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 午後四時、俺と数人の一年生が部室で話していると、ドアが開き、制服姿の釜本さんが一人で入ってきた。右手で持ったスポーツ・バッグを、肩の上から背中に遣っている。
「釜本さん、俺、ちょっとお尋ねしたいんですけど……」
 すっと立ち上がった俺は、下手(したて)な態度を意識して釜本さんに話し掛けた。
「おう、何だ?」と、釜本さんは既に不機嫌そうだ。
「俺らさっき、ボールが磨けてなくて怒られたじゃないっすか。そんで一年で相談してですね。一番、厳しそうな釜本さんに、磨き方を教えて貰おうって決まったんです」
「は? 磨き方?」
 苛立たしげに返事をしてきた釜本さんに、「お願いします」と従順に返事をする。
「おう、教えてやるよ。ボールと要らん靴下と、水が入ったバケツを持って来いや」
 語調の柔らかさが逆に怖い。室内を探し回った俺は、釜本さんに必要な物を手渡した。
 無言で受け取った釜本さんは、おもむろにその場にしゃがんだ。靴下に水を付けて、親指一本で圧力を掛けて、ボールを磨き始める。
「こうやってぐーっと、おもくそ力を入れてやんだよ。小学生でもできるだろうが」
 ボールに視線を落としたまま、釜本さんは吐き捨てた。
 立ったままの俺は、「やり方は、だいたいわかったんですけど、どこまでやったらいいんすかね」と、できるだけ角が立たないように尋ねた。
 俺の質問を聞いた釜本さんは、ボールだけを脇に抱えて立ち上がり、俺を睨んだ。高身長だけあって、威圧感が半端ない。
「てめえの顔が映るまで。まあ、頑張れや」
 どすの利いた声で答えた釜本さんは、ボールを俺の腹に押し付けて、部室のベンチに腰掛けた。部室がしーんと静まり返る。
 結局、俺たちは、午後練の開始までボールを磨くはめになった。
 ボールの全面をぴかぴかにするには、とても時間が掛かった。どう考えても、顔が映るまで綺麗にする意味はない。
 雨が降っていたので、午後練は屋内で行った。学校の廊下で、階段ダッシュ、手押し車、下半身を床につけてのハイハイ、片足スクワットなどを、みっちり二時間した。
 一年生の中には、倒れ込む人や、吐く人までいた。みんな、午前練と罰走で疲労が溜まっていた。
 俺も一度、片足スクワット中に足が痙攣して転けたが、根性でトレーニングを続けた。佐々だけはぴんぴんしてて、楽々とトレーニングをこなしてたけどね。
 体罰こそないが、コーチは容赦なく倒れた者を叱咤した。コーチは、俺たちが受けた罰走を知らなかった。
 練習後、俺はよろめきながら、誰もいない自室に戻ってベッドに仰向けになった。夕食の時間だけど、飯なんて喉を通るわけがなかった。
 結局、俺は、そのまま眠りに就いた。自主練をするには、あまりにも疲れ過ぎていた。