした方がいいのかな)

マサキくんの帰りを待っている中、三人に流れているのは沈黙。さすがにこのままではダメだろうと話しかけようとした瞬間──一際大きな太鼓の音が響いた。ワッと周囲の人間が沸き立つのを感じ、声を飲む。

「あ、奉納の儀式が始まるみたいです。マサキ連れてきますね!」

「あ、ああ」

ハッと顔を上げ、さっさと走り出してしまったネザサに、僕は瞬きを繰り返すしか出来なかった。

(思ったより行動が早いな)

もっと奥手なのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。臆することなくマサキくんと話し相手の間に入っていく彼女の姿を見て、僕は苦笑いを浮かべる。

少ししてマサキくんの手を引いて戻ってきた彼女は「さ、行きましょう!」と歩き始めた。奉納式が始まるらしい。



大通りのど真ん中で始まった演者の大立ち回りに、感嘆と尊敬の念を覚えた僕たちは、興奮冷めやらぬうちに再び花見へと戻っていく。

日が落ちた空に咲き誇る桜たち。片手に酒がないのが勿体ないと思うほど、その景色は素晴らしくてついつい見惚れてしまう。

「どうぞ」

「ん?」

かけられた声に振り返れば、マサキくんが僕に向かって小さなコップを差し出していた。受け取ればコップの中身は透明で、ふわりと香るアルコールにマサキくんを見つめる。

「これ、どうしたんだい?」

「向こうで自治会の会長さん達が飲んでいたので」

「ちょっと貰ってきました」と言って舌を出すマサキくん。そういう彼の手元にはラムネが握られており、それも一緒に貰ってきたのだろう。少し先でネザサと妻も同じようにラムネを手にしているところを見るに、もしかしたら自治体が配っているものなのかもしれない。