10日間に及ぶ夏期講習が無事に終わり、わたしたちは正門前で渡部くんたちが来るのを待っていた。

「まさか渡部くんたちと一緒だなんてね。中3の時同じクラスだったけど、けっこうお世話になったなあ」
「あれ、同じ中学だったんだ?」

問い返すと、華恵はうんと頷いた。

「流れをリードするのがうまいんだよね。その年は体育祭の応援団だったんだけどさ。ダンスの話し合いの時に全然意見がまとまらなくてどうしようかと思ってたら、出てた案をまとめて折衷案を作ってくれてね。うまくいかなかったり曲が他の組と被ったりしたときのために代替案まで出してくれて、本当にありがたかったな。ただ引っ張る力を持っているだけじゃなくて、ちゃんと周りを見てるっていうかさ。ぐいぐい行くのとは違って、気がついたらみんなが自然と導かれていく感じって言ったらいいかな」
「ああ、バドミントン部の子も言ってたよ。今度の大会が終わったら次の部長になるのは渡部くんで確定してるけど、人望も実力も申し訳ないって先輩も先生も含めて満場一致だったらしいね」

美優がそう言ったのとほぼ同時に、渡部くんがわたしたちを呼ぶ声が聞こえた。

「待たせてごめんね。樹が先生に質問しに行って帰ってこなくてさ」
「悪いって。今日の疑問は今日のうちに解決しておかないとまた忘れちゃうだろ」
「あはは、そんなに待ってないから大丈夫だよ。それより、早く行かないといい場所なくなっちゃうかも」

橋を渡ってから河川敷に降りる。まだ3時なのに予想通り既にかなりの数のレジャーシートが広がっていて、8人分のスペースを見つけるのは至難の業だ。
なんとか広くあいていた場所をみつけてシートを広げ、荷物で重しをする。荷物番と屋台周りを4人ずつ交代で行くことに決めて、先発組の四人――理沙と華恵、江川くんと須藤くんを見送って、残ったわたしたちは靴を脱いで足を伸ばした。

「諒太から花火大会に誘われるなんて驚いたな」

留守番組として残った内山くんが、靴下を脱ぎながら言った。視線を向けられた渡部くんは曖昧に笑って、ペットボトルに残っていた麦茶を飲み干した。

「柳井さんを誘ったら、みんなで行こうって話になってさ。ちょうどお前らも暇で助かったよ」
「誰ひとりとして花火デートの予定がなかったのは悲しい事実だけどな、俺ら。ってか、君たちそんなに仲良かったんだ?」
「ああ、わたしも訊きたかったの、それ。香帆ったらいつの間に渡部くんと親しくなってたのよ」

急に話の矛先が自分に向いたので、ぼうっとしながらそのやり取りを聞き流していたわたしはあやうく咽せるところだった。隣に座る渡部くんは、いたずらっこのような目でわたしを見ている。
どこまで話していいのだろうか。さすがに告白されたことは黙っていた方がいいだろうと、慎重に口を開く。

「球技大会の時だったかな。たまたま話す機会があって」
「なんだ、けっこう最近の話なのね」
「そのわりには、夏期講習中もずっと一緒にいたみたいだけどな」

内山くんがからかうように言うと、渡部くんはさすがに照れたように彼の肩をつついた。そうなの? と美優が控えめにわたしに確認する。肯定を返すと、意味深なふうんという相槌を長く伸ばしながら何度も頷いていた。

「取ってる科目が被ってたから、空き時間に一緒に勉強してただけだよ」
「俺らの昼飯の誘いにも乗らずにか」
「それは教室が離れていて面倒だからって言っただろ」

完全にちょっかいモードになってしまった内山くんに翻弄されている渡部くんがおかしくて、思わず笑ってしまう。わたしといるときや他のクラスメイトたちも大勢いるような場所だともっと余裕のある表情なので新鮮だ。
友達が――親しい人が増えるのは少し怖いけれど、こうやってずっと楽しくいられたらいいとは思う。

でも、同時に脳裏を記憶が掠める。
下卑た嘲笑。利も害もないと思っていた存在が自分に対して毒を向けたこと。もし今、仲良くなった彼らから同じようなことをされたら、絶望なんかじゃ済まないだろう。
だから心の距離を置いている。美優とも、理沙や華恵とも。嘘の本心をあらわしておけばそれは盾になる。本当の“本心”は簡単に見せたらいけないし、彼女たちが言うこともそのまま信じたらいけない。