――うち、母親がバツイチで、元旦那がDVで。自分は母親と再婚相手との子どもなんです。でも母親と元旦那との離婚から300日経つ前に産まれてきちゃったから、そういういざこざで無戸籍にっていうパターンで。

 恋人はワイングラスを揺らしながら、ゆるやかに言った。それは恋人なりに複雑な感情を隠すためだったのかもしれないし、酔っぱらっていたのかもわからない。それくらいゆるりとした空気だった。
 恋人と恋人の両親はぎくしゃくした時期もあったものの、毎日のように連絡をとるくらい関係は良好だ。無戸籍者だった者同士でも、そうなった経緯や育ってきた環境はそれぞれ違う。恋人は両親から愛情を注がれてすくすく育ち、学校にも通っていた。
 インタビューの対象が自分だけではない、というのも田之口さんのインタビューを引き受けた理由のひとつだった。私がインタビューを受けたことによって、すべての無戸籍者が「親に愛されなかった子ども」と決めつけられるのは、ぜったいに避けたかった。私ひとりの話を聞いてすべてをわかったような顔をされてしまっては、あまりにおそろしい。