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 ――調子にのってんじゃないよ。

 いままで何百回、何千回と怒鳴られて、調子にのらないようにしてきた。放たれる空気を肌で、感情の匂いを鼻で、微細な動きを目で。自分の持っているすべてを使って、「そこ」に調子を合わせてきた。そうしていれば、ぎりぎり安全だった。そうしていれば、生き延びられた。
 でも、昨日は調子にのって「そこ」の外側に出た。ちいさくちぎったパンを、猫たちにあげたのだ。
 さすがに隣の人に気づかれるかもしれないと思ったけど、日に日に痩せ細っていく猫たちを放っておけなかった。隣からのこわい音は、ちっともなくならない。アパートの管理会社の人は、ちゃんと注意してくれたんだろうか。それとも隣の人が注意されても気にしていないんだろうか。どっちだろう。どっちだとしても、私にできることはなにもない。
 ふう、とため息をついてベランダに出ると、猫たちはいなかった。がっかりしたけど、猫たちが涼しい部屋にいられるならいいことだ。飲み物や食べ物を与えられているかはわからないけど――と考えていると、ジリリリリと鼓膜を引き裂く音が鳴り響いた。
 もしかして――火事?