ぞくりとして、すぐさま玄関へ走った。鍵を外して扉を押しあけ、そのまま一気にアパートの外まで駆け抜ける。勢いあまってアパートの前の通りを走る車に体当たりしそうになった。息が上がる。熱い皮膚の下で骨が震える。
 どの部屋で、どれくらいの火事が起きたんだろう。隣の人はちゃんと猫たちを連れて逃げた?
 とめどなく流れてくる汗をぬぐいながらアパートを見上げた。だけど煙は上がっていないし、自分以外の住民は誰も外に飛び出してこなかった。
 あれだけ大きなベルが鳴ったのに、誰も気づいていない?
 奇妙に思っていると、よろよろと歩くおばあさんがアパートから出てきた。脚が悪いのか、杖をついている。
「だ、大丈夫ですかっ?」
 駆け寄ると、おばあさんの後ろから中年の女の人がひょっこり顔を出した。女の人はおばあさんの細い肩を軽く指で叩く。
「おばあちゃん、今日は火災ベルの点検の日だって言ったでしょう? ほんとうの火事じゃないんだから、外に出ないで大丈夫ですよ」
 おばあさんは耳が遠いのか、顔をしかめて首を傾げた。女の人は大袈裟に口をひらいて、「て、ん、け、ん!」と繰り返した。
 なんだ、点検か。