陸、咲夜、蓮、かなでの中で進路が一番に決まったのは、蓮だった。
 熱心にOB訪問を続け、ヘアメイクの仕事を現場で学ばせてもらえることになったのだ。

「昼は現場、夜は専門学校っていうハードスケジュールになりそうだよ」

 困ったように笑いながらも嬉しそうなのは、きっと憧れていた仕事に関われることになったからだろう。
 ずっと蓮の進路に反対していたという両親も、お世話になるアテまで自分で見つけてきた蓮の熱意に押され、ついには折れてくれたという。

 大事な友達が希望通りの進路を勝ち取ったというニュースは、かなでにも勇気をくれた。
 かなでも志望校に合格し、みんなで笑って春を迎えたい。
 そんな気持ちが強くなった。

 二年生のときまでやっていたアルバイトは辞めた。
 使える時間は全て勉強にあてていると、夢の中でまで勉強をするようになってしまった。
 それでも夏を迎える頃には第一志望校がC判定を取れるようになった。最初はE判定だったことを考えればかなりマシになった方である。
 模試の結果に一喜一憂しながら迎えたテストは、過去一番の結果を残した。

 テストが終わると、学校は夏休みに入った。
 授業があろうがなかろうが、勉強漬けの日々であることには変わらない。
 ただ一点を除いては。

「…………陸くんに会えない」

 家よりもよほど環境が整っているので、勉強に集中するために、夏休み中も毎日学校に通っている。
 運が良ければ、練習する陸を見ることができるかも。そう思っていたのだが、現実はそんなに甘くない。
 夏休みに入ってから、かなでは一度も陸に会えていなかった。

 大好きな陸に会えない。そのことが想像以上にかなでの精神を削っていた。
 暇さえあれば学校にやって来て、かなでに差し入れをしてくれる蓮が、困ったように笑った。

「それは仕方ないよ。野球部は大会中で忙しいからね」

 蓮の言葉に、かなでは窓の外を見る。
 いつもなら野球部が練習をしているはずのグラウンドは、ひと気がない。
 負けたら即引退のトーナメント戦。その試合のため、今日も専用バスで移動し、どこかで試合をしているのだろう。

「勝ってるのかな、野球部」
「かなちゃんはりっくんのファンなのに、野球には本当に興味がないよね」

 確かにファンのほとんどは、野球をしている陸のことが好きだと言うだろう。
 でもかなでは、陸が野球をしているから好きになったわけではない。
 たとえば他のスポーツをしていたり、かなでのように運動神経がすごく悪かったとしても、絶対に好きになった。
 自信を持ってそう言えるのだ。

「……甲子園の決勝まで勝ち残ったら、応援に行こうよ」
「え?」
「りっくんも、…………さっくんも。かなちゃんが応援に来たら喜ぶよ、絶対に」

 かなでは英語のテキストに目線を落とし、言葉を探した。
 野球をやっている幼馴染がいて、好きな人も野球に打ち込んでいるのに、かなでは一度も応援に行ったことがない。
 ルールの分からないかなでは、試合を見ていてもきっと何がなんだか分からないだろう。
 それに、陸のことを応援している人はたくさんいる。かなでの応援なんて、取るに足りないものに違いない。

「ルールも分からないのに、見に行ってもいいのかな」
「当たり前じゃん。俺だって全部は分からないけど、それでも応援に行きたいって思うよ」

 ね、と笑いかけてくれる蓮に、かなでは少し悩んで、頷いた。