すると、思いが通じたのか、ちいさな身体が近づいてきた。ゆっくり、ゆっくり、警戒のアンテナを張り巡らせながら近づいてくる。
 だいじょうぶ。なにもしないよ。なにもこわいことはないよ。だいじょうぶだよ。
 思いを伝えるように視線を送る。ぴんく色のちいさな舌は、ぺちゃりと水を舐めた。最初は疑うように、じょじょによろこぶように。水面はちゃぷちゃぷ揺れ、きらきらひかった。
 その愛くるしい姿に、思わず隙間から手がのびる。少しでいいから撫でてみたい。だけど触ったりしたら、警戒されるかもしれない。
 ゆっくり手を引っ込めて、視線だけで撫でた。猫は目を合わせてきたりはしなかった。でも、それでいい。飲んでくれれば、それでいい。
 様子を伺っていた別の子も、警戒をほどいたのか、のそのそやってきた。水音が増す。皿が空になる。急いで水を継ぎ足す。
 そんなことを繰り返しているうちに、隣の部屋からの音はちいさくなっていた。隣の人が猫たちを部屋のなかに連れ戻しにやって来るかもしれない。調子にのらないで、ここは引こう。
「じゃあね」
 ひっそりと言って、室内に戻った。また明日。もしベランダにいたら、また水をあげよう。
 みーちゃんへの罪悪感で痛んでいたはずの胸は、高揚と興奮でひたひたになっていた。