「で?結局やじりはこの棚に置いてあったんらね?」
 
「うん、そうだね。スキャンにかけて戻ってきたからそこに置いておいたんだ」
 
「そんで、こーやはここから動かしてないんらね?」
 
「多分ね」
 
 ゆる過ぎる皓矢(こうや)の返答に、ルリカは怒羽天を衝く勢いで怒鳴った。
 
「おい!ダメなんだよ、そういういい加減なことじゃ!しょーこのーりょくがなくなるでしょ!」
 
「そう言われても、現にさっき僕は(やじり)が手元にあると勘違いしていたからねえ」
 
 頼りない主人の言葉にルリカは溜息ついて嘆いた。
 
「まーったく、こーやはほんとにだらしないよ!そんなんでよくもカッコよく黒犬3号をやっつけたもんだよ!」
 
「はっはっは。久しぶりに術を使ったから気合が入り過ぎちゃってたかもね」
 
「なーにが一陣の青い風だよ!歯が浮くんだよ!」
 
「あれはルリカの方がカッコよかったけどねえ」
 
 するとルリカは瞳をきゅるんと潤ませて恥じらった。
 
「え……?まぢ?」
 
「うんうん」
 
「まあねえ!直接やっつけたのはあたちだからねえ!──ってどんどん話題がズレるよ!」
 
「おっと、いけない」
 
 有頂天になったのも束の間、名探偵は急に真面目になって皓矢に向き直った。
 
「はっ!まさか、これがこーやの……ううん、犯人が誤魔化す話術!?」
 
「だから僕は犯人じゃないってば」
 
「黙りぇ!お前は最重要参考人だかんな!」
 
「……はいはい」
 
 ルリカはそうして皓矢を黙らせて──実際は皓矢が折れただけだが、件の棚によじ登って観察を始める。
 
「うーむ、しかしこの棚。本やら標本やら無秩序に入ってるんだよ」
 
「そんなことないさ、僕はどこに何があるのか全部わかっててそうしてるんだから」
 
「片付けられないやつが絶対言うやつだろ!」
 
「これは手厳しいね」
 
 皓矢の反応を無視してルリカは次の可能性をもっともらしく述べた。
 
「例えばおっきな地震があったら、あんなちっさい石ころなんか転がっちゃうな……」
 
「地震なんてなかったけどなあ」
 
「そう、昨夜は地震なんか起きてないんだよ。ということはやっぱりじんいてきな何かなんだよ!」
 
 原因をひとつずつ取り除いていく、これこそが捜査の極意だとルリカはドラマから学んでいた。
 
「ふむ。しかし他の研究員はここにはめったに来ないからね」
 
「一人、自由に行き来してたやつがいたでちょーが!」
 
 改めて侵入者の線で進めることにしたルリカの発言に、初めて皓矢がとても真面目な顔をした。
 
「あ、佐藤か……」
 
「そうだよ、あの裏切り女!あー、はっきりわかった、絶対あいつだわ!」
 
 ルリカはすっかり靄が晴れたような気分で決めつけた。
 
「うーん、確かに一番怪しいけど。あんなに大見得きって逃げ出したのにまた戻ってくるかな?」
 
「そこがあの女の狙いなんだよ!犯人は犯行現場に戻るもんでしょ!?」
 
「ちょっと微妙に違う感じもするけど、ルリカの言いたいことはわかるよ」
 
 どんなに間抜けな主人─ルリカ談─でも、初めて同意を得られてルリカはすっかりご満悦だった。
 
「でちょー!?あー、あの鮮血の口紅女だよ、絶対!」
 
「そんな二つ名があったのかい?」
 
「あたちがそう呼んでただけだよ!けど、次にやることは決まったんだよ!」


 
「佐藤斗羽理(とばり)の痕跡を探すんだよ!」