ゆったりときれいに引き結ばれた唇から、目を逸らせなかった。逸らしたらなにかが終わってしまうと思った。
 ドン、ドン。隣の部屋の音に揺さぶられる。
「ああ、またはじまったね……」
 興味なさげにつぶやいたみーちゃんは、箸で素麺をがばりとつかんで、ずるずるすすった。みーちゃんの白い頬に麺つゆがぴたぴた跳ねる。
 隣の人はまったく懲りていない。だけどいまはそれが救いだった。びくびく脅える心臓も、かすかに震える睫毛も、すべてを覆い隠してくれるから。
「あーちゃん、海老の天ぷら食べな? 冷めちゃう前に」
「さっき食べたよ……」
「もう一本食べていいよ。あーちゃん、海老好きだよね?」
「でも」
「食べて」
「……うん」
 海老の天ぷらをさくさく咀嚼する。身体じゅうに脂が回る。
 もったりして、重い。重たくて、窒息する。
「おいしい?」
「うん。すごくおいしいよ」
 皿に並ぶ、ふたつの海老の尾。尾を失った海老は、どうなってしまうんだろう。