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翌日の朝食前、寮のロビーにある掲示板に振り分け結果を確認しに行った。サッカー部員でごった返す中、自分の名前をCチーム、すなわち三軍のところに見つける。沖原、佐々、羽村もCに配属されていた。
悔しいけど昨日の試合のパフォーマンスが今の俺の全てだ。受け止めて前に進むしかない。
それにほら、愛は障害が多いほうが燃えるって言葉もあるしね。がんがんハードル、越えてっちゃいますよ。
なおも掲示板前に留まって、Aチームの新一年生の名前を確認していると、ドンっと、誰かが肩にぶつかった。
振り返ると、羽村がエレベーター方向に歩き去っていくところだった。チーム分けに異論があるのか、イライラしたような早い足取りだった。
午後三時、俺たちは、普通の公立高校にあるような土のグラウンドに集まり、集合の合図で円になった。
すぐ隣には、三面の芝生のグラウンドが草原のように広がっており、お揃いの、オレンジと黒の練習着を着た四十人ほどのサッカー部員が、列になってランニングしていた。
芝生のグラウンドを使えるチームは、男子のAとB、女子のAだけである。他にもいろいろ待遇の差があるって聞いたけど、バリッバリの競争社会だからしゃーないね。
五十人弱からなる円には、思い思いの練習着を着た人と、ポジション、名前がマジックで書かれたTシャツに白短パンを身に着けた人が混じっていた
隣のグラウンドから威勢の良いランニングの掛け声が聞こえる中、上下黒ジャージの男性が、低い声で話し始める。
「Cチームのコーチの柳沼です。竜神の先生じゃなくて、外部コーチです。ちょっと時間を貰って自己紹介をします」
後ろ手を組んだ柳沼コーチの身長は百七十センチ前後だが、一目で運動選手とわかる筋肉質な体型だった。スポーツ刈りで目付きは鋭く、猿顔である。年齢は三十歳前後ってところかな。
「俺は竜神のOBです。三年の時には全国ベスト4になって俺もそこそこ活躍しました。卒業後はパラグアイに留学してプロを目指してたんですが、二年目に膝をやって引退しました。で、こうして君らを指導しています。だから君らには、サッカーができる幸せを噛み締めて、明日、引退してもいいぐらい、毎日、本気でやってほしいです。
もう一点、Cだからって絶対に腐るな。腐る奴はぶっ飛ばす。問答無用でぶっ飛ばす。かの有名な中村憲剛も、高校入学すぐは最底辺の七軍だったからな。チャンスはいっくらでもある。だから腐るな」
言葉を切ったコーチは、みんなの反応を確かめるかのように部員を見渡した。空気が張り詰める。
「俺は頑張ってる奴を見限らねえし、君らのためならなんでもしてやる覚悟はある。うちの部は、結果さえ残せばいつでも上に行ける。だから、常に意識を高く持って努力してほしい。以上」
「「ありがとうございました」」
部員の返事を聞いたコーチはすぐさま、「よし、ランニング!」と、短く叫んだ。
しかし、一人の長身の部員が柳沼コーチに近づき、「ちょっと、すみません」と腰の引けた面持ちで控えめに話し掛ける。
「おう。どうした?」
柳沼コーチは、軽い口調で答えた。
「羽村が休みです」
「なんでだ?」不思議そうに、わずかに眉が上がる。
「自分がCなのが納得いかないから、ボ、ボイコットするそうです」
コーチの身体が固まり、今にも怒鳴り出しそうな形相になる。部員の間に恐怖が伝染し、グラウンドに静寂が訪れる。
「はーあ? ボ・イ・コ・ット、だとぉ? 何様のつもりなんだ?」
コーチは顔を歪めた。怒り心頭といった佇まいで、握り込んだ手は震えている。
声を掛けた長身の部員は、目に見えておたおたし始めた。
「いやあの……。ぼ、僕も止めたんですよ。ボイコットなんて馬鹿な真似止めとけって。振り分けに文句があるなら、監督に理由を聞きに行けって。でも、羽村の奴、聞く耳……持たずで……」
コーチは泣きそうになる長身の部員の目を見ながら、肩を叩いた。
「わかった、わかった。お前は悪くない。なーんも悪くないよ。よく伝えてくれた。だから落ち着けって。なっ?」
言い聞かせるようにゆっくり告げた柳沼コーチの顔付きは、一見、優しげである。だけど目がまったく笑っていなかった。冗談抜きで怖い。
「うぉっし! 羽村はクビ。あのぐらいの選手はいくらでもいるし、いいだろ。よし、アホは放っといてランニング!」
あっさりと吐き捨てたコーチの言葉を聞き、部員は素早く四列に並んだ。間髪を入れずにランニングが始まる。
コーチの怒りは当然である。羽村みたいな後輩がいたら、俺も同じように怒るしね。
兼部をしてたお前が何をほざいてんだって? いやいや、俺、バレーもサッカーもガチでやってたからね。サボりの羽村なんかと一緒にしてもらっちゃー困るなぁ。
ただ羽村は、俺のいた中学ではエース級だ。すぱっと切り捨てるあたりが、竜神サッカー部って感じだね。
翌日の朝食前、寮のロビーにある掲示板に振り分け結果を確認しに行った。サッカー部員でごった返す中、自分の名前をCチーム、すなわち三軍のところに見つける。沖原、佐々、羽村もCに配属されていた。
悔しいけど昨日の試合のパフォーマンスが今の俺の全てだ。受け止めて前に進むしかない。
それにほら、愛は障害が多いほうが燃えるって言葉もあるしね。がんがんハードル、越えてっちゃいますよ。
なおも掲示板前に留まって、Aチームの新一年生の名前を確認していると、ドンっと、誰かが肩にぶつかった。
振り返ると、羽村がエレベーター方向に歩き去っていくところだった。チーム分けに異論があるのか、イライラしたような早い足取りだった。
午後三時、俺たちは、普通の公立高校にあるような土のグラウンドに集まり、集合の合図で円になった。
すぐ隣には、三面の芝生のグラウンドが草原のように広がっており、お揃いの、オレンジと黒の練習着を着た四十人ほどのサッカー部員が、列になってランニングしていた。
芝生のグラウンドを使えるチームは、男子のAとB、女子のAだけである。他にもいろいろ待遇の差があるって聞いたけど、バリッバリの競争社会だからしゃーないね。
五十人弱からなる円には、思い思いの練習着を着た人と、ポジション、名前がマジックで書かれたTシャツに白短パンを身に着けた人が混じっていた
隣のグラウンドから威勢の良いランニングの掛け声が聞こえる中、上下黒ジャージの男性が、低い声で話し始める。
「Cチームのコーチの柳沼です。竜神の先生じゃなくて、外部コーチです。ちょっと時間を貰って自己紹介をします」
後ろ手を組んだ柳沼コーチの身長は百七十センチ前後だが、一目で運動選手とわかる筋肉質な体型だった。スポーツ刈りで目付きは鋭く、猿顔である。年齢は三十歳前後ってところかな。
「俺は竜神のOBです。三年の時には全国ベスト4になって俺もそこそこ活躍しました。卒業後はパラグアイに留学してプロを目指してたんですが、二年目に膝をやって引退しました。で、こうして君らを指導しています。だから君らには、サッカーができる幸せを噛み締めて、明日、引退してもいいぐらい、毎日、本気でやってほしいです。
もう一点、Cだからって絶対に腐るな。腐る奴はぶっ飛ばす。問答無用でぶっ飛ばす。かの有名な中村憲剛も、高校入学すぐは最底辺の七軍だったからな。チャンスはいっくらでもある。だから腐るな」
言葉を切ったコーチは、みんなの反応を確かめるかのように部員を見渡した。空気が張り詰める。
「俺は頑張ってる奴を見限らねえし、君らのためならなんでもしてやる覚悟はある。うちの部は、結果さえ残せばいつでも上に行ける。だから、常に意識を高く持って努力してほしい。以上」
「「ありがとうございました」」
部員の返事を聞いたコーチはすぐさま、「よし、ランニング!」と、短く叫んだ。
しかし、一人の長身の部員が柳沼コーチに近づき、「ちょっと、すみません」と腰の引けた面持ちで控えめに話し掛ける。
「おう。どうした?」
柳沼コーチは、軽い口調で答えた。
「羽村が休みです」
「なんでだ?」不思議そうに、わずかに眉が上がる。
「自分がCなのが納得いかないから、ボ、ボイコットするそうです」
コーチの身体が固まり、今にも怒鳴り出しそうな形相になる。部員の間に恐怖が伝染し、グラウンドに静寂が訪れる。
「はーあ? ボ・イ・コ・ット、だとぉ? 何様のつもりなんだ?」
コーチは顔を歪めた。怒り心頭といった佇まいで、握り込んだ手は震えている。
声を掛けた長身の部員は、目に見えておたおたし始めた。
「いやあの……。ぼ、僕も止めたんですよ。ボイコットなんて馬鹿な真似止めとけって。振り分けに文句があるなら、監督に理由を聞きに行けって。でも、羽村の奴、聞く耳……持たずで……」
コーチは泣きそうになる長身の部員の目を見ながら、肩を叩いた。
「わかった、わかった。お前は悪くない。なーんも悪くないよ。よく伝えてくれた。だから落ち着けって。なっ?」
言い聞かせるようにゆっくり告げた柳沼コーチの顔付きは、一見、優しげである。だけど目がまったく笑っていなかった。冗談抜きで怖い。
「うぉっし! 羽村はクビ。あのぐらいの選手はいくらでもいるし、いいだろ。よし、アホは放っといてランニング!」
あっさりと吐き捨てたコーチの言葉を聞き、部員は素早く四列に並んだ。間髪を入れずにランニングが始まる。
コーチの怒りは当然である。羽村みたいな後輩がいたら、俺も同じように怒るしね。
兼部をしてたお前が何をほざいてんだって? いやいや、俺、バレーもサッカーもガチでやってたからね。サボりの羽村なんかと一緒にしてもらっちゃー困るなぁ。
ただ羽村は、俺のいた中学ではエース級だ。すぱっと切り捨てるあたりが、竜神サッカー部って感じだね。