いつだって、俺の人生は過酷だ。これまでも、これからも。
俺の名前は、小板橋 一未(こいたばし かずみ)。ごく普通の高校2年生だ。
進級し、新しいクラスの中で俺は孤立していた。俺は人と話すのが極端に苦手だ。だから、クラスの誰とも友達になれなかった。話しかける勇気が無かった。
昼休み、冷房の効いた誰もいない教室で独り、俺のお婆さんに作ってもらったお弁当を食べる。独りでいるのは正直寂しいし、できれば友達はほしい。だけど俺には、誰かと話す勇気すらない。
そんなことを考えている時だった。俺の席の隣に、背の高い、長髪の少年が座ってきた。
「一未君だっけ。いつも独りで寂しくない?」
予想外の質問に返す言葉がなかった。
「まあ、いきなり質問したところで、答えられるわけないか。だけど、顔に出てるぜ。寂しいってさ。」
本心を言い当てられた俺は、内心驚きを隠せなかった。
「図星だったみたいだね。それじゃあさ、俺と友達になってくれないか?」
え……言われていることが予想外のため一瞬夢かと思ったが、そうではないようだ。
「こ、こ、こんな俺で……いいのかい?」
「もちろん。」
俺の問いに彼はうなずいた。
彼は、二階堂 空(にかいどう そら)と名乗った。これが、空との出会いだった。
それからというもの、俺と空は、毎日一緒にご飯を食べ、いろんな話をした。そして、いつの間にか、切っても切れないくらいに仲良くなっていた。
あれから半年が経った夏休みのこと、俺と空は2人で東京に来ていた。
「人が多いな、一未。」
「そうだな、空。さすが東京だな。」
東京に来るのは半年ぶりくらいかな。空と来るのは初めてだ。すごく緊張するが、楽しみでもあった。これが、地獄の入り口とも知らずに。
それは突然の出来事だった。信号が青になり、俺たちは渡り始める。その時、左折しようとしていた車に、俺たちは気づかなかった……
ドン!
俺たち2人は、気づかないまま車に轢かれてしまったのだ……。俺は、あまりにも突然な出来事であったためか、何が起きたかわからなかった。
目の前の視界がぼやけ始める。そうだ、空は?空は無事か?見えない。わからない。痛い……たす……け……
俺の意識は、闇へと落ちてしまった……
どれくらいの時間が経ったであろう。次に目が覚めた時には病院だった。俺の体は、どうなってしまったのだろう。わからない。全身管だらけで、起き上がるどころか、声を出すこともできない……。だけど、俺の目の前に、あの日負ったであろう傷跡がありながらも、立って涙を流す空の姿があった。無事だったんだ……よかった。
あれから数週間が経ち、俺は声が出せるようになり、体を起き上がらせることも、できるようにはなった。しかし、俺の下半身は、動かなくなってしまった……。さらには、右上半身の1部に震えなどの障害が残った。
「なんで、俺はいつもこうなんだろうな。」
悔しいなんて一言では、きっと済まないであろう。俺の頭の中は、絶望で埋まっていた。
今までの人生で、幸せと思ったことはあっただろうか?この体で、最期、幸せだと思えるのか?後悔ばかりの人生を、最高の人生にできるのか?
そんなことを考えていると、病室に空が入ってきた。
「一未。大好きなりんご、小さく切って塩水につけておいたから、小腹空いたときに食べな。塩水である程度日持ちするから。」
「ありがとう、空。」
本当、いつも空に迷惑かけてばかりだ。俺の父親は、幼稚園の時に亡くなって、母親も仕事で中々お見舞いに来れないから、どうしても空に頼ってしまう。情けない。
「いいのいいの。一未が生きていただけで、俺はうれしいんだから。」
「空……」
思わず涙がこぼれる……。
だけど、俺の心は、何故かきゅっと締め付けられるんだ。
「お前が生きているなら、俺の右目なんて、対したことないさ。俺にとってお前は、大切な友達だ。」
そう、空もあの事故で右目を失っていた。だけど、空は俺のことを心配してくれている。ありがたいし、うれしい……そんなはずなのに、俺の心は、辛いんだ。
ごめんよ、空。君にはまだ言っていないことがあるんだ。いつか、それを伝えなければならないのはわかっているけど、俺には伝える勇気がないんだ。伝えても、辛いだけだから。
俺は、もういついなくなっても、おかしくない体なんだ……。いつか別れる運命なんだ……。
2カ月前のある日、俺は病院に入院していた。急激に体調が悪化したためだ。
そして、医師から告げられたもの、それは厳しいものだった……。
「大変申し訳にくいのですが……一未君は、急性白血病を再発しています。」
嘘だ……。
急性白血病、別名血液のがんだ。俺は1度、小学生のときに発症し、生死の狭間を彷徨った経験があった。それが再発してしまったのだ……。
「残念でなりませんが……後1年もつかどうか……といったところかと」
嘘だ……後1年で、いなくなってしまうのか……。悲しみを超えて、涙すらも出ず、ただその場に座ることしか、出来なかった。
東京での事故は、白血病がある程度回復し、外出できるようになった矢先の出来事だった……。俺は残り10カ月しか生きられない、いや10カ月苦しみに耐えなければいけないのか。それなら、いっそのこと、いなくなってしまった方がマシではないのか……。
東京での入院生活が終わり、俺は久しぶりに高校のある静岡に帰った。もちろん、空と一緒に。俺は空に、今日こそ伝えなければならない。俺が長くは生きられない体だということを。
最寄り駅で列車を降りて、少し歩いたところに小さな公園がある。そこの休憩場所で2人きりになる。
「空……」
「なんだい?一未。」
俺は……言わなければならないのだ……。
「実は俺、後10カ月しか、生きられないんだ……。」
その話を聞いた空は、驚きを隠せなかった。その目には、涙が浮かんでいた。
「俺は後10カ月を、苦しみながら生きるのは嫌だ。だから、俺はもう生きていたくないんだ……今すぐに、死んでしまいたい。」
全ての思いをぶつけた。どうせ死ぬなら、苦しまないで死ねる今だ……心の中でそう思っていた。
「一未。お前は……心残りはないのか?」
空からの一言に俺は何も返せなかった。心残りは……たくさんあるからだ。
「一未。その顔、心残りないわけじゃないんだな……」
空はスゴいや。もう見抜かれた。
「どうせ10カ月後に死んでしまうのがわかっているならさ……その間にやりたいこと、できることをやろうぜ……。」
「そんな……こんな体でできるわけ……」
「できないなんて決めつけてんじゃねえぞ!」
空……俺には絶望しかないんだよ……ずっと……。
「どんな逆境だってな、乗り越えていくからこそ幸せがあるんだ!それが人生短かろうが長かろうが関係ない!最期に幸せだって思えたなら、それが勝ちなんだよ!」
空……君の優しさは本物だな。
「ありがとう、空……」
あれから2年、俺は奇跡的な回復を遂げ、東京の大学に、空と一緒に通っている。あれから、自分のやりたいことを、積極的にやるようになった。下半身不随という壁すらも、乗り越えて見せた。全ては、空の言葉のおかげだ。
俺はいつまた白血病が再発し、命を落とすかわからない。だけど、せめて今は、最期に幸せになれるように、必死に生きていきたい。
俺たちの人生の旅は、まだ終わらない……。夜闇の中の光は、いつでも俺たちを、照らしているから……。
俺の名前は、小板橋 一未(こいたばし かずみ)。ごく普通の高校2年生だ。
進級し、新しいクラスの中で俺は孤立していた。俺は人と話すのが極端に苦手だ。だから、クラスの誰とも友達になれなかった。話しかける勇気が無かった。
昼休み、冷房の効いた誰もいない教室で独り、俺のお婆さんに作ってもらったお弁当を食べる。独りでいるのは正直寂しいし、できれば友達はほしい。だけど俺には、誰かと話す勇気すらない。
そんなことを考えている時だった。俺の席の隣に、背の高い、長髪の少年が座ってきた。
「一未君だっけ。いつも独りで寂しくない?」
予想外の質問に返す言葉がなかった。
「まあ、いきなり質問したところで、答えられるわけないか。だけど、顔に出てるぜ。寂しいってさ。」
本心を言い当てられた俺は、内心驚きを隠せなかった。
「図星だったみたいだね。それじゃあさ、俺と友達になってくれないか?」
え……言われていることが予想外のため一瞬夢かと思ったが、そうではないようだ。
「こ、こ、こんな俺で……いいのかい?」
「もちろん。」
俺の問いに彼はうなずいた。
彼は、二階堂 空(にかいどう そら)と名乗った。これが、空との出会いだった。
それからというもの、俺と空は、毎日一緒にご飯を食べ、いろんな話をした。そして、いつの間にか、切っても切れないくらいに仲良くなっていた。
あれから半年が経った夏休みのこと、俺と空は2人で東京に来ていた。
「人が多いな、一未。」
「そうだな、空。さすが東京だな。」
東京に来るのは半年ぶりくらいかな。空と来るのは初めてだ。すごく緊張するが、楽しみでもあった。これが、地獄の入り口とも知らずに。
それは突然の出来事だった。信号が青になり、俺たちは渡り始める。その時、左折しようとしていた車に、俺たちは気づかなかった……
ドン!
俺たち2人は、気づかないまま車に轢かれてしまったのだ……。俺は、あまりにも突然な出来事であったためか、何が起きたかわからなかった。
目の前の視界がぼやけ始める。そうだ、空は?空は無事か?見えない。わからない。痛い……たす……け……
俺の意識は、闇へと落ちてしまった……
どれくらいの時間が経ったであろう。次に目が覚めた時には病院だった。俺の体は、どうなってしまったのだろう。わからない。全身管だらけで、起き上がるどころか、声を出すこともできない……。だけど、俺の目の前に、あの日負ったであろう傷跡がありながらも、立って涙を流す空の姿があった。無事だったんだ……よかった。
あれから数週間が経ち、俺は声が出せるようになり、体を起き上がらせることも、できるようにはなった。しかし、俺の下半身は、動かなくなってしまった……。さらには、右上半身の1部に震えなどの障害が残った。
「なんで、俺はいつもこうなんだろうな。」
悔しいなんて一言では、きっと済まないであろう。俺の頭の中は、絶望で埋まっていた。
今までの人生で、幸せと思ったことはあっただろうか?この体で、最期、幸せだと思えるのか?後悔ばかりの人生を、最高の人生にできるのか?
そんなことを考えていると、病室に空が入ってきた。
「一未。大好きなりんご、小さく切って塩水につけておいたから、小腹空いたときに食べな。塩水である程度日持ちするから。」
「ありがとう、空。」
本当、いつも空に迷惑かけてばかりだ。俺の父親は、幼稚園の時に亡くなって、母親も仕事で中々お見舞いに来れないから、どうしても空に頼ってしまう。情けない。
「いいのいいの。一未が生きていただけで、俺はうれしいんだから。」
「空……」
思わず涙がこぼれる……。
だけど、俺の心は、何故かきゅっと締め付けられるんだ。
「お前が生きているなら、俺の右目なんて、対したことないさ。俺にとってお前は、大切な友達だ。」
そう、空もあの事故で右目を失っていた。だけど、空は俺のことを心配してくれている。ありがたいし、うれしい……そんなはずなのに、俺の心は、辛いんだ。
ごめんよ、空。君にはまだ言っていないことがあるんだ。いつか、それを伝えなければならないのはわかっているけど、俺には伝える勇気がないんだ。伝えても、辛いだけだから。
俺は、もういついなくなっても、おかしくない体なんだ……。いつか別れる運命なんだ……。
2カ月前のある日、俺は病院に入院していた。急激に体調が悪化したためだ。
そして、医師から告げられたもの、それは厳しいものだった……。
「大変申し訳にくいのですが……一未君は、急性白血病を再発しています。」
嘘だ……。
急性白血病、別名血液のがんだ。俺は1度、小学生のときに発症し、生死の狭間を彷徨った経験があった。それが再発してしまったのだ……。
「残念でなりませんが……後1年もつかどうか……といったところかと」
嘘だ……後1年で、いなくなってしまうのか……。悲しみを超えて、涙すらも出ず、ただその場に座ることしか、出来なかった。
東京での事故は、白血病がある程度回復し、外出できるようになった矢先の出来事だった……。俺は残り10カ月しか生きられない、いや10カ月苦しみに耐えなければいけないのか。それなら、いっそのこと、いなくなってしまった方がマシではないのか……。
東京での入院生活が終わり、俺は久しぶりに高校のある静岡に帰った。もちろん、空と一緒に。俺は空に、今日こそ伝えなければならない。俺が長くは生きられない体だということを。
最寄り駅で列車を降りて、少し歩いたところに小さな公園がある。そこの休憩場所で2人きりになる。
「空……」
「なんだい?一未。」
俺は……言わなければならないのだ……。
「実は俺、後10カ月しか、生きられないんだ……。」
その話を聞いた空は、驚きを隠せなかった。その目には、涙が浮かんでいた。
「俺は後10カ月を、苦しみながら生きるのは嫌だ。だから、俺はもう生きていたくないんだ……今すぐに、死んでしまいたい。」
全ての思いをぶつけた。どうせ死ぬなら、苦しまないで死ねる今だ……心の中でそう思っていた。
「一未。お前は……心残りはないのか?」
空からの一言に俺は何も返せなかった。心残りは……たくさんあるからだ。
「一未。その顔、心残りないわけじゃないんだな……」
空はスゴいや。もう見抜かれた。
「どうせ10カ月後に死んでしまうのがわかっているならさ……その間にやりたいこと、できることをやろうぜ……。」
「そんな……こんな体でできるわけ……」
「できないなんて決めつけてんじゃねえぞ!」
空……俺には絶望しかないんだよ……ずっと……。
「どんな逆境だってな、乗り越えていくからこそ幸せがあるんだ!それが人生短かろうが長かろうが関係ない!最期に幸せだって思えたなら、それが勝ちなんだよ!」
空……君の優しさは本物だな。
「ありがとう、空……」
あれから2年、俺は奇跡的な回復を遂げ、東京の大学に、空と一緒に通っている。あれから、自分のやりたいことを、積極的にやるようになった。下半身不随という壁すらも、乗り越えて見せた。全ては、空の言葉のおかげだ。
俺はいつまた白血病が再発し、命を落とすかわからない。だけど、せめて今は、最期に幸せになれるように、必死に生きていきたい。
俺たちの人生の旅は、まだ終わらない……。夜闇の中の光は、いつでも俺たちを、照らしているから……。