――夕方、少女はマンションの一室のその場所にまた来ていた。
「――制服で来るとは思わなかったわ」
シオリは少女――制服を着たサクラを見て、あきれたように、だけど、どこかにおかしさも覚えて(中学生でなくてよかった)と笑った。
サクラの来ている制服は見たことがある。それなりの女子高で――まあ、お嬢様学校といっても間違いではない。
(なんの心境の変化かしら)
昨日あんな別れ方をしたというのに、今日またこうして来るなんて……怒りを通り越して面白い子だとは思うが、責任者としては制服を着た少女を受け入れるわけにはいかない。
シオリは視線を厳しくすると、詰問するような強い口調で問いかけた。
「どうして、戻ってきたの?」
「……わかりません」
サクラは小さく呟く。
「わからないってね……」
あきれるシオリに、だけれど、サクラはその綺麗な瞳で真っ直ぐ見つめて、
「昨日のこと、なかったことにしたくないんです」
続けて、そう呟いた。
「――忘れたくない」
「…………」
サクラの言葉に……シオリは溜息をついた。やっぱりこの子は嫌いだ、と昨日のその気持ちを思い出して。
「それで、忘れないようにしてどうするの?」
この子は、また同じことを繰り返すつもり?――シオリがそう思った瞬間だった。
「お兄ちゃんのことは、忘れようと思います」
サクラの一言はあまりに真っ直ぐ過ぎて、シオリは質問した自分を死ぬほど後悔した。
「お兄ちゃんのために、忘れます――でも」
涙を流しながら、サクラはにこりと微笑んだ。
「自分の気持ちまで、忘れなくていいですよね」
「…………」
シオリは何もいえなかった。なにを言えばいいのかも分からない。
――どれくらい時間が経ったのか。
シオリは、ふぅ……と長い息をつくと、静かに口を開いた。
「とりあえず、涙は拭きなさい」
立ち上がり、幼い少女の頬をハンカチで触れる。
「それで、あなたは一体どうしたいの?」
その質問に、少女は、サクラは、
「ここで、働かせてください」
昨日と同じ言葉を、昨日と同じ気持ち半分と、新しい気持ち半分でシオリに伝えた。