婚約相手は最強悪魔~花魔法使いの令嬢は花粉症の悪魔と恋をする。

 ルピナスに頬ずりされると全身が熱くなったから、少しだけ顔を離した。なんだこの感じは……心の臓が早くなる。今までに感じたことのない現象が我に起きている。だが、可愛いと言われるのも悪くない。ルピナスに本来の姿が受け入れられなければ、いっそうずっとモフモフの姿でいようか。

 外に出て家から離れ、湖まで来た。しばらくルピナスは湖を眺めながら休憩している。我は脳内でエアリーと会話をした後、ずっとルピナスの横顔を見つめていた。もう一時間ルピナスは湖を眺めている。

「はぁ……」とルピナスは溜息をつく。

 さっきの、ルピナスと母親の会話は聞いていた。ルピナスはあの家にいる限り、心を健やかにして過ごすことは困難だろう。早急にあそこから離す必要がある。エアリーにはある計画を実行するよう頼んだが……。

 我は姿を戻し、ルピナスに提案した。

「ここから離れているが、魔力を蓄えられるため、我が人界に来てからしばらくいた土地がある。そこで我はある程度の魔力を回復した。そこでしばらく一緒に暮らさないか? 気に入れば、ずっとそこで暮らしてもいい」
「……でも、家にいるお母様が心配で」
「大丈夫だ。エアリー」
 ヴェルゼがエアリーを呼ぶと、羽を広げた姿でエアリーが空から降りてきた。
「ルピナス様のお姉様達は近々、遠くにある街の男の元へ嫁ぎに行くことになります」
「えっ? それは、決定されたのですか?」
「はい、その通りでございます。なのでご両親は今後平和に、仲睦まじくおふたりでお暮らしになると思われます。ルピナス様のお姉様達は嫁ぐ準備で慌ただしく動かれると思われますので、お母様を毒殺するお時間もないかと」
「お仕事がお早いですね……じゃあ、心配しなくても?」
「両親のことはエアリーに任せていればいい。会いたくなればいつでも会いに行けばいい」
「はい、わたくしにお任せください。すでにルピナス様のお父様とお母様にもお伝えしており、納得されております」
「あの、ひとつ質問が……」
「その、時間が巻き戻る前は、私の側にはお母様はすでにいなかったのですか?」
「あぁ、我が迎えに来た時にはすでにいなかった……」
「ということは、お姉様達の毒で……今回は、前の時とは変わったということですか?」
「そうだ」
 ルピナスは目を閉じた。何かを考えているようだ。
「何を考えている?」
「前のお母様は、知りながら娘達が盛った毒を飲んで……とても心が苦しかったのだなと」
「母親のことばかりだが、そなた自身はこれから、どうしたいのだ」
「私? 私は、特に何も願いはございません。お母様が幸せに暮らしていけるのなら」
「でも、そなたはあの時、苦しくて自ら命を絶った……」

 そうだ、我が冷たかったせいで。我がルピナスの心を壊したせいだ。壊した……。

「そうだ! 花の小屋を一緒に作ろうではないか」
「花の小屋?」
「我の背中に乗れ。さっき教えた土地に案内しよう」

 ルピナスは前の世界で花の小屋を作っていた。今回は絶対に壊さない。我の魔力があれば前の世界でルピナスが作っていた小屋よりも立派に――。
 
 大きな黒い龍のような姿に変身したヴェルゼ。私はヴェルゼの背中にしがみつき乗った。相変わらず変身後はふわふわで、絨毯みたいな背中。空を飛んでいる。今まで見あげたことしかなくて、遠い存在だった大きな空。そこに今、私はいる。向かい風も気持ちがよい。世界はこんなに広かったの?

 少し経つと目的地に着いた。
 先に着いていたエアリーの手を取り背中から降りる。

「ありがとうございます」

 目の前に見えるのは、若干緑色のような霧がかかっている、何も無い場所。

「ここに、花の小屋を作るのはどうだ?」

 多分私の魔法を使ってということだろう。小さなものは作れるかもしれないけれど、相当頑張らないと花の小屋なんて……。

「我の魔力を使うがいい」

 再び魔力をくれた。私はイメージする。色は明るい色の花にしようか。屋根は柔らかい黄色、壁は白い花をイメージした。ドアは難しそう……ひとまず目隠しの役割をした暖簾のようなイメージで。色は桃色かな?

 ヴェルゼの魔力のお陰なのか、すんなりと小屋は出来上がった。花も固くなり、風が来ても雨が降っても多分簡単には壊れない。

「す、すごい」

 そう言いながら私は暖簾をくぐる。ヴェルゼとエアリーも中に入ってきた。

「い、いいぞ。いい小屋だ」
「ありがとうございます」

 お礼を言った瞬間、ヴェルゼはくしゃみをした。悪魔も風邪を引いたりするのか。

「なんと、ヴェルゼ様が、ルピナス様の考えた小屋をお褒めになっていらっしゃる……信じられない」
「黙れエアリー」
 ヴェルゼはエアリーをキッと睨む。
「申し訳ございません。あ、そういえば人間が食すお食事の準備はございません」
「でも、もう少しすれば帰りますし、家に食事が……」
「いいえ、今日からはここでお暮らしになるのです」
「お母様にはお伝えしていないから、心配させてしまいます」
「大丈夫でございます。お母様には、花嫁修業のためにしばらくルピナス様をお預かりいたしますと伝えてありますので。あと、これをお受け取りくださいませ」

 エアリーから黄色の鈴を受け取った。

「これは何です?」
「お母様のことをご心配になるお気持ちもあると思いまして。こちらはルピナス様とお母様がお持ちになる、ふたつセットの鈴で、身の危険がどちらかに迫るか、片方が強く振れば、もう片方の鈴が騒ぎ出します。例えばこのように」

 勝手に鈴が大きく揺れだし、シャンシャンと音も大きくなりだした。

「じゃあ、これが鳴らない限り大丈夫だってことですか?」
「そうだ。そなたの母親に危険が迫れば、我は一瞬でそなたの母親の元に行き、助けよう。まぁそんなことは決して起こらないよう、我が後でそなたの姉達に……」
 
 ヴェルゼはニヤリと含み笑いをした。

 多分、この悪魔達は嘘をつかないし、信用出来るだろう。

「ありがとうございます」
「そしてそなたと我の鈴も渡しておく」

 お母様のよりも大きな黒い鈴をヴェルゼから受け取った。

「こっちの鈴は、我の魔力も封じ込めてある。そなたに何か危険が迫れば、その魔力がそなたの身を守る。そしてそなたが鈴を振れば我もすぐに駆けつける」
「ありがとうございます」
「では、我はそなたの食す夕食を調達してこようか。この辺りに結界を張っておくが、エアリー、何かあれば念で知らせてくれ」
「分かりました。ヴェルゼ様、きちんと人間が食すものを見分けられますか?」
「大丈夫だ。我はこの世界に来てから人界の料理を調べ、作れるようにもなったのだ」
「ヴェルゼ様はルピナス様のことを愛されているのですね」

 一瞬ヴェルゼと目が合ったけれど思い切りそらされた。ヴェルゼの尖った耳が赤くなっていた。

「では、行ってくる」

 ヴェルゼは花の小屋を出ていった。

「あの、エアリーさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「はい、なんなりと」
「あの方は、時間が巻き戻る前、私に一体何をしたのでしょうか?」
「ヴェルゼ様は魔界にいる時は、最強であると同時に冷酷でした。冷酷というか、それはただ他の者に興味がないだけのように見受けられましたが。それはルピナス様に対しても……正直あまりにも酷くわたくしが直接ルピナス様にお伝えしてもよいものか。もし宜しければ、ヴェルゼ様の過去を直接見られますか?」
「お姉様達のようにですか?」
「そうですね、ただひとつ申し上げますと、ヴェルゼ様は他の者に冷たくされても、拒絶はされませんでした。けれどルピナス様に対してだけは時々拒絶反応を……だから私は違和感を……あ、いや、わたくしはどうも余計なことまで話しすぎてしまう傾向があるようです。申し訳ございません」

 エアリーが言うには、あまりにも醜いことをされたらしい。今一緒に行動を共にしているヴェルゼを見ていると、それが信じられない。でも、向き合う必要を感じた。

「お願い、いたします」
「分かりました。そうですね……目の前にご本人がいらっしゃらないと、能力は使えません。ですので、ヴェルゼ様が眠りについた頃、バレないように意識をルピナス様に送ります」
「分かりました」
 ルピナスが消えてからずっと、我はルピナスのことしか考えていなかった。人界に堕ちた時に逢いたい願いが叶ったのか、それとも出逢う運命だったのか、すぐにルピナスに出逢い、そして助けられた。

元の姿に戻らずにずっとモフモフのままでいればペットとして共に暮らせたかもしれない。だが魔力が全くない状態のまま共に過ごすのは足手まといかもしれぬと思いが強く。それに何かあった時にルピナスを守れぬ。我はルピナスから離れ、この魔力の強い土地で魔力を少しずつ吸収しながら鍛錬することに決めた。そうして魔力は完全ではないが、復活していった。

 あぁ、ルピナスとこのまま一生共にいたい。
 ルピナスのためなら何でもやりとげる。

 我は今から森の中で食材を集める。ルピナスを迎えに行く前からここに来る計画でいた。

 我は時間が巻き戻る前の、ルピナスと共に魔界に住んでいた時の記憶を辿った。ルピナスは、何でも美味しそうに食していた。嫌いなものは恐らくないと推測する。前もって、木の陰あたりにキノコを見つけていた。我ら悪魔は毒を嗅ぎ分けられる。このキノコは、毒がない。すなわちルピナスが食べられる食材ということ。続けて森を越えると海があり、人界で学んだ知識を活かして魚を釣った。身が詰まったふくよかな魚が釣れた。釣ったあとは事前に準備をしておいた、食材が入っている箱がある場所へ行く。箱を開ければパンやフルーツ……色々な食材が入っている。あらかじめ人間達の商店街で仕入れておいたものだ。

 今、料理の修行の成果が試される時。ルピナスはどのような反応をするだろうか。

「美味しいわ、ヴェルゼありがとう」などと言われてみたいものだ。どのような反応をするのか……思考を巡らせるとなんだかドキドキと、普段起こらない胸の高なりを感じる。息苦しい。ルピナスと再会したことにより我の身体に様々な異変が。